ジャンクヤードの友人へ   作:生姜

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   空の上に

 

 RR社の研究施設は、リュウトウ町の東側にあった。

 現在、メダロット社の本社はメダロポリスにある。ならばその傘下にあるRR社も近くに……とイッキとしては思わないでもなかったが、メダロット社と違い実践的な研究も請け負うため土地代がどうだとか、新たな開発分野のためヘブンスゲートとの直線距離の輸送費がどうだとか、そういう諸々の理由もあるようだ。また、メダロット工業を後押ししているリュウトウ学園の学園長の思惑もあるらしい。

 

 

「ユウダチ……ムラサメ・ユウダチ、か」

 

 

 社内へ連れられてきたイッキは、RR社の休憩兼談話室からユウダチの働く姿を見下ろしていた。

 名札に「ミチオ」と書かれた白衣の男が持ってきた車のホイールの様なパーツを、ユウダチが手元でいじくり回しては、オレンジ色の装甲の型部分に取り付けてゆく。

 神経素材の伝達と、ティンペットのマッスルチューブの駆動とを確認する。

 ユウダチは時折、イッキのいる2階を振り向いては手をふってくる。花園学園の生徒。そして同学年の小学生でもある、ユウダチ。

 そんな不思議な少女を眺めながら待ち時間を過ごしていると、休憩室の入り口から白衣を着た女性が入ってきていた。

 イッキはそちらを振り向き……素早く。

 

 

「―― あら、イッキ君。ここに居たんですね?」

 

「ナエさん!? あ、こ、こんにちは!」

 

「ええ、こんにちは」

 

 

 慌てて頭を下げると、優しげな笑みで迎えてくれる女性。アキハバラ・ナエ。メダロット博士……アキハバラ・アトムを祖父に持ち、自らもメダロット研究所に勤める、研究者である。

 イッキは幼少の頃からメダロット研究所に通っていただけあり、研究所に部屋を持つナエとも顔見知りであった。

 しかしそんな人がここ、リュウトウ町にあるRR社にまで脚を伸ばすとは思っていなかった故の驚きなのだが。

 

 

「ナエさんはどうしてここへ?」

 

「ふふ。今日はユウダチちゃんのお手伝いです。提携していますからね、RR社とメダロット社は。ユウダチちゃんがメダロット社員でありながらこうしてRR社にも顔を出せるくらいには、友好的なんですよ?」

 

「へえー……そうなんですか」

 

 

 イッキの横に並び、ユウダチの働く姿を見ているナエ。

 包容力のある……いつも優しげなナエではあるが、今日は心なしか、一段と嬉しそうな印象を受けた。

 

 

「ええ、嬉しいですよ。イッキ君は、ユウダチちゃんから相談を受けたと聞いています。テスターを努めてくださるんですね?」

 

「はい」

 

 

 新パーツのテスター。イッキとしても興味あるー、と叫びたいくらいには歓迎できる役割だ。なにせイッキは、メダロットが好きなのだ。

 加えて。

 

 

「それに、そのパーツはユウダチが開発したものなんですよね? だったらやっぱり、楽しみですよ」

 

「ふふ。正確にはユウダチちゃん『達』が、ですけれど……そうね。あの機構に関しては、ユウダチちゃんの専売特許かも知れないですね」

 

 

 イッキの返答を受けて、嬉しそうに、本当に嬉しそうにナエが笑う。

 笑みを深めたまま、ナエが人差し指を自分の唇にあてた。内緒ですよ、と言ったところか。

 

 

「そんな、ユウダチちゃんのテスターを努めてくださるイッキ君に、ひとつだけ」

 

「ええと……なんでしょう?」

 

「あの海岸……ウミネコ海岸からは、軌道エレベーターが見えますよね」

 

 

 休憩室の窓からも見える細長い線。ヘブンスゲートを経由し、衛星軌道上の宇宙ステーションまで繋がっている、軌道エレベーターだ。

 

 

「はい。さっき、ユウダチと一緒に見てきました」

 

「あら。なら良いですね。……ヘブンスゲートの先……本当に遙か先に、ビーハイブという場所があります。そこが今のメダロット研究の最先端で、最前線でもあるんですが」

 

 

 ナエの指が上から下へ。

 細長い線が繋がる、地上にまで。

 

 

