劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

1016 / 2283
真夜がかけると脱線しますしね……


真夜の嫉妬

 葉山が達也に電話しているのを、真夜はすぐ近くで聞いていた。別に割り込んでも葉山も達也も気にはしなかっただろうが、先に深雪に知識を与えておくという考えを自分が仕組んだと達也に思われたくないのでずっと黙っていたのだった。

 

「真夜様、先ほどから私めを見ておられますが、何か不自然なものでも?」

 

「葉山さんは何時でもたっくんと話せて羨ましいなと思っただけよ」

 

「真夜様も、今は誰も邪魔することなく達也殿と会うことが出来るではありませんか」

 

「そういう事じゃないのよ。というか、葉山さんも分かっててはぐらかしてるでしょ?」

 

「滅相もございませぬ」

 

 

 葉山の韜晦に、真夜はつまらなそうに彼が淹れてくれたハーブティーを口に含んだ。

 

「深雪様はあの考えに至るでしょうか?」

 

「深雪さんも賢い子だから大丈夫でしょ。それに、たっくんがその考えに至るように導くでしょうし」

 

「桜井水波もおりますしな」

 

「水波ちゃんも賢いものね。しかしまぁ、ガーディアン見習いとしての地位を与えるからメイドとしての職は解任すると言ったはずなのにねぇ……」

 

「彼女にとって、深雪様と達也殿のお世話をするのが生き甲斐なのでしょうな」

 

 

 ガーディアンとしてもしっかりと務めている以上、水波がいまだにメイドのように振る舞っている事をとやかく言う事は、いくら真夜でもしなかった。元々メイドとして働いていた水波をガーディアンに仕立てたのはこちら側なのだから、その仕事をしっかりとしているのに生き甲斐を奪うのもどうかと思っているのだ。

 それ以上に真夜が水波にメイドとしての務めを放棄させられない理由は、達也がその事に何も言っていないからなのだ。達也が水波がメイドとして働いている事に少しでも不快感を示してくれれば、すぐにでも当主権限でメイドとしての仕事を全面的に禁止出来るのだ。だが、今の状況でそんなことをすれば、もしかしたら達也からも冷たい目で見られるのでは、という恐怖心が真夜を襲っているのである。

 

「そろそろ深雪様はあの考えに至った頃でしょうな」

 

「まだ三十分も経ってないわよ?」

 

「達也殿の仕事の速さは、真夜様が一番理解しておいでだと思いますが」

 

「まぁね……でも、このタイミングで電話を掛けたら、またたっくんに盗撮してるのかと疑われちゃうだろうし」

 

「では、もう少しお休みになられてからにしますか? あまり遅いと、今度は深雪様がお休みになられてしまうかもしれませぬが」

 

「まだそんな時間じゃないけどね。もう一杯お茶を飲んでからにしましょう」

 

「畏まりました」

 

 

 空になったカップに視線を向けた真夜に、葉山は恭しく一礼してハーブティーを注いだ。その動作を眺めながら、真夜はロシアの戦略級魔法師二人の密談の事を考えていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也から聞かされた軍内部の情報を頭の中で整理しながら、深雪は部屋でため息を吐いていた。達也が軍内部の情報を簡単に自分に話してくれるとは深雪も思っていない。つまりあれは例えばの話であって、もしかしたら日本軍内部の話ではないのではないか、という考えが深雪の頭の中を占領していた。

 

「そう考えると、電話の相手も藤林さんではないのかもしれないわ……じゃあ、いったい誰……」

 

 

 電話の相手について考え始めたタイミングで、水波から内線が入った。

 

「はい?」

 

『お休みのところ、申し訳ございません』

 

「構わないわよ。それで、何かあったの?」

 

『真夜様からお電話です。達也さま、深雪様両名にお話があるとの事です』

 

「分かった。すぐに準備しますので、もうちょっとお待ちいただいて」

 

『それほど急がなくてもよい、との事ですが』

 

 

 水波からの伝言を聞いても、深雪は準備の手を緩める事はしない。幾ら急がなくても良いといわれても、それでゆっくり出来る程深雪は考え無しではないのだ。

 部屋着から着替え駆け足でリビングに向かう途中で、部屋から出てきた達也と合流する。達也も部屋着から着替えてはいるが、深雪ほど緊張した様子は感じられなかった。

 

「達也様、叔母様はいったいどのような用件でお電話を?」

 

「なにか四葉にとって不都合な動きでもあったのだろう。直接俺たちになにかをさせるわけではないだろうが、注意喚起の意味合いではないだろうか」

 

「そうでしょうか……深雪は何か不吉な予感がしてならないのです」

 

 

 震える深雪の肩を、達也は力強く抱き寄せ、頭を軽く撫でる。

 

「考えすぎだと断言出来るだけの情報がないから何とも言えないが、お前の事は俺が守る。だから、安心しろ」

 

「はい、達也様……」

 

 

 思わず『お兄様』と言いそうになってしまったが、そこはしっかりと『達也様』と呼んだ。恐らく『お兄様』と呼んでも達也は気にしないだろうが、この状況で『お兄様』と呼んでしまっては婚約者失格だと深雪は思ったのだった。

 

「母上と話す前に、その顔を何とかしないとな」

 

「これは達也様が悪いんです」

 

 

 ムスッとした表情を浮かべながら達也から視線を逸らす深雪。だが彼女の本心は、達也に抱きしめてもらい、更に頭まで撫でてもらった事で幸せいっぱいなのだ。拗ねた表情を作ったのだが、達也にはその本心がバレバレで、にやけた表情をどうにかしなければ、また真夜にとやかく言われるという理由で指摘したのである。

 もちろん深雪もその事は理解しているので、自分の気持ちを落ち着かせるために達也から視線を逸らしたのであり、これから真夜と話すという事を自分に言い聞かせ、平常心を取り戻したのだった。




仕事の速さもさすがお兄様……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。