―― の、だが。
「うきぃききぃ?」
「そうでちゅ。やっちまうでちゅ、お前達!」
「何でその辺を歩いていたオレ達まで巻き込まれているでカッパ……?」
温泉には期待の通り猿(型のメダロット、モンキーゴング)が湯に浸かっており、加えて、その中の1人がロボロボ団の幹部であったのだ。
どうやらメダルを奪っていたのはロボロボ団の仕業であるらしく、それらを取り返しに来たヒカル達の目前に、野良を含めた3体のメダロットが立ち塞がったのである。
さてはロボトルと、ヒカル、ナエ、ユウダチは背中を合わせてケイタイを構える。
「なんでまた、港町に続いてロボロボ団の相手をしなくちゃならないんだろうなぁ……。とはいえ、負けてはいられない! 頼んだぞメタビー!」
「おうよ! 任せろヒカル!」
「リーダーはヒカルさんで登録しますね。お願い出てきて、ヒールエンジェル!」
「ふわわー。呼びましたか、ナエ?」
それでもぶちぶちと言いながら。
今にも頭部から反応弾を発射してやるぞと意気込むメタビーがヒカルの前に立ち、ナエの前にはヒールエンジェルと呼ばれた天使型のメダロットが転送されて浮遊する。
そして、残るユウダチの前に。
「出てきてくださいです、ヨウハクっ!」
「―― ふむ、お呼びか御主人」
ケイタイから転送され、ヘッドシザース……「ヨウハク」が立ち塞がった。
膝立ちから二脚へ。自然な体でユウダチの前に立ち、一礼。右腕の刃をぎちぎちと噛ませて始動を確認し始めた。
「お? なんだユウダチ、お前のとこのはクワガタじゃんかよ。……まぁそっちの天使もクワガタも、オレの脚をひっぱんじゃねぇぞ!」
「誰にものを言っているのだ? 口を慎めカブトムシ」
「ふわわー、ケンカは良くないと思いますがー、サポートはさせていただきますー」
それぞれのメダロットがなんだかんだ言いながらも一列に並ぶ。
目前で相手が出揃うのを待っていたロボロボ団と、その配下の猿型メダロット・モンキーゴング。そしてその辺に居たからと引き込まれた野良メダロットのリバーソーサーも、一列に整列。
「……キャラの飽和ですっかりこっちが薄くなってしまったでちゅ。カッパに猿にロボロボ団でちゅよ? 結構濃いと思うのでちゅが」
「それで、何でオレは巻き込まれたんだッパ?」
「うきー!」
こうして律儀に並んだのには理由がある。
彼ら彼女らは一様に、ある人物の登場を待っているのだ。
はたして、期待の通りにその人物は現れる。
……割とガチで熱い、天然温泉の中から!
「―― ぷはぁ! 合意と見てよろしいですねっ!」
どこで出番を待っていたのか、とか、酸素はどうだとか聞くのは野暮というもの。
メダロット社の認可するロボトル管理組織が審判。神出鬼没に現れてはロボトルのレフェリーを務める ―― ミスターうるちその人の登場であった。
その頭の上には、カッパの皿(と思われる)ものが乗っけられている。これはロボトルや戦況だけでなく雰囲気をも読んでみせる、審判団一流のエンターテイメントである。
「いいでちゅよ」
「うん」
「どうぞですー」
「はい、お願いします」
是非を問う公認審判員の問いかけに、メダロッター達は四者四様に頷く。
合意の程を見届けたミスターうるちはこくりと大きく頷き、腕を天にと構え。
「それでは行きます。ロボトルぅぅ ―― 」
「ボクチャンと戦うでチュ!」
「油断するなよメタビー!」
「望むままにです、ヨウハク!」
「皆をお願いねエンジェル!」
その手を振り下ろすと同時、メダロット達が掛けた。
「―― ファイッッ!!!」
「いくぜぇ、猿とカッパ!」
「下賎な盗人どもめ。我が刃の錆としてくれる!」
「サポートしますー。それと応援もしますー」
「いい湯だウキー!」
「いい湯だウキキー!」
「良く分からないけど……シリコダマ抜くケーッ!!」
◇
「ががががっ、ぎぎぃっ」
「モンキーゴング戦闘不能っ、お下がり下さい!」
「よし! メタビー、次はカッパだ!」
「おうよ!」
頭を守るための両手を撃破された猿型メダロットを、メタビーの左腕「サブマシンガン」のガトリング射撃が打ち貫く。セイフティが作動し、メダルがぴぃんとはじき出され、戦闘不能である。
ミスターうるちが戦闘不能となった野良メダロットを脇へとよけながら、メタビーはその横を抜けてリバーソーサーへと射線を合わせ ――
「ッパーッ!!」
「お、ぐぉっ!?」
「メタビー!?」
突如頭が光ったかと思うと、メタビーを鋭い光が貫いた。リバーソーサーの頭から放たれた光学射撃、ビームである。
装甲が溶け、人間で言うところの筋肉の役割を果たすマッスルチューブが融解。ずるりと落下するその前に分解され、ケイタイの中へと格納される。