「軌道エレベーターは本当に、本当に希有な条件が重なって……赤道直下ではなくあの場所、くらげ海岸沖に建設されました。くらげ海岸は、わたしやユウダチちゃん、それにヒカルさん達が当時住んでいた……魔の10日間の舞台となった町の近くなんです。元々埋め立て地だったので、工費はとても抑えられたそうなのですが……ちょっと、懐かしいですね」

 

 

 遠い目を挟んで懐かしんだ後で、ナエは「語っても良いですか?」と、小さな声で聞いてきた。

 イッキは、殊勝な顔で頷き返す。友人のことならば、知っておいて損はない筈だった。

 ナエはまずは、と一呼吸を置いてから話し出す。

 

 

「ユウダチちゃんの生家、ムラサメという家については私よりも詳しい友人がいます。だから私がお教えしてあげられるのは、メダロットと一緒に歩んできたユウダチちゃんの事だけなのですが……。

 魔の10日間。ユウダチちゃんも一緒になって解決した事件。その事件を切っ掛けにして、メダロットの、特にマスターを持たないメダロットは危険ではないかという議論が再燃していました。

 ユウダチちゃんはそれら事件を経て貶められた野良メダロットの件について、とても心を痛めていたんです。自分自身もお家の事で手一杯だったというのに、彼女はその解決に向けて奔走しました。勿論私やヒカルさん……魔の10日間を一緒に解決した彼も手伝いはしましたけれどね。

 結論から言えば、騒ぎは何とかなりました。売り出し文句とされていた『人間の友達』―― 『ロボットペット』としてのメダロットの立場があったからこそ、メダロッター達の力強い後押しがありましたから。世界的に有名になってもいましたし、そこは難しく無かったんですよ。

 でも、残念ながら、メダロットの側には嫌気がさした個体が大勢居ました。そんなメダロットに手をさしのべたのが、RR社でした。宇宙開発に力を入れようとしていたRR社は、野良メダロット達を探し出してはこう告げます。月面基地の開発に手を貸さないかと。そこにはまだ、人間はほとんど居ないのだからと。

 調整、点検、パーツの開発に油の掘削。メダロットは人が居なくては生きていけないものです。そう作られましたからね。ただそれでもなるべく人と距離を置きたいと感じてしまったメダロットにとって、その言葉は天恵に聞こえたかも知れません。

 勿論、野良のまま地球に残った物も多く居るでしょう。けれど彼ら彼女らの望む限り、集められる限りが、月面駐屯地『ビーハイブ』の開拓へと駆り出されました。そこに……宇宙のどこかに、いつかは、新たなメダロットの楽園も出来ると信じて。ユウダチちゃんは、そんなメダロット達の意を汲んで、宇宙開発向けのパーツ開発へとシフトしていきます」

 

 

 ナエが語る内容は、少しばかりイッキにとって難しいものだ。

 難しいが、一応の理解は出来た……と思う。

 おどろ沼で奔走していたユウダチは、だからこそ嬉々として(潜入中の、名目上は仲間でもある)ロボロボ団を妨害していたのだろう。野良メダロットの風評被害とならないように。

 もしかしたら、別の人物が早々にロボロボ団幹部を相手取っていたりした……なんて。そんな主人公気質の誰かがいたならば、彼女がああして直接手を出す必要はなかったのかも知れないが。

 こちらが理解したのを悟ったのだろう。ナエは口調を緩めて。

 

 

「ムラサメ家が母体となったRR社は、近々宇宙を題材としたテーマパークを作ろうとしています。ビーハイブにおける労働力が足りれば、野良メダロット達の労働力は、次はそちらへと回されるでしょう……表向きは」

 

「表向き、ですか?」

 

「ええ。宇宙開発分野での最前線に返り咲き、力をつけたRR社は、今度こそメダロット社に対抗しようとする筈です。野良メダロット達の暴走で責任を取ったメダロット社とは違い、重役に替わりがなかったですからね、RR社は。それどころかユウダチちゃんの兄シデン君を旗頭において、メディア戦略を強化してくるくらいですもの」

 

「……」

 

「テーマパークという表題で作られているのは、大きな宇宙船です。もしかしたら、恒星間……とまでは行かないかも知れないですが、それなりに外宇宙も航行できるだけの宇宙船です。これだけでも本命の目的は大体判ってしまいます。知っていますか? メダロットは宇宙から来たんですよ。そんな、人の手の入っていない、外宇宙のメダロット。それはきっと、この地球に出来た『友達』としてのメダロットとは基軸の違う……革命をもたらす技術を持っている筈ですから。それはきっと、大きな武器になるはずですから」

