劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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非情に優秀ですね


水波の慰め方

 リビングに一人残された深雪は、背後に控えているであろう水波に声を掛ける。

 

「水波ちゃん、いるわよね?」

 

「はい、何か御用でしょうか」

 

「少し聞きたい事があります。私と水波ちゃんの分の飲み物を用意してください」

 

「かしこまりました」

 

 

 達也と同じ理由で自分の分を用意するように言ったのだろうと解釈して、水波は一礼してから一度キッチンに引っ込み、深雪と自分の分の飲み物を持ってリビングに戻ってきた。

 

「水波ちゃんは知っていたのかしら?」

 

「私は何も聞かされておりません」

 

「じゃあ、さっきの話を聞いてどう思った?」

 

 

 深雪は、水波が先ほどの話を聞いてたことを前提で話を進める。水波もそう思われていると理解しているので、下手な誤魔化しはせずに素直に答える。

 

「最も簡単で確実な解決方法だと思います。それが正しいかは分かりませんが」

 

「達也様が先ほど藤林さんからの電話の内容だといっていた事と、叔母様の話の内容が全く一緒だったのは偶然だと思う?」

 

「偶然の可能性も否定出来ませんが、達也さまは予め真夜様からお電話があることを知っていたのではないでしょうか。それを踏まえて考えれば、深雪様が受ける衝撃を少しでも減らす為に、あのようなお話をしたのではないかと考えます」

 

「予め知識があったとしても、私は衝撃を受ける事には変わらないのだけど?」

 

「達也さまは前々より、深雪様に全てを教えるわけではなく、必ずご自身で考えさせる傾向が見られますので、今回もその言った事ではないのでしょうか。達也さまがお考えの事を私如きが理解出来るはずもありませんが、深雪様ならなんとなく達也さまの真意が分かるのではないでしょうか」

 

「私だって、達也様の全てが分かるわけではないのだけどね」

 

 

 水波の慰めとも取れる言葉に対して、深雪は複雑な表情を浮かべながら俯き、水波が淹れた紅茶を口に含む。

 

「達也様がお考えになられている事を全て理解するのは不可能よ。そんなことが出来るのなら、私だって達也様のお手伝いがもっと出来たでしょうし」

 

「ですが、達也さまの事を最も理解しておいでなのは深雪様だと思いますが」

 

「どうかしらね……叔母様や亜夜子ちゃん、夕歌さんもいるし、あの人が生きていたら恐らく私なんかよりも達也様の事を理解していたでしょうし」

 

「『あの人』ですか?」

 

 

 深雪が誰を指しているのか、水波は一瞬分からなかった。だが、深雪が自分の事をジッと見ているのに気付き、深雪が誰を思っていたのかを理解した。

 

「私の伯母に当たる調整体魔法師、桜井穂波ですか」

 

「えぇ。穂波さんは私やお兄様の事を何でも見通してた気がしたから……さすがにお兄様の魔法の事は知らなかったようですがね」

 

 

 深雪が『達也様』ではなく『お兄様』と呼んでいる事に水波も気づいたが、意図的にそうしているのだろうと思い指摘はしなかった。

 

「あの頃の私と比べれば、今の私は達也様の事を深く理解しているつもりだけど、同じ年数穂波さんも一緒に過ごしていたのなら、恐らくは穂波さんには勝てなかったでしょうね。穂波さんが生きていれば、四葉家の次期当主は私のままだったでしょうし、お兄様は穂波さんと結婚して四葉家内でひっそりと過ごす事になっていたでしょうしね」

 

 

 それだけ桜井穂波という人物は達也と近しかったのかと、水波はまともに会った事がない相手に嫉妬を覚える。自分の気持ちは恋ではないと割り切ってはいるが、達也の事を理解出来る人物がいたという事に嫉妬したのだろうと、自分の気持ちを分析した。

 

「ですが、その女性はこの世には存在しません。その相手と比べる事は無意味ではないでしょうか」

 

「死んでしまった人を超えるのは難しいと思うのよね……達也様はいろいろと特殊なお方だから分からないけど、死んでしまったらその人は永遠に相手の心に住み続ける。その人の心に住み続けている相手を超えて漸く、私個人を見てもらえるんだと思うのよね……」

 

「どれだけ強い絆があろうと、達也さまと深雪様の関係を超えられるとは思えないのですが……」

 

「穂波さんが生きていた時と今とでは、私と達也様の関係は全く違うもの……あの時は普通のとも言えない兄妹関係だったしね」

 

 

 深夜が必要以上に達也と関わることを禁止していたこともあるが、あの時の自分は達也の真の力を理解しようともせず、魔法が苦手な男の子としか思っていなかったのだと、深雪は過去の自分を思い返して苦笑を浮かべる。

 

「お兄様に助けていただき、お兄様に生まれ変わらせていただいたのにも関わらず、私は達也様の事をまるで理解出来ていないのよ……」

 

「深雪様……」

 

 

 下手な慰めは効果が無いだろうろ考え、水波は何も言わずに深雪の言葉を待つことにした。

 

「さっきの話だって、叔母様と達也様は至極当然のように話されていたけど、私はショックでまともに話せなかったもの……それくらい、私と達也様とでは違いがあるのよ」

 

「これからいうのは、あくまで私個人の考えです。独り言だと思ってください」

 

「水波ちゃん?」

 

 

 水波の前置きが気にはなったが、深雪は彼女が何も答えないと理解すると黙って彼女の独り言を待った。

 

「全てを理解するなど、誰にも不可能だと思います。その人はその人であって、自分とは違うのですから。ですが、少しでも理解しようと思うだけで、その人に近づけるのではないでしょうか。そして、少しでも近づければ、いずれその人の考えを理解出来る日が来るのではないでしょうか」

 

 

 そう一気に言った水波は、空になったカップを二つ持ち、深雪に一礼してリビングから去っていった。残された深雪は、水波の言葉を反芻し、少し気が楽になったような表情で自室に移動したのだった。




年下とは思えないほど落ち着いてるな……

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