ワールド・クロス   作:Mk-Ⅳ

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第七十四話

「(力が溢れてくるような感覚…。凄いです!これなら私も皆さんの力に!!)」

 

両手を開いたり閉じたりし、コンディションを確認する美紀恵。まるで別人になったように湧き上がる力に興奮させ覚えていると。吹き飛ばされてきた勇が側にあったコンテナに背中から激突してしまう。

 

「隊長!?」

『――ッガぁ…!』

 

ふらつきながら立ち上がろうとする彼に駆け寄り肩を貸す美紀恵。息も絶え絶えでバイザー越しからでも異常だとわかる程の汗が出ており、医療の知識が乏しい彼女から見ても、動けているのが不思議な状態であった。

 

「隊長さん!虫の息な人は引き下がってくだせェ!!」

『問題ない!来るぞッ』

 

譲る気のない様子で美紀恵から離れると戦闘態勢を取る勇。それでも真那らは彼を止めようとするも、事態がそれを許してくれなかった。

 

「わりィセシル、レオ。あたしのワガママで面倒なことになっちなった」

「気にしなくていいわアシュリー。こちらが有利であることに変わりはないのだから、このまま押し切るわよ」

 

申し訳なさそうに眉を謝罪する彼女に、セシルは冷静に状況を分析し彼女を励ますように告げ、レオノーラは無言ながらもどこまでも付き合うと言わんばかりに力強く頷いてくれる。

 

「いくわよ、必ずアシュクロフトを全て確保するわよ!!」

 

セシルの合図と共にレオが砲撃を行い、勇らは散開して回避する。その間にセシルとアシュリーが距離を詰めてくる。

 

『ジャバウォックは俺が抑える!!お前達はレオンから叩け!崇宮ッ目くらましッ!!』

「ああ、もうどうなっても知りやがらねーですよ!!『ムラクモ』砲剣形態(バスタースタイル)!!」

 

止まる気のない勇に、ヤケクソ気味に叫びながら手にしているレーザーブレードを変形させる。

砲身と化した刀身部から高出力のレーザーが放たれ、セシルらの眼前に着弾し大爆発を起こし煙幕を発生させる。

そして、煙幕に紛れながら勇はセシルに接近し瓦礫を蹴り飛ばす。セシルが煙幕を突っ切って襲いかかってきた瓦礫を蹴りで弾いた隙に肉迫し、バックラーを起動させた左腕で殴りかかる。

 

「くっ!?」

 

セシルが右腕で受け流すと、勇はその勢いを利用し右腕で裏拳を顔面目掛け放ち屈んで避けると後ろに跳んで距離を取ろうとするが。勇はすぐに追撃を行い肉迫してくる。

 

「(ジャミングさせない気ね!この男、一体何がここまで動かすと言うの!?)」

 

虚ろになりかけた目をしながらも、勇の動きに淀みはなく、まるで本能だけで動いているような異様な姿に、セシルの顔に冷や汗さえ流れていた。

 

「岡峰伍長!こっちは私が抑えるんで、そっちを!」

「はい!」

 

真那がアシュリーと斬り結んでいる間に、美紀恵がレオ目掛け駆ける。

 

「チッ、レオ!!」

「大丈夫、問題ない!」

 

全火器を稼働させたレオノーラは、美紀恵に火線を集中させるのではなく、広範囲に分散させて面制圧を行う。

火力こそ下がるも、回避する隙間を与えず確実に命中させること選んだのだ。

 

「きゃぁぁぁぁぁああああ!?」

 

そして彼女の纏うユニットレオンは火力特化型であり、それでも個人に対しては十分過ぎる程のダメージを与えることができるのだ。

爆風を浴び吹き飛ばされた美紀恵は、傷だらけとなり地面を転がり倒れ伏す。

 

「伍長!?」

「へっアシュクロフトを使おうがこんなもんか」

 

どこか落胆気味に言葉を漏らすアシュリー。

新型を身に纏ったとはいえ、それは相手も同じであるのだ。結局のところ同じ土俵に立てただけであり、元の彼女の技量が向上していない以上、当然の結果とも言えるのだが。

 

「ごめんなさい。私達はどうしても負けられないの」

 

確かな手応えを感じ勝利を確信したレオは、美紀恵に近づきユニットを奪おうと手を伸ばす――その瞬間、美紀恵の姿が消えるのと同時に彼女の体が斬り刻まれる。

 

「…え?」

 

自分のみに何が起きたのか理解できず、レオは傷口から血を噴き出しながら倒れ伏し。その背後には無傷の美紀恵が両腕部から鉤爪状のレーザを展開させて立っていた。

 

「す、凄い!!攻撃を受けても全然平気だし…それにこの武器は…」

『それはアシュクロフトⅤ『チェシャ―・キャット』専用装備。名を『キティファング』と言います。この装備はテリトリーを使い切り裂くことに特化した武器です。相手の装甲防御を無視し直接肉体を切り裂くことできます。ちなみに、あなたの意向に合わせ致命傷を与えないよう出力を調整していますので、先程の女性は無力化するだけに留めています』

