間 都市伝説
「さて・・連日、話題になっている意識不明者多発の件なんですが・・」
テレビからの声が聞こえる。
《ヤマダ》が住んでいた世界《地球》そこには最近流行りだした『都市伝説』がある。
『Welcome to jamrock』
もう既に終わってしまったオンラインMMORPGではあるが、インターネット上には未だに公式サイトが残っている。そのサイトにはごくまれにそのサイト上に奇妙なバナー広告が現れる。普通、バナー広告というものは、他のウェブサイトを紹介する役割をもつアイコンであり、その紹介したいサイトの画像やシンボルデザインなどを使うのであるが、その広告は黒。何も書かずに無地の黒の広告があらわれるのだ。
そしてその広告をクリックした者は意識は異世界へと飛ばされる。
そんな根の葉もない噂のようなものなのだが、
それを『都市伝説』とせしめることがある。
その謎の広告の目撃者が多発しているのだ。
そして、ニュースで報道している意識不明者多発の事件。
最初に誰が言い始めたかはわからない。
インターネット大型掲示板だったかもしれないし、メディアの芸人だったかもしれない。
半ば無理やりながらも関連付けられた二つの噂は、瞬く間に人間の情報社会に溶け込んでいった。
「な?絶対これだって!!」
「ねぇ・・・やめようよ・・。もし噂が本当だったらどうするの?」
「それはそれで面白いじゃん。だって異世界だぜ?」
とある少年と少女がパソコンの前で話をしている。
少年の方は好奇心から。少女の方は少年への好意からであろうか。
彼らは、前述の『都市伝説』を追っていた。
そして、今正に二人の目にする『Welcome to jamrock』の公式サイトには真っ黒な広告が奇妙な存在感を放っている。
「本当にやめよ?詐欺の奴かもしれないよ?」
「だ・か・ら!何度も言うように大丈夫だって!だってこのネトゲ、1ヶ月前にサービス終了してるじゃん!今更終わったゲームサイトに振り込め詐欺の広告なんか載せるはずないよ。」
「それは・・そうかもしれないけど・・・」
「それにこの広告、毎回出るってわけじゃないみたいだしさ!俺たちすっごく運がいいのかもしれないんだ。なら噂の真相を確かめてみるしかないじゃん!」
嫌がる少女であったが、結局は少年に言いくるめられてしまった。
そして、少年はマウスカーソルを黒い広告に当てて、右手人差し指でマウスをダブルクリックする。
「ぷっ・・・アハハハハハ!」
一瞬の静寂のあと、その広告からでたのは、
『あなたは〝WTJ〟が好きですか?はい/いいえ』と書かれたアンケートの用なサイトだった。
「ほら、所詮、噂は噂なんだよ。この終わっちゃったネトゲの感想サイトに繋がったみたいだ。」
「ほんとだー。でも何かがっかりだね。」
「さっきまで、やめようってビビってた人がよく言うぜ!」
「な!?あれは・・・その・・・」
少年のおちょくる様な物言いに少女は顔を赤くする。
そして、少年はマウスをその感想サイトの「はい」のところにクリックした。
それは、少年が〝WTJ〟をプレイしたことがあるからではない。
この『都市伝説』とされる黒い広告の真相を楽しめたことからである。
「あーああ。都市伝説なんてやっぱこんなもんなん──」
刹那だった。
パソコンから虹色の光がもれだして少年と少女を包み込む。
その光に2人は悲鳴をあげることすらできず、あるがままに全身を覆われた。
『Welcome to jamrock(ようこそ!異世界へ)』
意識を失う寸前に頭の中に浮かんできたこの文字は驚くほどに二人の中に浸透していく。
この日、《旧フード世界》に2人の漂流者が追加された。
☆
フード世界の住人の隷属解放宣言から5ヶ月。
かつて、ジャムおじさんの工場だった場所には街ができていた。
その街の名は『始まりの町』。
運良く、この世界に漂流した者が初めに辿り着く街であるがゆえにその名がつけられた。
というのも『異界への扉』と言われる現世から、この世界へ繋がる一方通行な扉がこの町の中央に位置する広場にあるからである。
少年と少女は呆然とその中央広場に立ち尽くしていた。
「ねぇ・・・・もしかして本当に異世界にきちゃったのかな?」
「そうみたいだ・・・何か中世のヨーロッパみたい・・」
中央広場周りには石造りの建物がざっと30軒ほど立ち並び、露店などで物をうる人や、剣や槍、弓など様々な武器を手にした冒険者らしき格好をする人で溢れている。
その光景に二人は圧巻された。
「お。君たちは新人君かな?」
そんな中、二人に声をかける男がいた。
年齢は20前半くらいだろうか。
