暗麺麭男   作:ゆうれい

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#6  That's why you go, Whith a smile on your face

暗がりの森。カレーパンマンは駆ける。

アンパンマンのために。自分の使命を全うするために。

自分の生まれてきた理由。自分にかせられた役目を果たすために。

口下手な自分にとって、アンパンマンが本来のヒーローの姿を取り戻させるためには、

言葉じゃだめだ。行動をおこすしかない。

見せるのだ。

決して諦めない姿を。己の強い意思を。

カレーパンマンは己の心を今一度大きく奮わすと『殺戮人形(トークン)』の軍隊に特攻する。

 

「カレービュー!!!!」

 

そして、直ぐさま先頭の『殺戮人形(トークン)』一体に『カレービュー』を放つ。

それは見事に、スパイシーな香りを撒き散らし、『殺戮人形(トークン)』に命中した。

すると、軍隊の『殺戮人形(トークン)』がその命中した『殺戮人形(トークン)』に蟻のようにむらむらと群がり、あっという間にその一体の姿を覆い隠す。

 

「カレーパンマン、アッシらも戦うざんす!!」

「一人だけいい格好はさせないっすよ!!」

 

カレーパンマンはその声に振り返ると、

己のもとにてんどんまんとかつどんまんが走ってきて、

並ぶようにカレーパンマンの隣に立つ。

 

「君たち・・・!!」

「へへへ。カレーパンマン、一人で突っ走るなんざらしくないっすよ!」

「そうっす!皆で力をあわすんじゃなかったっすか?」

「しかし・・・死ぬかもしれんぞ・・?」

「そんなもん、戦わないでも結果は同じことっすよ!」

「そうざんす!どっちみち死ぬなら戦って、かまめしどんよりも多くの敵を仕留めてやるっすよ!!」

 

カレーパンマンは、感動していた。

忘れていたのだ。

誰かとともに戦うということが、これほどまでに嬉しいということを。

これほどまでに、頼もしく感じるということを。

そのことを己の最後になるであろう戦いで思い出したのだ。

カレーパンマンは、溢れ出る感情を殺し、一瞬だけ笑みを浮かべると、

その表情をキッと戻し、相対する『殺戮人形(トークン)』の軍勢に意識を向ける。

 

「よし!!次はこっちだ!!」

「「応ッ!!」」

 

カレーパンマン達は、『殺戮人形(トークン)』との軍勢から距離をとりつつも先ほど、

『カレービュー』をかけた『殺戮人形(トークン)』とは別方向の『殺戮人形(トークン)』に

向けて再度、『カレービュー』を放つ。

暗がりの森にスパイシーな香りがひろがった。

 

 

「・・・どれだけあがいても殺されるのは時間の問題だ。」

 

敵陣に特攻し、『殺戮人形(トークン)』と戦闘を行うカレーパンマン達を見つめながら、

暗麺麭男は呟く。

そう、今はいい。

カレーパンマンの『カレービュー』で錯乱させ、善戦はできるだろう。

しかし、『殺戮人形(トークン)』は疲れを知らない。

『殺戮人形(トークン)』は、ただ殺すためだけに生まれた文字通りのマシーンなのである。

いくら、善戦したからといって、死んでしまえばそれで終わりだ。

これが、勝負ごとなのであれば、

勇ましく戦い、そして散ったと、後々に物語として語られることもあるだろう。

しかし、自分たちはなんだ?この茶番はなんだ?

そう、自分たちは《ニンゲン》の奴隷だ。

この『死の宴(デスゲーム)』《ニンゲン》のお遊びだ。

『殺戮人形(トークン)』がその数全てで蹂躙を開始したときから

人形劇のように未来は決まっているのだ。

 

 

 

「たとえ、千分の一でもッ・・・!万分の一でも可能性があるなら抗うんだ!!」

 

ふと、『殺戮人形(トークン)』と戦うカレーパンマンの声がアンパンマンの耳に入る。

 

可能性?そんなものはない。0%だ。

0に何をかけても答えは0である。

自分たちは、《ニンゲン》が企画した、

この《死の宴(デスゲーム)》という名のエンターテイメントを演じる人形なのだから。

 

 

「羨ましいの・・?」

 

唐突にメロンパンナがアンパンマンに問う。

 

羨ましい?何を馬鹿な・・・と、アンパンマンはそう思うが、

すぐに今の自分の状態に気づく。

 

座り込んでいたはずの彼は、いつの間にか立ち上がり、

己の拳をぎゅっと握りしめていた。

 

「(まさか・・・戦いたいのか?アンパンマン)」

 

拳にじわっと広がる汗を見つめながら

暗麺麭男は、己自身に問う。

 

「・・・戦いたい・・」

 

自ずと声が漏れていた。

なぜだろう?アンパンマンは考える。

正義の味方として生まれてきて、流れに身を任せてバイキンマン達と戦いの日々を送り、

《ニンゲン》に敗れて、奴隷に身を落とした。

失意の中、見出した生存欲も、もはやどうでもいいものになった。

決して抗えない運命というものが自分たちの生きるこの世界にはあるのだと知った。

しかし、何故だろう?

