ワールド・クロス   作:Mk-Ⅳ

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第七十五話

「んぅ…。あれ、ここはどこですか!?」

 

目を開けると一面に青空が広がり、上半身だけ起こし周囲を見渡すと、草原が見渡せる花が咲き誇る丘の上に美紀恵はいた。

 

「私は確かアシュリーと戦っていた筈…」

『ここはあなたの精神世界…。目標は撃破しましたご安心下さい』

「ベル!目標は撃破…。そうですか…良かった」

 

直接響くように聞こえてくるベルの声に安堵する美紀恵。

 

『今はあなたの感覚を絶ち回復モードに移行しています』

「その、あの!ありがとうございますベル!!あなたのおかげで私…」

『いえ…私はあなたのオーダーをただ処理しただけ…彼女らを撃破できたのは、あなたの強い想いと意思の力…。チェシャ―・キャット…あなたに認証してもらえて本当に良かった…』

 

心から喜んでいるような声音と共に、穏やかな風がそっと美紀恵を撫でる。

 

『これからも私はあなたに力を貸しましょう。だからきっとあの3人を止めてあげて下さい…』

「止めて、あげる…?どういうことですか…?ベル…」

『お願いします…マスター』

 

そこで終わりを告げるように視界が光に包まれていく。待って!と手を伸ばすも空を切り意識が遠のいていくのであった。

 

 

 

 

「ぅんん…」

 

次に意識が覚醒すると、ASTで訓練していた時からお世話になっている軍病院の病室の天井が視界に広がる。

 

「岡峰伍長?」

 

声のした方を向くと、病衣を着た勇が丸椅子に腰かけながら、心配そうな顔でこちらを見ていた。

 

「天道、隊長?私…」

「あの戦いの後ここに運ばれたんだけど、覚えてる?」

 

丸一日寝てたんだよ、と話す勇の言葉に、その時のことが徐々に思いだされていく。

 

「えっと…。!って隊長酷い怪我だったのにもう動いて大丈夫なんですか!?」

 

慌てて上半身を美紀恵を、肩に手を置いて落ち着かせる勇。

 

「うん。君のおかげで日常生活を送るくらいならね」

「私の?」

「そうだって折紙から聞いたんだけど?」

 

覚えてない?とキョトンとした顔で問いかける勇。

より鮮明に当時のことが思い出されると、あ…、と思わず声を漏らす美紀恵。

 

 

 

 

「こ、これでいいんですかベル?」

『はい。次にテリトリーで彼ごと自身を包んで下さい』

 

勇の手を両手で包み不安そうに問いかける美紀恵。

非常時とは言え、思いがけない行動にドギマギしており声も僅かに上ずっていた。

それでも、集中力は乱さずベルからの指示に従いテリトリーを展開する。

 

『それでは最後にもう一度だけ確認しますが、この方法は最悪あなたも命を落とす可能性もあります。本当によろしいのですね?』

「はい!助けられる可能性があるならそれに賭けます、だからお願いしますベル!!」

 

美紀恵を心から心配しているかのように問いかけてくるベルに、彼女は迷いなく答える。

ベルが提示した方法とは、チェシャ―・キャットの回復処理を応用し、他者の傷を肩代わりするいうものであった。

当然美紀恵自身にかかる負担は大きく、既にかなりのダメージを受けている状態で行えば最悪命に関わる危険な行為であった。

それでも、他に勇を救う手立てがない以上、美紀恵に躊躇うという選択肢は存在しなかった。

 

『…わかりました。それでは、オーダーを実行します』

 

作業が始まると同時に、美紀恵の脳に過剰に負担がかかり激しい頭痛に襲われる。

 

『テリトリーを乱さないように。僅かな乱れでも作業に支障をきたします』

「わ、わかり…ました…」

 

歯を食いしばり痛みに耐える美紀恵。その間にも、勇の体から傷が消えていき、それに比例して彼女の体に傷が増えていく。本来なら回復処理によって癒されるのだが、限界を超えている状態ではそれさえままならなかった。

 

(「痛い、私が感じていたのと同じくらい――いえ、私のように回復処理なんてないのに、全ての痛みを背負って戦ってたんですね勇さん…)」

 

