「ほおおお。っこが岡峰重工特別イベントホールでやがりますか!!」
アリス護衛のため岡峰重工が主催するお披露目会に参加すべく足を運んだ俺達を代表するように、崇宮が感嘆の声を漏らす。
辺りを見わたせば、政治家やタレントにとテレビで見たことのある顔ぶれが多く、更にマスコミの姿もあるな。
「勇、マスコミは苦手と聞いている。大丈夫?」
「ああ、関わらない限りは問題ないよ。ありがとう折紙」
昔はテレビ越しに見るのも辛かったけど。流石に今はマスコミだからってなんでも駄目という訳ではない。
「社運も賭けてるでしょうから、流石に気合が入ってるわね」
「これは尚更失敗は許されないですね」
これだけ大物が関わる場でアリスを強奪されようものなら、責任問題どころの話じゃなくなるぞ…。
「にしてもドレスなんて動きにくいったらねーですね」
「我慢しなさい。大人になったらこういった経験が生きるものよ」
ソワソワと自分の姿を見ている崇宮を窘める燎子さん。
ドレスコードが求められる場所なため、俺はスーツを女性陣はドレスを身に纏っていた。
「う~こんなの真那には似合わねーですよ…」
「?そんなことないよ。良く似合ってる」
「お世辞どうも、どうせ馬子に衣装っでやがりますよ」
そういって自嘲するような顔で肩を竦める崇宮。まあ、彼女の性格的に着慣れていないだろうけど、この手のことで女性にそんな顔はしてほしくはないな。
「他人がどう思うかはわからないけど。俺は似合ってると思うよ、だれが何と言おうともね」
「…そういうこと言うから変に誤解されやがるんですよ。でもまあ、ありがとうごぜーやす」
やれやれといいたそうだけど、どこか嬉しそうに纏めた後ろ髪を揺らす崇宮。
そんな話をしていると、不意に袖が遠慮がちに引かれた。
そちらに視線を向けると、折紙が何か期待するような様子でこちらを見ていた。
「勇、私は?」
「ん?うん、君もとても似合ってるよ」
「…ん」
俺の言葉に表情こそ変えないも、どこか満足そうに軽く頷く折紙。何だかんだで彼女もそういったことを気にするみたいだね。
「さてと、伍長は大丈夫そうかい?」
「は、はい。大丈夫です!」
ここに来てから顔色がいいとは言えない伍長に話しかけると、勇気を振り絞るように答える。やはり精神的にかなり負担になっているようだけど、今のところは本人の意思を優先させても良さそうだ。とはいえ本当に任務継続が困難なら無理やりにでも退かせるけど。
「どうでしょう少尉、今度お時間の良い時にお食事でも…」
「いやいや、私の娘と見合いでもどうでうかな?なかなかに尽くしてくれる子ですぞ」
「何の我が孫なんかは将来有望ですぞ――」
不退転の覚悟で任務に挑んだ俺は、想像もしていなかった窮地に陥っていた…。
周囲を囲むのは上流階級を示すように、高級スーツやドレスを身に纏いブランド品を身に着けた紳士淑女の皆様で。若い女性は俺に食事への誘いや、年配者は娘や孫娘との見合いを勧めてくるではないか!てか孫って10代になるかどうかくらいの年齢やんけ!婚礼期には俺30代になるんですけど!?やだ、社会の闇が見えて怖いんですけど!?!?
「申し訳ございませんが、彼はただいま任務中でありますので…」
同じく参加している燎子さんが、どうにか口述をつけて助けようとしてくれるも、誰もが獲物を逃がさんと言わんばかりに食い下がってくるので、どうにもならず困り果てるしかなかった…。
「皆様方、ちょいとよろしいですかな?」
「おお、斯波田外務事務次官お久しぶりですな」
そんな折白髪の中年男性が囲んでいる人々に語り掛けると、皆何やら挨拶やら政治、経済やら高度な話が飛び交ってる…。
「少し彼と重要な話がしたいんですが、よろしいですかな?」
男性がそういうと、あれだけ粘りを見せていた人達が、名残惜しさを見せながらも散っていく。てか、外務省の事務次官ってその省のNo.2じゃん!?そんな人が俺に何の用なんだ!?!?