何故、自分はこうも心が揺れているのだろう?

いい事なんてないはずないのに。

あれほど、痛めつけられたはずなのに。

無駄だと思ったはずなのに。

このまま、戦っても負けるのは時間の問題だとわかっているのに。

今は、あれほど馬鹿にしたカレーパンマン達のことを羨ましく思っていた。

 

「戦いたい」

 

今度は、先ほどよりも大きな声で言う。

 

そうだ。認めてしまえ。

自分は戦いたいのだ。そこに理由なんてない。

これが《ニンゲン》の仕組んだ人形劇なら、その人形役者になろうではないか。

たとえ、それが《ニンゲン》の台本であろうとも、もはや知ったことではない。

何故なら自分は戦いたいのだから。

 

全てを失い、空っぽだった己に残った感情は戦闘すること。

暗麺麭男はその生まれでた感情に忠実になることを決める。

すると。途端に彼の体が赤黒く変色した。

 

【戦闘狂化(バーサク)】。

《ニンゲン》達がそう読んでいたスキルである。

それは、己の力を大幅に上昇させる変わりに、戦闘以外の感情を捨て去る効果がある。

 

「ふふふ・・・さぁ・・・逝こうか・・。」

 

暗麺麭男は今まで以上に暗い笑みを浮かべながら駆けだした。

 

 

──コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ

──コワセ、コワセ、コワセ、コワセ、コワセ

 

湧き上がる本能に従い暗麺麭男は『殺戮人形(トークン)』の軍に突進する。

ああ、何故、最初からこうしなかったんだろう。

ああ、何を俺は迷っていたのだろう。

あれほどまでにしばられていた生存欲を捨てて、

ただただ己の赴くままに戦闘を行う。

不思議と気分がよかった。

 

「■■■■■■■■!!!!!!!」

 

声にならない咆哮を上げ、暗麺麭男は溢れ出る笑みを隠そうとはせずに

近づいてくる『殺戮人形(トークン)』を一体、一体、殴り飛ばしてゆく。

殴られた『殺戮人形(トークン)』は、爆裂音と共に一撃で残骸に成り下がり、

その動きを止めていく。

『殺戮人形(トークン)』たちは、その標的に向かい群れで組み付き、

その圧倒的な腕力で暗麺麭男の腕、腰、首などを締め上げる。

しかし、それでも、暗麺麭男は、止まらない。

所々に裂傷した部位も見える。右腕は逆に曲がってしまっている。

だが、それがどうしたと言わんばかりに自然に、赤黒く変色した一人の怪物は

視界に映る『殺戮人形(トークン)』を、ただただ、殴る。殴る。殴る。

 

 

「なんザンスか・・?あれは・・・」

 

急に戦地に飛び込んできた、怪物を視界に収めたてんどんまんが呟く。

その表情から見えるのは、怯え。恐れ。

この戦況を変えてしまうような一つの戦力の介入にありがたいと思う反面、

それ以上にあの異形の怪物への畏怖があった。

 

〝なんなんだ?あれは?〟

 

その場にいた4人の参加者がそう思っていた。

姿や身にまとうコスチュームから、あれはアンパンマンであるとわかる。

しかし、その全てが彼らの知るアンパンマンとは異なっていた。

まず、赤黒く変色したその体。

それは、蒸気のような赤い霧がその体から吹き出している。

先ほどまで、戦っていた『殺戮人形(トークン)』の群れが急に自分たちに見向きもしなくなり、あの怪物に襲いかかっている事から見て、あの霧、いやあの赤黒く光る体全体は高温の熱を持っているのであろう。

そこから、繰り出される殴打、決してパンチとは言えない原始的な殴打は、まるで太陽フレアのような爆裂音をたて『殺戮人形(トークン)』一体、一体を破壊している。

それでも、多勢に無勢。『殺戮人形(トークン)』に組み付かれてる彼には裂傷、そして右腕もあらぬ方向に曲がってしまている。それは間違いなく重症と言えるようなものであり、常人ならば激痛により気絶するか、その場を動けなくなるだろう。

しかし、あれは動きを止めないどころか、その表情は──

 

