アキハバラ・アトムが孫と良い感じの男が居ると聞きつけおろおろとしている間も、ヒカルは順調にその実力を伸ばしていった。
夏休みの登校日の後には世界大会の(遙かな)下部予選として、町内大会が催される。ヒカルはその大会に照準を合わせてロボトルの腕を磨いている最中だ。
そうして修行に明け暮れ、夏休みも半分を迎えた頃。各地でロボロボ団のどたばた騒動に巻き込まれながら、ヒカルはその足を祖父の実家にまで伸ばしていた。
「爺ちゃんもばあちゃんも元気そうだったな」
「ヒカル、オレも元気だぞ!」
「はいはい」
届け物を終えて、自分の住む町への帰路につくヒカル。
祖父の実家から南へ向かえば、「遺跡」からパーツやメダロットのパーツを発掘している炭鉱街になっている。
炭鉱の街。書いてその通りの町中には油の臭いが立ち込め、無骨なトロッコが線路の上をせわしなく行き交っている。
その所以でか、ヒカルはとある少女のことを思い出していた。
「ユウダチ、か」
フルネームはムラサメ・ユウダチ。ヘッドシザースのヨウハクをパートナーとする園児である。
彼女自身のロボトルの腕はともかく、パートナーであるヨウハクは成長目覚しいメタビーの上を行く実力を持っている。
もしかしたら彼女も大会に出てくるのでは……と、一瞬、ヒカルは憂慮するが。
「……うーん、でもあのユウダチだからなぁ」
山で出逢った小さなロボロボ団や、所持に免許などが必要ないという気軽さ故に、園児である事は理由にならない。が、彼女自身はロボトルに積極的とは言い難い。どちらかといえばメダロットのパーツ開発へと熱心に力を注いでいる様子だった。
そんな彼女がわざわざ町内予選から大会を勝ち進んで ―― というのはそこそこの付き合いを持ち、ユウダチの性格を掴んできたヒカルにとっては、想像が出来ないものであった。まず、出場はないと踏んでよいだろう。
「もしも出てくれば強敵だと思うけど、でも、どうせ世界を見渡せば強い相手って沢山居るんだろうし。……よし。気合入れていくか、メタビー!」
「おうよ! ―― ん?」
いつもの通りガッツポーズで拳を合わせた所で、メタビーが何かに気付いた。
指差された先をヒカルも見ると、そこには。
「そのメダルをよこすロボ!」
「ぜぇったい、嫌です!」
「痛い目にあいたいロボか?」
「嫌です、ですっっ!!」
ガラクタの山の上に立ち、つい先まで思い浮かべていた少女ムラサメ・ユウダチがあかんべーをしていた。
問題はむしろ、その相手。
「……ロボロボ団、またお前らかっ!」
「誰だロボ?」
全身の黒タイツに謎の角。サングラスまでかける念の入れ様。メダロットを使用して(小ズルイ)犯罪を行なう集団……ロボロボ団であった。
山での1件以来、どうにもヒカルにはロボロボ団との縁があるようだ。各地を転々としながら悉くロボロボ団と遭遇している。
そんな縁はいらないとヒカルは思うが、こればかりは独力でどうにかなるものでもない。
と、つらつらと考えながらユウダチとロボロボ団の間に近づいていく。
「? ……ロボッ!?」
「ばうばう!」
主の危険を感じてか。
ヒカルの後ろから、今まで実家に預けていた愛犬・ボナパルトが黒い不審者へ向けて駆けだしていた。
「犬は勘弁してくれロボーッ!?」
ボナパルトがほえると、囲んでいたロボロボ団は一斉に逃げ出してしまう。犬が苦手なのは変わらないうえ、団員共通であるらしい。
「あ、こら、待ちなさいっ!?」
「逃げ出したです」
「そうだね……」
はたして後に残されたのは、ツナギを油塗れにしてガラクタの海に埋もれているユウダチと、ヒカルが港町を訪れた際にも出会った覚えのある……女ロボロボ団。
部下達の態度を見るに、どうやらこの女は幹部であるらしいのだが。
「……これで逃げ出さなかったのはワタシだけ。全く、頼りないったらありゃしない!」
「それで、やるのか? ロボトル」
ヒカルが呆れながら尋ねると、女幹部はややヒステリー気味に声を荒げた。
「やるわよ、やってやるわよ!」
「あの。ところで、ヒカル兄さまは何故ここに居るのです?」
「色々あるから今はいいよ。ユウダチ、下がってて」
何はともあれロボトルだ。男はでっかく生きなければならないのだ。
ヒカルはユウダチを庇う形で前に出ると、ケイタイを掲げる。
転送されたメダロットが組み上がり、3体で列を作る。
「行くぜヒカル!」
「お守りしますメタビー様」
「ううーん、それそれ狙うよぉ」
「やっておしまい!」
女幹部とのロボトルが始まった。
一度は敗北した相手ではあるが、今回は海辺ではないため地の利がある。女幹部のサメ型メダロット・ユイチイタンはびったんびったんと飛びながら、ガラクタの山の上を動き辛そうにしていた。