咄嗟に防御をした左腕のティンペットがむき出しだ。ロボトルの最中にすり減った右腕「リボルバー」と併せて、これで、メタビーは両腕のパーツを失ってしまった事になる。
「くっそー、こうなったら……」
「ばか、乱戦で反応弾なんて使うなよ!?」
「じゃあどうしろってんだヒカル!!」
あせった調子でやり取りをするヒカルとメタビーの様子を見て、ロボロボ団の幹部、イナゴが特徴的な口調で「でちゅでちゅ」嗤う。
「今の内でチュお猿ども!」
「うききー!」
「うわっ、こっち来やがった猿め!」
ばたばたと逃げ惑うメタビーへ、モンキーターンをけしかける。
その様子を見ていたナエが、今こそ出番だと、自らのヒールエンジェルに指示を出す。
「索敵中止! エンジェル、ヒカルさんのメタビーをリペアーして!」
「治しますよー」
ナエの指示に応じ、ヒールエンジェルがピカピカ光ったかと思うと、メタビーの腕が呼応するように点滅しだした。
それはやがて明らかな緑色を帯びた光となり、両腕を象って制止する。治癒の促進を促されたメタビーの腕に、すぅっとパーツが戻ってくる。
ヒールエンジェルの持つ共鳴修復装置が、メダロット全機に備えられている「スラフシステム」と呼ばれる自己修復システムを作動させたのだ。
「……! 治った! すげーな天使!」
「あ、ありがとうナエさん!」
「いえ、それよりも!」
治った両腕を掲げ思わず立ち止まったメタビーの、その後ろであった。
「うきー!」
モンキーゴングがその両腕を、メタビーの頭に向けて振り上げていた。
メダロットは頭部を破壊されるとその機能を停止してしまう。しかも今回のロボトルにおけるリーダー機は、よりにもよってメタビーである。
所謂、油断が招いた絶体絶命のピンチ。
しかし。
「―― 御免!」
「うきーっ!?」
その間にヨウハクが割って入り、右腕の刃を振るう。
疾風の一撃。攻撃の隙を突いて切り裂かれたのは、モンキーゴングの頭パーツであった。
メタビーの目の前に、深く切り裂かれた頭から油を垂れ流したモンキーゴングが、どさっという音を立てて落下する。
「モンキーゴング、戦闘不能!」
ミスターうるちが辣腕を振るう。
その後ろで、思わぬ救援に、メタビーが目をぱちくりとさせた。
「お、おう。ありがとうよ、クワガタ」
「これも御主人の指示だ。油断をするなカブトムシ。……天使殿、あのカッパを仕留めに走る。精度上昇の索敵をお願いしたい」
「ふわわー。分かったよー」
ヨウハクが再び走り出す。
後ろからは、頭上のエンゼルリングをぐるぐると回すヒールエンジェルの索敵による援護を受け、残る1体。リバーソーサーを数瞬の内に切りつけた。
「首魁の首、貰い受ける!!」
「だからカッパは只の野良メダロットだって言ってるッパーー!?」
切れ味鋭い剣戟。
最後には防御した左腕ごと頭を殴られ、リバーソーサーの頭部が破壊された。
「リバーソーサー戦闘不能! よって勝者、ヒカルチーム!!」
「よっし!」
「良くやってくれましたです、ヨウハク」
「ふぅ。状況終了ですね、エンジェル」
ヒカルとユウダチとナエが揃ってガッツポーズを取ると。
「……でも、ヒカル兄さま。あのロボロボ団、逃げ出しやがりましたよ?」
「ええええ!?」
ユウダチが指を指したその先では、茂みが僅かに余韻を残して揺れていた。
ロボトルに勝利して、ロボロボ団を取り逃がしていては意味がない。ヒカルが大声をあげ、ナエも肩を落とすも。
「……ん? これ、なんだ?」
ヒカルが温泉の縁、地面に置いてあった何かに気がつきそれを拾い上げる。
……それが何であるかにも気がついたナエは、ヒカルの隣へと並び。
「……ヒカルさん。あのロボロボ団の方は、結構律儀だったみたいですよ」
「ええと……これは何? ナエさん」
「ふふ。これです」
疲れを滲ませつつも笑いかけたナエの手には、更に2枚。ヒカルと併せて合計3枚のメダルが握られていた。どうやらでちゅでちゅロボロボ団が、奪ったメダルを廃棄して逃げ出していたらしい。
1枚は、麓の女の子から聞いたメダルの種類に合致している。これが女の子のものに違いない。
しかし、だとすれば残る2枚は。
「残りは『マーメイド』と、『カッパ』メダルみたいです」
「……カッパは判った。なんでマーメイド?」
ヒカルは盛大に疑問符を浮かべて首をかしげた。
『カッパ』メダルは、先ほどの野良メダロットのものだろう。野良メダロットのメダルは、回収できた場合、持参してセレクト隊に届けるという決まりがあったはずだ。その際に所持者が居ない場合は、本人のものとなるらしいが。