「やれやれ。有望なホープだからってがっつき過ぎだぜ、悪いな少尉不快な思いをさせちまって。おっとすまねぇ俺ァ外務省事務次官を務めさせてもらってる
柔らかな物腰とは打って変わり、気のいい近所のおじさんといった気さくさで話しかけてくる斯波田務事務次官。多分、こっちが素ってことか…。
「いえ、助けて頂きありがとうございました斯波田務事務次官」
俺も燎子さんも揃って敬礼すると、斯波田務事務次官はまあ、そう頑なんな。公の場って訳でもねぇんだ、とカッカッカッと大らかに笑われる。…いや、一応ここも公の場なのでは?
「なぁに気にすんな、用があるってのは事実だしな。にしても次代の英雄ってのも大変だねぇ」
「英雄、ですか?」
何ですかその不穏な響は…。
「
「は、はぁ…?」
え、何?そんなことになってたの???どうして???why???warum???Pourquoi???perché???
「おいおい、そんな『何で?』みたいな顔されるとこっちが困っちまうよ」
「申し訳ありません。彼、自己評価が低い部分がありまして…」
「そこは親父さんに似てんだな、いや、それ以上か?まあ、謙虚なのはいいが期待されてるってことは忘れんでくれよ?もっと蕎麦のようにビシッとコシを決めてくれんとな」
「は、はい」
燎子さんの言葉に困ったように頭を掻く斯波田事務次官。
話が予想外に飛躍してて、曖昧に答えるしかできないんですが…。というか、独特な例えだなぁ。
…とはいえ、正直注目されるのは苦手なんだけどなぁ…。
「っと、いかんいかん。つい話し込んじまった。用があんのはほんとはこっちなんだ」
そういって手の親指で指した方を見ると、事務次官よりは幾分若そうな男性が控えるように立っていた。
刃を思わせるような目つきに厳格さを漂わせる風格、どこか見覚えのあるような?
「始めまして少尉。内閣情報官の
自己紹介しながら握手を求められたので応じる。ん、風鳴?
「失礼ながら、風鳴氏は娘さんはいらしゃるでしょうか?」
「…風鳴翼の父だ。形式上、はな…」
やっぱりか。彼女の姿と重ねると頑固そうな感じが似ている気がする。
それにしても、何故だろう?風鳴のことを娘と呼ぶのに抵抗でもあるのだろうか?どこか寂しそうな趣きを感じるが…。
「もしや用件とは娘さんのことで?」
「…ああ、アレが風鳴の名を汚していないかとな。――聞いてはいるだろうが、我が風鳴家は古来より祖国を守護することを使命としてきたのだ。仮にもその末席に身を置いている以上、無様な姿を晒すことは許されない」
「……」
態度や口調こそ冷徹に風鳴のことを冷たく見ているようだが、わざわざ事務次官を頼ってまで俺に様子を聞きにくる辺り、どこか気遣っているようにも思える。
「確かに迷いを抱えたり、意固地になることもありますがご安心を。彼女の
戦場では背中を預け合える戦友としてだけでなく、歌手として全身全霊で打ち込む風鳴の姿には、俺も負けてられないと気を引き締めることは少なくないのだ。
それに知り合ってから彼女の歌を意識的に聞くことが増えたが、心から歌うことが大好きなんだと感じられる情熱はツインテイルズと違った面で、今の時代人々を勇気づけるのに一役買っていると断言できるだろう。
「――そうか。それならば良い。時間を取らせたな」
それだけ話すと斯波田務事務次官と共に去っていく風鳴氏。
表面上は変化は見られなかったものの、最後は喜んでいたような――いや、勝手な思い込みなんだけどさ。どうにも悪い人ではないと思えるんだよな。
「――随分人気者でしたねぇ隊長さん」
割り当てられていたテーブルに戻ると、何故か崇宮が面白くないと言いたそうな顔で頬杖をついてジト―と見上げてくる。
「ああいうのは、正直勘弁願いたいんだけどね。気持ちはありがたいけど」
