フユーンの落下 ―― 不時着を経て、イッキ達はすぐさまメダロッ島へと移動した。シュコウからの連絡を受けとり、メダロッ島の地下にロボロボ団の基地がある事が判明したためだ。
ロボロボ団の幹部という肩書きを持つシュコウからの連絡に最初は困惑はしたものの、レトルト達だけでなくカリンからも説得を受け、こうして基地がある事を前提にした行動に出たのである。
ここで、ヘベレケ博士との決着をつける。あの博士がロボロボ団を率いていたのだとすれば、イッキ自身、言いたいことも聞きたい事も沢山あった。
メダルの事も。メダフォースの事も。何故メダロット博士に因縁を付けてくるのかも。
そして……彼がフユーンで話していた、メダロットのことについてもだ。
因みに件のフユーンに関しては不時着した後、後始末を完全にセレクト隊へと丸投げしたらしい。メダロット博士がそういうのだから、確かに丸投げなのだろう。いずれにせよ今は時間が惜しかった。
「―― 到着、と」
以前訪れた時よりも疎らになっているメダロッ島の港に降り立ち、イッキは拳を握る。
ヘベレケ博士だけでなく、アジトには移送されたはずのユウダチもいる筈だ。共に過ごした時間は半年ほどだが、ユウダチという少女はイッキの友人でもある。
各所への冒険へと出かけた夏休みも、終わりに近い。イッキは子どものわがままを聞き届け、ここまで連れて来てくれた怪盗レトルトとレトルトレディに頭を下げた。
「ありがとうございました、レトルトさん。レディさん」
「なに、礼には及ばない。……それに、下水道で、私達がついていながらカリンちゃんを横取りされた分を取り返しておきたかったからな」
「いえ、あの、それはわたしが勝手に子どもを助けようとしたせいで……」
「いいんです。それでもレトルトはかなり気にしていましたから、挽回できたという事にしてあげてください」
「……手厳しいよ、レディ」
「ふふ! ……それに今度は、私達も君たちと別口でロボロボ団のアジトに突入します。援護に期待しておいてくださいね?」
言いながら、レディは「かぜのつばさ」を使用した天使型のメダロットをメダロッチに格納した。
……そういえば、レトルトレディのメダロットは見たことがあるものの、レトルトその人のメダロットは未だ姿を見たことが無い。新聞などの記事によれば、隠蔽パーツなどで姿を隠している他にも色々と正体を悟らせないための工作がなされているそうなのだが。
イッキが少しばかりレトルトのメダロットに興味を伸ばしていると、当のレトルトがばさりとマントを広げる。
「ひとつだけ。良いかい、イッキ君」
呼び止められたイッキは隣のコウジやカリンと顔を見合わせた後、再びレトルトへと視線を戻して、頷く。
「大人には確かに力がある。だが、それ以上に大きなものに縛られてしまうのだ。子どもとは確かに非力かも知れない ―― が、非力は無力とは違うのだよ」
仮面により表情はうかがえない。ただ、レトルトの言葉には深い実感が込められているように感じられた。
この言葉を応援と受け取り、イッキは殊勝に頷く。
「それじゃあ行くわよ、イッキ!」
「うん。……行ってきますレトルトさん、レディさん!」
「なんてゆうか……あんたらも気をつけて来てくれよ」
「ありがとうございました」
アリカを筆頭にイッキ、コウジ、カリン。それぞれがレトルトらに声をかけ、メダロッ島の敷地を4人の子どもが走ってゆく。その背を見送り、姿が見えなくなって。
黒と白の怪しい2人組は息を吐き出した。
「……さっきのは実感から来る言葉ですよね?」
白チャイナの女性がつつーっと、まるで隣に居るのが当然のような自然さで、覗き込みながらレトルトに近寄ってゆく。
その様子に少し視線を逸らし、仮面の男は、再び息を吐きながらも。
「……ああ。キミにも判るだろう、レディ? 子どもだからこそ出来る事というのは、確かに存在するんだ。あの夏の日の僕達がそうであったように。今度は妹分の友人達が、その番だっていうだけでね」
「そう言えば……ふふふ。これだって不法侵入ですもの」
「子どもには、子どもだというだけでも、真っ直ぐ振りかざせるだけの大儀がある。そこには確かな想いがある。小難しい理屈は効かないし、聞かないのさ。昔の僕と同じだよ」
顔を見合わせて笑う。
暫く笑った後、共に表情を引き締めた。
