達也が独立魔装大隊本部を訪れていた頃、克人は七草智一との密談に臨んでいた。場所は都心の高級料亭。大物政治家や一流経済人が使うような店だが、座敷に端然と座る克人には、一切の場違い感が無かった。黒檀の座卓の前で待つ事一分。智一が姿を現す。
「お待たせして、申し訳ありません」
智一はそういって頭を下げ、克人の正面に腰を下ろした。克人と違って正座に慣れていないのか、少し窮屈そうである。
「どうぞ、足を崩して、お楽になさってください」
克人はすぐにそう声を掛けた。
「ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えて……」
智一が座椅子の上で膝を崩して胡坐になる。一方の克人は正座のままだ。元々の体格差もあって、克人が智一を見下ろす形になる。しかし表面上、智一も克人もそれを気にしていなかった。
ひとしきり社交辞令を交換し、アルコールが入っていない飲み物を口につけて、二人はどちらからともなく会談モードに入る。もっとも、二人同時に喋りだしたわけではなく、話し合いの火口は克人が切った。
「七草さん。妹さんから、私に相談したい事があるとうかがいましたが」
「そうですね。本題に入りましょう。十文字さんは、昨今の魔法師に敵対的な風潮について、どう対処すべきだと思われますか?」
「どう思うか、ではなく、どう対処すべきと思うか、ですか。つまり七草さんは、反魔法主義に対して能動的な対処が必要だとお考えなのですね?」
「そうです」
智一の言い回しに意外感を示しながらも、克人はそれ以上の動揺を見せなかった。対する智一も、誤魔化しも韜晦もせずストレートに認める。この辺りは父親の弘一とあまり似ていないと言える。
「最早、被害を受けたらそれに対処するというスタンスでは凌げないと考えています」
「魔法師に対して攻撃的なプロパガンダを放置しては、取り返しの付かない事態が起こりうると? 具体的に、どのような危機が訪れるとお考えですか?」
「私は箱根テロ事件を上回る爆弾テロや、まだ魔法を使えない幼児、児童を標的にした誘拐殺人も起こりうると恐れているのです」
「魔法師でない人々を巻き込む凶悪犯罪が続出するとお考えなのですね」
「そうです。そうならないために、我々は何をすべきでしょうか」
「……すぐには思いつきません。いえ、時間を掛けても私一人では良い対策案を考えだせるとは思えません」
智一に問いかけられ、克人は強がらずに正直に述べる。彼の人柄を考えれば少しも意外な事ではない。
「実は私にも分かりません」
しかし智一がこうもあっさり白旗を揚げたのは、多少なりとも七草智一の為人を知る克人にとって意表を突かれることだった。
「一人で対策を練るには重すぎる問題ですし、仮に名案を思い付いたとしても、一つの家だけでは実行できないでしょう」
「……確かに単独では、現在の反魔法師主義運動に対抗する事は出来ないでしょう」
克人の同意に、智一は少しホッとしたような表情を見せた。演技には見えない。こういう点は父親の弘一程手ごわくはなく、弘一よりも信用出来る。克人はそう感じた。
「この問題は十師族だけでなく、もっと多くの魔法師の知恵を集め、意思を結集して対応しなければならないと私は考えています」
「日本魔法協会の総会に諮るべきだと七草さんはお考えなのですか?」
「いいえ。いきなりそんな大人数を集めても、一般論以上の結論は出せないでしょう。それに当主クラスを集めても、腹の探り合いに終始して、実りのある論議は出来ないのではないでしょうか」
「どういうことでしょう。各家を代表する事が出来る立場の者が参加しなければ、何かを決めたとしても単なるアイディアに終わる可能性が高くなると思いますが」
「ですから当主やそれに準じる年代ではなく、もっと若い年代の、次の当主に決まっているような方々にお集まりいただいてはどうかと思うのです。まずは二十八家から始めて、ナンバーズ、百家とメンバーを増やしていくのはどうでしょうか」
「次期当主という事であれば、私には参加資格がありません」
克人のこのセリフに、智一は激しく焦った。
「いえ、十文字さんはお若いですから、若い年代を集めるという趣旨であれば……」
「年齢で参加資格を分けるのですか? では具体的に何歳以下とするおつもりなのでしょうか。七草さんは当然、参加されるのですよね?」
「え、えぇ、そうですね……三十歳以下とするのは如何でしょう?」
「三十歳以下ですと、六塚殿は参加資格があって、八代殿は対象外となりますが?」
智一は冷や汗を流しながら、何とか体勢を立て直した。
「どこかで線引きは必要なのではないでしょうか。八代殿にはすぐ下に補佐役の弟さんがいらっしゃいますし、問題ないと考えます」
「確かに、線引きは必要だと思います。分かりました。微力ながら、お手伝いいたします」
克人が重々しく頷く。智一にとっては、緊張を緩める事が出来ない反応だったが、続くセリフを聞いて、智一を取り囲む空気は一気に弛緩した。
「ではまずは二十八家の血縁者を集めるという事でよろしいですか」
「そうですね。全員参加出来るとは思えませんが、有資格者には声を掛けておきましょう」
「分かりました。私からも何人か声を掛けておきましょう」
克人のこのセリフが会談モード終了の合図となり、二人が纏っていた空気が変わったのだった。
とても大学二回生とは思えん……