「何でですか?逆玉の輿で将来安泰いいことずくしじゃねーですか?」
「…いつ死ぬかもわからない身だからね。俺に誰かを幸せにする権利なんてないさ」
軍人という世界に生きる以上、死とは常に隣り合わせなのだ。無論死ぬ気などないが、何が起きるのがわからないのが人の世だ。それこそ今日この日であってもおかしくはない。だから、残された人のことを考えるとそういったことに乗り気ではなかった。
――何より10年前のテロで亡くなってしまった人達のことを考えると、俺だけ幸せになることなんて許されるものではないだろう。
「…隊長さんって、ちょっと自分のこと卑下し過ぎじゃねーですかね?」
「そう?」
「知り合ってまもねぇですが、おたくは人に好かれるに十分なことしてんです。恋愛ごと何てしたことねーですが。おたくを慕う人は確かにいやがるんですから、そうやって言い訳ばかりして目を背けてるのはいくらなんでも不義理ってもんだと思いますがね。ね、軍曹」
「同意する。あなたはもっと自分に自信を持っていい」
「……」
2人の言葉にどう返すべきか迷い、頬を掻くしかできなかった。
彼女らの言葉は正しいのだろう。だが、母さんの失ったあの日を思い出すと、それを受け入れることができない自分がいた、…結局、俺は過去に縛られた愚か者でしかないのだろうな。
「と、当会場へようこそいらっしゃいましー!イ…イギリス産ブランデーなどいかがでしょうか…」
そんなやり取りをしていると、給仕の少女が声をかけてくれる――が、前髪で顔が見えず、髪の色や外国人特有の訛りで日本人ではないらしいが、随分恥ずかしがった様子で、モジモジとしながら周囲の目を気にしており、挙動が随分と怪しかった。
「ああ、この子ら未成年だからグァバジュースをお願い」
「はぁい、かしこまりましたぜ…いや、ました!」
そそくさと去っていく女性。何だ、なんか違和感と言うか見覚えのあるような?
「…なんかあの子どこかで見たことありませんか?」
「…そう?記憶にないけど…」
伍長の言葉に皆首を傾げる。気のせい、なんだろうか?
「…美紀恵、か?何故ここにいる?」
「!!お父様…!?」
俺達のいるテーブルを通りがかった男性が、伍長を見て以外そうに声をかけてくると、伍長が表情を強張らせながら男性を父と呼んだ。
「お父様って、じゃあこの方が美紀恵の父親の?」
「は、はい。紹介します…。この方は私の実の父、岡峰重工代表取締役社長、岡峰虎太郎…」
怯えた様子を見せる伍長を、岡峰社長は厳格さを携えた目で冷ややかに伍長を見下ろしていた。
「…お前には二度と岡峰に関する場所へは近づくなと言っておいた筈。もう一度問う、何故ここにいる?」
有無を言わさぬ迫力を見せる父に、伍長は勇気を振り絞るように口を開く。
「わた、私は…ASTに入隊したんです!ウィザードの素質があると!だから、人の役に立ちたくて…!!それで、今日はアリスの護衛のために…っ」
「ASTに入隊しただと…?」
ギロリッと睨みつけられ縮こまり伍長。
「あ、ぅ…」
「確かに私はお前にどこへなりとも行けと言ったが…。ここまで愚かな娘だったとは…。よりにもよってそんな
「そ、そんな…ASTは役立たずなんかじゃ…」
「役立たずなんて…!聞き捨てならないわ…!!この子も含めた隊員全員が命を懸けて任務に当たっています!!それを…」
怒り心頭な様子で抗議する燎子さんを、かけている眼鏡を直しながらフッと嗤う。
「役立たずでない…?ほう流石隊長殿は冗談がお上手だ。な、何ですって!?」
「世界の災厄精霊打倒のために設立されながら、未だ何一つ成果を出していない、我々の血税を浪費しておきながらそれでも存続するお飾りの部隊のどこか役立たずでないと?」
「し、しかし。精霊は当然ながら、ノイズやインスペクターといった脅威とも命をかけて戦っています!!」