勇の覚悟を身をもって感じ、改めて追うべき背中が険しき道のりの先にいることを知る。

 

「(死なないで下さい勇さん…。あなたの帰りを待っている人達がいるんです。私も教えてもらいたいことが一杯あるんです…。それに――)」

 

握っている手を額に合わせ願いを込める美紀恵。やがて勇の顔色が戻っていき、呼吸を穏やかなものに変わっていく。

 

『脈拍、心拍数共に安定を確認。これなら医療施設へ搬送されるまで保つ筈です』

「そう…ですか。良かっ、た」

 

ベルの言葉に安堵の息を漏らす美紀恵。それと同時に緊張の糸が切れてしまい、疲労から視界がグラついていく。

 

『お疲れ様ですマスター。どうか今はお休み下さい…』

 

ベルからの労いの言葉と共に、勇へと倒れ込むようにして美紀恵は意識を手放した。

 

 

 

 

「そっか、私そのまま気絶してしまって…」

「具合はどう?悪いところはない?」

「あ、はい。大丈夫みたいです」

 

軽く体を動かし異常がないことを確かめる美紀恵。それを見て良かった、と安堵したように微笑む勇。

 

「まあ、でもちゃんとした検査しないとね。ただ…」

「ただ?」

「医師の皆さんにしこたま怒られるだろうけどね、「こんな無茶して死にたいのかッ!!!」ってね…」

 

俺も起きた時に怒られたからね…、とどこか遠くを見る目で話す勇を見て、あはは、と冷や汗を浮かべながら笑うしかない美紀恵。

すると、ドアがノックされる。

 

「あ、どうぞ」

「失礼しやがりますよ。おや、岡峰伍長気がつきやがったんですね」

 

美紀恵が促すとドアが開かれ、折紙と真那が入室してくる。

 

「具合は?」

「大丈夫そうです。ご心配をおかけしました」

「それは何よりで。あれだけの傷を負ってたのに、新型の性能もあったとはいえ、大したもんですよ」

「皆さんに助けられたおかげですよ、ありがとうございました。あ、そういえばアシュリー達はどうなったんですか?」

「逃げやがりましたよ。かなりの重傷者が2人もいたんで追撃できませんでしたし」

「す、すみません…」

 

しょんぼりとする美紀恵に、真那が別に責めてねーですよとフォローを入れる。

 

「あの状況で死人が出てねーんですから上等ですよ。伍長が来てくれなかった流石にヤバかったでやがりますから」

「あなたは私達を助けてくれた。誇りこそすれ謝罪すべきではない」

「いえ。実は前日に敵のアジトを突き止めて、知っていたんです襲撃の手順…。皆さんに伝えようと思ったけれどヘマして、捕まってしまって…」

 

言葉を紡ぐ中で、己の不甲斐なさから涙が零れていく美紀恵。

 

「もし私が捕まらなければ、アシュクロフトを全部守ることもできたかもしれないのに…やっぱり私は、役立たず…」

「そんなことはない」

 

言葉を遮り彼女の頭にそっと手を置く勇。

 

「責められるべきは始めからあの場にいた俺達だ。君がいたから残る1機は守れた。おかげで奪われた3機を取り戻す可能性が残ったんだ」

「勇さん…」

「君は役立たずなんかじゃない。そんなこと誰にも言わせない。君は強い娘だ自信を持っていい」

「ありが、とうございます…!」

 

嬉しさの余り泣き出してしまう美紀恵。そんな彼女の頭を優しく撫でる勇。

 

「ッ…!?」

 

ふと背後から寒気を感じた勇がドアの方を向くと、ドアが僅かに開いており、その隙間から妹が絶対零度の目を向けているではないか。

 

「見舞と説教しに来たけど。…何美紀恵泣かせてるの兄ちゃん?」

「いや、これは…」

「屋上行こうか…久しぶりに…キレちゃったよ…」

「はい…」

 

有無を言わせない迫力に、ただ従うことしかできない勇であった。

 

 

 

 

「――はい、そうですか…。こちらはまだ時間が…できる限り急ぎますが――はい、そちらもご無理をなさらず」

 

ミルドレッド・F・藤村ことミリィは携帯の通話を終えると、憂鬱そうに息を吐きながらポケットにしまう。

 