「僕達は裏口から侵入して引っ掻き回す。ユウダチから貰った基地の見取り図だけでなく、僕がメダロッ島でのアルバイトついでに下調べをした時と大きく変わりが無ければ、最下層に研究所が丸ごと入っている。だから、博士はそこに居るだろう。イッキ君たちの援護に回りながら、最下層を目指すんだ」
「1番下ですか。それじゃあ、久しぶりにメタビーさんも出番ですね?」
『―― おうよ!』
「頼むぞメタビー。……レディのエンゼル達にも力を借りる事になるだろう」
『いいよー。ふわわわー』
「ふふ。ありがとうございます、エンゼル」
「それに中では、僕の妹分も頑張ってくれている筈だ。……さあ。大人は大人で、僕らにしか出来ない働きぶりを見せてやろうじゃあないか!」
「はい!」
◇◆
ロボロボ団のアジトは、いつかユウダチやその「兄さま」と一緒に訪れた「魔女の城」の地下に建設されていた。
これもフユーンの発掘と同様にアリ型メダロット達を利用したのだろう。奥行きも広さも天井も、地下とは思えない設備になっていた。
その中を、イッキ達は姿を隠す事もなく進んでゆく。
「―― うーん。シュコウからの『招待状』によると、ヘベレケ博士は下に居るみたいだ。とりあえず階段を探そう」
「だな。ロボロボ団の野郎め、さっさとユウダチを返してもらうぜ!」
「……熱くなりすぎないで下さいね、コウジ君?」
「うっわー。ここ、シャッターチャンスだらけじゃない! ……でも、撮るのはいいけど、これって公開して良い写真なのかしら?」
などと言いながらも、アリカはシャッターを切る手を止めようとはしない。記者魂が燃えているのだろう。表情はいつも以上に生き生きとして見えた。
「ほら、取材……じゃなかった。偵察に行くわよコウジ君!」
「うわっ、引っ張るなよ!? というかお前は取材がしたいだけだろ!」
「いいじゃない! イッキ、カリンちゃん、先に行ってるわよー!!」
「くっ……仕様が無いな。イッキ、カリンを頼んだぜ!!」
イッキが止める間もなく、アリカがコウジを連れて先行してしまう。
単独行動は危険だ……と言いたい所でもあったのだが、実は、侵入してからこの方ロボロボ団は平団員の姿すら見当たらない。
彼ら彼女らはどこにでも居るのがウリだと思っていたのだが、何かしらの理由でもあるのだろうか。もしくはこれがレトルト達の言う「援護」によるものなのかも知れない。
ただ、アリカがこうして「気を使ってくれた」点には感謝をしておきたい。長い直進の廊下をイッキはゆっくりと歩きながら、隣に居る ―― フユーンを発ってから表情の優れないカリンへと話しかけた。
「それでさ、カリンちゃん。……何か、悩み事?」
「……イッキ、君」
「僕としては話せることなら、話して欲しいかな。アリカとコウジも気を使ってくれたみたいだし……それに、カリンちゃんが暗い表情をしていると……その、僕も気になるから。あ、でもその、無理に話してくれってわけじゃあ……」
イッキがそう慌てて取り繕うと、しかし、カリンは驚いた表情を浮べていた。
兎に角。間をもたせなければ、と、イッキがある事無い事を話して繋いでいると。
「……ふふっ」
口元に手を当てながら、カリンは笑っていた。
笑顔に見とれたイッキの動きが止まると、そのまま、カリンの手が振り回されていたイッキの両手をぎゅっと握る。
「カ、カリンちゃん!?」
「少しだけ。……勇気を下さいませんか」
「う、うん! 僕なんかで良ければっ……!」
続く沈黙。換気扇と謎の機械音だけが基地の中に反響している。
鳴り止まない心臓とともに、イッキの何かが限界を超える直前。カリンは決意を固めた表情で上を向いた。
「聞いてください、イッキ君。……ユウダチちゃんが。フユーンの中に、ユウダチちゃんが居たんです」
「えぇっ……どこに!?」
「イッキ君も合っていましたよ。イッキ君の前では最後まで、
「……! 素顔、って事は……もしかして」
察したイッキの様子に、カリンがこくりと頷く。
「はい。ロボロボ団幹部のシュコウ……さんの中の人が、ユウダチちゃんでした。わたしが飛行メダロット達にさらわれた後、帰ってきたシュコウさんがボディガードをしてくれていて、その時に本人だという話も聞きました。ただこの話は、どうかこの基地に来るまではイッキ君達には黙っていて欲しい……と、仰りまして」
