移動にも結構な時間を費やした。
慌ただしく準備を始めて翌日。イッキはユウダチが用意してくれた「かぜのつばさ」という外付けパーツと「レディジェット」というメダロットのパーツを纏ったメタビーに捕まって、東へ東へ。
自身が住まうおみくじ町からはかなり離れた位置にある町、リュウトウ町へと到着する。
「それで、ユウダチが行きたいって言っていた海はどっちなの?」
「南側に出れば海岸に着きますね。少し歩きましょうです」
イッキはそう言ってメダロット用の発着場の入り口から先を指さすユウダチの横に並び、町中へと足を踏みいれる。
リュウトウ町といえば、最近開発が進んでいる研究都市である。リュウトウ学園を中心とした学園都市でもあり、メダロット研究者が集う第二のメダロポリスとして注目を浴びている……という広告を、イッキも目にしたことがある。
こうして町中を歩いているだけでも、区画整理され高層の建物が並ぶ様は、まさしく第二のメダロポリス。
とはいえ、ユウダチが目指しているのはこの町の南側。海である。果たしてそこに何が……と考えている内に、舗装されていた道路が終わる。
堤防の階段を上りきると、一気に視界が開けた。
「うわあ……凄くきれいな場所だね」
「ですね。お金持ちの方向けのリゾート地としても機能するよう構想された海岸なんです、このウミネコ海岸は」
おみくじ町の西側にも海は面しているが、こんなにも整備された砂浜というものを見るのは初めてである。
リュウトウ町自体が開発中であり、リゾート地としての勧誘広告は最中と言うこともあり、人が少なく真っ白な砂浜は感動を覚えるのに十分な物であった。
「でも今は、もう少しあちらへ注目して欲しいのです」
「あっち……って」
砂浜から西へ、西へ。
視線を逸らしてゆくと、そこには、遙か青空の上にまですうっと伸びる黒い線。
「あれは確か、軌道エレベーター……だよね?」
「はい。くらげ海岸沖から伸びる、多国籍軌道エレベーターです。あの中途に、これからメダロット社が本籍を移す予定の『ヘブンスゲート』がありますです」
ヘブンスゲート。イッキが知る限り、軌道エレベーターの中間点に作られた空中都市であったはずだ。
今年の末には総理官邸がヘブンスゲート内へ移動し、メダロット社の取り締まりであるニモウサク・ユウキ氏も邸宅を持ち。そして其処は、同時に、宇宙開発のための最前線となっているとも。
海岸線を一望できるベンチにまでたどり着いた所で、ユウダチは立ち止まった。
ベンチに腰掛ける。腰掛けたその隣を、ユウダチは丸めた手のひらでぽんぽんと叩く。
「さて、それではお話を始めましょうです。……えーと、まずは、イッキの質問に答える形にするです?」
「そう……かな。うん」
そう話しかけられ、イッキはベンチに、ユウダチの隣に腰掛ける。
ユウダチは視線を逸らしている。その横顔へ向けて。
「どうしてユウダチは、幽霊メダロットの事件の犯人を知っていたの?」
「その質問への答えは、わたしは事前に幽霊メダロットの一件について情報を仕入れていたから、となるです」
ユウダチが即答。
しかし質問は続けられる。どうやって。
「……流れは簡単ですね。わたしがロボロボ団の母体となる組織の1つに潜入スパイをしているから。実は幹部もどきも勤めているですよ」
「ええっ!?」
「とはいえ今回のおどろ山におけるパーツ強奪事件は、幹部シオカラの独断専行だったのです。お小遣い稼ぎみたいなものですかね? ……その作戦を許した
未だ返答の衝撃が収まらぬ内に、ぶつぶつと呟きながら、ユウダチは次の質問をと促してくる。
イッキは必死で考えつつ質問をとばす。
「それじゃあ……ユウダチはなんでロボロボ団に潜入なんてしているの?」
「理由は1つ。ロボロボ団にとても凄い研究者がいるのです。わたしが裏からロボロボ団幹部の『縁の下』を行うのと引き替えに、その人から色々と技術を貰って、メダロット社で試しているです。つまりわたしは、多重スパイという奴ですね」
……それは。
「それは、えっと……」
「ええ。悪いこと、悪事ですね。メダロット社の上司からは了解を得ていますし、その凄い研究者さんもOKは出しています。ロボロボ団の……犯罪組織の活動も、結果的には阻害しているですが、事前に防ぐことはしてないです」
ユウダチの視線はまだずっと、ヘブンスゲート行きの軌道エレベーターに向けられている。
「社会的な刑と罰。プラスマイナスで言えば、もしかしたら、ゼロに出来るだけの貢献はしているかも知れません。損得でいえば、損した分の得は与えられているかも知れません。ですがそういう勘定は許されませんよね。特に人と人との繋がりで出来上がっている、この場所では……」
だからこそ、この場所を選んだのだろう。