「上官さんからですか?」

 

そんな彼女に、眼鏡をかけた淡いノルティックブロンドの髪の女性が声をかけた。

 

「あ、カレン。そうなんです、基地の方でトラブルが…」

「もしかして、新しく配備されたリアライザが強奪されてしまったことで?」

「どこでそれを?」

 

機密度の高い情報を即座に入手していることに不思議そうな顔を問いかけると、眼鏡の位置を直しながら笑みを浮かべるカレン。

 

「我が社も色々な相手と取引をしていますので。こと最大のライバルであるDEM社に関することは、深くアンテナを張ってますので」

「ふえ~流石社長秘書も務めているだけありますねー。ミリィはそういうのはさっぱりです」

 

感心したように目を輝かせるミリィ。彼女の本来の所属はそのDEM社であり、笑い事ではない筈なのだが。当人は会社に対する帰属意識が極端になかったりするのだ。

 

「それで、迎撃したあなたの所属部隊や特務部隊に多数の負傷者が出たと聞きますが…」

「そうなんですよ!殆どの人はすぐに治療できる程度だったんですけど、あの人はまた集中治療室行きになったんですよ!!」

「あの人とは、特務部隊の隊長を務めている方ですか?」

 

カレンからの問いに、ミリィはそうです!とプンプンといった様子で憤りを見せる。

 

「代替えの機体なのだから、無理はしないようにとあれだけ念を押したのに!勇さんったら傷口をビームで焼いて塞いだっていうんですよ!信じられません!正真正銘のおバカさんです!!」

 

怒り心頭と言ったようすで鼻息を荒くして怒鳴るミリィ。とはいえ、それは純粋に相手のことを想ってのことなのだとカレンは感じれた。

 

「心配なのですねその方が」

「ええ…。誰かが止めようとしても、必要ならどこまでも前に進んでしまう人なんです。…それで例え自身がどうなっても足を止めようとしない、そんな人なんです…」

 

俯いて両手を合わせて握り締めるミリィ。傷だらけになって戻って来る彼の姿を思い出し、もしもそのまま帰らぬ人となってしまったらと考えると、思わず涙を零しそうになってしまう。

 

「…だからこそ、その方のための『力』を生み出してあげたいのですね…」

 

そういうと視線を動かすカレン。その先には最低限の装甲しか施されていない状態で、ハンガーに納められているMK-Ⅱが鎮座していた。

彼女達がいるのは、フランス首都パリにあるマオ・インダストリー本社内にある格納庫であった。

ヴォルフ・ストラージとの戦いで大破したMK-Ⅱは、開発元である本社でのオーバーホールが必要とされ戻されたのだが。元は次世代量産機開発のための試作機として開発されたMK-Ⅱは、度重なる激戦を経たことで、必要とされるデータの収集という役目を早期に終えることとなったのだ。

そのため役目を終えた本機の処遇を決めることとなり。精霊の度重なる出現を始め、重大事件が多発により戦力の確保を求めたブルーアイランド基地からの要請を受けた軍部からの依頼によって、これまで本機に搭乗していた天道勇の専用機としての改修が決定されたのだ。

それに伴い、本機の整備に関わり勇の癖等を熟知しているミリィが中心となって、改修計画が行われることとなったのだ。

他企業の人間である彼女に白羽の矢が立ったのは、彼女自身がDEM社にいるのが単に環境が良かったところからスカウトされただけであり、本人としては機械いじりができれば別にどこでも良かったという性格が考慮されたものであり。そのこともあってなのか、DEM社からも彼女自身にスパイ活動をしろといった命令もなく、ただ単純に許可が下りるだけであった。

そして、マオ・インダストリーと協力関係にある、アメリカに本社を置くアスガルド・エレクトロニクスからは、T-LINKシステムの開発者であるカレンも派遣されたのだ。

 

「はい。止まってくれないのなら、せめて無事に帰ってきてくれるだけの力を用意してあげたいんです。…この子もそれを望んでいる気がしますし」

 

MK-Ⅱへ歩み寄り、そっと装甲を撫でるミリィ。物言わぬ機械である筈だが、MK-Ⅱからは新生の時を待ちわびているかのような趣が感じられるのであった。


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