それでは行きましょう!
青道高校 Bグラウンド
「行くぞ武藤!」
「さぁこい!」
先輩であるノッカーの問いかけに武藤がグローブを上げそう叫んだ。
今日始まった青道高校の合宿。午前中野手はAグラウンドで、投手はBグラウンドでそれぞれ練習を行っていた。今から投手陣は内野ノックを行おうとしていた。
カァン!
「よしっ!」
バシッ!ビシュ!
一・二塁間に打ったゆるい打球を難なく取り、武藤はファーストへと投げた。
「次!」
するとノッカーは先ほどと同じようなゆるい打球を反対方向、三・遊間に打った。
「おおおおお!!!!」
武藤は何としても取るために三遊間へと必死にダッシュし、何とか正面で取ると先ほどと同じファーストへ投げた。
ファーストに投げたのを確認するとノッカーは最初と同じ一・二塁間に打球を打つ。
そう、これはただの内野ノックではなくマウンドの両サイドに打球を打ついわゆる内野版の『アメリカンノック』を行っていた。
普通のアメリカンノックは外野を舞台としたノックだが、これを縮小したバージョンを投手陣はしていた。
縮小した分普通のアメリカンノックよりもノッカーが打つ→捕る→ノッカーが打つ→捕るの間隔が早くなってくるのだ。
「くっ!」
ぽろっ。
「おらぁ!取りこぼすなよ武藤!」
「すいません!!!」
流石の武藤でも早いペースの所為で足にきたのか、打ち始めて7球目のところで取りこぼしてしまった。先輩からの怒鳴り声が聞こえ、武藤はすぐさま謝り次の球に備える。
「(確かに辛い・・・けど!)まだまだぁ!」
ぱし。ビシュ!
「おーし、これで終わりだ!」
「ありがとうございます!」
10球目を逆シングルで捕球し、ファーストに投げたところで武藤の番が終わり、武藤はノッカーに対して大きな声で礼を言った。
「(この合宿でオレは上手くなってみせる!)」
汗を拭いながら投手陣の元へと戻る武藤の気持ちは次へと向かっていた。
「ほっほっほ・・・流石に足に来るなぁ・・・」
アメリカンノックをした後は足腰を鍛えるためのランニング。先輩から「初日だから軽めの10周走って来い。」と言われたので、武藤はアメリカンノックでの疲労と戦いながら、ランニングをしていた。
「そう言いつつもペースを変えずに走るのは凄いと思うがな・・・はっ、はっ、はっ。」
「そうですか?丹波さん。」
武藤の走りながら呟いた一言に、一緒に横を走っていた丹波の耳に入ったので丹波は走りながら武藤に言った。武藤も走りながら言い返す。
「そうだ。けど、俺は負けない!」バチ!
「ふふ。それはこっちも同じですよ!」バチバチ!!
走りながらそう言う2人の間にはお互いニヤリと笑うと共に見えない火花が散っていた。新チームのエース争いは既に始まっている。
「にゃろう・・・オレのことを忘れてるな。俺だって負けねぇ!」
3年である細野もそれを見て負けじとそう叫び、ランニングをしていた。
「・・・・(うはぁ、遠目から見ても分かる。3人とも明らかに争ってるよ・・・)」
二軍なので、先輩の手伝いをしていた川上は3人のただよらない雰囲気を察知し、苦笑をしていた。
「けど・・・俺だって負けないからな!翔也!」
自分はあと一歩のところで一軍を逃し、
その光景を見るのは悔しい気持ちもある。が、いつまでもくよくよしてられない。川上は親友の武藤を見ながらそう言ったのである。川上もまた前へと向いていた。
「よっしゃあ!!!!」
武藤はノッカーが打った打球を捕球し声を出してセカンドに投げた。
ランニングが終わると投手陣はブルペンに行く中、武藤は外野陣に加わり、外野ノックを受ける事になった。外野ノックを受けるのは中学以来だ。
しかし利き腕を変えて1年ちょっとながら、武藤が投げたボールはノーバウンドでセカンドに届いた。
「流石じゃねえか。」
「ノーバンですけど玉遅いんで相手を刺せないですよ。」
武藤の送球を見た伊佐敷は腕を組みながら武藤を褒めたが、武藤自身はまだまだといった感じで苦笑する。
野球経験者ならわかっていると思うが、外野ノックを受けることで体全体を使い内野に送球するので、肩が強くなるだけでなく、腕の振りのみで投げるフォームがより体全体を使った躍動感あふれるフォームになっていくので、投手のフォーム改善のために、よく使われる手段である。
「フン。転向して二年ちょっとでこれなら上等じゃねえか。お前ならいい投手になれるから焦らずじっくりとやって行け。」