 

予想外の力に驚嘆していると、頭に直接響くように自分を導いてくれた女性の声が聞こえてくる。

 

「え、えっと…。あなたは?」

『申し遅れました。私はアシュクロフトⅤ『チェシャ―・キャット』に搭載されているナビゲートAI。コールサインは『ベル』、装着者の戦闘をサポートするのが私の役目』

「ベル…」

「戦闘中によそ見してんじゃァねェェェエエエ!!」

 

予想外の事態に気を取られていると、傷を負いながらも強引に真那を振り切ったアシュリーが放ったランスの刺突を受けて吹き飛ばされてしまう。

 

「あぐッ!?」

「てめーよくもレオをやってくれたな…。まあ、こっちもてめーの仲間をやってんだ。恨み言を言うつもりはねーが借りはキッチリ――何!?」

 

アシュリーは、言い切る前に立ちあがってくる美紀恵を見て驚愕に目を見開く。

 

「嘘だろ…!?攻撃を受けてもすぐに治っちまうのか!?」

「これは…!?」

『チェシャ―・キャット標準能力『回復処理』。外傷に応急処置を施し痛覚を遮断することで、装着者を常に戦闘状態に保つことができます』

「これのおかげでさっきも私立ち上がれたんですね!!アシュクロフト、凄い装備です…!!これだけの力があれば…いけます!!」

『しかし、くれぐれも注意して下さい。先程申し上げた通り、『回復処理』はあくまで疑似的なもの。無理やり戦える状態にしているだけであって、傷を完全に回復することはできません』

 

勝機を見出した美紀恵は興奮の余り、ベルの説明を聞き終わる前に突撃すると、同じく向かって来ていたアシュリーと斬り結んでいく。

相手は爆発的な加速力を用いた一撃理脱戦法を得意としており、対するこちらは至近距離での戦闘を得意とする武装であり。教えられた通り距離を詰め続ければ押し切れると判断し、猛攻を加えていく。

事実アシュリーは徐々に防戦一方に追い込まれており、苦悶の表情を浮かべていた。

 

「あなたの纏っているアシュクロフト、返してもらいます!!」

「返してもらうだぁ!?そりゃこっちのセリフ(・・・・・・・・・・)だろ!!美紀恵ぇえ!!」

 

美紀恵の言葉に何やら激昂した様子のアシュリーは、ランスを手放すと背部のパイロンから2本のレーザーブレードを取り出すと両手にそれぞれ持ち、更に各関節部に備え付けられている発振器から光刃を展開し、美紀恵を切り刻んでだ。

 

「あ…がっ…!?」

「ッやべーです!!」

 

倒れ伏す美紀恵を見た真那が急いでフォローに回ろうとするも、飛来してきたレーザーに進路を阻まれてしまう。

 

「あのスナイパーまだ…!?」

 

倒れながらも火器を向けてくるレオノーラに、思わず歯噛みする真那。

 

「(傷が、治らない…!?!?)」

 

傷が再生されないことに困惑していると、ベルの声が聞こえてくる。

 

『既にあなたの肉体のダメージは限界…。これ以上の回復は不可能です…』

「そんな…!ここまできたのに…!!」

 

告げられた内容に、倒れ伏しながら拳を握り締める美紀恵。ようやく掴んだ希望が手から零れ落ちていくようで、思わず涙が零れそうになってしまう。

 

「突進力だけがユニコーンの能力じゃねーんだ。近距離での身のこなし速さ…手数こそがこの機体の最大のウリだ!!てめーの力を過信して相手を見なった時点で、お前は負けてたんだよ…」

 

美紀恵を見下ろしながら、興ざめしたように話すアシュリー。己の不甲斐なさに美紀恵は歯を噛みしめながら起き上がろうとするも、最早体がいうことを聞いてくれなかった…。

 

「アシュクロフト対アシュクロフト、それなりに楽しめたぜ…。じゃあ、てめーのソレ…返してもらおうか!!」

 

美紀恵へと近づくアシュリー。そんな彼女の前にレーザーブレードを構えた折紙が立ちはだかる。

 

「…させない」

「…天道勇といい、美紀恵といい。てめーら根性すわってやがるな…。だがもうやめておけよ。どう見ても立ってるのがやっとだろ…」

 

膝を震わし息も乱れている折紙に、関心と呆れが混ざった顔で指摘するアシュリー。それでも、折紙の目に迷いはなかった。

 

「…戦える戦えないは関係ない。大事なのは最後まで立ち上がり立ち向かうこと。あの人もその子も身をもって教えてくれた。だから、私も諦めない…」

「(折紙…さん)」

 

