「――ゲイム・システム、上手く機能しましたね主任」
ファントムタスク日本支部内になる研究室にて。部下である副主任の言葉に須郷はああ、と満足そうに頷く。
彼らが目にしているをモニターには、ドローンから送られてくる映像が表示されており。ミネルヴァがヴォルフを投げ飛ばす瞬間が映し出されていたのだった。
「使用者の情報把握能力の拡張を促し、脳波で操作する機動兵器において、脳と機械との情報伝達のロスを極限までなくすことで戦闘能力を向上させるシステム。茅場晶彦が開発した人の脳に直接作用するフルダイブ型VR技術を元に、この僕が生み出したのだから当然だろう」
尊大な態度を見せる須郷に、内心辟易しながらもそれを表に出さず流石です、と上っ面だけの言葉を送る部下。
他人を道具としか見ていない須郷だが、彼の元にいる者達も彼の持つ技術に興味があるから従っているだけなのである。
「それよりも使える観測機器は全て使え。またとない実戦データを得られる機会なのだからな」
「はい」
勿論ですと、心得たように、モニタリングしている研究員らに指示を飛ばす副主任であった。
叩きつけられた衝撃で折れた木々の下敷きとなったヴォルフ。その姿にミネルヴァの顔が恍惚で歪む。
「はは、ハハハハハ!!素晴らしい、この力っ!!今私は世界最強になったのだァ!!」
狂気を振りまくように高らかに笑うミネルヴァ。
増大したプレッシャーと、狂気にその場にいるセシルらは委縮し釘付けになってしまう。
「やああああ!」
そんな中でも、美紀恵はキティ・ファングを展開し果敢に斬りかかる。
それをミネルヴァは避けるでもなく、テリトリーを纏った方腕だけで
「防御無視のキティ・ファングが、防がれて…!?」
ありえない筈の事態に驚愕し、動きを止めてしまった美紀恵の腹部を、ジャバウォックの背部に装備されているテイルブレードが貫いた。
「あ…」
「ふふ…いい顔だ。虫けらが無様に足掻く姿と、失意と無力さに染まる顔が私は一番好きだ」
力なく崩れ落ちた美紀恵を蹴り飛ばしながら、愉悦に染まった笑みを浮かべるミネルヴァ。
「アシュクロフトの固有能力が通用しない!?これは一体…」
「フッセシル。やはり気がついていなかったようだな、ジャバウォックの隠されたこの『能力』に…」
「どういう、ことっ」
「通常アシュクロフトは五つの機体が独立して動いており、本来は連動するようにはできていない。だが、ジャバウォックだけは特別に他の機体と一方的にリンクし、各々が生み出した力を一つに集めることができる」
「それじゃあ…」
「そう。お前達が自身のアシュクロフトの力を使えば使う程、その力は私に還元され私は際限なく強くなる!アリスの結界を打ち砕き、チェシャー・キャットのキティ・ファングを止められるまでに!!」
悠々と講釈を垂れるミネルヴァに、思わず歯噛みするセシル。
「何故っ、ジャバウォックにそのような機能が…!」
「私がキャロルにつけさせたのさ。もし何らかの手違いでアシュクロフトが『敵』に奪われた場合…。奪還を容易にするためと言ってな…」
「敵…?私達の襲撃を事前に予測していたということ!?」
「いいや、違う。お前達の行動は完全に予想外だった。あの男が敵と見なしているのはDEM第二執行部のウィザードどもだ」
そう語るミネルヴァの目は、虫けらなど眼中にないと言いたげであった。
「『計画』が上手く運んだ時、ウェスコットの子飼いのウィザードどもを一掃する手筈になっていてな。テリトリーのジャミング機能もそのためのもの…ジャバウォックは元々対ウィザード用に設計されたアシュクロフトなのだ」
「対ウィザード用のアシュクロフト!?一体エドガー・F・キャロルは何を企んでいるのッ」
