「ここから先には通さないシャーク! ……じゃなくて、通さないわよ!!」
ロボロボ団が占拠したビルの頂上手前。ヒカルが階段を登った先では、またも、ロボロボ団の幹部が待ち構えていた。
懲りないなぁ、とヒカルがこぼす。聞き覚えのある語尾からして、目の前の女性は、海の洞窟のサメ事件や炭鉱街での遭遇と何度も戦ったことのある女性幹部の中の人なのだろう。
本日はロボロボ団の
「またロボトル……か。疲れてないか、メタビー?」
「ん? オレは平気だ。けどゴーストとナイト、それにペンギンのやつもちょっと厳しそうだな。情報処理能力がちょいちょい落ちてる」
「やっぱりか」
「こらそこ! 無視するんじゃないわよ!」
女性の指摘には動じず、ヒカルはケイタイを握り締めながらぎりと唇をかみ締める。
意気込んでやってきたは良いものの、団員や幹部の連戦に連戦により疲労が蓄積していたのだ。
負けてはいけない戦いの連続に、ヒカル自身にも重くプレッシャーが圧し掛かる。一体あと何人の幹部を倒せば天辺に着くことが出来るのかも判らないというのも、絶望感を助長する。
などと長考に入り無関心を貫くヒカルの態度に、目前の女性幹部がついにしびれを切らした。
「いいわっ。来なさい、オーロラクイーン!」
「―― うわあっつい。もうちょっと冷やしなさいよオバサン」
「オバサンじゃない!! まったく、何で天然メダルはこんなに生意気なやつが多いのか!!」
怒り心頭ながら、3体のオーロラクイーン……確か、停止攻撃を使用してくるメダロットだ……が並ぶ。
氷の妖精やらをモチーフとしただけあって、この国の夏の蒸し暑さは耐えかねるのだろう。NFP素材による熱感覚は、メダロットに不快感をも与えてしまうらしい。高性能もことこの部分においては考えものである。
そして。
「合意と見てよろしいですね?」
前門のロボロボ幹部に加えて、後門のこの声。
国際ロボトル審判員ミスターうるちはなんと、ビルも中盤に差し掛かってからは、常にヒカルの後ろをついてきていたのだ。
後ろを行くのが最も安全かつ手っ取り早いと判断したらしいが、付け回される此方の身にもなって欲しかったと思うのは仕方がないだろう。
「でも、頂上も近いはずだし。……戦うのも仕方ない、か」
そう言って、メダロットを転送するためにケイタイに手を伸ばす。
ヒカルがミスターうるちの問いかけに頷こうとした、その瞬間。
―― そいつは姿を現した。
「さっ、咲かせましょうおこめの花っっ!!」
「お姉さん、それは原文ままです。ほら、ナデシコなんですから香りましょううんたらかんたらとかにするです」
「かっ、香りましょう……。……何を?」
そいつ、の隣に居る油で黒くなったツナギを着た少女。此方は判る。ユウダチだ。ナエから塞ぎ込んでいると聞いたものの、どうやら駆けつけてくれたらしい。
問題はもう一方の妙な口上を口にし始めた女性のほうだ。
タキ○ード仮面風の仮面をかぶり、白一色のチャイナドレス。大きなスリットが入って活動性を確保されているかと思えば、背中にはふわふわと羽をモチーフにしたマントがかけられていて。
でも、外見はヒカル的にはかっこいいと思った。ピンポイントでストライクだった。
だから、ばればれの中身だけが問題で。
「―― ええと兎に角。美少女メダロッター、ナデシコ! 参上しました!」
「ナエさん?」
「はうっ」
ヒカルが声をかけるとびくっと後ずさる。反応もそうだし、艶やかな黒髪も見間違えようがなくナエだった。
下がったナエ……改め美少女メダロッターナデシコの代わりに、ユウダチが前に出る。
「お待たせしましたです、ヒカル兄さま。ここは謎の美少女メダロッターナデシコさんに任せて、私たちは上に向かいましょうです」
「えっ……いいの?」
「? そのために駆けつけたんです。駆けつけたのに手伝わない人なんて居るのです?」
つい先ほどまで
ユウダチの目の前、焦りをごまかす様に、ヒカルは謎の美少女メダロッターの手をとった。
「その、ありがとうナデシコさん。すごく嬉しい。このお礼は必ず、また今度!」
「ひゃっはい」
かちんこちんに固まってしまったナデシコに、ヒカルは疑問符を浮かべ、その隣ではユウダチが興味深そうな顔で両者を眺めて。
……そして思い出したようにぽんと手を打つ。
「そうだ。ナデシコお姉さん」
「? ??」
「焦っている最中ですけど、この機会に以前からのお願いを予約しておいたらどうです?」
「……あっ」
ナデシコは急に口をパクパクさせたかと思うと、深呼吸挟む。
