いよいよ開催されたロボトル世界大会の予選……町内大会は、ヒカルの住む町の北側にある神社で行なわれた。
ヒカルをライバルと断じるユウキが、1回戦で姿を見せない相手に何故か負けたり。
「これは駄目ですヤンマ」
「ああっ、シアンドッグっっ!?」
「ぎぎぃ……」
「……」
悪ガキコンビであるヤンマとクボタを倒したり。
と、町内大会では特に苦戦する事も無く勝ち進む事ができた。
ヒカルとしてはどの相手も、先日対峙したタイフーンと呼ばれるロボロボ団幹部と比べると、威圧感で劣っていると感じたものである。
優勝という結果を携えて、ヒカルはメダロット社の地下で行なわれる地区大会を控える事となった。
町内大会を終えた神社には今、祭りの後だけが立ち並んでいる。屋台の骨組みが残されてはいるが、人通りは開催中とうって変わって寂しいほどだ。
「―― ん?」
「どうしたヒカル?」
「何だか今、黒くて全身タイツの陰が見えたみたいな……」
「気のせいだろ。それよりナエさんにノートを届けに行くんだろ?」
「あっ! そうだった!?」
慌ててヒカルは振り返る。ナエに渡すための研究ノートを持ち運んでいる最中なのだ。
黒くてタイツといえば、ロボロボ団ではあるが、祭りが終了した今彼ら彼女らが何処で何をしていようとヒカルの知った事ではない。むしろそれこそセレクト隊に任せるべき案件だ。
「急がないとな……」
ヒカルはメタビーと会話をしつつ、神社を後にした。
「……ごめんなさい。見間違いじゃあないのです、ヒカル兄さま……」
その後で入れ替わりに境内の奥へと踏み込んだ少女には、気付くことなく。
◇
機会を逃すわけには行かないと、事は慎重に進めた。
実際に侵入した上での、数度の下見も重ねた。
そうして、ユウダチがロボロボ団のアジトへ本格的に喧嘩を売りに出かけたのは、ヒカルが地区大会をも勝ち進み、本戦大会の1回戦へと挑む当日の事であった。
てくてくと洞窟内を歩くユウダチ。だが、それを見咎めるロボロボ団がいないのには理由がある。
「ん? お前、見かけない奴ロボな」
「新入りだロボです」
「そうなのかロボ。……あ、ボスにこのカードキーを渡してくれロボ」
「承ったロボです」
侵入の方法については唯一の悩み所ではあったものの。タイフーンとの戦いの後に捕まえた雑魚ロボロボから奪い取った制服を身に纏っていると、案外すんなりと通る事ができていた。
(……む。御主人、向こうの通りにもロボロボだ)
(ありがとうです、ヨウハク)
やや広い洞窟を、そのまま使っているアジトである。見渡しの悪い場所で突然に出会い、ぼろを出しては元も子もない。ヨウハクの索敵による援助を受けながら、下へ下へとユウダチは降りてゆく。
途中でボスに渡す品物を色々と受け取りながら足を進めれば、一段と広く、多数のロボロボ団が集まっている場所に行き着いた。
「……? お前も参加するロボか?」
「んん。参加はしないです」
ユウダチが首を振る。
するとしかし、声をかけたロボロボ団が何故か焦り出していた。ユウダチの前に立ち、ややまくし立てる様に。
「まぁそんな事言わずに、軽ーい気持ちで参加するロボよ。実は急遽タイフーン様の前でロボトルをすると決まって、参加者が何人かびびって逃げ出してしまったロボ」
要するに参加者が足りないらしい。
ユウダチはその内、観覧に来るという幹部の名前を思わず、ポツリとこぼす。
「……タイフーン……です、ロボ」
「お前もタイフーン様のファンだロボ?」
ファンではない。
ファンではないが、ユウダチは視線を巡らす。
見つけた。岩の広間の最奥。一段高くなった場所に、高みの見物と決め込んだ、大男。
「……うん。あの、やっぱり参加しますですロボ」
「お、これで大会が開催できるロボね!」
