劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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ある意味自爆とも言えなくはない……


警戒する理由

 真由美との電話の最中、夕歌と深雪は無言で向き合っていた。普段からあまり話す間柄ではないと思っていた水波だが、こうも無言で向き合っているのを見ると、水波の胃が痛くなってきそうな気がして、水波はリビングからキッチンへ逃げ出した。

 

「あらあら、水波ちゃんが逃げ出しちゃったわね」

 

「夕歌さんが無言で睨むからですよ」

 

「睨んでるのは深雪さんでは?」

 

「私は別に睨んではいませんよ?」

 

 

 互いに笑い出したのをキッチンで聞いていた水波は、ここが戦場ではないかと錯覚しそうな恐怖に襲われた。

 

「(達也さま、早く津久葉様をお迎えに来てください。深雪様一人なら私が何とかしますから)」

 

 

 ここ最近深雪の精神面を支えているのは水波である。だから水波も深雪が一人になればなんとか出来ると思ってはいるのだが、夕歌がいるといくら立ち直ってもすぐにまた不安定になってしまうと考え、夕歌を達也の部屋に連れて行ってほしいと願ったのである。

 

「今回の電話ですが、何故夕歌さんを追い出してまで達也様は七草先輩の相手をしたのでしょうか?」

 

「さぁ? 深雪さんの側で連絡しなかった理由はなんとなく分かりますけど」

 

「あら? 私は別に七草先輩と仲が悪いわけでは無いのですか?」

 

「だって、未だに達也さんが彼女の事を名前で呼ばないのは、深雪さんを刺激しないためなのじゃなくて? お友達は元々名前で呼んでいた子が多かったし、藤林さんと市原さんは深雪さんを必要以上に刺激しないからすぐに変わったけど、彼女の事はね……よっぽど深雪さんが心配なんでしょう」

 

 

 達也に心配されているということは、深雪にとって嬉しい事だが、なんだか危険物扱いされているような感じがして今回はかなり複雑であった。

 

「もう『誓約』は関係ないんだから、深雪さんも魔法を暴走させないように感情をコントロールしなきゃいけないんじゃない? いつまでも達也さんが抑えてくれるわけじゃないんだし。そもそも、達也さんの方が地位が上になったわけなんだから、深雪さんが甘え続けるのを問題視する別の婚約者がこぞって達也さんの許にやって来る可能性だってあるわよ」

 

「それは……分かってはいるのですが」

 

 

 深雪はそこで一旦言葉を区切り、達也がいるであろう部屋に視線を向けてから真由美に対してだけ寛容になれない理由を語りだす。

 

「初対面の頃から、七草先輩は達也様との距離が近かったのです。私は当時兄妹としてしか近づけなかったのに、七草先輩は最初から男と女という関係で近づけていたのです。それが羨ましくもあり妬ましくもあったので、未だに七草先輩に対しては嫉妬の感情を抱いてしまうのです」

 

「他のお友達は? 私が聞いた限り、光井さんや北山さんも最初から達也さんにそういう感情を抱いてたらしいじゃない」

 

「あの二人は『お兄様』が名前で呼ぶことを許可しましたし、『お兄様』が名前で呼ぶことにしたから問題は無いんです。ですが七草先輩はずっと『先輩』と呼ばれていたのに、当時から近かった先輩が私以上に近くにいる存在になってしまうのではないかと思うと、どうしても認められないのです」

 

「深雪さん以上に近しい存在なんてありえないでしょ。まず一緒に住んでないんだし」

 

「今はそうですが、もうじき完成する新居。そこに引っ越せば私はこの家に一人きり……達也様から最も遠い存在になってしまいます」

 

 

 そんなことは絶対にありえないと夕歌は思ったが、深雪が本気で思っているようなので口を挿むのを止め、そのまま続きを促した。

 

「そうなれば私の代わりに達也様に最も近しい存在になり得るのは七草先輩です。同じ十師族の一員であり、達也様とそれなりに近しい距離感で過ごしていたのは彼女しかいませんから。藤林さんは、そういった抜け駆けをする人じゃありませんし」

 

「まぁ彼女もあの『七草』の人間だものね。裏で何を考えているか分からないって心配になるのも仕方がないのかもしれませんが、深雪さんの心配し過ぎではないかと思いますよ。達也さんはどう思います?」

 

 

 夕歌が誰もいないはずの深雪の背後に話しかけたことで、深雪はようやく達也がその場にいる事に気が付いた。普段であれば絶対に達也の存在に気付かない事など無いのだが、今は精神的に不安定であり、真由美の事をどう思っているか考える事に全神経を傾けていたので、達也の存在に気付けなかったのである。

 

「俺も深雪の考え過ぎだとは思いますが、確かにあの『七草家』の人間ですからね、先輩は。実際七草家にはかなり邪魔されましたし、先輩が四葉家の人間になるまではこのままの呼び方にしておこうとは思ってます」

 

「達也さんもなかなかの警戒心ね。私はそこまで交流があるわけじゃないけど、彼女相当顔に出るタイプよね? 策謀を巡らせて悪事を働くような感じには見えないけど」

 

「確かに先輩は分かりやすいですしが、それが演技であると言い切れるだけの材料がありません。妹の香澄はただ感情的に突っ走るタイプだと判断出来ますが、先輩に関してはいろいろと前科があるので判断は保留してる状態です」

 

「何かやらかしてたのね」

 

 

 真由美が一高在学中に何をしたか、夕歌には知りようがない。だが達也がここまで言うという事は相当な事をしでかしたのだろうと、真由美に対して同情する事は無かった。




保留にしてもらってるだけマシなのだろうか……

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