……ややも間をおいて。
「あの。ロボトルはわたしが受けます」
「了解しました。ささ、それでは両者定位置へ」
「……はっ!? 変態が現れたとおもったら、変態が対象といちゃいちゃして、ツナギの娘がわたしをスルー!?」
ロボロボ団幹部の意向を無視して、あるいは流れと空気とを読んで、ミスターうるちがロボトルの合意を確立させる。
「そんじゃあ任せようぜ、ヒカル。さっさと上に行くんだろ?」
「う、うん」
メタビーに促されたヒカルはナエの手を離し、ユウダチの立つ階段の側へとかけて行く。
その背に向けて。
「―― ヒカル、さん!!」
ナデシコが声をかけた。
隣に立ったユウダチにも促され、ヒカルが後ろを振り向く。
決意を込めた、仮面の奥の瞳が、まっすぐ此方へ。
「戻ったら、また一緒に……星を見ましょう!」
「……うん!」
返答にぱぁっと笑顔を浮かべ、はっと気づいて顔を引き締め、ナデシコは女幹部と相対した。
事も済んだ。ユウダチが嬉しげに、ヒカルの袖を引く。
「いきましょう。お姉さんが稼いでくれた貴重な時間です!」
「……うん!」
再び、今度は2人で。ヒカル達は階段を登ってゆく。
◆
女幹部と遭遇した後、階段を上る。幸い、階段の途中ではロボロボ雑魚や他の幹部とは遭遇することがなかった。
ヒカルは安堵しつつもしかし、辺りに満ちてゆく不穏な空気を感じ取っていた。
「……向こうか?」
「多分、です」
最後の一段を上り、入り口を潜る。ここが、セレクト本隊ビルの最上階だ。
どうやらユウダチも同様であったらしく、周囲を見回す。
「来たようだな」
その奥。
一面のガラス張りを背に立つ大男が、一人。
「……タイヨー!」
「そうだ。わたしがセレクト隊隊長にして……そしてロボロボ団のトップでもある」
ユウダチの叫びに鷹揚に答え、大きな体で前へ。
タイヨーはヒカルとユウダチの前に、丁度ロボトルが出来るくらいのスペースを残して立ち止まった。
さあロボトルかと、ヒカルがケイタイを突き出す。が。
「待ちたまえヒカル君。……君とカブトメダルの能力については、わたし達は既に疑ってはいないのだよ。本大会の特別試合。あの時のわたしは正真正銘の本気だった。君とそのメダロットが見せた急激な成長、見事である」
急に自分をほめ始めた元凶に、ヒカルはいぶかしむ。それでキレてメタビーのカブトメダルを壊したくせに今さらだ。
次いで、タイヨーはその視線をその隣へと動かし。
「ムラサメの娘。お前はどうした。また駄々をコネに来たのか……それとも」
問うたタイヨーに、ムラサメの娘と呼ばれたユウダチが唇を引き絞ってうつむく。
ムラサメ。ヒカルにとってあまり聞き覚えはないが、ユウダチの姓だ。何故その家柄がここで出てくるのかは、定かではないが。
一度はうつむいたものの。ユウダチは何かを決め込んだ瞳ですぐに顔を上げ、タイヨーの視線を受け止めた。
「単純に。単純にわたしは、ロボロボ団を止めに来た、です。それじゃあ、いけませんか」
「不足しているだろう。危険を冒す理由が」
即答だ。
ユウダチがまた口を閉じかけ、しかし、そこで隣に居たヒカルに視線を向けた。
ヒカルは頷く。この少女が何を背負っていたのか、実際のところ自分は理解してなどいないのだろう。だが、共通点はある。少年と少女はこの夏休みを通して、共に辛く苦しい何かを乗り越え、それでもこの決戦の場に駆けつけたのだ。
それらを受けて、ユウダチが返すように頷く。その瞳の汚泥がどろりと流れ、底暗いまま。荒々しい、薄汚れた輝きを放つ。
「……ならっ、私は! 私はあなたとロボトルをして、
ユウダチは宣戦を告げた。
タイヨーが笑う。
「ふ……ふ、はははははーぁっ! ……なるほど、今度は面白くなりそうだ。……少年も居るのならば遠慮をする必要はないな。見たまえ」
タイヨーは手元で何らかのスイッチを起動する。
身構えるヒカルとユウダチの上。
轟音と共に天井が開き、一面の夜空が映し出された。
風が強い。ずるずると音が聞こえる。音の違和感に耳をこらせば。
「見たまえムラサメの娘、ヒカル君。これが、今の人間が全ての力をつぎ込んだ、破壊のためのメダロットだ!」
両手を掲げるタイヨーの後ろから、3メートルほどの影がそそり立つ。
それも、3体。それぞれが無数のケーブルを従え、
「gyるGあkui゛……ハカイ、スル」
「いろはにほへと、ちりぬるを。このよたれそ……は?」
「Деньги Робот Кажется чтобы быть вкусный」