執拗に参加を勧めていた団員は、朗報だとばかりに奥へと走ってゆく。
それらを見送ると、大会の準備をするため、ユウダチは会場の端に積まれたコンテナの後ろへと回りこんだ。
ふぅと息を吐くと、ケイタイの内から心配そうなパートナーの声が聞こえてくる。
「……ロボトルとは、どうするつもりだ御主人。わたしを使っては、途中でばれて団員に摘み出されてしまうのではないか。あの男に接触するのが目的なのだろう」
「はいです。なのでスイマセンです、ヨウハク。貴方のKWG型パーツを全替えさせて貰うです」
「まさか」
「ええ。―― 遂に出番です」
嬉しそうに腕を掲げるユウダチの目の中で、どろりと淀みが動き出す。
その手に握られていたものは。
◆
「ふむ、今回のロボトル大会はつまらんな」
組織内でタイフーンと呼ばれる男は、眼下で繰り広げられるロボトル大会を見て思わず、素直な感想を口に出した。
それもその筈。山の中を歩けば野良メダロットから山ほど手に入るコフィンバットやモンキーゴングばかりを使うロボロボ団同士の戦いであり、しかも何の工夫も無くそれらを使いまわすのだ。他者から、少なくともロボトルの心得を持つタイフーンにしてみれば、見ていてつまらない余興であるのは当然といえた。
が、そんな退屈に染まっていたタイフーンの視線がとある試合で止まる。
「……ですロボ!」
「こけっこ!」
「……ロボッ!?」
「ぐえ」
他の2体、コフィンバットとモンキーゴングはそれなりだが、見たことの無い機体をリーダーとして扱う団員だった。
身体はトリコロールカラー、コミュニケーションモニターが緑。色合いの明るい鶏のようなメダロット。
左腕のライフルで射撃をしていたかと思えば、時折近づく猿型を右腕のソードで迎え撃つ。かと思えば仲間にかかった束縛症状を直してきたりと、多種多様な働きの出来る機体であった。
「……だがな」
ため息をつき、良くも悪くも興味が沸いたとタイフーンは腰を上げる。
興味の対象は、決勝をも勝ち上がってきたのだ。そんな未来の幹部候補へ、タイフーンは褒美を与えようと近づいてゆく。
「……? その目は……」
その団員の放つ薄暗い雰囲気と、どろりと濁る両の目に引き込まれた。
両目に灯るのは、粘ついて離れない、薄暗い感情。
成る程これは、見覚えがあるはずだ。
「今は、黙って、ロボトるです」
「ムラサメの娘か。わざわざ顔を出すとは……血は争えん」
雰囲気が似ているのだ、とタイフーンは言い放つ。
件の団員ユウダチは、その様子にかちんと来たようだった。
「……ん!」
「ふん。良いだろう」
タイフーンに向かって、ユウダチがケイタイを構えた。
ユウダチを見下ろす格好となっているタイフーンは、しかし。
「出番だ、キラビット」
「うひょー」
転送したメダロットはウサギ型メダロット・キラビットだけであった。
1体だけを場に呼び出し、それ以上動く気配の無いタイフーンを、ユウダチが睨む。
「……1体だけなのです?」
「そうだ。お前はあの見たことの無い機体を出すといい。どうあれ、こちらは本気の本気だぞ」
「本気うひょー」
確かにタイフーンのキラビットは右手に「メルト」攻撃を行なう事のできるパーツを付けている。純正のキラビットは他者の充填放熱速度をコントロールする「援護のため」の機体であるから、1対1ならば当然必要な武器ではある。
だがそれは装備バランスも、果てはメダルの得意不得意すら考えていない構成に、ユウダチは思えた。
メダルの中身が応援を得意とする「ウサギ」であれば、メルト攻撃は得意としておらず。メダルの中身が炎熱攻撃を得意とする「フェニックス」であれば当然、応援行動は得意としていない。
そうと知り、ユウダチの言葉には思わず怒りがこもる。
「そのちぐはぐな装備で、私の『ウインドクラップ』に勝つと?」
