気に関する修行は次の段階へと突入した。
その内容とは、『開放』と『抑制』にかかる速度の向上。
これを伸ばすことで、適宜、気の消費を抑え戦闘を有利に進めていくという考えだ。
『開放』は気の最大放出量を増やす技術であり、自分の持っている、気が増えるわけではない。
そのため、常時最大量放出していれば、すぐにそれは枯渇し、戦闘など行えなくなる。
よって、その消費を抑えることをしなければならない。そのための修行だ。
肉体を鍛え、生命力を増やし、気の最大量を増やすという考え方で、常時放出し続けられるように出来なくもないが、それには時間が掛かるし、才能の有無で、可能になるかはわからない。
そんな状態で戦い続けられるのはすさまじい量の気を持つものだけに限られるだろう。
それに古菲はそういう『剛』はなんとなく向いていない気がする。
前回の気の開放と抑制を見ただけですぐ覚えたように気の扱いこそが古菲の真骨頂だ。
そう考えたのでこっちの方の修行にシフトした。
まあ、もちろん気の量を増やす修行もちゃんと行う。
どれだけ増えるかは分からないが行わないという選択肢はないだろう。手札は多ければ多いほどいいしな。
いくら抑えて戦っても枯渇するときは枯渇するし、戦闘継続時間を増やすことは無駄にならないだろう。
どちらに重点を置くか、それだけのこと。
「というわけで、気の『開放』と『抑制』の第一段階をクリアしたのでレベル2に行きますか」
「レベル2?まだ、続きがアルのか?」
どうやら気の開放で終わりだと思っていたらしい、甘いな!
「もちろんあるぞ。てか、あの技術を戦闘に活かせるように持って行かないと意味ないし」
「……たしかにそうアルネ」
納得してもらったことで、説明に移りましょう。
「まあ、先日試してもらって分かったように、『開放』は最大放出量を増やす技法だ。そして『抑制』はその放出を抑える方法。今回はこれの切り替える速度を上げてもらう」
そう言って修行内容を説明する。
「俺が右手の人差し指を立てたら即座に気の『開放』を行うこと、それで、ピースサインを作ったら逆に『抑制』の状態にする。まあ古菲なら簡単にできるだろ。ちなみに修行中、全てがその対象だから気を抜くなよ?」
これで、戦闘中に気を扱う瞬発力も養えるし一石二鳥だ。ちなみにこれはハンターハンターのやつ参考にした。便利だね。漫画。
まあ後々、左手でフェイク入れたりしてレベル上げていくけどな。
あ、そうそう、その前にやっておかないとならない事があったわ。
ポケットからストップウォッチを取り出す。
「とりあえず、今から現時点の気の開放と抑制にかかる時間測るから合図をしたら気の開放を行うこと。で、もう一回合図があるまでそれを維持して、合図を出したら『抑制』状態に戻す。OK?」
「分かったアル」
「じゃあ、準備ができたところで、スタート」
―――――、結果は『開放』が1秒で『抑制』が1.5秒だった。ちと遅いな。
達人同士の争いでは1秒ですら命取りだ。コンマ1秒たりとも無駄にできない。
最終目標は攻撃の瞬間、防御の瞬間だけ『開放』出来るようにすること。
そうすれば気の量で劣っていようと常時最大で戦える。
え?俺?まあできてない……。『開放』は即座に、確か0.001秒位で行えるけど『抑制』は3秒位かかる。フリーザ様あんた本当に抑えるの苦手ですね。
けど、いいんだよ。開放状態1日くらい持つし!現時点ですら古菲に『抑制』の速度負けてるけど悔しくないもんね。
ま、まあ、気にしない事にしよう。よし、これで基準は出来た。
「というわけで、今日は『開放』に1秒以上、『抑制』に1.5秒以上かかったら罰ゲームな。腕立て500回すること」
とか言いながら地味に右手の人差指を立てる。
なにこれ楽しい。秋雨さんがケンイチに修行やらせるの楽しそうな理由が分かった気がする。
そして不意にそれは行われたので古菲は反応できなかった。
「あ、罰ゲームな。腕立て500回」
「な……ひ、卑怯アル!いきなりそんなん反応出来るわけないアルよ!」
抗議する古菲。
でもな、古菲。修行ってのはね理不尽なんだよ?