メタビー、ナイト、そして新しく加わったゴーストといった面々がいつも通りかそれ以上に連携しつつ、女幹部のメダロットを次々と機能停止に追い込んでゆく。
「キシャー!?」
「よっし、倒した ―― ん?」
順調にすべてを撃破し、しかし、ここからがいつもと違っていた。……そういえばいつも判定を告げてくれるレフェリーが居ないのだ。
ヒカルがはて何事だろうと辺りを見回していると、女幹部の後ろに降り立った新たな人物が歩み出てくる。
「下がっていろ、レイカ」
でかい。筋肉質の大男だ。全身に纏った黒のタイツが、男がロボロボ団であることを暗喩どころか直喩している。
「くぅ、タイフーン様!」
その言葉に従い、レイカと呼ばれた団員が後ろに下がる。
ごきごきと首を鳴らし、男幹部 ―― タイフーンはゆるりと手招きをする。
「どれ、わたしが相手をしてやろう」
相手……つまりはロボトルを、ということだろう。
子供2人を睥睨する幹部に、後ろに居たユウダチがいつになく、一際、顔をしかめていた。
ヒカルが疑問を呈するまでもなく、ユウダチが口火を切る。
「……こいつは、新しい幹部です?」
「みたいだね」
「ふむ。新しくは無い。むしろ古参だがな」
ヒカルとユウダチの会話にも律儀に返答をするタイフーン。
そのまま突き出した腕に巻かれた、ヒカルやユウダチのものよりも小型のケイタイが光を放った。
「出でよ、ヘルフェニックス達」
「おぅさ。呼んだかあるじ」
「どっこいせ。呼んだなあるじ」
「ほぅらね。呼んだっしょあるじ」
ふらりふらりと空を飛び、ヘルフェニックスと呼ばれたメダロット達が空を飛ぶ。
ヘルフェニックス。飛行型の、
火炎攻撃はメダロットに装備されている、人間で言えば神経の代わりを務めるニューロン・ファイバー・レジン・ポリエステル外皮を利用した攻撃方法だ。熱傷を主とする継続的な痛覚刺激を与え、処理能力を低下させるのである。
加えて、どちらかと言えば高価な機体でもある。それらが3体で編隊を組む姿を見て、ヒカルは気を引き締めた。
「こいつ……強い?」
威圧感というのだろうか。タイフーンという幹部の持つ、巨体ゆえの圧迫感なのかもしれないが。
そんなものを感じ、足を引いたヒカルの横に。
「……ヒカル兄さま、助太刀しますです」
「いいの?」
「はい。兄さまは先にレイカというのとロボトルをしていますから、メダル達の消耗も激しいでしょう? それに3対3であれば指示系統は多くて損は無いはずです」
といいつつ、ユウダチが視線を逸らさないまま、ヒカルにだけ聞こえるような声量で。
(何より兄さま、兄さまのゴーストの子とナイトの子は少しマイペースに過ぎますでしょう)
(あ、やっぱり分かる? メタビーも大概だけどね)
(策もあります)
(ん、聞かせてくれ)
こそこそと話し合う。
事実、ヒカルのチームはメタビーの攻撃力に頼る部分が大きい。「ナイト」はナイトアーマーというメダロットの、見た目からして騎士という感じの援護防御パーツでメタビーを守る役目。「ゴースト」は応援行動と捨て身の攻撃によって補助をするのが常である。
加えて、新参者のゴーストは熟練度が違う。となると、攻撃面を考えればユウダチがいてくれると助かるのは確かだった。
「相談はよいのか」
暫くして正面を向いた2人を、タイフーンは腕を組んで悠々と待っている。
2対1。指示系統が多いということは、単純に見ればヒカル達が有利となる。目前ですりあわせもしたばかりなのだから、戦術の齟齬という弱点も補える。
それなのにこの落ち着き様だ。少なくともこのタイフーンという男は、肝っ玉の据わっているという点について間違いなさそうである。
タイフーン言葉に頷きながら、ヒカルは迫る決戦にごくりと唾を飲み込んだ。
・ロボロボ団
全身黒タイツ。悪の限りを尽くすといいつつ隙有らばサボり、楽しい事大好きな、世界制服を企む秘密結社のたぐい。
角が2本で幹部、角が1本で一般戦闘員らしいが、そのどうでも良い事実をヒカルが知ってしまうのは、ゲームにおいて町内大会の後にアジトへ潜入した際のことである。
・メダロット世界の位置関係
シノビックパークを基準として考えると、結構面白いことになったりします。
おどろ沼=ヒカル達が上った山、おみくじ町の北西にヒカルが小学生時代に住んでいた町が位置するのでは、という流れですね。
つまりはメダロッ島に向かう港で地図がひねくれているという考え方ですが。
……アースモール? 海底都市? シンラの森?
ええ、きっと地図上ではないどこかに……。
20160508.追記修正