劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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普通の女性が見ればひくでしょうがね……


身体の傷跡

 深雪と一悶着はあったが、夕歌は考えを改める事無く達也と入浴するために脱衣所へ向かった。途中水波に複雑な視線を向けられたが、恐らく夕歌が意味ありげに告げたことを考えているのだろうと意味深に微笑むだけで何も教えてはあげなかった。

 

「何を考えているんですか?」

 

「ん? さっきの水波ちゃんの表情から察するに、達也さんの子供を身籠った時の事を妄想してたんだろうなーって思っただけよ」

 

「あれは母上の性質の悪い悪戯なのでは? さすがに水波だって代理出産を望んでするとは思えないのですが」

 

「多少はマシになってきてるとはいえ、達也さんは相変わらず乙女心が理解出来ていないのね」

 

「俺は男なので、乙女心が理解出来るとは思えないのですが」

 

「そういう事じゃないわよ。てか、達也さんもわざと言ってるわよね」

 

 

 はぐらかそうとしているのが見え見えだったので、夕歌は達也に少し強めの視線を向ける。達也もはぐらかせるとは思っていなかったので、すぐに負けを認め真面目な表情を作る。

 

「実際伯母が産んだ俺がそうだったように、代理出産だろうが次期当主として認められるわけですし、水波が代理母になる事自体に四葉家としては問題ないわけですが、水波自身の気持ちは考慮しないのでしょうか?」

 

「さっきも言ったけど、自分の子じゃないにしても、達也さんの子供を産むことが出来るということは、水波ちゃんにとっても悪くない話だと思うのよ。まぁ、達也さんの婚約者の多さを考えれば、代理出産なんてする必要は無いのかもしれないけどね。てか、達也さんが『おば』というと、どうしても『叔母』だと思っちゃうのよね」

 

「長い間はそっちでしたからね。てか、言葉で言ってる分には分からないと思うのですが」

 

「勝手に脳内変換しちゃうのよ。とまぁ、その話は置いておくとして……久しぶりに見たけど凄いわね、その傷跡は……」

 

 

 夕歌は目の前に現れた達也の肉体に刻まれた数々の傷跡を見ながら、少し申し訳なさそうに視線を逸らした。決して気持ちが悪いとか、そういう事を思ったのではなく、彼がこのように傷だらけにならなければいけなかった幼少期、自分たちは何不自由なく生活していたことにうしろめたさを覚えたのだ。

 

「昔エリカにも言った事ですが、見ていて気分が良いものではないと思いますよ」

 

「違うの。別に達也さんの傷跡を見て気分が悪くなったんじゃなく……どうして達也さんだけがこんな目に遭わなければいけなかったのかなって思って……」

 

「先代当主が俺の出自を秘密にし、本来あった魔法力を封じ、更に厳密には魔法と呼べない二つの魔法しか使えない事にしたから、ガーディアンとしての技術を叩き込むために、実際に刺して、切って、焼いた結果です」

 

 

 淡々と告げる達也とは引き換えに、夕歌の表情にはますます申し訳ないという気持ちが色濃く出ている。達也の真の力を封じていた側の人間である夕歌が罪悪感を抱いてしまうのは仕方がないのかもしれないが、達也からしてみれば夕歌が罪悪感を抱くのは的外れな同情な気がしていた。

 

「俺はあの経験があったからこそ、深雪は他の人を守れるだけの力を手に入れたと思っています。だから夕歌さんがそんな顔をする必要はありませんよ」

 

「……やっぱり達也さんって致命的にズレてるわよね」

 

「そうですか?」

 

「そうよ。でも今はそのズレがありがたいかな……ねぇ、そろそろ入りましょ? 春先とはいえ、全裸でお喋りしてたら風邪をひいちゃうし」

 

「そうですか」

 

 

 風邪をひくという心配がない達也にとって――それ以前にこの程度の寒さで体調を崩すような鍛え方をしていないので気にならないのだが、夕歌が言うからにはそうなのだろうと考え、達也は脱衣所から移動する。実際夕歌は寒くなったのではなく、恥ずかしくなったので話題を逸らしただけなのだが、残念ながら達也にその事を理解する事は出来なかった。

 

「子供の頃でも、達也さんと一緒にお風呂だなんて記憶は無いわね」

 

「文弥とはあったんじゃないですか? あいつは昔から四葉の中枢にいたわけですし」

 

「うーん……どうだったかしらね? 文弥君は恥ずかしがって一緒に入りたがらなかったような気もするわね」

 

 

 実際文弥は誘われては逃げ出す、を繰り返しており、一緒に入った経験はない。一回亜夜子が強引に入れようとして大泣きして以降、冗談でも文弥をお風呂に誘ったりはしなくなったのだ。

 

「そう考えてみると、私異性とお風呂って初めてかもしれない。お父さんともなかったし」

 

「俺もだと思います」

 

「そうなの? 深雪さんとかとは一緒に入ったりとかはなかったの?」

 

「深雪と同居し始めたのは小学校に入ってからですし、仲の良い兄妹になったのは中一の夏以降ですからね。一緒に風呂に入る歳じゃないでしょうに」

 

「深雪さんならありえそうだけどね。達也さんはそう言ったところでは常識人だものね」

 

 

 夕歌の「そう言ったところ」という単語に引っ掛かりはしたが、達也は特にツッコむ事はしなかった。

 

「てか、異性の裸を見てるっていうのに、達也さんって何の反応も示さないのね」

 

「俺が無表情でいる時は、本当に興味がない時か、俺が処理出来る範囲を超えたかのどちらかです」

 

「えっ?」

 

 

 いったい今はどっちなのかと聞きたかったが、聞いて恥ずかしい思いをするのは自分だという思考が働き、夕歌はそれ以上聞くことを諦めたのだった。




努力の跡ですが、あんまり見たくないかな……

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