真由美たちがそれぞれの恋愛事情で盛り上がっているのと時を同じ頃、北陸臨海部は全身の肌がひりつくような緊張感に覆われていた。昨日から佐渡近海で目撃されている不審船の所為である。
五年前、大亜連合の沖縄侵攻と時期を同じくして、佐渡は新ソ連の物と思われる小規模部隊の上陸を許している。小規模といっても、佐渡に駐留していた守備隊を蹂躙し、島の重要施設を占拠する戦力を有していた。その際、多くの民間人が犠牲になっており、島内の魔法研究所の所員だった吉祥寺の両親も、この時の戦闘に巻き込まれて命を落としている。
新ソ連は未だに、佐渡に上陸した部隊が自国のものだと認めていない。だが新ソ連政府が恍けようが居直ろうが、地元の人間にとっては関係が無かった。二度と、自分たちの郷土を踏み荒らさせはしない。それが何処の国の軍隊であろうと、何処の組織に属する武装集団であろうと。
侵攻部隊を撃退した義勇兵は、あの時、一人残らず心にそう誓った。彼は今、あの時の誓いを果たす為に、こうして集まっているのだ。
新たに組織された義勇兵の中には、五年前抵抗の術を持たず家族を奪われた者も含まれている。彼らもかつて命を賭して戦った者たちと誓いを共有していた。新ソ連が正体を認めない武装勢力の軍靴に踏みにじられた時、両親を失った吉祥寺も、その内の一人としてこの場に立っている。
「ジョージ、余り気負いすぎるなよ」
「それは僕のセリフだよ、将輝」
吉祥寺に復仇の念が無いはずがない。今回目撃された不審船の正体も、新ソ連の工作部隊であることは確実と見られていたからだ。その事を心配して声を掛けた将輝だったが、少なくとも表面上、吉祥寺は自分の感情をコントロールしている。
「……その調子なら大丈夫そうだな」
彼の隣で将輝はその事にホッとしていた。
「全員、準備は良いか!」
「おおっ!」
義勇兵部隊の指揮官を務める一条家当主・一条剛毅が集まった戦士たちに声を掛け、その覚悟を問うた。義勇兵が一斉に声を上げ、将輝と吉祥寺も闘志を雄たけびにして放った。
「よぉし! 全員行くぞっ!」
「おおっ!」
百九人の魔法師が、海底資源捜査船の名目で所有している三隻の装甲船に声を上げながら乗り込む。一条家が動員できる男性魔法師の殆どがこの場に集結していた。彼らが乗船する装甲船はミサイルやフレミングランチャーを搭載できなかった代わりに――民間船なので当然である――昔流の重装甲を備えた船だ。昔流といっても現代技術の恩恵で速度はそれほど犠牲になっていない。残念ながら、小回りが利かないという欠点は残っているが。
ミサイルや砲弾なら魔法で防御出来る。魔法師にとって、機銃や体当たりの方がむしろ厄介なのだ。魔法師の集団を運ぶ船に重装甲を使うのは、合理的な選択だと言える。
三隻の船団が出港する。三隻の内二隻は佐渡に上陸。一隻は海上の不審船に向かう予定となっている。昨日佐渡沖で日本の領海に入った不審船の行方は、成層圏カメラがしっかりと捉えている。
当該船の現在位置は(領海外という意味で)公海上だ。継続追跡権は発生していないから経済水域内でも日本の経済利益を侵害していない限り拿捕する事は出来ないが、接近するだけで牽制にはなるし、向こうから撃ってくれば話は別である。
港を離れてすぐ、剛毅は傍らに立つ少年に声を掛けた。
「真紅郎、気分はどうだ」
吉祥寺と、そして将輝は、剛毅と同じ船に乗っていた。
「は、はい! 平気です!」
「怖くはないか?」
「……正直なところ、少し怖いです」
「それで良い」
吉祥寺の答えを聞いて、剛毅は満足げに頷いた。怒りや憎しみで恐怖が麻痺している状態では、正常な判断力を発揮する事は望めない。勇敢に戦って、早死にするだけだ。剛毅は自分に従う者たちにそのような戦い方をさせるつもりは無かった。
吉祥寺に話しかけその答えに満足した後、剛毅は自分の息子に目を向ける。
「将輝」
「はい」
「お前はまさか、恐怖を覚えてはいないだろうな?」
「分かっています、恐怖は見せません」
恐怖を覚えていないのではなく、恐怖を見せない。将輝の返事に、剛毅は男臭く、不敵に笑った。
「良し。お前には先陣を切ってもらう。沖縄諸島海域で四葉家の司波達也殿が武功を上げたばかりだ。無様は許さんぞ」
「心得ています」
沖縄諸島、久米島沖人工島に対する破壊工作を達也が未然に防いだことは、一般には秘匿されている。だが十師族の各当主に対しては、概要が明かされていた。十師族各家が魔法により実戦を行った場合は、規模に拘らずこれを師族会議に報告する義務がある。魔法の私的濫用をけん制する為に定められた措置だ。
忠実に守られているとは言えない規則だが、今回は国防軍との共同作戦ということもあり、四葉家は他の九家に対してすぐに事実の一部を伝えた。
本来は当主限りの情報で、実際に泉美や香澄、七宝琢磨や三矢詩奈はこの事を親から聞かされていない。だが剛毅は将輝に対して、その日の夜にこの情報を伝えた。
目的は当然、息子に発破をかける事だ。そしてこれまた言うまでもないことだが、剛毅の狙いは的中し、翌日から将輝は訓練にますます熱を入れるようになったし、今も闘志に満ち溢れている。
「司波達也殿と司波深雪嬢の婚約は法的に認められているものだ。それを覆す為にもしっかりやれよ」
「分かってる」
隊長と一兵士ではなく、親子としての会話に、傍で聞いていた吉祥寺も将輝の気合いの入りように納得したのだった。
男しかいないのは兎も角、男くさいのは嫌だな……