新型PTの強奪の翌日、修復作業が行われているブルーアイランド基地内に設けられた部屋で、椅子に腰掛けながら天道勇太郎は非常に困っていた。
部隊の損害は幸い死者は出なかったが、新調せねばならない者が何名かいるので、それらの補充のためにデスクに積み重ねられた書類によるものではない。面倒と言えば面倒だが。
後新型を強奪されたことを上の連中にねちねち責められたが、増援を送らなかった奴らの戯言なんぞ聴き慣れているので苦にならない。
自身が負傷した訳でもない。いたって健康である。朝食は軽く三人前は食べた。
では、なぜこんなにも困っているかと言えば、目の前に直立している少女にある。
白い髪を肩まで切り揃えられたショートカットと、感情を失ったかのように無表情ではあるが美少女と言えるだろう。常人なら人形と言われても違和感を覚えないほど無表情なので、いまいちコミュニケーションが取りづらいのが玉に瑕だが。
AST所属の鳶一折紙。彼女が抗議に訪れてから早一時間、何を言っても納得してもらえず、自分の要求が通るまで居座る気なのだろうか…。
上官権限で追い出してもいいが、そういうことはしたくないので、どうにか彼女を説得せねばならない。軽く深呼吸して改めて折紙と視線を合わせる。
「まあ、君の気持ちは分からんでもないよ。元々2号機は君が乗る筈だった訳だしね。でも、どういう訳かシステムが勇しか受け付けなくなっちゃったんだよねぇ」
先日この基地に配備された新型PTヒュッケバインMk-Ⅱ。2機ある内の1号機はテロ組織
残る2号機は、偶然その場に居合わせた勇太郎の息子である天道勇が乗り込み、突如襲撃してきたアンノウンの迎撃に大いに活躍した。
戦闘後、機体内で意識を失っていた勇を降ろし(その際、勇太郎がムンクの叫びの如き顔で大慌てしていたが)調べてみると、システムが勇以外を受け付けないように変更されていることが判明した。
原因は新型マンマシンインタフェース「T-LINKシステム」が、勇の脳波に強い干渉えを受けたためらしい。リセット等を試みてみたが効果は無く、完全に勇専用となってしまった訳である。
そしてもう一つ問題となるのが、勇の処分についてである。
非常事態であったとはいえ、軍の最重要機密であるMk-Ⅱを勝手に動かしてしまった勇を、お咎めなしに家に返す訳にはいかないのである。
本来なら軍法会議にかけられ、監視つきの生活を送るか最悪銃殺…はないだろうが、独房いきになるだろう。
だが、Mk-ⅡはPTの時期主力量産機の試作機であるので、このまま倉庫で腐らせる訳にはいかないのである。
そこで、勇太郎は二つの問題を同時に解決できる案として、勇を軍に入れようと基地司令に進言することとした。現在勇は病棟で眠っているので確認はできていないが、元々軍に入隊を希望していたし、拒否はしないだろう。
前回の戦闘記録を見る限り素質は十二分にある。軍人に必要な知識は、自分が徹底的に叩き込むことを条件に了承が降りた。
後は、勇の意思を確認するのみとなる筈だったが、新たな問題が発生した。本来2号機の搭乗者となる筈だった折紙が意義を唱えたのである。
「それならばシステムを交換すべきかと」
折紙としては、訓練も受けていない人間に新型を任せるのは危険だから、自分が乗るべきと主張しているのだ。
「それだと時間かかるんだよね。奪われた1号機のこともあるし、何より例のアンノウンへの対処を急ぎたい。だから迅速に戦力を強化したいんだよ」
先日現れた所属不明の勢力は、何の声明も発することなく沈黙を保っていた。
現在管理局に問合わせているが、その規模が不明な以上早急な戦力の増強が急がれている。
「御子息は戦力になると?」
「前回の戦闘記録は見たろう?そこらの新兵より役に立つよ。親の贔屓目抜きでね」
「……」
確かに彼の動きは初めて機動兵器に乗ったとは思えないものだった。まして、生死がかかっている状況でも迷いが全く見られなかったのだ。
彼はリアルに近い銃撃戦が体験できるという理由で、GGOと呼ばれるVRMMOFPSをプレイしており、その中で最強を決める大会で優勝しているそうだが、それでも異常としか言えなかった。
普段ことあるごとに子供の自慢話をしてくるが、例え自分の子供でなくても、誰でもスカウトしたくなる逸材だろう。
しかし、あの戦闘だけで自分が彼より劣っていると見られるのは不本意である。五年前のあの日から鍛錬を積んできたプライドというものがある。
「ですが、あの記録だけでは納得していない者も多いかと」
天道勇は入隊後ASTに配属されることが決定している。新型PTは単体飛行が可能なので、同じく飛行可能なCR-ユニットと組ませた方が効率的だかららしい。
だが、何も彼の入隊に不満があるのは自分だけではない。ASTの隊長である燎子を始めとした隊員達も、口にはしないが疑問を持っていた。
ついこないだまで民間人だった者に背中を預けろと言われれば、誰でも嫌がるだろう。まして、顕現装置を扱えるASTはプライド意識が高く尚更である。
「ふむ、ならばあいつの実力を見せれば良いワケだろう」
まるで、その言葉を待っていたと言わんばかりに、ニヤリと笑う勇太郎。もしや自分は彼の手の平で踊らされたのかもしれない…。
「では、君とサシで白黒つけようじゃないか」
例えそれでも構わない。それで力が手に入るのならば。
「うむぅ」
目を開けると、見慣れない天井が視界に入ってきた。
「知らない天井だ」
ああ、言ってみたかったんだこのセリフ。夢が一つ叶ったよ。
とか考えていたら、人影が飛び込んできた。
「にぃーちゃん!」
「うごぁ!?」
妹であるユウキがのしかかってきおった…。痛いマジで痛い…。
「ユウキ、勇が苦しがってるからどいてあげなよ」
「あ、ごめん兄ちゃん」
詩乃が宥めると、テへっと舌をチョロっと出して、自分の頭をコツンと叩くユウキ。それで誤魔化せると思ってんのか?
