ジャンクヤードの友人へ   作:生姜

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   対面、兄様兄様

 

 

 その週末。

 イッキは約束通り、ユウダチが所属するメダロットの研究所……開発所へと足をのばしていた。

 イッキの目の前。サイバーとでもいうべき平面舞台の上で、テスターの機体を相手に、メタビーは八面六臂の活躍を見せている(表現が正しいのかは不明)。

 サイカチスという機体の()は、動力を一体化したからこその機動力と爆発力にある。継戦という意味では、パーツを切り分けられる通常の……変形しないメダロット達の方が優れているだろう。だがそれを補って余りある移動能力とクロス攻撃の火力は、メタビーの大雑把な性格と実によくマッチしていたのだ。

 

 

「―― しゃらくせえっっ!!」

 

 

 車輪を逆回転。急停止、急旋回。

 叫びと共にメタビーの角から放たれた弾頭が弧を描いて時間差で爆発。旋回の間を埋める。

 イッキも、叫ぶ。それは「あらかじめ示し合わせた作戦」の実行の機会をうかがう確認であって、余分な時間……相手に反撃の機を与えてしまうような隙をみせることはない。

 

 

「……いけっ、メタビー!」

 

「だらぁぁぁーっ!!」

 

 

 振り向きざまのミサイルに足を取られた相手に、最後はメタビーが突貫。推進力抜群の車両型。物理的な「体当たり」をくらわして、相手のメダロットを機能不能に追い込んで見せた。

 ロボトルの結末を見届け、手書きのチェックリストを掲げた白衣の青年研究員はほうとため息を漏らす。

 

 

「これで12連勝……本当にすごいね、メタビー君とイッキ君は。今回は特に、とどめに体当たりを持ってくるアイデアなんて、その発想には驚かされるよ」

 

「おう! みたか、イッキ!」

 

「見てたぞメタビー。ナイス!」

 

 

 ロボトルを終えたメタビーが此方に駆けてくる

 小学生のイッキよりも更に小柄な、1メートルにも満たないメタビーの身体。そこから突き出された拳に、イッキは自分の拳をがつりと突き合わせた。

 固くはない。だが、人間の肌のように柔らかくもない。強いて言えばイッキの方が痛いだろうが、それはメタビーにしても同じ事。手拳が痛くないはずはない。骨がぶつかるのだから。

 

 

「それじゃあここで一旦休憩にしようか。メタビー君は、あちらでユウダチのメンテ兼内部システム稼働データ収集を受けてきてくれないか?」

 

「よくわからんが、わかった! 後でな、イッキ」

 

 

 研究員の促しに応じて、メタビーは奥へがしょがしょと走ってゆく。

 イッキはその後ろ姿に手を振りながら、研究員が持ってきてくれたスポーツドリンクを受け取った。

 

 

「これはお礼だよ。今日もありがとうね、イッキ君」 

 

「いえ、とんでもないです。僕もメタビーも、ロボトルの練習になっているので」

 

 

 相手は研究員だとは言え、メダリンクよりも、やはり実際に顔を突き合わせて戦うロボトルの方が得るものは多い。イッキはそう感じている。

 因みに午後になれば、スパイダとベアーを混ぜた3vs3のロボトルからのデータ集めも予定されている。指示する数が多ければ多いほど、ロボトルは難しくなる。イッキの腕の見せ所である。

 

 

「……うーん。やはり凄いね、君は」

 

「? どういうことですか、ミチオさん」

 

 

 実験場に2人だ。時間はある。この施設でよく顔を突き合わせる、ミチオという研究員が発した何気ない言葉に、イッキは素直な疑問をぶつけてみた。

 

 

「君とメダロット達の間柄がいいね、と思ったのさ。僕たちくらいになってくると、メダロットと人間との関係性とか、そういう部分にも気を使うからね」

 

「関係性……?」

 

「そうだ。君も最初に習っていると思うけど、メダロットと人間は決して平等な関係じゃないんだよ。メダロット三原則、っていう縛りがあるからね」

 

 

 白衣だが、しかし眼鏡ではないミチオさんは缶コーヒーのタブを持ち上げて、口につける。

 メダロット三原則。昔の頭がいい人が提唱した……「ロボットに適応されるそれ」に似た、人が自分を守るためのセイフティの事だ。

 

 

「イッキ君、友達と喧嘩をしたことは?」

 

「ありますよ」

 

 

 イッキはすぐに頷く。それこそ幼馴染のアリカとは、数えきれないほどしただろう。

 ミチオはその返答をこそ待っていたとばかりに、メダロッチをのぞき込む。彼が開発した、ロードローダーという状態変化攻撃を得意とするメダロットのパーツ一式が表示されている。

