夕食を済ませた深雪は、夕歌と二人でお風呂に入っていた。夕歌は達也と入りたがったのだが、さすがにそこまでは許容できないと深雪が多少強引に夕歌を連れて風呂場へやって来たのだ。
「深雪さんって他の婚約者にもこんな感じなの?」
「こんな感じとは?」
「達也さんにくっついたり甘えたりしてるのを見て苛立って、その人の邪魔をしたり、自分も一緒になって甘えてみたりと、独占させないようにしてるのかなって」
「最近はそこまでではないと思っているんですが、今回のはさすがに夕歌さんがやり過ぎです」
「そうかな?」
夕歌としてはこれくらいは許してくれても良いんじゃないかと思っているようだが、自分以外の婚約者もさすがに許容してくれないだろうと深雪は確信している。
「大勢で入るならまだしも、お風呂に二人きりなんて許せるわけないじゃないですか! こんな狭い空間に裸の達也様と二人きりだなんて……たとえ天が許してもこの私が許しませんよ」
「大袈裟ね……でもまぁ、真夜様もさすがに許してはくれなかったでしょうね。真夜様も達也さんとお風呂に入りたがってたし、私が先に達也さんと一緒に入ったなんて知られたら、最悪殺されてしまうでしょうし」
「叔母様もなのですか!? でも、叔母様は達也様の実の母親……幼少期に出来なかった母子のスキンシップを堪能したがるのも仕方がない事なのでしょうが……やはり認められません」
「達也さんの事になると深雪さんは厳しいわね……それだったら先に深雪さんが経験して、その後で私たちが経験すればいいんじゃないのかしら?」
夕歌の提案に、深雪は物凄く分かりやすく動揺する。具体的には、シャワーを水のまま噴射し、頭から水を被るという失敗を演じたのだ。
「大丈夫?」
「え、えぇ……このくらいなんともありません」
「それで、深雪さんは何を想像したのかしら?」
「な、なにも想像してません! それよりも、やはり結婚前の男女がそういう事はいけないと思います」
「別に婚前行為が皆無ってわけじゃないんだし、婚約してるんだから別に良いと思うけど――別に『そういう事』をしたいとは一言も言ってないんだけど?」
夕歌の言葉に、深雪の顔は今まで以上に赤くなり、自分から必死に視線を逸らして落ち着きを取り戻そうとしているのが良く分かると夕歌は内心微笑ましげに思ったが、もちろんそんなことを口に出す事は無かった。
「深雪さんが達也さんと『そういう事』をしたいと思っているのは分かったけど、達也さんの立場を考えるとさすがに踏み込めないわよね」
「もし達也様と『そういう事』が出来るのなら、藤林さんなどは既にやっているでしょうしね」
「魔法師から見れば、藤林さんは早めに子供を求められる立場になりつつあるからね……世間から見れば、まだ十分若いんでしょうけども」
「藤林さんの場合、年齢ではなく家柄的にも早く跡取りをという声が強いみたいですよ。古式魔法の名門藤林家としてもですが、九島家としても」
「ましてお相手が達也さんだもんね」
四葉家と九島家はそれほど確執は無いが、七草の悪だくみを黙認し、達也からパラサイトを横取りした件で多少なりとも四葉との関係が悪化しているのだ。そんな時に響子が達也と婚約すると聞かされ、関係修復の絶好の機会と九島本家は喜んだのだった。
「何だか政略結婚みたいな感じよね、そこだけ見ると」
「ですが、藤林さん本人の意思で達也様と婚約したわけですから、恋愛結婚でもあるのかもしれませんね」
「他にもいろいろと政略結婚みたいな感じの人もいるけど、誰一人家に強制されたわけではないと主張するでしょうね」
「七草先輩や一色さんなどはそうでしょうね。家柄を考えると政略結婚の道具と思われてても仕方がないわけですし」
「二十八家の人間が幸せな結婚が出来るなんて稀だと思うのよね……真夜様は独身だけど、深夜さんは魔法力が高いってだけで龍郎さんと結婚したわけだし」
「その所為であの人はお母様のご機嫌を窺う事だけに奔走し、いろいろと無駄なものを買ってはお母様にプレゼントしていました」
その一つが中一の夏に訪れた沖縄の別荘なのだが、あれはあれでよかったと深雪は思っている。あの別荘を龍郎が深夜に贈っていなかったら、達也の真価を知ることなく過ごしていたのかもしれないのだから。
「愛のない贈り物でその人の気を引こうだなんて、やっぱりあの人は浅はかなのでしょうね」
「だって、深夜さんと結婚してもなお、今の奥さんとの交際は続けてたんでしょ? しかもバレてないと思ってたわけだし、浅はかというよりかはバカだったんじゃないかな? って、深雪さんのお父さんに失礼かもしれないけど」
「生物学上父親というだけですので、別に問題はありません。そもそも達也様を自分たちの収益の為だけにFLTに縛り付けようとした愚か者など、血縁を認めたくもないです」
「相変わらず父娘関係は冷え切っているのね。まぁ、龍郎さんの行動を考えれば当然だろうけどもね」
「この家も名義上はあの人のものですが、元々はお母様の物ですし、その後は私と達也様が生活して、諸々の税金は達也様が納めていますから、あの人がここに住みたいと言って来ても断りますがね」
「といっても、達也さんはもうじきここを出るわけだし、その後はどうするの? 深雪さんが一人で守ってくのかしら?」
「地下にはいろいろと見られたらマズいものがありますし、安全に運び出せるようになるまでは私と水波ちゃんがこの家に残る事になってます」
「そうなると達也さんもたまにこの家に戻ってくるわけだし、完全に深雪さんだけ孤立するわけじゃないのね」
最初から知っているだろうと深雪は思ったが、夕歌の態度を見てその言葉は飲み込み、ただ笑みを浮かべて頷いたのだった。
てか、もう出てこないだろうな……