「この方がはっきりと理解できるであろうからな。それに、ちぐはぐなのは……いや。言っておくが今回ばかりは私の力ではない。お前ならば分かるだろう。私の正体にも気付いている、お前ならばな」
『ウインドクラップ』。
それがユウダチが改修した、この、ムラサメ謹製のメダロットの名称だ。
タイフーンは未だ、不服そうな表情でユウダチを見つめていた。視線には明らかな呆れが見て取れる。
ユウダチの肌は粟立ち、ぞわりと背筋が震える。
「良いです。やりますよ、ヨウハク」
「……こけっ……ならば御主人、もう鶏の鳴き声はやめても良いか」
「はいです」
主からの返答を得て、ウインドクラップ……グリフォンを模した機体が地面に降り立ち、タイフーンのキラビットと対峙する。
右手を掲げて、目の前でぐらぐらと身体を揺らす相手を威嚇。
「姿が変わろうとも右手は刃だ。ゆめゆめ侮ってくれるな、お山の兎」
「ロボトルうひょー」
構え、メダロッター同士の視線が交わると、それが合図となった。
「御免ッ」
一気に近づくウインドクラップ ―― 右手のソード。
「うひょー」
「! 何ッ!?」
「脚部だとっ! ……む」
驚く事に、キラビットは捻り上げた左足を犠牲にして防いで見せた。
右の剣は軽攻撃。充填放熱が低く隙がなく急所を狙いやすい代わり、確実な防御をされるとダメージは落ち着いたものになってしまう。
キラビットはそのまま頭部パーツを起動してパーツの充填時間を早めた。
充填と放熱の差が開いてゆく。ヨウハク得意の連打を挟む猶予がない。
確実な防御からの反撃という、パーツの特性を生かし切った戦い方だ。
つまりは、コンセプトをしっかりと定めた、企業の、メダロット社の思惑の中だ。
そこからは、圧倒的な展開だった。
「くっ!」
「うひょー」
「……つぇあっ!」
「うっひょー」
速度に勝るはずのウインドクラップは終始キラビットに先手を取られ、得意のソードを直撃させる事ができず、キラビットが防御の合間に繰り出すメルト攻撃でじわじわと装甲を削られてゆく。
単純なスペックの差。パーツの出来により生じた差。
食いしばったユウダチの歯がぎりりと軋む。握りこんだ掌には爪が食い込み、内出血を起こすほど。
何とか耐えようとするヨウハクの健闘もむなしく、
「……不覚。すまない、御主人」
攻防の末、遂にウインドクラップが地に落ちた。ティンペットがむき出しになり、ユウダチのケイタイの内へと回収される。
「……」
少女はいつかのガラクタの山、その上に居た時と寸分変わらず、脱力して地面にへたり込んでしまう。
タイフーンは、相も変わらずつまらなそうな様子で、そんな弱者を見下ろした。
「歯向かうにしても歯ごたえが無さ過ぎる。……これは忠告だ。ごっちゃにするな。お前が私を追って来たのは、ムラサメの家に縛られているだけに過ぎない。情愛にほだされたのともまた違う。それは、人ならぬ呪いだよ」
タイフーンは最後に、ロボロボ団ロボトル大会の優勝商品だと、1つのパーツを放り投げた。
下を向いていたユウダチの目は、しかし、その脚部パーツの見事なまでの完成度に惹きこまれてしまった。
小さな口が息を呑み、それ以上は動けない。動かない。
「そのパーツを見ろ。判るだろう」
パーツの名は「デビルレッグ」。
かつて攻勢兵器としてのメダロットを追求した末に完成した機体 ―― 悪魔型メダロット「ブラックメイル」の脚部である。
マッスルチューブの羅列は美しく、配線管理に無駄はなく、循環用オイルと人工関節の組み合わせは義務的でいて危うさを感じさせず。
それはユウダチの、あるいは子供心に願った、ムラサメの家が求めた全てが詰まっている様な……完璧なまでの完成度だった。
「……
タイフーンの正体には気がついている。だから、そのバックにはメダロット社が居た。