ユウキの両頬を思いっきり抓り引っ張る。
てか、ここ基地の病室じゃん。知ってる天井だったよ、メチャ恥ずいんですけど。
「
「うるさいバカタレ」
そのままユウキを引っ張っていると、ドアがノックされた。
「はい、どうぞ」
「邪魔すっぞー勇」
ドアを開けて入ってきたのは父さんだった。
「よう、具合はどうだい?」
「うん、大丈夫って、俺どうなったんだっけ?」
確かPTに乗って戦って、それで…。
「戦闘が終わってすぐに気絶しちまったんだよ。んで、ユウキと詩乃ちゃんには朝来てもらった。二人共大慌てだったぞ」
「それは、ごめん…」
「ううん。勇が無事で良かった」
詩乃に頭を下げて謝ると、首を軽く振って笑って許してくれた。
「むーむー」
すっかり忘れていたユウキが、ギブアップするレスラーの様に腕を叩いてきたので手を離す。
「うーひどいよぉにーちゃん」
「自業自得だ」
自分の頬をさすりながら、涙目で睨みつけてくるが軽く受け流す。
「そういえばアミタは?怪我してたけど大丈夫なの?」
「まだ眠ってるけど、大した怪我じゃないそうだ」
「よかったぁ…」
アミタが無事だと聞いてホッとする、見た目程の怪我じゃなかったんだ。
「それで、今後のお前の処遇についてだが」
「処遇ってどういうこと?このまま帰れないの?」
俺の置かれている状況を把握しきれていないユウキが首を傾げている。
「勝手に軍の機密に触れたからそうもいかないんだよ」
「えー!だって兄ちゃんここの人達守ったんでしょ!そんなのおかしいよ!」
激怒してしまったユウキが父さんに詰め寄る。それをまあまあと両手で制する父さん。
「無論承知している。だから勇、お前軍に入らんか?MK-Ⅱの装着者として」
「俺が軍に?」
「ああ、それならお前を罰する必要もないし、元々軍に入りたかっただろ?一石二鳥ってやつよ」
なる程、確かに悪くない話だ。寧ろ願ったり叶ったりだね。
「こっちからお願いしたいくらいだよ。でも、そんな簡単に入れるの?」
「上の方には話をつけてるんだが、現場の者達は懐疑的だな。そこでお前には一体一の模擬戦をしてもらう」
「それで実力を見せろと?」
「その方が手っ取り早いだろ?」
ふむ、今後のことを考えたら確かにそれが一番の方法か。論より証拠って言うしね。
「問題ないけど、誰と戦えばいいの?」
「MK-Ⅱを見せた時、お前と同い年くらいの女の子いたろ?鳶一折紙って言うんだけど、その子とだ。彼女は元々2号機の装着者だったんだが…」
「俺が2号機に乗るのが不服と?」
「そゆこと。だから、MK-Ⅱの装着者を決める戦いでもある。別に負けても軍には入ってもらうがな」
そりゃそうか。民間人である奴に自分の機体取られれば、文句も言いたくなるわな。
「お前にはMK-Ⅱに乗ってもらう。鳶一軍曹の要望でな、全力のお前を倒したいそうだ」
「なら、遠慮なく使わせてもらうよ」
こちらとら機動兵器での戦闘なんて素人なんだから、使えるもんは使わんとね。
「日取りは一週間後だ。それまでお前にはMK-Ⅱに慣れてもらう。家には帰れんがいいな?」
「モチのロンだけど、ユウキに詩乃はそれでいい?」
二人には心配かけっぱなしで申し訳ないけど、折角のチャンスを逃したくないんだ。
「うー、分かったお留守番してる」
流石に暫く会えないのは寂しいのだろうが、我慢してくれたユウキ。
「家のことは任せて頑張ってね」
本当はユウキと同じ気持ちなんだろうけど、決して口に出さず応援してくれる詩乃。
感謝も込めて二人の頭を撫でてあげると、気持ち良さそうに目を細める。
「うっし、決まりだな。早速今日から俺が鍛えてやるよ!」
「うぇ!?」
いい笑顔でサムズアップしてくる父さん。
マジで?父さんのシゴキは洒落にならんですけど!?下手したら俺死ぬかもしれんとです…。