そう話すカリン。内容については驚くべきものであったが、確かに、イッキにも心当たりはあった。
花園学園での遭遇。コーダイン王国でも行動を共にした……シュコウ。その行動は、他の幹部たちとはかなり違ったものであったからだ。
「……確かに、他の幹部みたいに、積極的にロボトルをしかけてはこないみたいだしね。むしろロボトルをしたコウジの方が例外みたい。僕も、あの遺跡でちょっとはロボトルしたけど」
話しながらもイッキは得心する。なんというか、あのシュコウという幹部は、此方に敵意が無さ過ぎるのだ。
だとすれば、シュコウが使っているメダロットは。そしてユウダチが使うメダロットは。
イッキも、ユウダチが使うメダロットは2体まで見たことがある。ロボトルは3体3で行われる。残る1体。
「カリンちゃんなら、ユウダチの
「はい。ヨウハクというペットネームで、お侍さんみたいな性格をしています。KWGメダロットのパーツを愛用していましたが……今年の初め辺りから、パーツの改修のために色々なパーツを使いまわしていたみたいです」
「ヨウハク……うん。聞いた事がある」
イッキの記憶にも新しい。
コーダイン王国でプース・カフェ、そしてプース・カフェに操られたスルメのストンミラーとロボトルをした時。
―― ストンミラーが見たこともない力を発現させた時。
自らのエイシイストを咄嗟に退避させたシュコウは、確かに「ヨウハク」と口にしていた。
パーツの改修というのも、その間はエイシイスト……カミキリムシ型のメダロットを代品として使っているならば都合が良い。なにせエイシイストは、
考えている内に下を向いていたカリンは、握ったイッキの手に力を込めながら、呟くように問いかける。
「イッキ君。ユウダチちゃんは……どうしてロボロボ団に入っていたのだと思われますか?」
カリンの表情が優れなかったのは、やはりその点について憂慮をしているからなのだろう。
ただ、今のイッキは何も答えることが出来ない。正確に答えられるのは、彼女の親友たるユウダチ、その人のみだ。
「それはやっぱり、本人に聞くしかないんじゃないかな。僕が何を言っても想像になっちゃうから。……でも」
でも、という逆説を繋ぐ。
イッキは向かいで縮こまったその体を支えるように、カリンの手を握りなおした。
手の震えがどうにか治まった頃をみて、もう1度口を開く。
「大丈夫だと思う。実はシュコウは、目立つ部分以外では僕らの事を助けてくれていたんだ。カリンちゃんの護衛だってそうだよね? ……僕は、ユウダチを信じてる。それは、カリンちゃんも同じだと思うよ」
確信を持ちながら、イッキは問う。
カリンは暫し目を瞬いた後。
「……えぇ!」
力強く、頷いてくれていた。
やはり、この方が良い。笑顔の方が似合っている。具体的に言えば、可愛い。どこか病弱で薄幸そうなカリンが笑うと、実に様になるのである。その可憐さは、敵地の真っ只中だというのに思わず見とれてしまう程だ。
向かいに居る少女を脳内でそう賞賛しておいて、次に、笑ってくれたという事自体に安堵を抱く。
ちょっとだけ視線を逸らし、イッキは頬をかいた。先を促す。
「だから今は、下を目指そう。シュコウからの招待状には、ヘベレケ博士は最下層で待っているってしか書いてなかったからね。行こう、カリンちゃん!」
「ええ。……ありがとうございます、イッキ君。やっぱりイッキ君はお優しいですわ」
「……えぇと……あはは」
カリンに曖昧に笑いかけ、その手を引いて。歩みを再開しながら、イッキは考える。
ユウダチを救出する……というのはイッキ達がこの基地へ乗り込んだ目的の1つだったのだが、こうなっては仕方が無い。むしろやるべき事が1つ減ったと捉えれば、悪くは無い事態であろう。
……もしかして。だからこそユウダチは、基地へ到着した後に話すようカリンへ伝えたのではないだろうか。
ヘベレケ博士との決着をつける。
それだけに、イッキを集中させるために。
・非力は無力とは違うのだよ
漫画版、レトルトの台詞より。
立ち向かうという意思の大小を問うなれば、子どものほうが大きいのは自明の理。
・中身バレ
バレバレでしたが何か。
・子供達が線路の上を歩いてる。……もう行かなくちゃ!
元ネタはポケモンより。カントー主人公の実家のテレビ。
元ネタの元ネタは名作過ぎて口に出してはいけない気分。