電話の内容が気になりつつも、立ち聞きなどという行儀の悪い事はしなかった深雪は、リビングから戻ってきた達也と夕歌を、ごく自然に出迎えたつもりだったが、達也には深雪の動揺が完全に伝わっていた。
「深雪、何か気になることでもあるのか?」
「い、いえ……はい」
否定したところで達也にはバレていると理解したのか、深雪は素直に答えて視線を達也と夕歌の両方に向けた。
「叔母様のお話はどのようなものだったのでしょうか?」
「だいたいはさっきの報告についてのものだ」
「では『だいたい』に当てはまらない部分はなんなのでしょうか」
「その事ですが、そろそろ深雪さんにも連絡が行くと思うんですけど」
夕歌が楽しんでるのを必死に隠しながらそう告げると、そのタイミングで深雪の端末にメール着信のメロディーが流れた。
「……叔母様が認めている以上、私がとやかく言える立場ではありません。が、達也様は高校生ですので、夕歌さんはその事をお忘れなきように」
「分かってるわよ。というか、そういう事を考えちゃう深雪さんこそ、私が石川に向かった後で達也さんを襲ったりしないようにね」
「私はそのような事は致しません! 中一の夏からずっと達也様と一緒だったのですから、後一年くらい我慢出来ます」
「中一の夏からって、その時は達也さんと血の繋がった兄妹だと思ってたのよね? 随分とアブノーマルな思考の持ち主だったんですね」
当時から深雪が達也に対して向けている感情を理解してはいたが、改めて本人の口から聞かされるとそういいたくなるのは仕方ない事だろう。
「ではもし夕歌さんが私の立場だったとして、命の恩人という表現すら生ぬるい程の恩を受けた相手に特別な感情を抱かない自信はあるのですか?」
「達也さんの魔法で深雪さんが産まれ直させてもらったのは知ってますけど、感謝するのと異性として見るのはまた違うのではありませんか?」
「ですが、私が達也様に受けた恩に報いるにはもうこの身を自由にしていただくしかなかったのですよ? この命すら、達也様から頂いたものなのですから」
「中一の女子が考えるような事じゃないと思うけど……深雪さんは特に淑女として振る舞うように躾けられていたはずなのに」
「確かにお母様からは常に淑女らしく振る舞うように躾けられていましたが、あのような事をされてはそう思ってしまっても仕方がないんです!」
実際死んでいたはずの深雪がこうして今生きているのも、達也の魔法があったからだと夕歌も理解はしている。だが血の繋がった兄だと思っていた相手に恋愛感情を抱いてしまう程だろうかと疑問は残る。もともとそういう思考の持ち主だったのならまだ分かるが、あの時の達也と深雪の関係はかなり冷え切っていた。いかにも主と使用人という感じで、兄妹の絆など全くなかったと夕歌は思っていたのだ。
それが沖縄の事件以降、深雪は達也にべったりで、亡くなるまで深夜が嫌そうな顔をしていたのを夕歌も何度か目撃していた。
「深夜さんが亡くなってから、深雪さんのブラコン度に拍車がかかったものね……あれでもかなり我慢してたんだなって思ったけど、まさか異性として見てたとはね」
「諦めなければとは思っていました。気持ち悪い妹だと思われるんじゃないかと恐れていました。ですがこの気持ちだけは否定出来なかったのです」
「まぁ真夜さんと近しい血筋なわけだし、達也さんに過剰な愛情を抱いてしまっても仕方がないのかもね。もしかしたら深夜さんもあの実験で達也さんに対する愛情を失ってなかったら溺愛してたかもしれないしね」
深夜と真夜は双子だからそれもあり得たのかもしれないと、夕歌はもしそんな展開になっていたら大変な事になっていただろうなと、達也に同情的な視線を向けた。
「何を考えたのかは知りませんが、その視線は止めてもらいたいですね」
「ゴメンなさい。でも、やっぱり達也さんはモテモテなんだなーって思ってつい。身内からこれだけ愛されるなんて滅多にないと思うわよ?」
「とにかく、夕歌さんはお相手が高校生だという事をくれぐれも忘れないようにしてくださいね」
「分かってるわよ。というか、私は任務で出かけるんだから、身籠っちゃったら大変でしょ? あっ、身籠るといえば、水波ちゃんにも連絡が行くかもしれないからって真夜様から伝言を預かってたんだったわ」
「私に、ですか?」
急に名前を呼ばれて水波は怪訝そうに首を傾げる。この流れで自分の名前が出るとは思っていなかったのと、何故自分が関係するのかが分からなかったからだ。
「水波ちゃんにとっても悪い話ではないと思うわよ」
「はぁ……」
「水波ちゃんが達也さんの子供を産めるかもしれないって話だから」
「っ!? どういうことですか!」
「別に達也さんが水波ちゃんを孕ませる、とかいう流れじゃないから安心しなさい」
すべての内容を知っている夕歌は、達也の前だというのに水波を問い詰めようとした深雪を落ち着かせる。
「ただもしかしたらってだけの話だから、水波ちゃんも頭の片隅にでも覚えておいてくれればいいってだけよ」
「はぁ……良く分かりませんが、後程本家から連絡が来るのですよね?」
「それは間違いないわ」
「なら、今は理解出来なくても良いです」
いまいち納得は出来ない表情だったが、後でちゃんとした説明があるならいいかと、水波は夕歌の話をそこで切ったのだった。
四葉の女性は危ない思考の持ち主なのだろうか……