ワールド・クロス   作:Mk-Ⅳ

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第七十六話

『そうか、5号機(チェシャ―・キャット)以外は奪われてしまったか…』

「申し訳ありません。全ての責任は私にあります」

 

自身の執務室にて、燎子はモニター越しに勇太郎に頭を下げる。

 

『いや、情報が漏れていた可能性の高い中、君含め皆良く頑張ってくれた。奪還できる可能性が残されていることこそ最上の結果だよ』

「しかし…」

『責任と言うなら、そちらに戻ることさえできない私にこそあるさ』

「何か問題でも?」

『…どうやら、私や指令がすぐに戻ることを良く思わない輩がいるらしい。何かと理由をつけて足止めされていてな。司令が尽力して下さっているが、今暫く時間がかかりそうだ』

 

苛立ちを誤魔化すように深々と息を吐く勇太郎。どうやら何者からかなりの嫌がらせを受けているらしい。

 

『ここまで強引な手でくるとはな、やはりアシュクロフトシリーズ、ただの新型という訳ではないようだ』

「どうやらそのようですが、そちらで何か掴めました?」

『いや、欧州方面の連中かなり口が堅くてな、セシル・オブライエンらが脱走に至った経緯すら知っている筈なのに話そうとせん』

「ここまで非協力的とは明らかに異常ですね」

 

軍部にも当然ながら派閥があり、時にはいがみ合うこともあるものの、ここまで露骨に背中を見せるような姿勢は早々起きえないものだった。

 

「勘ではあるが、争っているのは軍部内ではないかもしれん」

「と言いますと?」

『欧州方面の連中の態度がやけに同情的でな、話さないというよりも話せない(・・・・)といった印象だった』

「…つまり何者かに口止めされている可能性が高いと?」

『だが、本部の方でそういったことが行われている形跡がない。つまり外部からの圧力がかかっている可能性が高い』

 

勇太郎から告げられた内容に、燎子は顎に手を添えて思考する。

本部以外に方面軍に圧力をかけられるような存在は、上位組織である国連くらいなものであろう。だが、今回の件で国連がそんなことをして得をすることはない。とすれば残される可能性は――

 

「企業、それもアシュクロフトシリーズを開発したDEM社が動いていると?」

『恐らく、な。あいつ(・・・)の企業のことだ内部で何が起きてもおかしくない』

 

吐き捨てるように話す勇太郎。DEM社というより、それにまつわる何かを嫌悪しているようであった。

 

「少佐?」

『ああ、すまない。ともかく、そこらも含め探りを入れつつ早期に戻れるよう努めるが。それまではASTとCNFは奪われたアシュクロフトの奪還と、残る機体の防衛に努めてくれ』

「了解しました少佐。では」

 

通信を終えようとすると、勇太郎がああ、それからと切り出す。

 

「はい?」

『無理はしないでれ。君になにかあるのはとても辛い』

「しょ、少佐?!」

『では、燎子君(・・・)無事を祈る』

 

そこで通信が切れ、モニターの前で顔を真っ赤に染めて固まる燎子が残されるのみとなるのであった。

 

 

 

 

医療用(メディカル)リアライザ…。SSSを抜ける時、装備を一緒に持ち出しておいて正解だったわね」

「しっかし丸一日眠りっぱなしとはな」

「仕方ないわよ私もメディカルリアライザは専門じゃないし。動けるようになたっだけ感謝なさい」

 

港区にある倉庫街の一角にて。体を軽く動かしながらボヤくアシュリーに、溜息混じりに話すセシル。

 

「で、次はどうすんだ?さっそく美紀恵にリベンジといくか?」

「いえ…。アシュクロフトは一度認証が済むと奪い取るのは難しいわ…。ひとまず彼女の分は保留にしましょう。アシュクロフトは全部で5機、次に狙うのは認証の済んでいない残りの1機。岡峰重工に提供された最後のアシュクロフトシリーズ、試作機『アリス』を…」

 

 

 

 

「え!?最後のアシュクロフト『アリス』の護衛任務!?」

 

基地内にある燎子さんのにて、岡峰伍長の驚愕の声が響く。

俺と伍長は目覚めたその時の内に退院となり、折紙、崇宮と共にその足で次の任務のためのブリーフィングに参加していた。

ちなみに、伍長の謹慎は解除することとなった。アシュクロフトシリーズには認証機能があり、特定の者にしか扱えず当然ながら開発元でしか設定を解除できず。現状チェシャ―・キャットは伍長でしか起動させられないのだ。敵との戦力差を埋めるためには伍長の力が必要であり、例えそうでなくても今の彼女ならもう問題はないと判断し、それを上も了承してくれたからだ。

 

「アシュクロフトってもう1機あったんですか!!てっきり搬入された4機で全部かと…」

「んー私も思ってたんだけどね。まだ認証の済んでいない最後の1機が民間企業に提供されたみたいでね」

「民間企業、ですか」

 