「あ・・・ありがとうございます!」
珍しく伊佐敷が怒鳴りもせずに誉めたので武藤は嬉しくなり大きな声で感謝の気持ちを口にした。
伊佐敷も元投手である。なんだかんだ言って投手としてゼロから頑張っている武藤を応援しているのだ。
「耳元でうるせぇ!もう少し静かにしろぉ!」
武藤の声の大きさに対し伊佐敷が怒鳴る(人のことを言えないが。)が、正面から礼を言われるのは慣れていない所為か顔はいつもと違い真っ赤であった。
「純。顔が真っ赤だぞ。」
「うがああああ!!!」
「コラァ!!やかましいぞ外野陣!」
それに気づいた中村が伊佐敷に突っ込むと伊佐敷がさらに真っ赤にして叫び始めたのでノッカーに怒鳴られてしまったのであった。
なんだかんだ言って外野陣は仲がいいのである。
「おおお!!!」
午前の練習が終わり、武藤たち投手陣は野手が練習していたAグラウンドへ行くと、マネージャーと共に大量のおにぎり・バナナなど栄養補給に十分な食べ物が、テーブルの中にぎっしりと並んでいた。
「あっ!武藤君たち!お帰り!」
「おっ、唯ちゃん。これ全部マネージャーたちが作ったの?」
「うん!そうだよ!」
すると、近くにいた武藤と同じクラスで、片目を隠す茶髪のショートヘアーの女の子、
武藤も気付き、唯に聞き返した。
「私も作ったのよ!」
「おっ!梅ちゃんもか!何か呪われそうだな(笑)」
「何その言い方!!何なら食わなくてもいいけど!」
「冗談だって!ごめんごめん!」
すると、同じ学年の黒髪おさげのマネージャー、
「もう!3人とも何言ってるの!」
武藤の一学年上のマネージャー、
「なぁ・・・武藤って・・・」ヒソヒソ
「あぁ、羨ましいな。」ヒソヒソ
武藤が女の子と楽しく話しているのを見て、倉持と川上がひそひそと小声で話す。
学校では倉持は元ヤンの所為か男子以外近付かず、川上にいたっては内気な性格が災いして、女子と話す事が出来なかった。そのため社交的な性格の武藤が羨ましくて仕方が無いのだ。
「羨ましいなぁ・・・・ちっ。」
細野もやはり羨ましいのか、皆に気付かれない程度に舌打ちをした。顔は微笑んでいるが、心なしか笑みが黒い。
「あれ?細野さん舌打ちしました?」
「いやぁ。してねぇよ。」
川上がそう言うと、細野は笑顔でそう言った。
細野 勝幸。投手陣のリーダーで普段は優しいが肌黒く、若干の釣り目が近づき難い雰囲気を醸している所為か彼女はいない。奥底にはどす黒い恨み(リア充への)を持っているのは誰も知らない事である。
「ほら、ぼさっとしていると皆に食べられちゃうよ?」
「「は、はい!」」
細野に言われ、倉持と川上は既に食べ始めている部員に混じり、飯にありついた。
Aグラウンド
「うぷ・・・食いすぎた。」
「アホか。栄養補給くらいしっかりしとけよ。」
おなかを触りながら倉持がそう言うと、武藤が帽子を被り直しながら汗を拭いそう言った。
午後からは投手陣は野手陣に加わり、二度目(早朝・(午前[野手陣])・午後)の打撃練習の準備をしていた。
「それじゃ、純さんからの頼みを断る事が出来るんかい!」
倉持が目を三角にしながら武藤に迫った。倉持が何故そんな事を言っているのか、それは昼休憩の時間までさかのぼる。
「倉持ぃ!男ならばんばん食わんかい!」クワッ!
伊佐敷がそう言いながらバナナやおにぎりを倉持に食べさせようとしていた。
「いや、そんなに食ったら午後練に・・・」
「つべこべ言わずに食わんかい!!!」
「は、はい・・・」
伊佐敷の威圧に負け倉持はたらふく食わされる羽目になったのだ・・・
「でもオレは断っていたよ?」
「くっ、お前ほどの心を持っていれば・・・」
倉持は歯を食いしばりながら悔しそうにそう言う。
あの後、武藤の方にも伊佐敷の魔の手が差し込んだが、「これ以上食べると午後練に響くんで止めときます。」と平然と言ったのである。その後いざこざはあったが、最終的に伊佐敷が折れた形となったのだ。
「いや、中学で鍛えた心はどこに行ったの?」
「うるせぇ!」
「うるさいぞ!準備は出来ているのか!」
「「あ、すいません!」」
2人が口論していると主将からの檄が飛んだので2人はすぐさま準備をして打撃練習に望んだ。
「あれ?倉持って何でバッティングしようとしているの?」
武藤は一緒に練習しようとしている倉持に聞いていた。
「はぁ?ボール拾いだよオレは!嫌味か!」
武藤の質問に倉持は半泣きでそう叫んでいたのだった・・・・
カァン!キィン!