「笑ってる・・・・」

 

メロンパンナが呟く。

不気味なほどに楽しそうに笑っている。

『殺戮人形(トークン)』が意思もなく、ただ殺すだけの存在だったとしたら

アレは殺すための意思しかない存在であった。

 

「素晴らしい・・・」

 

カレーパンマンが惜しみない賞賛を告げる。

彼も頭の中では理解している。

アレが自分の知るアンパンマン(正義の味方)ではないということを。

しかし、あの戦闘能力。殺気。その全てが、自分の数段上をいく。

その強さに魅せられていた。そして、こう思うのだ。

さすがは、アンパンマン。

俺が使命を預ける男だ。と。

 

「見ろよ!一体だけでも苦労する『殺戮人形(トークン)』をゴミのように!さすがはアンパンマンだ!」

 

そして、星はその本質を満たそうとする。

〝星は太陽の隣で輝く〟

過去のジャムおじさんの言葉である。

気がつけばカレーパンマンは、アンパンマンの下に走っていた。

 

今、彼と共に戦ったらどれほど気持ちがいいだろうと。

どこまでも高みに登れる気がする。

一番星になれる気がする。

 

「待つザンス─」

「カレーパンマ──」

 

てんどんまんとメロンパンナを押しのけ『殺戮人形(トークン)』達に『カレービュー』を

かけながらカレーパンマンはアンパンマンのもとへ急ぐ。

そして・・・

 

「助太刀するぞ!アン───」

 

言い終える前に自らの腹に重い衝撃が走った。

そして遅れてくる爆裂音。

体が宙を舞った。

全身を倦怠感と激痛が襲い、口から血反吐を思い切り吐き出した。

顔を驚きに染め、その衝撃を受けた方向に視線を向けると

無骨なまでに赤黒く変色した拳を突き出したアンパンマンの姿があり。

数瞬すると、まるで興味をうしなかったかのように『殺戮人形(トークン)』と

殺し合いに戻った。

 

「そうか・・・力が足りないか・・・」

 

カレーパンマンは顔を歪め涙を流す。

もちろん、痛みからくるものではない。

悔しいのだ。アンパンマンの隣に並べないことが。

自分の力の無さに腹が立つ。

 

カレーパンマンは一つ勘違いをしていた。

彼は、アンパンマンに戦闘の邪魔だ、足手纏いだと判断され、殴られたと思っていた。

しかし、実際は【戦闘狂化(バーサク)】のスキルにより戦闘以外の事を考えることのできないアンパンマンに勢いよく向かっていったことが、彼に敵と判断されたのだ。

今のアンパンマンにとっては、自分に向かってくる全てが壊すべき敵である。

そこに、肩を並べるなどといった甘ったれたものは存在しない。

 

「大丈夫!?カレーパンマン」

 

メロンパンナ達がカレーパンマンを心配してよってくる。

その問いにカレーパンマンは空虚な瞳で答え、いまだに痛む体に鞭をきかせ上体を上げ

座り込み、ぼうっとアンパンマンの戦闘を眺める。

 

自分に、彼と同じ土俵に上がる資格はないというのか。

 

思い描くは、2人同時に肩を並べ敵と戦う様であった。

どんなに強い相手にも、この二人でなら勝てる。

たとえそれが《ニンゲン》であろうと、強大な敵であるからこそ信頼して肩をかせる。

そして、最後には自由を掴み取り、絶対的なヒーローとして語り継がれる・・

しかし、暗がりの森に響く、爆裂音。

そして、山のように転がる『殺戮人形(トークン)』の残骸がカレーパンマンを現実に引き戻す。

───ああ、さすがはアンパンマン・・

──あんな真似、自分には絶対にできそうもない。

 

その空虚な瞳に色が宿ったのはそれから間も無くのことであった。

 

「アンパンマンが・・・溶けてる・・・!????」

 

かつどんまんが叫ぶ。

そう、赤黒く変色したその体がまるで溶岩のように溶け始めていた。

その声にカレーパンマンが気がついたときにはもう、

彼の折れ曲がっていた右腕はその原型をなくすように溶け始め、

その侵食が二の腕に移ろうとしていた。

 

