空を飛ぶ「レディジェット」。女性人間型のモデルに空戦に適したブースターやアンチエアハンマーを積み込んだメダロットである。現行メダロットの中で最も「かぜのつばさ」に適応した機体だ(むしろそれこそが機体コンセプトである)。
そのレディジェットが一機、クラゲ海岸の上空を突っ切って、その先に浮かぶ埋め立て地へと近づいてゆく。
研究所を出立したユウダチとナエは、セレクト隊のビルへ空からの突入を試みていた。
眼下に通り過ぎる街中に人の影はなく、暴走したメダロットは奇声を発しながらうろうろと歩き回っている。街一体が、まるでゴーストタウンの有様である。
ごうごうと唸る向かい風の中、ユウダチが声を荒げる。
「それで、ナエお姉さん! どこに着地するんです!? ビルの周りは、ロボロボの方達で一杯みたいです!」
ユウダチが指差したその先、セレクト隊の本部ビルの周辺には言葉の通りにロボロボ団の団員がわらわらとたむろしていた。
実のところ団員たちは、突入したヒカルたちによって蹴散らされており、しかし幹部たちに逆らうのも戦々恐々踏ん切りがつかずにビルの周りをうろうろしているだけなのだが……それをナエとユウダチが知る由もなく。
ビルの周囲を観察していたナエが表情を変える。
「……ちょっと掴まっていて下さい!」
温厚なナエが声を荒げる様子に何事かと驚いていると、自分たちを抱えていたレディジェットが突如加速した。
「あの発着場に降ります!! ……お願いレディ!!」
「良いけど……ナエ、アナタもしっかり掴まっていてよ?」
目視から、以前まで上空までビルを囲み侵入者を拒んでいたバリアが、今は解除されていると判断したのだろう。
狙いはどうやら、一段低い隣ビルの発着場である。
外付けの「かぜのつばさ」を慎重に逆噴射させながら ―― 着地。
小柄なレディジェットが、ナエとユウダチを懸命に抱え。
「っっ! ……ふう。進入成功ですね」
暫く転がった先で身を起こすナエ。その腕の中にいたユウダチもどうやら傷はなく、がばっと立ち上がり、周囲にロボロボ団がいないかを確認する。
……が、黒い全身タイツの姿は見当たらなかった。どうやら少なくとも、この発着場の周辺にはいなかったらしい。
「だとすれば、ここはヒカル兄さまの通り過ぎた後なのかもしれません。もっと上に兄さまが居るとすれば……急ぎましょうです、ナエお姉さん!」
「ま、待って!!」
今すぐにでも走り出そうとした所を呼び止められたユウダチは、つんのめりながらも体勢を直して振り向く。
後ろで「その……」とどもるナエを、怪訝な顔でどろりと傾げば。
「あの。どうやらおじいさまの旧友の方が、このビルにいらっしゃるそうなんです。自称・悪の科学者だとか何とか」
「……? ヘベレケのじいさまのことです?」
「多分、うん、その人。それでおじいさま曰く、その方に逆恨みをされているらしく……もしかしたらその孫娘であるわたしに……と、忠告をされてまして」
逆恨みとは何とも迷惑な話だが、ユウダチ自身もついこの間はそうだったなと独りごち、解釈。
「ですか。……つまり、ナエお姉さんがその方に顔を見せないように工夫をすると?」
「……はい。……その様、です、ね……」
ナエの声が尻すぼみに小さくなってゆく。
羞恥だのなんだので複雑な表情を浮かべ、ケイタイから包みを1つ、取り出した。
「これは ――」
「あの、その……衣類自体は先日、ヒカルさんのお宅を伺った際に、幼馴染の女の子が用意してくださっていて……」
「!! かぁっっこ良いですっっ!!」
「そ、そうかなぁ……」
ユウダチが目を
くるり。
振り向いたユウダチの目が爛々とどよめきながら、自らの姉分の若干及び腰な姿を捉え。
「さて、急ぐ必要がありますですよね、ナエお姉さん!」
「う、うん」
「急ぐので、さっさとこれに着替えましょうです!」
「……。……あ、やっぱり?」
せめて更衣室を使いたいとナエは思ったが、結局、残念ながら……ユウダチがそれを聞き届けることはなく。
その後にはやや涙声になったナエの愚痴が聞こえていたとか何とか。
◆
怪電波を発しているセレクト隊のビルへと突入したヒカルは、また1人幹部を撃破していた。
……その隣には、またも手伝ってくれなかった友人たち。
「ヒカルちゃん強い!」
「ふっ。さすがは僕のライバルだ!」