俺の言葉に、燎子さんは疲れを隠せない様子で息を吐く。アシュクロフトに関する資料には載っておらず、燎子さんにすら今になって伝えられたということは、大人の事情ってやつが絡んでいるのだろう。

 

「でもリアライザってDEM社でしたっけ?そこでしか作れないのでは…」

「その通りだけど、CR-ユニットなんかは外注で民間企業委託したりしてるのよ」

「その方が競争力も生まれ、より良い製品が生まれやすくなりますからね」

 

俺と燎子さんの説明にほえ~と感心した声を漏らす伍長。

近代の工業品――特に兵器は高度化・複雑化された結果、1つの企業で全てを開発することは難しくなり、最近では複数の企業による共同での開発が主流となっているのだ。

 

「それで、近々その企業で、政財界のお偉いさん向けにアリスのお披露目会をやるそうなのよ。ちょっとした資金提供のためのアピールってことなんでしょうけども。でもまあ、アシュクロフトはあの3人組に狙われている訳で…」

「それで軍の方に護衛の話が回ってきたと?」

「そういうことね。彼女らがアリスの情報を持っていて襲撃してくるか謎だけど…。いい?あなた達…これは非常に重要な任務よ」

 

そういってゆっくりと椅子から立ち上がる燎子さん。…こころなしかというか冗談に抜きで鬼気迫る気配を発していらっしゃる。

 

「この基地では、MK-Ⅱ1号機に続いて3機ものアシュクロフトをまんまと奪われているの。ジュネーブの本部では紫条指令や天道少佐の方針に懐疑的な声が日に日に大きくなってるの…。もし、次に同じようなことがあればお2人の首が飛びかねないわ!!もう失敗は許されない、この任務なんとしても成功させるのよ!!」

 

テーブルを力強く叩きながら意気込む燎子さんに、それぞれ応じる俺達。

戦略上重要地であるこの基地ではどのような失態であれ重大視されてしまう。まして新型が立て続けに強奪されたなど本来なら許されないことだ。人々の安全を守る軍人は何より結果が求められる、たとえどれだけ努力したとても誰も守れませんでしたでは話にならないのだ。己が背負っている責任の重さをわすれないようにしないとな。

 

「大尉、1つ質問がある」

「何かしら折紙?」

「そのアリスはこの基地に配備される予定は?」

「残念ながらそんな話はないわね。あくまで、今は民間企業の所有物ってことになってるし。その企業にとっても客寄せパンダでしょうから、なにがあっても手放さないでしょうね」

「アシュクロフトの性能は精霊にも通用できる兵器。一般企業が持っているよりも我々が使用すべき」

 

普段は軍務に意見することのない折紙が熱望するかのように食い下がる。俺とMK-Ⅱ2号機の乗り手を競った時のように戦力の確保に関しては人一倍熱意を見せる。

 

「(とはいえ、やはり危うい、か…)」

 

その姿に、頼もしさ以上に身を滅ぼしかけない危うさを感じてしまう。それはやはり、根底に精霊への復讐の念があるからだろうな。

 

「そうねぇ…。でもまあ、こればっかりはどうしようもないわね。そのアリスもお披露目会でASTとは関係ないウィザード認証しちゃう訳だし」

「しかし…」

「折紙、企業が力をつけることも大切なことだ。それがいずれ、アシュクロフト以上の兵器の開発に繋がるのだから」

「…了解」

 

理屈はわかるが納得はしきれない、か。この熱意が誤った事態を招かないよう導くのが上官である俺の役目だな。

 

「そういえば、その企業の名前はなんていいやがるんで?」

「ああ、企業名ね。岡峰重工って名前くらいは聞いたことあるんじゃない?日本だけじゃなく、世界にも関連会社を持つ岡峰グループの傘下企業の1つね」

「へえ~あの岡峰グループの――って岡峰?」

 

岡峰というワードに伍長視線を向ける崇宮。それにつられに皆の視線が集まる中、当の伍長は顔色を悪くして俯いてしまっていた。

 

「…岡峰重工は実家の、父の経営する会社です」

「え、ってことはあんた社長令嬢だったの!?」

「とてもそうは見えませんが…」

 

驚愕する大尉らにあはは、と乾いた笑みを受かべる伍長。

 

「よく言われます。私は岡峰に相応しくないって…」

「い、いや別にそういう意味で言った訳じゃ…」

「いいんです事実ですから」

 

慌てて釈明する崇宮に、笑いかける伍長。だが、その笑みはとても痛々しいものであった。

 

 

 

 

執務室を後にした俺は、通路を歩いきながら後ろを歩く伍長に声をかける。

 