万が一にも、他の誰にも、聞かれはしないように。
ユウダチはイッキだけに向けて、続ける。
「それでも、わたしにはやりたいことがあるんです。成し遂げたいことがあるんです。社会的な悪と見なされようと守りたい物、守りたい人達がいたんです。まぁ、おどろ沼のあの事件に偶発的に巻き込まれただけのイッキに話すには、重い内容でしたね。ごめんなさいです、イッキ」
ぺこりと頭を下げるユウダチの顔は、ちょっとだけ晴れた様子だった。
メダロットが大好きな少年、テンリョウ・イッキ。メダロットが大好きなだけの、ただの少年だ。何も力になれた気はしない。謝られるだけのものもない。ごめんなさいと語る少女に、かけるだけの言葉を持ち合わせていない。
……そちらには、今は触れなくても良いと言うことなのだろう。
「……・でも……・」
「……・」
「でも、コウジは見つかった。パーツも、元の人達の場所へ返った。ロボロボ団に利用されていた幽霊メダロットのヤナギは犯人だって晒されることもなく、修理を受けることが出来た。それは良いことなんじゃないのかな。さっきのユウダチの言葉を借りるなら、マイナスが続くよりは、絶対に」
ただの少年として思ったことを口に出す。
言葉をかけられたユウダチは、ちょっとだけ目を瞬かせて。
「です……かね。……そうだと良いのです」
「うん。ほら、怪盗レトルトだって犯罪者だけど、世間的な評価は良いじゃない? 悪い組織に相対するなら、やっぱりそれは好意的に受け止めらるんだと思うけど」
イッキがなんとなしに言ったこの例えは、しかし、ユウダチにとっては意外にもしっくりくるものだったらしい。
今度は思いっきり目を見開いた後、どろりと笑った。
「あっはは! ですね、そうですね! レトルトなら、わたしは格好良いって思います。イッキもそうですか?」
「うん。レトルト格好良い!」
「レトルト格好良い、です!」
ひとしきり笑い合う。周囲に誰も居ないのは幸いだった。夏休みが近いとは言え、子ども2人が大声で笑い合っているのだ。声はウミネコの鳴き声と波音に紛れていく。
1分ほどか。ユウダチはお腹を押さえたまま、ようやくとベンチから立ち上がる。
「イッキ。ねえ、イッキ」
ツナギの後ろで手を組んで、ユウダチはベンチに座ったままのイッキを見下ろす。
イッキは、小さく頷く。
「うん」
「実の所、イッキを遠くの町まで連れてきたのは、1つはわたしの目的への協力依頼。もう1つは忠告をするためだったりするのですが……忠告については、無用の心配だったのかも知れないですね」
「メダフォースのこと?」
「はい」
おどろ沼で、イッキのメタビーはロボロボ団幹部のメダロット相手にメダフォース「一斉射撃」を放った。あの時のユウダチの反応を思い出す。
「びっくりしてたよね、ユウダチ」
「ええ。イッキのメタビーは、やはり『カブト』メダルなのです?」
「そうだね。父さんがくれたから、出自はちょっと判んないんだけど」
「いえ。心当たりがありますので、それはだいじょぶです。ですがここで問題になるのは、メダルの種類そのものなのですよね」
ユウダチは唸る。
イッキとしては、「カブト」メダルが曰く付きだと聞いた覚えはないのだが。
「いえ、わたしのヨウハク……『クワガタ』メダルもそうなのですが。この2種類のメダルは、メダロットの持つ『
「スラフシステムって言うと、メダロットの自己修復機能の?」
「はいです! それは玩具ではなく、
ぐっと拳を握るユウダチ。彼女の言葉には、研究者としての熱が込められている。
……が、握った拳を右から左へ。
「と、まぁ、今はまだ問題にはならないと思うので置いておくです」
「あ、置いておくんだ?」
「ええ。時間がありませんからね」
そう言って、ユウダチは腕のメダロッチを見た。
イッキも左腕に視線を落とす。時刻は昼近く。まばゆく海を照らす太陽も、もう少しで空高くに達しようとしている。
ユウダチが小さく息を吸い込んだ。どうやら、勇気がいる言葉のようだった。
「イッキ。そしてメタビーにもお願いをしたいです。ムラサメの……
迷った末に区切り。
・リュウトウ町
メダロット4より。色々と地理がおかしくなっているメダロットの世界の中で、「かぜのつばさ」を使わなければ通えない、おみくじ町の遠方にあると思われる町。東の青竜。同様に南側、西側、北側に4聖獣を模したと思われる「してんのう」が配置されている。
メダロット4の最終決戦となる舞台でもある。
・ウミネコ海岸
リュウトウ町から出た場所にある海岸。
軌道エレベーターなんて本来は見えていないが……。
・ヘブンスゲート
本来は飛行機で移動します。軌道エレベーターは開発中の臨時取り付けという扱いにしておきましょう。
メダロット3の「空」を担当した町。