 

 

 ユウダチの姉のような、家族のような。実感が込められたナエの言葉には、イッキにもはっきりと判るほど悲しげな色が含まれている。

 武器。それをもった人間が、何をするのか。おおよそは当たっているのだろう。あまり明るい雰囲気は見えてこない。戦争か、暴走か。そういった類いの未来であろう。

 沈黙が続く。

 ここで眼下の研究室から、メダロットのパーツを両手一杯に抱えたユウダチが此方へと走ってくるのが見えた。

 

 

「……ふふ。そろそろ昔話は切り上げですね? ちょっとキリは悪いですけれど」

 

 

 端々に苦さを滲ませつつも、ナエはくるりと身体を回し、微笑んでいる。

 ……が、イッキとしては聞いておきたいことがある。

 

 

「あの、ナエさん。最後に1つだけ、良いですか?」

 

「良いですよ。なんでしょう」

 

「ユウダチはそのことを、知っているんですよね? その……野良メダロット達が良いように使われているって言うことも、その『武器』を目的に暴走が始まりそうだということも」

 

「ええ。ですが、RR社の重役というのはユウダチちゃんにとって家族も同然の人達です。ご両親は良くも悪くも空気を重視する人達ですから、押し切られています。だからきっと、あの人達を切り捨てるなんて事は出来ないんですよ」

 

 

 切り捨てる、とは。笑顔とは裏腹に、ちょっとだけ辛辣なナエの言葉だ。

 

 

「―― イッキ!」

 

 

 そうこうしている間に休憩室の扉を開き、件の少女は走り込んできた。

 両腕に山盛りになって、メダロットのパーツが抱えられている。

 

 

「あ、ナエお姉さんもここに居たのですね! 今日はお手伝い、ありがとうです!」

 

「ふふ。完成おめでとう。頑張ったね、ユウダチちゃん」

 

「はいです! ……それではイッキ、このパーツをメダロッチに転送して、メタビーに装着してあげてください!」

 

 

 そう言って突き出されたパーツを、イッキも両腕で受け取った。

 割と過酷な経緯を経てきた筈の少女は、おくびにも出さず、弱音も吐かず、こうして精力的に力を尽くしているのだ。

 

 

「うん、わかった。ありがとう」

 

 

 だからこちらも、パーツは素直に受け取った。

 メダロッチの中でメタビーのパーツを組み替える。これからテスターとして使用する、自分達の機体だ。そう思えば、メダロットが好きな一少年のイッキとしては、わくわくする他ない。

 メタビーに装着されたパーツが、頭から順に次々と入れ替わってゆく。

 

 

「おー、格好良いじゃんか!!」

 

 

 自分に転送、装着されたパーツを見てメタビーが声を上げた。

 オレンジを基調としておきながら、所々にアクセントの赤が入れられている。

 肩には目玉機能である「変形」のための車輪、外部パーツを利用した追加変形を行うための脚部入れ。

 胸には強襲形態時のアイマスクにもなる装甲。

 そして何より、頭を飾る二股の角を模した砲塔。

 

 

『KBT―31 バリスター

 

 KBT―32 ヒューザー

 

 KBT―33 ブラスター

 

 KBT―34 エンプレイス』

 

 

「メダロット社製の第三世代メダロット、サイカチス! お出ましですっっっ!!」

 

 





 読み返しても説明が重い……。
 でもこうしないと展開が遅い……(苦


・月面開発
 経緯はかなりオリジナルですので、あてにしないようお願いします。

・ビーハイブ
 メダロット3より。
 最終決戦の地となった場所。月面。

・メダロットの楽園
 メダロット7より。
 月のメダロット達が統治していた。おそらくパラレル月面。

・サイカチス
 第三世代メダロット。変形できる。
 ちなみに、NAVIのグランビートルは別基軸のため第三世代でありながらナンバリングリセット、「NF」の型式番号が追記される。

・ちなみのちなみに。
 第二世代KBTがベイアニット。
 第四世代は(オリメダ)計画からアークビートル。
 ただしナンバリングは逐一変更される上、新世紀(ナンバリングDS以降)に入ると00ナンバーとかのメタビーも出てくるので変遷が激しい。

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