ジャンクヤードの友人へ   作:生姜

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◇ メダロット1編
1話 ムラサメの少女


 

 少女は「ムラサメ」という家の長女として生を受けた。

 ムラサメという家は所謂、名家であった。

 主に鉱石業で名を上げたが、それも今は鉱物の加工業に活躍の場を移し……しかし弛まぬ努力によって立場を確固たる物とした『ムラサメ製作所』を取り仕切る一家。それがムラサメという家である。

 かくいう少女も、幼少の(みぎり)より炭鉱夫に囲まれて日々を過ごしたもので。

 ……とはいえそれも、少女がこの世界に生を受けてから、たった5年の間のことではあるのだが。

 

 少女が最もお気に入りとしているのは、辺り一面を岩山に囲まれた山間の町であった。

 そんな田舎の、炭鉱夫が行き交うごつごつとした路の上に似合わぬ身振りのいい少年が1人、歩きながら、大声を張り上げた。

 

 

「ユウダチィィーっ!! ユウダチは、居るかぁいっ?」

 

「……おっと。シデン坊ちゃんじゃあねえですかい。またあの、じゃりんこを探し回ってんで?」

 

 

 炭鉱夫の頭が応える。

 シデンと呼ばれた少年は頷くと、ため息をはきながら再び訪ねた。

 

 

「ああ。炭鉱夫の皆、ユウダチは何処へ行ったか知らないかい?」

 

「いつもの行方不明ですかい、そらぁ大変だ。探さなくちゃあ坊ちゃんが奥様に怒られちまうわなぁ。……おーいテメエら、ユウダチのお嬢を知らねえかぁっ?」

 

「知らないもぐもぐ」

 

「知らないもぐもぐもぐ」

 

 

 あちこちから返って来る声は、全て気の抜けたものばかりであった。

 尋ねた親方がため息をつき、隣に居た少年も親方を気遣って苦笑いを浮かべる。

 

 

「いいさ。皆は丁度、鉱石の運び出しをしている時間だろう。手間を取って悪かった」

 

「役立たずばかりですまねえやな、坊ちゃん」

 

 

 ガタイの良い男と別れ、少年は再び歩き出す。

 周囲は相変わらずのボタ山、ガラクタの山が続く。

 炭鉱街として栄えたこの町は、中央を線路が貫いており、その上を運び出し用途のトロッコががたがたと音を立てて行き来している。これら多量のガラクタの出所は、近隣に位置した「遺跡」と呼ばれる場所である。

 この世界において現在、「遺跡」という場所は企業にとっての重要度がうなぎ登り。当然、それら利権を巡る争いも、数え切れないほど起こっている最中にある。

 

 暫くして、町の東側に積まれた最も新しいガラクタ山の前に到着する。

 ここで、少年が辺りを見渡す。自らの妹が居るとすれば……やはり。

 

 少年は線路に沿って足を進め、山と詰まれたガラクタ置き場へと近づいてゆく。

 近くから見てもなおさらひどい有様だ、と少年は顔をしかめた。オイルの油臭さや何かが焦げたような匂いが辺りに充満し、嗅覚だけでなく視覚、べたべたとした空気は肌にさえも危険信号を送ってくる。

 ……こんな中に嬉々として入り込む自らの妹の心情には、同情も、呆れもしつつ。

 ガラクタの海。一面に転がっているのは、金属質の板切れや断線したマッスルチューブ。

 これら全て「メダロット」と呼ばれる玩具の部品、その成れの果てであった。

 少年はついにガラクタの山へと足を踏み入れ、腹に力を入れる。

 

 

「おーい! 居るんだろう、ユウダチ! 出て来てくれないかー!!」

 

 

 大声が反響し、次第に消えてゆく。

 そうして、自らの妹を呼ぶ大声を張り上げて暫く。

 

 

「……って、わぁ!?」

 

 

 瞬間、足元のガラクタがもぞりと盛り上がっていた。

 驚いたシデンがその場を飛び退くと、足下のガラクタを跳ね除け、油に塗れた少女が現れる。

 

 ぼさぼさの髪。

 着ているツナギは油によって真っ黒々。

 視線に力はなく、無気力さが強みを帯びていて。

 少女 ―― ユウダチが、上目遣いにポツリと零した。

 

 

「―― 呼んだの? あにい」

 

 

 驚きながらも、シデンは平静を装って返答する。

 いつもの通りガラクタ遊びに興じている妹の姿を認め、ふんと胸を張る。

 

 

「呼んださ、妹。以前から伝えていたとおり、明日から、僕と両親は海外のメダロット社へ長期の外回りに出かける。ユウダチは……」

 

「そんなの行かない」

 

「だろうな」

 

 

 ユウダチが首を振ると、その長い前髪からは、僅かに瞳が覗いた。

 正面には、才気に溢れた兄の風貌。少女の兄たるムラサメ・シデンという少年は、ムラサメ製作所を担う次代の社長として期待をされている麒麟児である。

 しかしその足元に傅く様に座り込むユウダチの眼は、打って変わって薄暗いもの。

 そして、それもその筈。ムラサメという家の争いから遠ざけられている彼女の才覚は、兄とは違う方向に富んでいた。

 