 ……メダロッチその中にいる、それらパーツを纏った、彼にとっての友人らをみやり。

 

 

「彼ら彼女らには、人に対して喧嘩を挑むことは許されていない。言葉なら何とかなるし、無意識にならばという事例もあるだろうけれど。喧嘩っていうものの多くは、相手を傷つける行為を含むからね。最初から成り立つはずのない争いを、喧嘩とは言わないだろう」

 

「……」

 

「でも、君とメダロット達は違う。できないかもしれないけど。喧嘩は、僕たちから見たら喧嘩には値しないのかもしれないけど。でも、君は普通だ。普通に言い争って、普通に取っ組み合って、普通に友情を育んでいる。内側の定義の違いなのだとしても、それは、間違いなく凄いことなんだ。……少なくとも僕らみたいなメダロットの研究者にとっては、ね」

 

 

 普通が普通でないこともある。そう言いたげだ。

 少なくともイッキにとってそれは普通の出来事で、言い争う必要も無い現実なのだが、そうでない事もあるというのは理解してもいたりする。

 

 

「うん。だから、ユウダチがイッキ君を気に入るのも、僕たち同部署の研究員としては頷けるんだよ。彼女もまた、メダロットと同じ場所で物事を見ることのできる人間だからね」

 

「ユウダチも……そうなんですか?」

 

「ははは。とはいえ彼女がそう在る詳しい理由とか、その辺りは、アキハバラの娘さんとか、彼女のいい人(・・・)から改めて聞くと良いよ。僕もユウダチちゃんの事は、又聞きでしかないからね」

 

 

 ミチオは研究街としてデザインされたリュウトウ町に集められた人員で、幼少の頃から周辺に住んでいる訳ではないらしい。田舎はもっと遠くの、ちょっと廃れた自然の残る村であるようだ。

 だから、と前おいて。愚痴をこぼすように。

 

 

「そう。僕らは、ムラサメの社に出向しそうになった所をかき集められた人員なんだ。ユウダチちゃんがひとつ計画を受け持つから……家の面目を保つためにってね。ムラサメの家からは遠ざけられたといっても良い。でも、前線から遠のいたっていうのに、ここにいる研究員は誰も後悔はしてないんじゃないかな。あんな利権と派閥がやっかみあっている面倒な場所へ移されるくらいなら、場末のここで宇宙向けのパーツ開発なんかをしている方が100倍幸せだろうからね。人間としても、研究者冥利に尽きるってものさ。()もかつては、クラスターの周辺開発なんかを受け持たされていたからね……」

 

「……クラスター?」

 

「ああ。クラスター。今のムラサメの家が持つ利権の象徴。……今、君のおかげで開発を後回しにされている計画さ」

 

 

 ミチオがそう呟くも、イッキが問い返す暇はない。

 向かいで、白衣でツナギのアンバランスな少女が手を振っているのが見えたからだ。

 

 

「―― イッキ! 解析は終わりましたですよー!」

 

「これからユウダチん家に行くんだろ? 日が暮れちまうぞ、さっさと行こうぜイッキ」

 

 

 研究所の入り口に、ランドモーターに腰掛けたツナギ少女とマイペースなカブト虫の相棒が見えていた。

 いつの間に。というかメタビーはどうやって。

 ともあれ待たせておく訳にもいかず。気になる話の途中ではあったが、イッキは素早く踵を返すと、ミチオに一礼して出入り口へと向かう。

 

 

「ありがとうございました! それじゃあ僕はこれで!」

 

「ああ。それじゃあまたね、イッキ君」

 

 

 見送る先でユウダチやメタビーと合流すると、イッキは「かぜのつばさ」が使用できる発着場へと向けてドライビング。

 その後ろ姿を消えるまで見送って、ミチオはため息を吐き出した。

 

 

「……はぁ。いいなぁ。一段落ついたら俺も研究者をやめて、のんびりできる時間でも作ろうかなぁ」

 

 

 かつては同様に、そして今もメダロット大好きな青年は。眩しい物にでもあてられたかのように疲れた様子で、しかし決して嫌ではない嬉しさと憧憬を滲ませながら、頭をかいた。

 田舎でタクシードライバーなんて、如何にも時間が出来そうだよなぁ……なんて。未来の自分に思いを馳せて、呟きながら。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 週末、世間的には土曜日のメダロポリスは行き交う人とメダロットでごった返していた。