腰に、短剣を携え、背には狩猟用の弓を背負い、防御力という面より動きやすさを重視した革でできた黒いコートを羽織っている。
その容姿は鋭いながらも優しそうな表情であり、黄色い肌に、髪型は黒髪のおさえめのツイストパーマ、そして瞳の色は黒。
日本人だ。
彼の織り成す言語、そして黒髪黒目という容姿から二人はすぐに彼が日本人だということを理解した。
「え、ええ・・。何か黒い広告をクリックしちゃったらここに飛ばされてきちゃって。」
少年と少女は見知らぬ土地に放り出されながらも、同郷の人に会えたということからの安心感のためか、自然と口を緩ませる。
「そっかそっか!あの噂、今じゃ都市伝説みたいになってるんだ!」
「はい。今じゃどこのテレビでも連日報道してて・・」
ツイストの男は笑いながら少年と話す。
正に意気投合したといった感じだ。
少女の方は少し人見知りの気があるのだろうか。
彼等の話しの様子を見ながら少年の背に隠れている。
「おっと、ごめんごめん。俺がココにきたばっかに時のこと思いだしちゃって、懐かしくてさ。」
その様子に気づいたツイストの男は苦笑いしながら彼女に謝罪した。
「え?でも、この都市伝説が流行り始めたのはごく最近なんじゃ?」
「ああ。他のプレイヤーからきくとそうらしいな。でも俺がこの〝WTJ〟の世界に来て既に1年がたっている。時間軸が歪んでるんだろうな。」
「なるほどー。あ、だったらここにいる人達、みんな元々日本からきた人なんですか?」
「いいや、それは違う。露店や武器屋なんかの店を持ってる奴は『三王』によって作られたNPCだ。そいつらは狩りをして得た素材なんかを通貨等に変える。俺ら、プレイヤーは基本、この世界でハンターとしてモンスターを狩ったり、ダンジョンに潜ってアイテムを入手してそれを売り生活してるって訳だ。」
「「ハンター?」」
突然振られたこの世界での生活方法に少年の後ろに隠れていた少女までもが声をあげる。
「そうだ。プレイヤーがこの世界で生きていくためには、この町のハンターズギルドでハンターとなって、金を稼ぐしかない」
「ちょっと、待ってください!アタシ達、普通の人間だしモンスターと戦うなんてできないですよ?」
「うんうん。俺も小学校の頃からサッカーやってたってだけで、体力にはそこそこ自信があるんだけど、喧嘩なんてしたことないし、ましてや殺し合いなんて・・」
不安そうに漏らす二人の言葉に、ツイストの男は目を白黒させ後に大笑いした。
「いや、すまんすまん。そういや〝Jobシステム〟を説明するのを忘れてたな。」
〝Jobシステム〟
それは『WTJ』において、ハンターとは別にその者の戦闘方法を決める役割であり、就いたjobでその戦闘方法は変わってくる。
例えば『魔法使い』に就けば、そのJobの名が指すとおり魔法による攻撃を主軸とし、魔法に関わるスキルや攻撃魔法を覚えることができる。
すなわちJobにつくことにより、この『WTJ』のハンター達は襲いかかる魔物たちへの戦う術を得るということである。
そしてそれは、『始まりの町』の中央広場から東、『ダママ教会』で認可され、それがこのWTJで戦い生きていく術となるのだ。
ツイストの男から、Jobについての説明を受け少年と少女は目を輝かせる。
現実世界では夢物語でしかなかった魔法という概念やスキル等に胸を高鳴らせ、半ば急かすように町の東の『ダママ教会』までの道を案内してもらった。
☆
「では、ハロワ神の御名を借り、汝が『ヒーラー』として生きていくことを認めよう」
淡い日差しが教会のステンドグラスから照らしつけ、どこか機械的な声で台詞を読み上げる神父がそう告げると少女の周りを優しい光が包み込む。
『ヒーラー』とは文字通り、戦闘においてPTメンバーを回復したり、支援魔法での強化を行ったりすることができる後方支援型のJobである。少し臆病なところがある少女にとって正にうってつけのJobと言えるだろう。
そして、少女とは逆に少年の方は『剣士』のJobに就いていた。
剣士は剣を使い様々なスキルで敵を圧倒する近接攻撃型のJobで、これまた運動の得意な少年に非常に似合うJobであった。
「二人にハロワ神のお導きを。これはLV1のものに最初に送るプレゼントです。」
機械的な声で喋る神父が『鉄でできた剣』と『木のワンド』を渡す。
ネトゲではよくある初心者装備というやつであった。
武器を受け取ると二人は途端に自分の中に力が湧いてくるのを感じた。
少年は今まで触れたこともない剣の使い方。
少女は回復魔法の一片。そしてその知識を。
二人は、慣れない感覚に戸惑いながらも、新たに湧いて出た力に喜び、少女の方は初級回復魔法を、少年の方は初級剣術スキルを使ってみる。