これは当然。
自分が苦労して改修した一品もののウインドクラップよりも、メダロット社の作った市販品は優れていて。
いつかの様に。
例えあの兄が加わり、ムラサメの家が注力して作り上げたメダロットよりも、メダロット社の作り上げたものは優れていて。
だからムラサメは結局、大きな力に適わないのだ。
ムラサメの一員である事を否定できず、薄暗い感情のまま、結局は張り合ったユウダチも同様に。
「……行ったか。ふん。全く、全く。……全く、面白くは無い余興だったな。どうせなら、カブトメダルの少年が来たほうがマシだったろうに」
とぼとぼと歩き出したユウダチを止める事すらせず。
アジト移設のために団員を引きつれ、巨躯を揺らす男は洞窟の奥へと戻っていった。
◆
ユウダチはその日、どうやって居候の研究所へ帰ったかを覚えていない。
ただぼろぼろで帰ってきて、姉代わりのナエに心配をかけたことだけは確かなのだが。
「ぼろぼろで帰ってきたユウダチちゃんといい、メダルを破壊されたヒカルさんといい……一体何が起こるというのでしょう……」
「ふむぅ。ロボロボ団が頭角を現した、というのが的確じゃろうの。この騒動にはわしら研究者も、改めて自分の未熟さを痛感させられとる」
「……はい」
「心配だろうがの、身体を壊してくれるな、ナエ。ヒカルの奴には前向きさがある。ユウダチにはお前と、ヨウハク達もおるのじゃから」
励ますような祖父の言葉に、ナエは弱く頷く事しか出来なかった。
あれだけ慕っていたヒカルのメタビーが、本戦の決勝で本性を現したセレクト隊長にメダルを破壊された日も、ユウダチは変わらず塞ぎ込んでしまっていた。
今のユウダチは淀んだ瞳はそのままに、動かず。まるで5歳の身体に詰まっていた生気が全て抜け、人形になったよう。
やり取りをしている母親からヒカルの様子を聞けば、パートナーを失った彼も似た様な状況であるらしい。
少年少女にとって共通の友人であるナエは、どうにもならず心配ばかりを募らせる。
「……」
ナエは電源が切られ薄暗くなった研究所の中から窓の外を見るが、外の光景は変わらず、一向に好転していない。
あれほど行き交っていた人は1人たりとて見あたらず、時折野良メダロットとなった機体が異音を発して行き交うのみ。
窓の向こうを阿鼻叫喚の地獄絵図、と言っても適当であろう。
―― 謎の怪電波によりリミッターを外されたメダロット達が暴走し、全ての都市機能が停止。
―― 自警組織であったはずのセレクト隊の本部は怪電波を発する元凶となり、かつての友であるメダロットは翻意を顕わに暴威を振るう。
後に「魔の10日間」として語られる、悪夢の期間の到来である。
・ウインドクラップ
オリジナルではなく、メダロットnaviに出演するグリフォン型メダロット。
製作はロボトルリサーチ社。因みにムラサメ製作所はこのロボトルリサーチ社の前身である。
因みに、メダロットnaviの主人公が最も最初に使うメダロットでもある。メダル「イースト」、メダル名「ファーイースト」に装備させてあげるのが大吉。
・魔の10日間
ロボロボ団の放った怪電波により、セレクトメダルを装着したメダロット達が一斉に暴走した、メダロット界最大の暴走事件。
これらは電流操作によるメダル操作実験の一環であった。
セレクトメダルに本元の仕込がしてあったようで、天然メダルのメダロットには殆ど影響がでていない。
とはいえセレクトメダルの普及率ゆえに、怪電波で暴走を始めたメダロットの数は膨大に膨れ上がる。セレクト隊の隊員も同じくセレクトメダルを使用しており、また隊長自身が引き起こしたという事もあり、正に手の付けようのない事件となってしまった。
・デビルレッグ
実際に手に入るやつです。折角なのでご出演。
20160509.追記修正