「メダルを復元する方法を教えてもらったから、少しは遠慮するけどさ。手伝ってくれないんだな、ユウキ」
ユウキはぎくっという擬音が聞こえてきそうなほど狼狽し始め、そのガールフレンドたるパディがはぁとため息を吐き出す。
「わたしもユウキちゃんも、メダロットが暴走してますもの」
「そ、そういうことさ。まったく、僕が相手をしていたらやつ等は逃げることも許されないだろうがね」
キザに髪をかきあげるユウキを見ながら、ヒカルはそんなもんかなと微妙な心持である。
実の所、さっきから悪ガキ3人組も手伝ってくれる風味だったりしたのだが、実際の所ロボトルをしているのはヒカルのみ……という状況を繰り返しているのだった。
「おいヒカル、さっさと暴走止めに行こうぜ」
「そうだな、メタビー。それじゃあユウキたちも、気をつけて帰れよ?」
「誰にものを言っているんだい?」
「ごきげんよう」
ヒカルとメタビーが上の階につながる階段を上って行くのを見送って、ユウキとパディは連れ立って下の階へと向けて歩き出した。
いやに静かなセレクトビルの中。
時々ズズズ、と何かが動く音や軋む様な音が聞こえるが、別段周りで何かが起こっているわけでもない。
「よかったのかしら?」
「何がだい、ハニー」
「だって、ヒカルちゃんを助けに来たのでしょう? ロールスターちゃんは動くのだし」
「……でも、やっぱり僕が会社の守りを長々と外す訳にも行かないさ」
ユウキの実家、ニモウサク家。ニモウサク家が所有するメダロット社は、今回の事件の発端である「セレクトメダル」を生産している会社である。
それ故に、社員の殆どがセレクトメダルを使用しているメダロッターであり、例に漏れず暴走をしているのだが……これもメダルを開発したニモウサク家の恩恵か。少数派ではあるものの天然メダルを使用している人々もおり、ユウキのパートナーであるロールスターも同様に、電波の中でも正気を失わず動くことができていたのである。
会社をひとまず落ち着かせることに成功し、元凶をたたくためにとセレクトビルに乗り込んでみれば、自分よりも実力を持った……本大会で優勝しあのセレクト隊隊長にまで勝利した、アガタヒカルが先んじていたのだ。
これをライバルと悔しくは思うものの、どこか誇らしく、嬉しい思いも沸いてくる。
信じるとはいわないが、ここは彼に任せてみても良いだろう。
自分は自分にしかできないことを。……例えば。
「戻ったら研究部から天然メダルを持ち出して、社員みんなで暴走メダロット達を止めにかかろう。こんな大規模な作戦は、庶民のアガタヒカル君にはできないまねだろう?」
「……そうね。わたしも手伝いますわ」
「ふっ。ありがとう、ハニー」
今度は笑顔を見せたパディを後ろに、ユウキは髪をかきあげ、これからの活動に思索を伸ばしつつ前を向いた。
その目前には階下へと降る階段が見えていて……すると。
「だ、だれも居ないよね……?」
「電波を飛ばすならとりあえず上です。登る……です?」
階段を、ツナギを着た少女と珍妙な格好をした女性が登って来ていた。
パディは思わずぽかんと口を開けたまま彼女らを見つめていたが。
「―― すいませんです、先を急いでいますです」
「み、みられた……」
少女と珍妙な女性はその脇をするりと通り抜け、先ほど自分たちが下り来た道を遡り、上階へと踏み入って行った。
「あら。どなただったのでしょう……ユウキちゃん?」
呟き、思わず疑問。
隣のユウキが、小さく笑っていたのだ。
場にそぐわぬ彼の表情に、パディは思わず理由を尋ねる。
「いや。あのツナギの女の子……ふっ。奮起をしてくれたか。安心したよ」
「あら。浮気です?」
「違うさハニー。父性に近いよ。これもお金持ちの宿命というやつさ」
一層笑みを深めたユウキはそう締めくくると、意気揚々とした足取りでメダロット社のある街へと戻って行った。
・ヒカルの幼馴染
アキタ・キララという女児のこと。作中では会話にしか登場していない。
彼女はある意味、後作品でも重要な役目を担っていたのだが、今作では……
・クラゲ海岸
漫画版メダロットより。
漫画版によると、これらの事件はクラゲ海岸沖でおきたものとされているため。
セレクトビルは埋め立て地に建てられているのでしょうかね。
・パディ
エキセントリック・ガールフレンド。
ユウキの婚約者。メダロット3にも(うろ覚えですが)旦那と共にご出演。