となるとこの『マーメイド』は。
「ヒカルさん、ちょっと貸してくださいませんか?」
「ナエさん?」
悩んでいるヒカルを見ていたナエが、横から掌を差し出した。ヒカルがその手にマーメイドとカッパのメダルを乗せると、なにやら小さな機械を取り出した。どうやら、小型の照会端末であるらしい。
鳴り出したぴこぴこという音が止むと、「該当者ナシ。登録シマスカ?」という文字が表示された。所持者の居ないメダルで間違いないようだ。
ヒカルとナエが顔を見合わせる。
「という事みたいです、ヒカルさん」
「なら、一応は僕たちのものって言う事かな」
「はい。どうやらどちらも天然メダルのようですが、セレクト隊に持っていっても、受け取ってはくれないでしょうからね」
ナエが苦笑する。なにやら彼女は、セレクト隊に関しては辛らつだ。
しかしそれよりも、ヒカルの脳内には天然メダルという単語が引っかかっていた。
「ロボロボ団の奴、どうして天然メダルを奪うんだろうな……」
ヒカルが呟く。
昨日研究所へ宿泊した際、メダロット博士から、ヒカルも天然メダルについての講釈を受けていた。
ロボロボ団は天然メダルを奪う。だからこそセレクトメダルが普及する。そもそも販売されているセレクトメダルは入手もし易い。
それら要因が相まっているという都合の良い状況に、ヒカルは何かの陰謀を感じずにはいられなかった。しかも、その根本になるような事象は見えてこないのだから質が悪い。
同じような事を考えていたのだろう。ナエは悩んでいるヒカルを見てふふっと笑い、悩んでも仕方のないことだとでも言うように……上を……夜の山に燦然と輝く星空を見上げた。
「綺麗ですね」
「うん」
「……そのメダルは、ヒカルさんが持っていて下さい。わたしにはエンジェルが居ますから」
「僕にもメタビーが居るけど?」
「でも、ヒカルさんはロボトル大会に出場するのでしょう? だったら多く持っていても損ではないですよ」
「……適わないなぁ、ナエさんには」
慈愛の笑みを浮かべるナエから目を逸らすと、ヒカルは頬をかいた。
そのまま視線を手元のメダルへと移し、ふと思いつく。
「う~ん……これはユウダチ、君が持っていて?」
と話しかけると、ヨウハクをケイタイに格納していたユウダチは、素早くよどみの無い動作によってでろりとヒカルの方向を振り向いた。
その目は輝いている。ただし黒々と、汚泥の如く。おもわずヒカルはうっと身を引きそうになるが、すんでの所でそれを堪えると、ユウダチはヒカルへと詰め寄ってきた。
「それは、ヒカル兄さまからのプレゼントという事です!?」
「あ、うん。まぁ、そう、かな?」
「はいです! ありがたく受け取りますです!」
ヒカルから、ユウダチは満面の笑み(汚泥)でマーメイドメダルを受け取った。
……受け取り、次の瞬間、突如そのメダルが輝きだす。
「……これは?」
輝きが収まったころになって、ユウダチがこてり。
近寄ってきたナエが輝いていたメダルをのぞき込む。
「あら。マーメイドメダルが変化したようですね。これは……フェニックスのメダルでしょう」
「変化って、そう言うこともあるの?」
「はい。持ち主が変わったり、メダルが成長したりすると、その種類や形態が変化する事象が確認されているようです」
解説を続けるナエに、ヒカルがふぅんと頷く。多分、あまり詳しくは理解していない。
ユウダチはその横で、小さなヒヨコの様な絵柄の書かれた「フェニックス」のメダルを掲げたまま。
「ありがとうございました、ヒカル兄さま、ナエお姉さん。大事にしますね!」
この少女の笑みを見られたのならば、修行以外にも大きな収穫があったのではないかと。
ヒカルもナエも、微笑ましい気持ちのまま山を後にするのであった。
ただし後日。
いくら3人とはいえ子供ばかりで夜の山に入ったことをヒカルは母親にこっぴどく叱られ、少しだけ後悔することにはなるのであるが。
当然のことなので、その辺については割愛しておきたく思う。
・メダル変化
作中ナエの解説の通り。「変化」と「進化」の事象が確認されている。
ゲームにおいては1およびPEでのみ使われていた鬼畜使用。着想はおそらくポケモン。
・カッパ
本来はエンディング後に遭遇する野良メダロット。港町の野良遭遇メダロッターとはレベルの違うカッパソーサーが印象的なイベント。
シリコダマ抜くケーッ!でも作中語尾はカッパ。
・マーメイド
本来ゲームの流れにおいては、ヒカルの所持メダルとなるメダル。
とはいえ1における回復の環境は決して良いものとは言えないので、扱いが難しい。
20160508・追記修正