 

「ぐりぐり」

 

「? 何を……」

 

「―― えいっ」

 

 

 兄の疑問符をスルーし、地面に崩れた正座をしたまま、ユウダチは地面に埋もれていたパーツの1つを引っこ抜いた。

 「ティンペット」と呼ばれるメダロットの骨格、その分解された左腕である。

 何をするのかといぶかしむ兄の前で、ユウダチは無言のまま左腕に頬ずりをしてみせた。

 

 

「良い腕です。多分個人製作の一品もの、です。神経接続をわざと切ってあるですんで、レギュレーションには引っかかるですけど、性別を無視できる骨格といい、関節可動域を異常に確保された構造といい、創意工夫の見られる匠の卵の作品。いい仕事してるです」

 

「でも、それだと競技試合では使えないだろう? 僕たちの目指すところとは、違うじゃないか」

 

「……む。たち(・・)、じゃあない」

 

「ああ、うん。まぁ、そうか。すまなかったね、妹。僕のいう『達』というのは、あくまで会社の皆のことだ。君は含めていない」

 

「……。……なら、別に良いです」

 

 

 反論を挟んだ兄の言葉にユウダチがむくれ、背を向ける。

 兄はいつもの事かと、しかし深くため息を吐き出した。

 

 

「……聞いてくれ、ユウダチ。これからムラサメの家も、会社も、大変な時期に入る。君は望まないだろうから、あまり巻き込まない様に努力はするけれど」

 

 

 そのまま、嫌がって背を向けた妹に向けて、シデンは会社の状況と展望のことを語り出す。

 勿論の事、妹が嫌がっているのは知っている。だからシデンとしては、最小限のことを語ったつもりであった。

 だがしかし、その最小限ですら、妹にとっては苦行であったらしい。

 

 

「……知らないです」

 

「悪い。でも、知らないですまされるのならば、僕だって話しはしない」

 

「……知らない、知らない知らない知らないですっ! そんな事を言いにきたのですか、あにい? だったらあっち行っちゃえ、ですっっ!!」

 

 

 両手を振り回し、妹は悪態をつく。

 それでも役目を果たすべく、兄は食い下がる。

 

 

「妹。……これを、君に渡しておきたい」

 

 

 距離を保ちつつ、視線を集める。

 差し出し、開かれたその手には、とある携帯端末が握られていた。

 

 

「……『ケイタイ』です?」

 

「そう。僕たちの会社で計画し、初めてメダロット社と共同開発をした、メダロットの格納端末。『ケイタイ』だ」

 

 

 手渡された金属質の四角い画面を、ユウダチはまじまじと覗き込む。

 新たに手渡された玩具に夢中の妹に、兄はまたも苦笑する。

 

 

「開発は妹、君の得意分野だが。僕たちは僕たちで出来ることをやろうと思う」

 

「……しばらく逢えない、です?」

 

「ああ。年始年末以外は、少なくとも数年は海外に居着く予定だな」

 

「そう、です」

 

 

 ユウダチは俯き、再び顔を上げる。

 視線をはっきりと兄のそれに合わせ、少女はどろりと微笑んだ。

 

 

「ごめん。頑張ってです、あにい」

 

「君もだ。友達の1人くらい、作れよな。父さんも母さんも心配してたぞ」

 

「大きなお世話ー。まだ5才なんですー!」

 

 

 今度は拗ねた妹。そんな年相応の、みるみる変わる表情に、兄は心からの笑みを浮かべた。

 

 

「はは、頑張ってくれよ。それじゃあ」

 

「うん、頑張るです。……じゃあね、あにい」

 

 

 目的を果たした兄はおぼつかない足取りでガラクタの山を降り、手を振るユウダチに笑みを返して、メダロットに乗って飛び去っていった。

 夕闇の中。ガラクタの山の上に再び、少女は座り込む。

 兄から受け取った端末を握りしめ。

 

 

「……『ケイタイ』。これで私もメダロット持てるもん、です。よしっ」

 

 

 一層の気合を入れ直し、むんと力をこめると、少女はガラクタの海へと潜り戻った。

 

 

 

 

 結末は変わらず。

 されど、変わるものも確かに在る。

 これは少女とメダロットの奮闘を綴った、ちょっとだけ不思議な物語。

 

 





・メダロット社
 2001年設立。作中現在2010年。
 創始者であるニモウサク家が実権を握っている。
 メダロット同士を戦わせる「ロボトル」と呼ばれる競技を、審判員の育成や専用の人工衛星の運用などを行なう事で取り仕切っている。

・ムラサメ製作所
 ムラサメ一家が取り仕切る工業系の会社。名前はオリジナル。
 流れは作中の通り。今現在はメダロット社の下部企業として、メダロットの装甲やパーツに関する仕事を一手に請け負っている。
 未来において権力を増大する事になる、ある会社の前身である。




 20160507.追記修正

※この時点での誤字脱字などあれば、是非とも当該機能にてお知らせくださればと平伏懇願致します。私が見落としている可能性が非常に高いです。
 あとがき語句紹介の追記なども要望あれば対応します。話が進まないと紹介できないものもありますが……(20160507

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