アンパンマンのコアは太陽を模して作られている。

そのコアの持つ性質、それは熱い心。すなわち熱であり、

その力を使う際には膨大な熱エネルギーが生じる。

それが、彼の必殺のアンパンチの破壊力の主であり、

それが彼のアンパンチの一撃必殺の絶対的な強さを生み出している。

では、それを多様するとどうなるのか。

答えは、アンパンマンの肉体がその熱エネルギーに耐え切れなくなり、

メルトダウンのように自らの体をとかしてしまう。

もちろん、それはジャムおじさんによりリミッターが作られていて

ある程度抑えられてはいるが、今回は状況が違った。

【戦闘狂化(バーサク)】のスキルだ。

自らのリミッターを外し、戦闘以外のことしか考えられなくなるそれは、

そのコアとあいまり凄まじい戦闘力アップにつながるが、同時にメルトダウンしてしまう危険性をはらんだ諸刃の剣である。そして、【戦闘狂化(バーサク)】を使う前の精神状態。言わば、何もかも空っぽだった状態での使用だったために、【戦闘狂化(バーサク)】の効果が、強化された反面、自らの肉体を消滅させるほどの大規模のメルトダウンをひきおこしたのだ。

 

「まずい!!!!!」

 

カレーパンマンは叫ぶ。

 

今の状況のアンパンマンと『殺戮人形(トークン)』が対峙してしまえば、

アンパンマンはまず命を落とすだろう。

しかし、自分はアンパンマンを助けにいっていいのだろうか?

 

カレーパンマンは、葛藤する。

本当はすぐにでも駆けつけたい。

しかし、先ほどアンパンマンに共闘することを拒絶されてしまった。

 

しかし、その迷いは──

 

「「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」

 

全速力でアンパンマンの下に駆けるてんどんまんと、かつどんまんによって振り払われた。

 

「ははは、そうか・・そうだったのか・・」

 

皆、頭の中ではわかっているのだ。

どんなに姿が変わろうと、彼はアンパンマン。

そう、この《フード世界》の最強のヒーローであり、希望であり、太陽だ。

だから、己の命を投げ打ってまで彼のもとに向かったのだ。

 

未だに痛む体だが、そんなことは関係ない。

少量の血反吐を吐きながらも、カレーパンマンは立ち上がった。

 

彼なら必ず、《ニンゲン》をも倒してくれる。未来を与えてくれる。

皆がそう心の中で信じている。

ならば、何も迷う必要はない。

彼を死なせる訳にはいかないのだ。

 

その、隣に自分がいないのは残念だが・・

それでもいい。

自分は脇役でもいいのだ。

何故なら俺は───

 

「カレーパンマン。俺は物語のスパイス役でいい。」

 

それで、希望を紡げるのなら。未来を紡げるのなら。

 

「いっちゃうの・・?」

 

不安そうに、メロンパンナがカレーパンマンに声をかける。

彼女には、ドキンちゃんに食パンマンのコアを渡すという使命が残っている。

ここで、命を散らすわけにはいかないだろう。

 

「ああ・・!」

 

その問いにカレーパンマンは笑顔で答える。

せめて、彼女を不安にさせないためにもと。

 

そして、カレーパンマンは駆け出す。

未来を。物語を紡ぐために。

暗がりの森にスパイシーな香りがひろがった。

 

 

 

 

数時間後───

 

暗がりの森で彼は目を覚ました。

 

そうだ。あれからどうなった?

 

何故、俺は生きている?

 

辺りを見渡す。

 

そこには、無数に広がる『殺戮人形(トークン)』の残骸と、

 

「メロンパンナ!」

 

地べたに座り込み泣いているメロンパンナの姿があった。

 

「皆が・・・・ッ、守ってくれたのッ・・」

 

メロンパンナの指差す方向には、茶碗のかけた、てんどんまんとかつどんまん。

そして、頭半分吹き飛ばされ無残に横たわりながらもその表情は穏やかな笑みを浮かべる

カレーパンマンの遺体があった。

 

「皆が・・。アンパンマンは希望だって。この世界を救う太陽だって。」

 

メロンパンナがアンパンマンに星を手渡した。

それは、カレーパンマンのコア。

 

それはアンパンマンの手元に収まるとその体に溶け込んでいった。

その瞬間に、あらゆる感情がアンパンマンの中に流れ出す。

それは、カレーパンマンの記憶であり、力であった。

 

「クソったれが・・・・・!!!!」

 

カレーパンマンの思いを悟ったアンパンマンは、その顔半分吹き飛ばされながらも、穏やかな笑みを浮かべるカレーパンマンに向けて大きく毒づく。

 

俺は、そんな立派なヒーローじゃない!

俺は、太陽なんかじゃないんだ!!

 

一筋の涙がこぼれ落ち、ダムが決壊した。

アンパンマンは子供のように大声で泣く。

それが、暗がりの森に木霊した。

 

 

 

 

こうして、4日間の《死の宴(デスゲーム)》という名の茶番は幕を閉じた。

 

 

 

 

 




次は一章、エピローグです。

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