七草家の用事で外出していた真由美は、部屋に戻るなり盛大にため息を吐いた。
「あのエロ親父、視線があからさまだったわね……」
家同士の付き合いもあるので、面と向かっては言えなかったが、内心嫌悪感をぶちまけたくて仕方なかったのだ。
『お姉ちゃん、ちょっといいかな?』
「香澄ちゃん? どうぞ」
真由美の声に反応して扉の鍵が開く。香澄だけかと思ったが、どうやら泉美も一緒のようだ。
「何かあったの?」
「ちょっとね……それよりも、二人こそ何かあったの?」
「今日泉美が司波会長たちに料理の手ほどきをしてもらったんだけど、今度お姉ちゃんも一緒に来ない?」
「私? でも私は深雪さんに教わるほど下手じゃないんだけど」
「うん、それは知ってる。そうじゃなくて、上手く行けば司波先輩に手料理を食べてもらえるかも知れないんだってさ」
「司波先輩って、達也くん?」
「そうだよ」
香澄の言っている事を理解した真由美は、頭の中でスケジュール帳を開き、当分予定が入っていないことを確認した。
「でも、深雪さんと私が一緒にいたら、達也くん大変じゃないかしら」
「大変になると分かっているなら、少しは自重したら如何でしょうか」
「何で私だけに言うのよ! 深雪さんだって散々問題起こしてるのよ!?」
「深雪先輩がそんなことするわけないじゃないですか」
「あっー、何時ものですか、そうですか……どうせお姉ちゃんが全部悪いんですよーだ」
「お姉ちゃんも拗ねないでよ……」
姉と妹の態度に、香澄は呆れた表情でため息を吐く。真由美は達也の事になると、泉美は深雪の事になると普段とは違う反応を見せるので、香澄は冷静でいなければと思う一方で、自分も真由美と同じ意見だなと内心呟くのだった。
「お姉さまが来るのは構わないと思いますが、キッチンが氷漬けになったり、穴だらけになったりするのはさすがに司波先輩もお怒りになると思いますよ」
「大丈夫よ。いざとなれば達也くんが何とかしてくれるだろうし」
「あんまり司波先輩の得意魔法に頼るのもどうかと思うけど」
「司波先輩の得意魔法? それってどんなのです?」
「あっ、泉美は知らないんだっけ」
「えぇ。私は司波先輩の婚約者ではありませんし、それほど司波先輩と親しいわけでもありませんので」
「まぁおいそれと話せる内容じゃないしね。司波会長に聞かれたら怒られるかもしれないし」
「そんなに危険なのですか?」
「そんな感じかな。あの人は四葉の人間だし、知られてない魔法だってあるってことだよ」
微妙に誤魔化しきれてないが、泉美もそれ以上追及する事はしなかった。興味が無くなったのではなく、さっき香澄が言った「深雪に怒られるかも」の一言を気にしての事だろうと真由美は思った。
「それで、次回の料理教室は何時なのかしら?」
「明日、香澄ちゃんも一緒ならと深雪先輩のお宅で教えてくださるそうです」
「今日は何処でやったの?」
「光井先輩のお宅ですが」
「そう、なら良かった」
自分だけが司波家に行ったなどと言えば、どんな目に遭っていたかと泉美は真由美の一瞬の雰囲気でそう覚った。嘘は吐いていないので気にすることも無いのだが、深雪の生活空間という魅力に負けて司波家を選んでいたらエライ目に遭っていただろうと、数時間前の自分の決断を褒めたい衝動に駆られていた。
「司波先輩は光井先輩とお喋りしていただけですけどね」
「あら? よく深雪さんが達也くんと二人きりにさせる事を許したわね」
「お姉さま以外なら寛容になれる、と仰っておりましたが」
「何よそれ! 私相手じゃ寛容になれないってどういう意味よ!」
「そういうところなんじゃないかな?」
「香澄ちゃん? 何が言いたいのかしら?」
不敵な笑みを浮かべながら詰め寄ってくる姉に対して、香澄は淡々と答えた。
「司波先輩と一人占めしようと考えているとことか、司波会長相手に真っ向勝負を仕掛けようとか思ってる辺りが、司波会長がお姉ちゃんを警戒する要因なんじゃないかと思って」
「香澄ちゃんは達也くんを一人占めしたいとか思わないの?」
「思ったところで無理でしょ。あの人を一人占め出来るだけの器がボクには無いもん。あの人を一人占め出来るとすれば、やっぱり司波会長くらいじゃないのかな」
「深雪先輩なら可能でしょうね。お姉さまでは、ちょっと難しいのではないでしょうか」
「私が深雪さんより劣っているっていうの!?」
「だって、お姉ちゃんってどこか抜けてるじゃん」
「深雪先輩に比べれば、お姉さまはだいぶ劣っていると思いますわ」
双子の答えに、真由美は割かし本気で凹んだ。自分でも深雪の方が勝っていると薄々は感じていたが、こうもはっきり言われるとさすがに堪えたのだろう。
「分かったわよ! 明日、お姉ちゃんが深雪さんに劣ってないって証明してあげるわ!」
「どうやって?」
「達也くんに美味しいって言ってもらえる料理を作ってみせるわ!」
「ですが、お姉さまは下手なアレンジを加えなければ普通にお料理が出来るわけですし、それで深雪先輩に劣っていないと証明するのは、些か無理があるのではないでしょうか?」
「……泉美ちゃんが苛める」
「えぇ!?」
「……もう、なにやってるのさ」
自分の立場がどことなく恨めしく思う反面で、姉と妹の反応が面白いと思ってしまう気持ちを、香澄は複雑な表情で感じていたのだった。
真由美も泉美もぶっ飛んでるなぁ……