「あの男の企み事態は他愛もないことさ。アシュクロフト開発の功績をもって、ウェスコットの代わりに自分がDEMの社長の座につくこと…。それだけさ」
告げられた内容に、アシュリーは拳を握り締め憤怒の表情で叫んだ。
「ふざ、けんな…。ふざけんな!!!そんなつまらねーことのためにアルテミシアはッ!!!」
激情を乗せてランスチャージを放つも、難なくいなされ背に肘打ちを受け叩き伏せられてしまう。
「許さないっ…許さないよ…っミネルヴァ!!」
続いてレオノーラが砲撃を浴びせるが、ミネルヴァはテリトリーで防ぎながら悠々と近づいていき、腹部に拳を打ち込んで沈められてしまう。
「アルテミシアを消し去り、同時にアルテミシアの力をいただく…。アシュクロフトは全て私の物だ、誰にも渡さない!!」
「ミネルヴァ!!」
セシルのハイキックが側頭部に炸裂するも、ミネルヴァは微動だにすることなく二ィ…と笑みを浮かべると。セシルの顔面を掴み、締め上げながら持ち上げる。
「どうして…っ。そこまでアルテミシアを憎んで――!!」
セシルの言葉を遮るように、後頭部から地面へ叩きつけるミネルヴァ。
「憎んでなどいない。まだSSSに身を置いていた時、どちらが強いかはっきりさせるために、彼女に挑み。結果、手も足も出せずに私は敗れた。その時気がついたんだ」
右目の傷跡を愛おし気に撫でながら、恍惚とした笑みを浮かべるミネルヴァ。
「強く、誰からも愛され認められる存在…。私はアルテミシアに惹かれているのだとッ!!」
セシルの頭部を踏みつながら、ミネルヴァは言葉を続ける。
「だから、私も彼女のようになりたい…!いや、アルテミシアになりたい!!5つのアシュクロフトはアルテミシアそのもの!!それを全て手に入れることでっ、私はアルテミシアになれるぅぅぅぅっ!!だぁからアシュクロフトを早くよこせぇぇぇぇよ!!お前らァハハハハッアハハハははは!!」
狂ったように笑うミネルヴァの背後から、折紙がレーザーブレードを突き立てる。
「渡さない。あなたは狂っている。リアライザは精霊を、人類の脅威を倒すためのもの。自分の欲望を満たすためにそれを利用することを私は…認めない」
ブレードを押し込めようとするも――強化されているテリトリーに阻まれ、ミネルヴァまで届かなかった。
「認められる!!」
ハエを払うように裏拳で折紙を殴り倒すミネルヴァ。
「認められるのさぁアアア!!私がアルテミシアになりさえすれば、何だってっ誰にだってェ!!」
「下らんな」
木々を押し退けながら起き上がるヴォルフ。
少なくないダメージを負いながらも、気にすることもなく、冷めきった目をミネルヴァへ向けながら歩み出る。
「人は己以外の何者にもなれはせん。まして、システムに依存した時点で貴様はアルテミシアに並び立つ資格すら己で手放した」
「漆黒の狩人ぉ…。今更何を言っても負け惜しみにしか聞こえんぞっ。貴様はもう私にひれ伏すことしかできんのだからなアァ!!」
駆け出して接近してくるミネルヴァを、左腕のガトリングで迎撃するヴォルフ。
ミネルヴァは迫る弾丸を身を捻りながら跳んで回避し、間合いを詰めながら落下の勢いを乗せて踵落としを放つ。
「ハアァ!」
ヴォルフが後ろに跳んで回避すると。先程まで彼がいた地面を粉砕しながら、ミネルヴァは瞬時に追撃しテイルブレードを振るう。
「!」
ランチャーで受け流すも、砲身にブレードが巻きつき奪い取られてしまう。
ミネルヴァはランチャーを投げ捨てながら肉迫し、ヴォルフの頭部を掴み締め上げる。
装甲が軋みバイザーに亀裂が走るも、ヴォルフは相手の腹部に膝を叩きこみ引き剥がすと、顔面を殴る。
「きかんなぁ!」
瞬時に傷が塞がると、ミネルヴァはテイルブレードを繰り出し、ヴォルフの左腕を貫通させると、そのまま振り回し地面に叩きつける。