 土曜日だからこそイッキも小学校が休みで、こうしてメダロット社のテスターとして一日を費やしていたのだが、既に時間は日も沈みかねない頃合いとなっている。

 ミニハンドルを追加されたランドモーターの背、ユウダチの隣の席。イッキが、これからの予定に頭を悩ませていると。

 

 

「さてー、着きましたですよっ!」

 

 

 メダロット社と同じ区画にある住宅街……マンションが林立している場所の集合駐車場で、ユウダチはランドモーターを止めた。

 

 

「ここがユウダチの家なの?」

 

「はいです! 実家ではなくひとり暮らしですからねー」

 

 

 買い物袋などを2人で取り出しながら、イッキはマンションを見上げた。

 一等地に近い都心の、ごくごく普通のマンションである。が、そこにひとりで住んでいるのが小学生となると、普通ではない。

 

 

「まぁそれはそれとして。それじゃあ、行こうか」

 

「はいです! あ、エレベーターはこちらですよ!」

 

 

 イッキはユウダチが指さした先のエレベーターに乗って、階層を移動する。目指すはユウダチと……それに、ヒカルやナエの住んでいる階だそうだ。

 メダロット社にも籍を置いているナエと、その恋人であるヒカル。彼ら彼女らは幼少の頃からユウダチと親交があり、その親からも信頼を勝ち得ているらしい。ユウダチが社宅で一人暮らしをするにあたって、同じ場所にある部屋に住むのが条件として出されたのだそうだ。 

 

 

「私としては社に近ければ良いんですけどね、どこでも!」

 

「でも、それで研究室に泊まりこもうとして止められるんでしょ? どうせ」

 

「おおー……まるで見てきたみたいにいいますね、イッキ!」

 

 

 まぁ、そうなんですが! と嬉しそうにユウダチは続けるが、全くもって胸を張る理由は見当たらない内容だ。どうやら両親の危惧は大当たり、大正解の様子である。

 そうしながらもエレベーターを降り、メダロポリスの都会じみた景色を見ながら廊下を進み。

 

 

「あの角を曲がった先がヒカル兄様の部屋で、その先が私の……と?」

 

 

 笑顔で先導していたユウダチが、角を曲がったその先で足を止め、疑問符を浮かべる。

 追ってイッキも角を曲がる。

 そこに。

 

 

「―― 来たのかい、ユウダチ」

 

 

 予想だにしない……イッキにとってはほんとに見た事のない人が立っていた。

 ユウダチが買い物袋のひとつを持ち上げて、でもぎゅうぎゅうな袋の重さに負けて。結果、ちょっとだけ力んで声を上げる。

 

 

「シデン(にい)様! どうしてここへ?」

 

「キミらのことが心配なんだそうだ、ユウダチ」

 

「わざわざ待っていてくれたみたいですよ?」

 

 

 更に後ろからヒカルとナエが歩み出てきた。ヒカルとイッキは、面と向かって話をする機会こそ初めてではあるが、近くのコンビニのお兄さんという立場であるため面識は十分以上にあったりする。ナエは、メダロット研究所に足しげく通うイッキであれば言わずもがな。

 さて。ここは2人が居住しているマンションでもある。どうやらシデンは2人の部屋に間借りして、イッキらの到着を待っていたようだ。

 

 

「来るんだ、ユウダチ。部屋を借りるよメダマスター」

 

「貸すのは良いんだけどね……その呼び名はちょっと」

 

「ふふ。良いじゃないですか、メダマスター。私は格好いいなって思いますよ?」

 

 

 ヒカルは頬をかきながら、ナエは小さく笑いながら。部屋を借りている立場のはずのシデンを筆頭に、一室へと入ってゆく。玄関口で振り向いたナエがちょいちょいと手招き。ユウダチとイッキは顔を見合わせた後、その誘いに従って玄関を潜ることにする。

 

 まぁそんな些細なことよりも。

 イッキにとっては ―― シデンの格好がなぜ「白ラン」なのか? という疑問の方が大きかったりするのだが。

 気になって、気になって、興味があったりするのだが!!

 

 







・体当たり
 新世紀メダロットにおけるメダフォースの1つ。
 いわゆる、わるあがき。


・ちょっと廃れた
 メダロット5の舞台、すすたけ村の事。
 ミチオの故郷だというのは独自設定。ですが研究員を辞めて帰る場所として選んだのならば、多分故郷なのではないでしょうか。土地勘があった方が有利ですしね、タクシードライバー。
 ミチオさんがクラスター関係の仕事をしていたというのは、想像できる内容ではありますが、調べた限りでは明言されておらず独自設定にあたりますのであしからず。



 今日は多分あと1つか2つ。

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