一高本部に戻った真由美たちの元にも、新人戦スピード・シューティングの結果が届けられた。
「三人共予選突破か……」
「今年の一年女子は特にレベルが高いのか?」
決勝トーナメントに進出するのは、予選二十四名の内八名。その八名の中に、同じ学校からエントリーした三名が共に入ってるというのは、本戦、新人戦を通じて過去にあまり例が無い。だから摩利のつぶやきもある意味ではそう感じられていてもおかしく無い事なのだ。
「摩利、分からないフリは止めたら?」
だが、この天幕に集まっている一高幹部には、スピード・シューティングの結果が良いのは、個人技能だけではない事を分かってる人間が集まっているのだ。
真由美のツッコミに、肩を竦めて降参のポーズを見せた摩利。話を逸らすように別の話題を振った。
「バトル・ボードの方はどうなってる?」
「男子は二レース終了していずれも予選落ち、女子は一レースに出場して予選突破です」
摩利の問いかけにわざわざ携帯端末を取り出して鈴音が答えた。
「男子はあと一レースか。女子の方では光井さんが午後のレースで予選突破確実でしょうから、こっちもあーちゃんが頑張ってるかな」
真由美の独り言のようなつぶやきに……
「当校ももう少し技術者の育成に力を注ぐべきだろうな」
自分の端末で同じ成績表を見ていた克人が、苦味の混じった声で応じたのだった。
スピード・シューティングの準々決勝は四つのシューティングレンジを使用して行われる。決勝トーナメント進出の八名が全て別々の学校であれば四試合同時に行われるが、同じ学校の選手が含まれている場合、試合が重ならないように時間が調整される事になる。
とは言っても、同じレンジで一試合ずつ行う準決勝に比べると、如何しても各試合のインターバルは短くなってくる。今回の第一高校女子チームのように、三名が準々決勝に進出すると、エンジニアは非常に忙しい思いをする事になるのだ。
「達也さん、大丈夫?」
「大丈夫だ」
天幕に駆け込んできた達也が、心なしか疲れているように雫には見受けられたのだ。だが、達也は雫を安心させるように短く答えて、すぐにCADの最終チェックを始めた。
「予選で使ったのとは全くの別物だからな。あまり時間は無いが少しでも違和感があったら言ってくれ。可能な限り調整する」
「そんなの無いよ。むしろしっくりしすぎて怖いくらい」
「そうか」
達也がホッとした雰囲気になったのを感じ取って、雫は気合の入った顔を向けた。
「二人共勝ったんだよね」
「ああ」
二人とはチームメイトの事だ。雫と同じく決勝トーナメントに進んだ二人はいずれも準決勝に勝ちあがりを決めている。
「大丈夫、何時も通りにやれば雫も勝てるさ」
頭を撫でながら雫を励ます達也。一度気を許しすぎと思い止めたのだが、雫から懇願された為、深雪がいない場所ならと言う条件付で雫の頭を撫でる事を承諾したのだ。
「もちろん! 優勝する為のお膳立ては達也さんが整えてくれたんだから、あとは優勝するだけだよ」
「その意気だ」
もう一度頭を撫でて、達也は雫を送り出した。
試合は明らかなワンサイドゲーム、雫の圧勝だった。
「今のは移動系? ……いや違うわね収束形?」
大局は決まっているので、モニターを見ながら真由美は雫の魔法について考察を始めた。
「ご名答です」
真由美の推察を、答えを知っている鈴音が肯定した。モニターでは有効エリアに入ったクレーが砕け散った。
「今のは予選で使った魔法よね?」
「はい、収束系と振動系魔法の連続発動ですね」
対戦相手の二高の選手の戦法は、実にオーソドックスなものだ。だが先ほどからエリア中央付近では頻繁に的を外しているのだ。外線部では殆ど命中させてるから、本人の技術的の未熟の所為というよりも、何か原因があるように真由美には思えた。
「有効エリア内を飛び交うクレーをマクロ的に認識して中央部における紅色のクレーの密度を高める収束系の魔法の影響で、白のクレーが中央部からはじき出されてるのは分かるんだけど……標的が複数の場合、振動系が発動する前に衝突するようにスケジュール設定されているのかしら?」
口に出した推論を自分でも信じていないのは、真由美自身の口調が物語っている。そんな時間を設けるメリットは何も無いのだから。
「会長、私は『収束系と振動系魔法の連続発動』と申し上げたはずですが」
少し人の悪い笑みを含んだ声で、鈴音は真由美の勘違いを正す。真由美は言葉の意味を即座に理解して、反射的に反論の声を上げた。
「嘘! 特化型CADは系統の組み合わせが同じ起動式しか格納出来ないはずよ!?」
「お疑いはもっともですが、あれは特化型では無く汎用型CADです」
鈴音の回答は更なる混乱を真由美にもたらした。
「そんなのありえない! 汎用型CADと特化型CADはハードもOSもアーキテクチャからしても違うのよ。そして照準補助装置は特化型のアーキテクチャに合わせて作られてるサブシステム。汎用型CADの本体と照準補助装置をつなぐ事なんて技術的に不可能なんじゃない?」
真由美の語気は徐々に落ち着いたものになっていったが、紅潮した頬にまだ覚め切れぬ興奮が見て取れる。それをみて鈴音の笑みも穏やかで大人びた相手を落ち着かせるものに変わっていった。
「私もそう思ってましたが、実際は可能でしたね。これは司波君のオリジナルではなくドイツで一年前に発表されたものだそうですよ」
「……一年前なんて、殆ど最新技術じゃない」
「この程度で驚かない方が良いですよ、会長。彼に口止めされてますが、もっと凄い最新技術を司波君は用意してますから」
「ハァ……まあ秘密と言うのなら訊かないけど……でも、リンちゃんには話して私には話せないなんてちょっとショックかも……達也君はリンちゃんの方が好きなのかな……」
「はい?」
「な、何でも無い!」
最後の方は鈴音も聞き取れないくらいの小声だったので、真由美は慌てて何でも無い事をアピールした。
「まあ会長は選手ですから。きっと彼は会長を動揺させたくなかったのでしょう」
「まぁね……こんな術式があるなんて事前に聞かされたら、確かに動揺したかもね」
ため息を吐きながら視線をモニターに戻すと、残り時間と得点が表示されているのが目に入った。
「相手になってないわね……」
「北山さん自身の能力もですが、それに司波君の技術力も合わさってますからね。一年生では太刀打ち出来ないでしょう」
対戦相手に若干の同情を込めた感じの視線を向け、それでも一高の勝利をどこかで喜んでいる二人だった。
説明長い……