両腕をだらりと下げ、3つのモニターが、3体のメダロット達がヒカルたちを無機質に見回した。
一言で表して、「無機質」なメダロットだった。電力の確保とエネルギーの放出。それだけに注力しその他を差し引いたのだ、と誰にでも率直に訴えてくるデザイン。これらをしてタイヨーは、破壊のためのメダロットと評した。
思わずこれでもメダロットなのかと身を引いたヒカル……の前に、メタビーが立ち塞がる。
「下がってろヒカル。こいつらは止めなきゃな」
「―― ああ、勿論だ」
如何にしても、相手はメダロットだ。メタビーのまっすぐさは、こういう時に頼もしい。
ヒカルはすぐに気を取り直し、ケイタイを構えた。
しかし当の相手メダロッターであるタイヨーはというと、ヒカルの真横に立つユウダチの側へと向きを変え、ケイタイを構え。
……更なる増援を呼び出した。
「こちらはムラサメの娘、お前たちの相手だ。―― 出てこい」
「うひょぐわー」
「ぢゅぢゅぢゅぢゅぅ。ぢゅうふ」
「何よもう、直せばいいんでしょ!?」
ヒカルにとっては見たことのない機体。いや、正確にはヒールエンゼルと呼ばれた機体は、ナエの扱うものを見たことがある。ナノマシン操作とメダロットの自己修復機能の促進操作を得意とする、天使型のメダロットだ。が、それも今回のものは羽が大仰なものに改造されているためフォルムがまがまがしい。
加えて問題は、残りの2体。
全身を黒を基調として染められ、両腕の大きな爪をゆらゆらと揺らす、悪魔か番犬か。どこか……確かメダロット博士の研究所において、軍用メダロットとして姿を見たことがあるはずだ。
その姿を見て、ユウダチが息を呑む。
「……! ブラックメイル、です!?」
「こちらはお前専用の相手だ、ムラサメの娘よ。……ヒカル君の相手である『
「ハカカ、ハカカカッ!」
「ちっ、こっちだヒカル!」
「……くっ、ユウダチ!?」
動き出したビーストマスター3体が、ヒカルに明確な敵意を向けてきた。それらに阻まれながらも、ヒカルはユウダチに視線を向ける。
その意思をしっかりと感じながら……ユウダチは目を閉じる。
「……ヒカル兄さま」
「? いや、いま、そっちに……」
「いえ。聞いてくださいです。……わたし、このロボトルが終わったら……いつかシデン兄さまとロボトルがしたく思うのです。ですので、わたしにヒカル兄さまの技術を教えてはくれませんか?」
見たことのない表情だ。が、それはヒカルにとってある意味では慣れたこと。
ビーストマスター達は兎も角、何故かタイヨーまでもがヒカルの返答を待っているように感じられる。
考える……までもない。ヒカルは歩みだそうとした足を踏みとどめ、戻した。
戦いの意を示した少女に向けて、その意を汲んで、頷く。
「……勿論だ!」
「ありがとうございますです、ヒカル兄さま。……ヒカル兄さまだろうとシデン兄さまだろうと、いずれにせよ軍用メダロットなんかに負けている場合ではありませんです!」
どろりと笑み、ユウダチはケイタイを構えた。
その前に真っ先にヨウハクが現れては、獣のように隙をうかがっていたブラックメイル達に向けて、けん制にとソードを突き出す。
「うひょぐわー」
「―― お主の中身は……あの時の兎か。互いに姿は変わったが、これにて真に決着を付けることも出来よう。御主人、雪辱を果たそう。指示を任せる」
「はい。心のままに、ヨウハク!」
構える。
夜の空から、調子を読んだ声が降る。
「―― 合意と見てよろしいですね!」
セレクトビルの……屋上と化した場に居る全員が、ビーストマスターですら、待っていた言葉に身を構えた。
「それでは! ロボトルゥゥゥ……ファイトォーッッ!」
・ナデシコ
ナデシコ科ナデシコ属の植物。
原作においてアキタ・キララが変装した美少女メダロッターが「コマチ」である。
ナエの女性像イメージと日本の古いたとえとを合わせたため、こんな感じになった。
ヒカル的にはかっこいいらしい。
・Деньги Робот Кажется чтобы быть вкусный
貨幣、ロボット、美味しそう
……をエキサイト翻訳のロシア語変換にぶっこんだもの。
作中ビーストマスター一体の台詞。
・ミスターうるち
下の階に居たのに……と突っ込んではいけない。
・ロボロボ幹部
初代のロボロボ幹部には中身と名前が設定されています。
ロボトル的には多分、歴代最強なのではないでしょうか。メダルレベルが異様に高く、低装甲なのに高機動、武器もかなりの威力を誇ります。
セレクトビル連戦は本当にきつい……。