北山家の別荘から帰宅した達也は、再び葉山から連絡を受け地下室へ移動した。
「また何かあったのですか?」
『さすが達也殿。今回はちょっと面倒な事になりそうなので、奥様が深雪様にもお話しておいた方が良いと判断されましたので、後程お電話を差し上げる形になりますが、先に達也殿にはお話しておいた方が良いと私個人が判断した次第でございます』
「それほど厄介な事なのですか……」
達也は盛大にため息を吐きながら、葉山の話を聞く体勢を取った。
『恐らく、としか言えませぬが……』
「つまり、四葉の情報網を以てしても詳細は掴めなかったというわけですか」
『USNAとはわけが違いますからな……』
「USNA軍に忍び込めているだけでもすごいと思うのですが……それで、どれほど厄介な状況なのか説明していただいても?」
『そうですな……』
葉山は少し言い辛そうな空気を醸し出しながらも、少しの間をおいて報告を始めた。
『ロシアの公認戦略級魔法師であるところのレオニード・コンドラチェンコとイーゴリ・アンドレビッチ・ベゾブラゾフが密会したとの情報を入手しました』
「国家公認戦略級魔法師同士の密会ですか……話した内容は分からないのでしたね。葉山さんはどんな話し合いがされたと思いますか?」
『皆目見当もつきませぬ……ですが、ここ最近の世界情勢を鑑みて、魔法師と非魔法師との関係悪化をどうにかする為の話し合いではないかと』
「可能性はあるでしょうね。確かレオニード・コンドラチェンコは軍属でしたよね。軍の魔法師と非魔法師の関係修復が目的であるなら、どこかに兵を派遣するとかの話し合いかもしれませんね。イーゴリ・アンドレビッチ・ベゾブラゾフは国防大臣に匹敵するほどの発言力を持った人物だと聞いたことがありますし、目ぼしい場所を見つければそれくらいの事をやれるだけの力がありますから」
『奥様も同じような見解でした。この話をいきなりしては、達也殿は兎も角深雪様が動揺されるとの事でしたので、達也殿からそれとなく深雪様にお伝えしておいてもらいたいのです』
「今の話をそれとなく出来るとは思えませんが……まぁ、深雪が動揺するかもしれないという懸念は最もだと思います。実際日本の軍でも似たような傾向があると聞いていますので、その話を聞かせる程度で良ければしておきましょう」
『それで結構だと思います。その解決方法を深雪様自身で考えれば、奥様のお話の途中で結論に至るでしょうからな』
電話越しでも葉山が笑みを浮かべたと達也は理解した。この老執事は黒い事を言う時ほど笑みを浮かべるのだ。
『では後程。私は画面内には映らないでしょうが』
そう言って葉山は電話を切り、達也は端末をしまい深雪に説明しなければいけないと小さくため息を吐いてからリビングへ戻ったのだった。
食事は済ませているので、深雪と水波はお茶の用意をして達也が地下室から戻ってくるのを待っていた。達也の足音を感じ取り、二人は居住まいを正して達也を出迎える。
「達也様、何方からのお電話だったのでしょうか?」
「響子さんからだ。軍内部で魔法師と非魔法師の関係が微妙なものになっているからどうにか出来ないかと相談を受けた」
「そうですか、藤林さんからのお電話でしたか……」
「中佐からの相談を響子さんを介して受けただけだ。中佐本人が電話してくるわけにもいかないだろ」
深雪も風間が達也に電話するリスクは理解しているし、響子なら婚約者に電話をしただけと言い訳が出来るのも分かっている。だが気持ち的に面白くないと思ってしまうのは仕方がない事である。
「それで、達也さまはなんとお答えしたのですか?」
「関係修復には、同じ作業をさせればいいと答えた」
「同じ作業……ですか? ですが、軍属であるなら大抵は同じ作業を――」
そこまで言って、深雪はとある結論にたどり着いた。だが、そんなことを達也が提案するわけがないと必死に自分の考えを否定する。
「深雪様、どうされたのですか?」
「な、何でもないわ……それで、達也様は具体的に何をすればいいと仰られたのでしょうか?」
「軍事演習でもすれば、軍が魔法師だけでも、非魔法師だけでも成り立たないという事が理解出来るのではないかと提案はしたが、演習などそんな簡単に出来るものではないからな」
「そうですよね」
「あとは、そうだな……上層部の魔法師と非魔法師が仲良くしているのを見れば、下の人間も考えを改めるのではないかと進言した」
「ですが、軍の上層部はどこもかしこも仲が悪いとお聞きしましたが」
「このような世界情勢の中で、魔法師だから、非魔法師だからという理由でいがみ合っていてはいざという時に迅速に動けないと思うのだがな」
「根は深そうですが、確かに達也さまの仰る通りだと思います」
即興で吐いた嘘にしてはかなり効果があったようで、深雪と水波はその事について真剣に考えている様子だった。
「深刻な問題に発展する前に解決するのも、上層部の仕事だと思います」
「何でもかんでも上の人間に任せるのも問題だが、下に任せきりなのも問題だからな」
「あとは、実際に戦争でも起こせば団結が深まるのでは?」
「そんなこと、簡単には出来ないでしょ」
「そうですね」
先ほど自分も考え付いたことだったので、深雪は表情を変える事無く水波の考えを笑い飛ばした。だが、内心はその事を気にして落ち着かないのだろうと、長年深雪を見てきた達也はそう思っていたのだった。
水波が良いアシストをしてますね……