「うわぁ、良く打つなぁアイツ。」
武藤の打撃を見て一軍の選手はボソッと言った。
武藤は肩を壊して投球に影響が出たが、打撃の方は錆びることは無い。中学でも通算3割越えの成績を誇る武藤は140キロ台のマシンの球を軽々と打ち返していた。
左打席に入っている武藤はゆったりと構えたオープンスタンスから打つ打球は鋭く、何本か柵越えを放っていた。
「すげーな武藤。何でそんなに打てるんだ?」
打撃練習を終えた武藤に御幸は笑いながら聞いていた。
「んあ?いやぁ、来た球打っているだけだよ。それにマシンの球は死んでいるし、実際に人間から打たないと意味が無いからな。」
ヘルメットを取りながら武藤はそう言った。
「どんだけだよ。(こいつ・・・)」
御幸は笑いながらも武藤がさらっと言った事に納得しながらも、改めて凄いと思ったのである。
よく言われていることだが、マシンの球は人間が投げるのと違って球に気持ちがこもっていないので、球が
高校野球に限らず、プロ野球・メジャー・社会人などには、球質が重い投手・軽い投手、球のノビ・キレがある投手などいろんな種類の投手がいる。マシン打撃では対応しきれない事もある。
武藤の母校、明王でもマシン打撃はあったがほとんどは投手による打撃練習を行っていた。
「おらぁ、いい事言ったって何もでねぇぞ!」
「いでででで!!」
2人の会話を聞いていた伊佐敷は調子に乗らないように武藤の首を絞め苛めていた。
「ははは・・・じゃ、打撃行って来るわ。」
「あっ!裏切るのか!御幸いいいいい!!!」
武藤の絶叫を尻目に御幸はゲージの中に入り、打撃練習を始めたのである。
「・・・くそっ。」
武藤の打撃を見ていた倉持はあまりの悔しさに舌打ちをする。
倉持も川上と同様、二軍でチャンスをもらい「1番・遊撃」として二軍の試合に出場していた。自慢の足や足を生かした守備範囲の広さをしっかりとアピールした。
しかし・・・・一軍メンバーには選ばれる事は無かったのだ。
3年生に倉持と同じ遊撃手・同じタイプである「
無論、3年生だからという理由ではない。倉持には欠点があったのである。
倉持は足は速いのだが、外野に飛ばすパワーがないのである。というのも、二軍での安打は大半が内野安打であるのだ。それ以外はボテボテのゴロが多かった。
それでもかなり足が早い事の証明にもなるが、これでは起用予定である
遠藤もチームトップクラスの俊足の持ち主であるとともに、内野を越すパワーを持っている。守備も倉持と同じ位うまいが、連携面を考えれば遠藤のほうが上だった。
それを首脳陣で話し合った結果、倉持は一軍に入ることが出来なかったのだ。
「悔しいけどこれが俺の実力だ・・・それなのに・・・武藤は俺にないものを・・・」
倉持は
しかし、同級生でしかも投手の武藤が倉持にはできない外野への強打をフリー打撃で打っているのを見ると、胸に「悔しい」という感情がこみあげてくるのを感じた。
「・・・けどこのままの俺じゃねえよ。秋には絶対レギュラーを取ってやる。ポジションは違えど武藤や御幸には負けたくねぇ・・・必ず
しかし、「感情をこみ上げる」だけでは上手くはならない。胸に秘めた同級生へのライバル心が悔しさを覆いかぶさる。そのライバル心が倉持をレギュラーへと一歩背中を押すのだ。
倉持は気持ち新たに練習の手伝いをする。まだまだ倉持の高校野球は始まったばかりである。
それぞれの思いを胸に合宿は続いていく・・・・
色んなものを詰め込んだら5000字越え。他の人は10000行っているので試合ではそこまで行くように頑張ります。
少し早いですが、ここで試合についてです。自分的には1~3回・4~6回・7~9回の3部で1話としていこうと思います。
何か質問等あればご気軽におかけください!