劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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ちょっとやる気になってます


風紀委員としての務め

 IDカードの交付が終われば入学式関係の行事は一段落だ。今日は日曜日だが、新入生の為に校舎は開放されている。多くの新入生は自分のホームルームを確認しに行き、そこで一年間勉強を共にするクラスメイトと親交を深めるか、家族で記念に食事をする。そのいずれかのパターンが殆どの新入生に当てはまる。しかし例外が無い規則は無いという通り、今年もそのパターンに当てはまらない新入生が存在する。

 入学式の後片付けを終え、後の掃除と施錠を職員に引き継いで、達也は講堂を出た。幹比古、ほのか、雫も一緒だ。幹比古は風紀委員長として各委員から最終報告の聴取、ほのかは生徒会役員として備品のチェックがあったのだが、雫ははっきり言えばほのかと達也に付き合って残っただけだった。

 講堂の出入り口から校舎の昇降口はすぐ近くだ。その少しの距離を進む途中、幹比古は訝しげな表情を浮かべて立ち止まった。

 

「幹比古、どうした」

 

「……誰かが術を使っている?」

 

 

 達也の質問に対する幹比古の回答に、同行していたほのかと雫が顔を見合わせた。

 

「古式の術か?」

 

「そう……だね。『順風耳』。遠く離れた特定の場所の音を拾う術だ」

 

「盗み聞きの術?」

 

「いや、まぁ……そうだけどさ」

 

 

 雫のボケともツッコミとも判別しがたいセリフに、幹比古が脱力感を漂わせる。しかし彼はすぐに体勢を立て直した。

 

「かなり修行を積んでいるんだろう。技術的には結構高い水準にある。でも、術の出力が低いな。わざと力を押えているのか、それとも適正に恵まれていないのか……」

 

「練度は高いが適性に恵まれていない、か」

 

「達也、何か心当たりがあるの?」

 

 

 達也の口ぶりは、術者の正体に気付いているのではないかと思わせるものだったが、彼は幹比古の問いに答えなかった。

 

「場所は分かるか?」

 

 

 達也の質問に幹比古は目を閉じ、そのままあたりを見回すような仕草でゆっくりと首を振る。

 

「第一小体育館の辺り、かな」

 

 

 身体の三分の一回転したところで目を開けた幹比古が、自信ありげな声で達也の質問に答えた。

 

「達也さん……今日、小体育館は開放されていませんでしたよね?」

 

「そうだな。部活もすべて休みだ。とにかく、現場を見に行ってみよう」

 

 

 ほのかの問いかけに達也が頷きながら答える。その達也の言葉を待っていたとばかりに雫が先頭に躍り出て第一小体育館へ続く道を進んでいく。

 

「なにしてるの? 解放されていない小体育館で何をしてるのかも気になるけど、術を使うのは明らかに校則違反。風紀委員の仕事だよ」

 

「は、はい! すぐに行くよ」

 

 

 雫に指摘され、幹比古は自分が委員長だったようなと首を傾げたが、裏で『影の委員長』と言われている雫に逆らうのは無謀だし、彼女の言っている事はまったくもって正しいと考え雫の後に続いた。

 

「私たちも行きますか?」

 

「そうだな。幹比古たちでも捕まえられるだろうが、後輩を指導するのも生徒会役員の仕事らしいからな」

 

 

 前に深雪が言っていたことを冗談めかしながらほのかに告げ、達也とほのかも雫と幹比古を追いかけるように第一小体育館へ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、生徒会室はお茶会状態だった。詩奈はもう帰っても良かったのだが、この場にいない達也とほのかにも改めて挨拶がしたいという理由で残っているのである。

 中学時代の話で盛り上がっている泉美と詩奈の話を笑顔で聞いていた深雪が、二人の話が途切れたところでコーヒーカップを置いて詩奈に話しかけた。

 

「ところで詩奈ちゃん」

 

「はい、会長」

 

 

 随分緊張が取れた表情で、詩奈が深雪へと向き直る。この時、詩奈はすっかり油断していた。

 

「さっきからこの部屋に知覚系魔法を侵入させようと頑張っている子は、詩奈ちゃんの幼馴染くんで間違いないかしら? 確か、矢車侍郎くんというお名前だったと思うけど」

 

「えっ……?」

 

 

 深雪はにこやかに微笑んだままだが、その双眸には強い光が宿っている。深雪の眼光に射竦められたという面もあったが、それ以上に深雪の口から聞かされた事実に詩奈はショックを受けた。一瞬の自失の後、詩奈は慌てた手つきでイヤーマフを外す。

 

「詩奈ちゃん、大丈夫なんですか!?」

 

 

 それを見て慌てたのは泉美だ。深雪は冷静な、詩奈が何故そんな行動に出たのか理解している眼で彼女を見詰めていた。詩奈に声を掛けようとする水波を、深雪は唇に指をあてるジェスチャーで制止した。

 詩奈の聴覚と魔法知覚に直接関係は無いが、詩奈の実感として耳栓を外した方が外部の魔法的な波動に対する感覚が鋭くなるのだ。物理的に音を減衰させるイヤーマフが無ければ、詩奈は日常生活も送れない。イヤーマフを着けていても魔法を使う分には支障はないが、外部からの魔法的な干渉に対して鈍感になる。実際生徒会室に向けられている知覚系魔法に気付けなかったのだ。

 瞼を半分閉じて、微かに耳を澄ませるような表情で意識を集中した詩奈は、すぐに目を見開いた。

 

「侍郎くん、なんてことを……!」

 

 

 彼女の口調には、驚きよりも怒りが多く籠っていた。それも、羞恥心から生じた怒りだ。

 

「詩奈ちゃん、とりあえずイヤーマフを着けた方が良いと思うわ」

 

 

 深雪の言葉に、詩奈の表情から可愛らしい怒りが消え、その代わり彼女の頬が見る見るうちに赤くなったのだった。




普通に変換できる字じゃ駄目だったのかな……

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