「問題は結果、過程など考慮に値しない。本来の目的を果たせずその他のことで誤魔化すモノなど無価値…何の価値もない」
岡峰社長の言葉に何も言い返せなくなる燎子さん。確かにその通りだ。彼の言うことは正論である。事実ASTは精霊を討伐したことはない、どのように言われても文句を言うことはできないだろう。
「美紀恵…。お前にもそう教えた筈だが、お前は自分の道一つ正しく決めることができないようだ。捨ておこうかと思っていたが…やはり親として私がお前の道を決めてやるべきなのだろうな。私は決めたぞ」
「え…」
「お前を軍から除隊させる。また私の元で一から教育し直してやろう。私の力があればお前1人部隊から外すことなど造作もない。いいな…美紀恵?」
「な、何を勝手な!!美紀恵あんたも言い返すのよ!!」
「あ、あう…お父様…」
涙を流しそうになりながらも、必死に言葉を絞り出そうとする伍長。しかし、父親から浴びせられる圧力に思うように言葉がでないらしく、声にならない声しか出てきていない。
「あ…う…」
「失礼。よろしいでしょうか?」
よそ様の家庭の問題に無闇に踏み込みたくないが、伍長を預かる身としてこれ以上黙っていることはできない、
「…君は?」
「CNF隊長を務めております天道勇、階級は少尉です」
「最近新設された特務部隊の…そうか、君が精霊を討伐したという…。それで何用かね?」
「現在ご息女は私の指揮下にあります。差し出がましいながら、私の意見を述べさせて頂きたい」
「君の隊に?ありえん、そのような実力が美紀恵に…」
「はい。実地研修として一時的にでありますが。それと、ご息女のお力を疑われているようですが、先の任務にて私は彼女に命を救われました。彼女がいなければ、私はここにはいなかったでしょう。今こそ未熟なことが多いですが、いずれは軍のいえ、人類にとって大きな力となります。どうか、今少しだけ見守って下さいませんか?」
俺の訴えに、岡峰社長はただ静かに俺の目を見てくる。それを受け止めていると、やがて口を開く。
「…いいだろう。君に免じて、アシュクロフトを狙う者達の件が片ずくまで時間を与えよう。だが、それで才が無いと判断した時は美紀恵は除隊させるぞ?」
「はい。ありがとうございます」
頭を下げると、彼は背を見せ歩き去っていくのであった。
「…大丈夫、美紀恵?」
「はい、折紙さん…。すみません…。父の前ではどうしても普段のようにいられなくて…。燎子さんに天道隊長も、庇って下さりありがとうございます」
「いや、当然のことをしただけだよ気にしないで」
想像していた以上にこの親子の確執は深いな。とはいえ、あくまで部外者である俺達にできることはこれが限界だ。最後は彼女自身がちゃんと父親と向き合うしかないだろうな。
「皆さんも、私の父が数々の暴言を失礼しましたっ。あの、私お手洗いに行ってきます…」
涙を堪えながら席を立つ伍長を、俺達はただ見守ることしかできなかった。下手に慰めても逆効果だろうし彼女の強さを信じるしかないか。
「にしても、随分勝手な父親でやがりますね。勝手に突き放しておいて、今更手元に戻すだなんて…」
頬杖を突きながらイライラした様子で話す崇宮。さっきは静かだったけど、多分殴りかかりそうになるのを必死に抑えてたんだろうなぁ。
「そうだね。でも、なんでだろうね?」
「何がで?」
「目障りに思っているなら、そのまま親子の縁を切って二度と関わらない方が自然じゃないかな?それを自分の側に置こうとするなんて変だと思うんだ」
「まあ、言われてみるとそうかもしれねーですが…」
先の風鳴氏に感じた違和感を、岡峰社長からも感じるんだよな。なんと言うか、冷たい言動の裏に暖かさ、みたいなのがあるような決して嫌いになれない何かがお2人にはある気がしてしまうのだった。