その光景を見た美紀恵は、激痛の走る体に鞭を打って起き上がろうとする。
「…っ私も…。あっ!!」
しかし、傷口が広がり力が入らず膝を突いてしまう。
「ぐ…回復処理が追い付いていない…でも、これ以上出力を上げれば…。ミネルヴァ・リデルの力を高めてしまうことにもなる…」
ミネルヴァの猛攻にヴォルフは対抗しているも、どれだけダメージを与えてもミネルヴァは即座に回復してしまい。彼だけダメージが蓄積しており、このままでは勝ち目がないことは目に見えていた。
「ベル。聞こえますか…ベル…!」
『はい、マスター』
「ジャバウォックからのリンク…。こちらから切ることはできないのですか!?」
『できません。こちらからジャバウォックへのアクセスは不可能。システム上そのように設計されています』
「で、では…。このまま戦うしかないですね…」
『それも不可能です。今のあなたは、微弱な回復処理で、かろうじて意識を保っている状態です。これ以上の戦闘行動は危険です。』
警告を無視して立ち上がる美紀恵。激痛に顔を顰めるも歯を食いしばって耐える。
「それでもっ、やらないと…!!。でないと、折紙さんも、セシルさん達も、ヴォルフさんも、アルテミシアさんも…。あの人の歪んだ想いのせいで、皆いなくなってしまう!!そんなの許せませんッ!!」
力の限り叫びながら、美紀恵はテイルブレードで、ヴォルフの首を絞め上げながら持ち上げているミネルヴァへ挑みかかる。
「ふん」
――が、背後からの攻撃に、難なく反応したミネルヴァの裏拳を顔面に受けて弾き飛ばされ、地面に叩きつけられてしまうのであった。
「…これで残るは貴様だけだなぁ漆黒の狩人…」
周りを見回しながら、勝利を確信したように話すミネルヴァ。
だが、ヴォルフは窒息している状態でありながら。冷めた視線のまま、両腕のガトリングを撃ち続けている。
その姿勢に苛立ちを隠せず、何度も何度も地面に叩きつける。それでもヴォルフは冷静にダメージを抑えようと受け身を取っており、勝利を確信しているかのような目をミネルヴァへ向けていた。
「――そうか、先に死にたいか。ならばお望み通りにしてやるゥ!!」
その目に冷や汗が流れたことを拒むかのように、ミネルヴァは首をへし折ろうと、絞める力をを強め――
「ミネルヴァ」
背後から聞こえてきた声に。背筋が凍る感覚を覚え、ミネルヴァは慌てて振り返る。
視線の先にいたのは美紀恵であり。ゆってくと起き上がる彼女に、先程の感覚は錯覚だと己に言い聞かせるミネルヴァ。
「お願い、その人を離して」
「回復処理か。だが、そうやって能力を使えば使うほど、私の力を増幅させるだけだということを…。忘れたのか!?」
纏う気配の変化に眉を顰めるも。ヴォルフを叩きつけながら投げ捨てると、美紀恵へと襲い掛かるミネルヴァ。
拳を振り下ろすと、美紀恵の体がすり抜けるようにして視界から消えた。
「な…に…?」
ミネルヴァに背を向けながら倒れ伏す折紙へ歩み寄ると、美紀恵は彼女が地面に落としていたブレードを拾い上げる。
「あなたこそ忘れたの?」
「!?…何をだ!?」
背後から迫るミネルヴァに、振り返りながら
「言った筈だよ…。もし、私の仲間を――大切な人達を傷つけるようなことがあれば…」
ミネルヴァがモーションさえ視認できない速度で振るわれた刃は、強化されているテリトリーを紙のように斬り裂いて彼女を一閃し、傷口から血が噴き出る。
「がッ…!?」
「私はあなたを許さないと」
斬られたのだということしかわからないも、その現象と懐かしさすら覚える痛みが一つの結論をミネルヴァに与えた。
「この剣さばき、そしてその言葉…。ま、まさかお前は…。アルテミシア!?」
上段での構えを崩すことなく対峙する美紀恵に、狂おしいまでに憧れ模倣している少女の姿が重なって見えるのであった。