「本当に大丈夫かい伍長?今回の任務は無理せず待機してくれていてもいいんだよ?」

「いえ、大丈夫です!チェシャ―・キャットを扱えるのは私だけですから、絶対に足手纏いにならないので参加させて下さい!!」

 

戦力的にはそうだが、精神的に不安定な状態で無理はさせたくないのだが。ここにしか居場所がないかのように縋る目で話す彼女に、それ以上言うことは俺にはできなかった。

折紙も崇宮も異論はないと頷いてくれたので、ここは彼女の意思を尊重しよう。

 

「わかった。ただし、本当に無理だと感じたらすぐに言ってね」

「はい!ありがとうございます!」

 

先程とは一転して花の咲いたような笑顔になる伍長。…余程実家と上手くいっていないのだろうか?とはいえ軽々しく聞けることでもない、か。

 

「にしても後がないにしても、大尉やけに気合入っていやがりましたね」

 

気を利かせてくれたのか、話題を変えるように不意に崇宮がそんなことを口にした。

確かに失態続いで後がないとはいえ、燎子さんの気合の入りようは尋常ではなかった。

 

「日下部大尉は天道少佐に好意を抱いている。だからこれ以上迷惑をかけたくないと考えている」

「え、そうなんですか!?」

 

折紙の言葉に驚嘆する伍長。崇宮はお~、と興味深そうな顔をしている。

 

「基地内では周知の事実。…本人は気づかれていないと思っているようだけど」

「なるほど、そりゃやる気になりやがりますな」

「……」

「どうしやがりました岡峰伍長?」

「いえ、真那さんってそういうことに興味あるんだな~って」

「ほほう、喧嘩売っていやがりますか?」

 

お?ん?と握り拳を掴みながら骨を鳴らして凄む崇宮に、すみませでした~と涙目になって平謝りしている伍長。

 

「なら、真那の好みは?」

「ん~そうですねぇ。兄様のように優しくて、何より真那より強い人ですかね」

「…それは難易度が高いね」

 

折紙の問いに人差し指を頬に当てながら答える崇宮に、思わず苦笑してしまう。彼女はウィザードとしてだけでなく、純粋な剣士としての技量も高いから相手はかなり難儀するだろうな。

 

「ま、真那のことはともかく、あの3人アリスのこと狙ってくると思いやがりますか?」

「…くる、だろうね。彼女らのアシュクロフトへの執着は並大抵のものじゃなかった」

「そういやこの前の戦闘で逃げる前に、アルテミシアを取り戻すやら何やら言ってやがりましたね」

 

アルテミシア――確かあの3人がSSSにいた頃に所属していた部隊の隊長の名前と同じ、か。新型の名称がアシュクロフトであることとも関係があるのだろうか?…駄目だな、現状じゃ情報が少なすぎる…。

 

「……」

「美紀恵。戦わねばならない以上、躊躇いは死を招く」

「はい…」

 

折紙の忠告に俯き気味に応える伍長。やはりアシュリー・シンクレア――友と戦うことに抵抗があるのだろう。

 

「確かに戦うことも大切だけど、争うことを避けられるならそのための努力もすべきだと俺は思うよ」

「くどいですがね、そういうのは言うのは簡単でいやがりますが、何か案でも?」

「知り合いに総務省に努めている人がいるから、今回の件で何か知らないか聞いてみるよ」

 

最もその人物が『信用できる』と断言できないという不安はあるのだけど、他に当てにできるのが無い以上仕方ない。

 

「それじゃ真那達はこれで、行きますよ伍長!気分転換には体を動かすのが一番でいやがりますからね!」

「わわ、待って下さいよ真那さ~ん!」

 

分かれ道に差し掛かり、トレーニングルームへ続く通路へ駆けだす崇宮を慌てて追いかけていく伍長。

アシュクロフトがあるとはいえ、それを扱う伍長自身の技量が未熟なのは否めず。次の任務での成功率を上げるため、崇宮にスパーリングで稽古をつけてもらうことにしたのだ。手荒だが、時間がない以上伍長には頑張ってもらうしかない。

 

「私もこれで」

 

そういって折紙もトレーニングルームへ向かって行く。

 

「リアライザで治せると言っても、もしものこともある。今回は設定はいつもより下げなよ?」

 

訓練の中には実戦に近い環境を再現できるものもあり、最高設定ではダメージまで再現することもでき、彼女はそれを多用というかそれしか利用しないのだ。

 

「それでは精霊を相手にした訓練にならない。任務には差し支えないよう配慮する」

 

できれば任務前に過度なことはしてほしくないが、まあ、無理に止めても逆効果だし、妥協点を見出す方がいいか。

 

「それでも構わないけど、代わりに訓練時間は2時間までだ。後で見に来るからね、ちゃんと守るように」

「了解」

 

しっかりと釘を刺しておき建物から出ると、携帯を取り出し電話帳から『菊岡誠二郎』を選び、作成したメールを送信するのであった。


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