優しい無色の光が少女の手のひらに集まり、少女はそして感じる少しの倦怠感と共に、胸が熱くなるのを感じた。少年の方もその背格好では振り回すどころか構えることもできないであろう「鉄でできた剣」を楽々と構え、そして一振り、二振りと素振りしてみせる。
「うんうん。二人共Jobをきめたようだな。よく似合っているよ。じゃあハンターズギルドに行こうか。」
どこか、微笑ましく二人の様子を見ていたツイストの男がそう告げると、二人は燥いでいた様子を見られたのが恥ずかしかったのか、顔を紅潮させてツイストの男に従い、教会を後にし、ハンターズギルドを目指した。
町の南。石造りの一際大きな2階建ての建物。
中に入るとそこは、酒場のようなカウンターがあり、ハンターと思われる様々な装備をしている人達で溢れている。
「お、『ツイスト』じゃん!ちょうど良かった。今から『暗がりの森』にアンデッド狩りに行くんだけど同行しないか?」
ツイストの男に連れられて、二人がハンターズギルドに入ると、3人のハンターと思しき人達に声をかけられる。
2人が男性であり、1人が女性で、元々、ツイストの男を含む4人でパーティー組んで狩りを行っていた者たちのようだ。
ツイストの男に方の名は渾名であろうか。見たまんま『ツイスト』と呼ばれていた。
「それで、ツイスト、そこのお嬢ちゃんと坊ちゃんはどこから拾ってきたの?見たところNPCってわけじゃないみたいだけど。」
ツイストの男にいかにも魔法使いという格好をした女が尋ねる。
「ああ、中央広場でブラブラしてたら、偶然見つけちゃってさ。話聞いてみたら新人君っていうし、それにあの黒い広告、今じゃ都市伝説みたいになってテレビで報道されてるみたいだぜ?」
その言葉にツイストのパーティーメンバーであろう4人は「おぉ」と声をあげる。
どうやら、ツイストを含む4人は『都市伝説』が『都市伝説』たる前にこの世界にやってきたとのことであった。
4人は一通りこの『都市伝説』の話題に盛り上がった後に、少年と少女に視線を落とす。
「自己紹介がまだだったわね。私は魔法使いのアイラ、そして後ろのムサイのがワタナベとメガネのヒョロイのが・・」
「誰がムサイだ馬鹿!俺の名はワタナベ。騎士のJobだ。よろしくな!新人君!」
「僕もヒョロくなんてないですよアイラさん!これでもLVもあがって筋肉とかついたんですから!あ。僕はサイトウっていいます!アルケミストのJobです。」
魔法使いのアイラが言い終わる前に、2人の男は抗議の声をあげる。
実際、アイラから紹介された二人、ワタナベの方は筋骨隆々という感じで黒塗りの鎧そしてその背には大剣を背負っていて若干むさくも感じるし、サイトウの方は白衣にメガネでかなりの痩せ型の体型をしていた。
正直、的を得ている。
「うるさいわね!女の小言なんだからうけながしなさいよ!この童貞共!少年の方もこんな大人になっちゃだめよ?」
「ど、ど、ど童貞じゃないです!僕は紳士なんです!」
「お、お、お前は口にしてはいけないことを!このショタコンが!」
「おいおい、俺からみればどっちもどっちなんだが。若い新人の前でそんな──」
話の流れが怪しい方向に向かいそうになりそうなのを見てすかさず、ツイストの男が話を区切ろうとするが──
「「「ああん!?やんのか!!!?」」」「何でもないです」
「「「リア充は黙ってろ!」」」 「はい・・」
他3人のマジ切れにより阻止された。
少年と少女は笑いを堪えて4人のやり取りを見ていた。
今にも殴り合いの喧嘩するような物言いの4人ではあるが、それは決して本気ではなく、、
まるで、コミカルなアクション映画のワンシーンの様な軽口であり、「仲が良い」そんな雰囲気を第三者の立場から見て感じ取れるものであった。
「おっとと、すまねぇな。そんで?どうすんだ?新人君たちも初めてで色々聞きたいこととかあるだろうし、ハンター登録終われば狩りについてくるか?」
「はい!是非お願いします!」
ワタナベからの提案に少年は間髪いれずに了承する。
この世界の狩りと呼ばれるモンスター対峙に興味が惹かれ、何より自分たちより先輩ハンターたちの魔法や、スキル等を、その目におさめておきたかったのだ。
少女の方も若干戸惑いつつも、何も言ってこない辺り、少年と同じ気持ちなのであろう。
「お!いい返事だな!大丈夫。君たちならすぐ狩りにも慣れるよ。」
少年の反応にツイストが笑顔で返す。
少年と少女はまだ見ぬファンタジーの世界に心を躍らせながら、ハンターズギルドのカウンターにハンター登録にむかったのであった。
懐かしのflash『赤い部屋』のパロディです。