内心、愉悦に浸りながら告げる。
「いや、それを出来るようにする訓練だし。はい、さっさとやる」
そして渋々ながらも古菲は腕立てを始めた。
後は普段の修行通り、滝に打たれたり、鬼ごっこしたり、組手を挟んだりして、その日の修行は終わった。
最後の方はバテバテで反応できないことが増えたせいかずっと腕立てしてたけど、まあ、初日だしこんなものだろう。
そして、古菲と別れ家路についた。
―――――、帰路につきながら古菲は考えていた。
このままで自分は本当に強くなれるのかということを。
確かに師父の言う修行は結構、理論的であり、確実にステップアップすることが出来る。
気の『開放』、『抑制』によってその時の最大放出量を増やすこと、そしてその切替速度の向上によって強くなれるという確信はある。
でも……と、古菲は後ろ髪を引かれる。
そうして思い出されるのは先日の光景。
アレは太陽なのだと、本能で理解した。
ただ、開放しただけだというのに周りにはすさまじい衝撃波が襲っていた。
確かに今のままでも強くなれるだろう。だが、『あそこ』に届くのだろうか?
そのイメージが今の古菲には持てなかった。
でも、自分が知らないだけで、この修業を続けていれば届くようになるのかもしれない。
そんな淡い期待を抱いて彼の昔からの知り合いだという、エヴァンジェリンに話を聞いてみたが結果は想像したとおり。
なにか方法が無いのか?そう考えるも、気に関する知識が欠けている古菲には答えが出ない。
おそらく『先』があるのはわかっている。
そして、今日の修行のことを思い出す。
『第一段階』、『レベル2』そういったワードから三段階以降が存在するのは予想は付く。実際、それを聞いて少し安心してしまった。
だが、多分、師父は次の段階に進むまで教えてくれないだろう。そんな漠然とした直感がある。
次の段階へと進めるのはいつだ?数カ月後?数年後?いや数十年後?もしかしたら届かないかもしれない。
不安が古菲を襲う。その焦燥は自分が強くなり、彼の強さをはっきりと見てしまったことでどんどん強くなっていく。
ワタシは『今』強くなりたい。『今』強くなれないものが、この先強くなれるだろうか?古菲は今までの経験でそのことを知っていた。
だが、強くなるためにはそれなりの時間と労力が必要となる。
そう、時間だ。時間が圧倒的に足りていない。
そして、一つ思い当たることが出た。
そういえば、あのガラス球の中は時間の流れが外とは違ったことを。
古菲はこの麻帆良の『裏』。そこには魔法という力が存在することを知った。
学園長や、タカミチ、その他先生が魔法使いであり、この麻帆良の世界樹を守るために存在することを。
アレが魔法の産物であることも分かった。
そんな夢の様なアイテムではあるがリスクはもちろんある。上手く行かなければ歳を無駄に重ね、老化する。すなわち力の衰える日が早くなる。
でも、踏み出さねばならない。たとえ悪魔に魂を売ることになろうとも。ワタシはもうすでに武術に魂を売っているのだから。
ならばそれを使わないという選択はない。
そして、どうすればそれを使えるかと言うことを考える。
そういえば師父はアレを借りた時、何かの取引をしていた。ならばワタシも取引できるものを出せばいい。
確かエヴァンジェリンは吸血鬼だと言っていた。それなら『血』を代償にすればいけるか?
ほんの僅かな光明を探る古菲。
そしてふと、先日のことを思い出す。
『フン……せいぜいあがけ。もしかすれば、貴様はヤツの『先』にたどり着けるかもしれないな』
彼女は確かにそう言った。
ただの励ましの言葉だと、その時は思った。
だが、ほんの僅かに強調された『先』と言う言葉。そして師父の次の段階を示唆する言葉。
古菲の中で何かがつながった。
もしかして彼女は、師父の到達していない『先』を知っている?
ならばそれを手に入れられるかも知れない。
希望がつながったことで心のなかで燻っていた炎が一気に燃え上がる。
『先』が見えたことで先程までの疲労がどこかに飛んで行く。
そして古菲の足は自然と、家ではなく『そちら』に向かっていた。
今こそ飛躍の時!
もう古菲が主人公でいい気がしてきた。