尊敬する先輩の言葉に触発され、激痛に悲鳴を上げる体に鞭を打ち起き上がろうとする美紀恵。

 

「(ベル…もう一度だけ、もう一度だけ私に力を…お願いします…)」

『それは無理なオーダーです。先程申し上げた通り、チャシー・キャットの回復処理は『体に嘘をついている』に過ぎません』これ以上の戦闘続行は危険です。最悪命を失うことになります』

「…!!」

 

告げられた内容に息を吞む美紀恵。

『死』という生物として最も恐れる概念に、振り絞った勇気すらかき消えそうになってしまう。

 

『あなたは十分に戦いました。ここで倒れても誰もあなたを責めはしない。今はお休み下さい』

「(そう、ですよね私頑張りました…。もし立ち上がれたとしても死んでしまっては…)」

 

AIとは思えない程暖かく彼女を思いやるベルの声に、遠のく意識を手放そうする美紀恵。

 

『がッ!』

 

そんな彼女の側にセシルの蹴りを受けた勇が吹き飛ばされてくる。

自分以上に傷だらけでありながらも、躊躇いなく立ち上がると敵に向かって行く勇。そんな彼の姿に胸の奥が疼いた。

 

「(勇、さん…。どうして、あなたは…そこまで戦えるのですか…?死んでしまう…かもしれないのに…)」

 

朧気な意識の中。ふと、以前に彼が話していたことが思い浮かんでくるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ん?どうして死んでしまうかもしれない状態でも戦うのかかい?んー一言でいうなら失うのが怖いからだね。

自分の命が?そうだね、死にたくないし痛いのは嫌だよ。でもね、それ以上に大切な人達に死んでほしくないし悲しんでほしくないんだ。だからどんなに辛くても諦めたくないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(大切な人のために――そうだ、人の役に立ちたくて軍に入って…、やっと憧れの人と一緒に頑張れるところまできたのに、諦めるなんて――イヤだ!!!)」

 

弱気になっていた己に喝を入れるように、握り締めた拳を地面に叩きつける美紀恵。

 

「ベルッ!!もし死ぬようなことになっても構いません!!回復処理を…お願いします!!」

『危険が大き過ぎます。オーダーの撤回を要求します』

「嫌です!!私だって死にたい訳じゃありません!!でもここで何も成さないままで終わったら、私は一生後悔する!!だからッ!!」

『…わかりました…もう一度だけ立ち上がる力を…。ただし、忘れないで下さい。今度こそこれで最後、次に倒れればもう二度と立ち上がれない…』

 

回復が始まり傷が癒えていくことを実感すると、体を起き上がらせる美紀恵。だが、無理が祟っているせいか完全でないのか全身から激痛が走った。

 

「うぁぁぁああああああ!!!」

 

それを吹き飛ばすように雄たけびを上げると、折紙の首を掴み持ち上げていたアシュリーを睨みつける。

 

「アシュリー!!まだ私は立てます!!あなたの相手はまだ私です!!」

「流石にしつこすぎだろ!!…どうやらてめーを倒すには、本気で命を取るつもりでやるしかねーみてーだな!!!」

 

折紙を投げ捨てると、ランスを構え突撃態勢を取るアシュリー。

 

「こいつで引導を渡してやるよ…!!流石にコレを防ぐ余力はもうねーだろ!!」

「そうはさせません!!打つ前に終わらせます!!」

 

チャージ中に叩くべく、一息に懐に飛び込んで来る美紀恵に対し。アシュリーはランスを投擲するのだった。

 

「!!」

「…なーんて――」

 

実を捩じって回避した隙に、間合いを詰めたアシュリーは両手に持ったのと各関節部から展開したブレードで一閃した。

 

「嘘だけどな…!戦いの駆け引きってやつだ。気合だけじゃ実戦はどうにもならねーよ」

「が…」

 

アシュリーは、膝から崩れ落ちる美紀恵に今度こそ勝利を確信するも――持ち直した彼女は、倒れ込むかのような勢いでアシュリーへ突進していった。

 

「倒れたら、もうお終いだってベルが…!!だから、もう倒れません!!」

「くっ…。防性テリトリー最大…!!」

 

美紀恵が振るった鉤爪状のブレードは、金属より遥かに強固な不可視の結界を紙切れのように引き裂き、アシュリーの体に深い切り傷を刻んだ。

 

「んな、馬鹿な…防性テリトリーまで…抜けて…」

 

傷口から血を噴き出しながら崩れ落ちるアシュリー。だが、それを見届ける暇もなく美紀恵は顔面から地面に倒れ込む。

 

「う、ぐぐ…た…立たなきゃ…。次…倒れたら、起き上がれない…から…」

 

限界を訴えるように悲鳴を上げる体を無理やり動かしながら起き上がろうとする彼女の肩に、勇が手を置き制止する。

 

『もう十分だ。勝ったんだ、お前は…』

 

起き上がる気配のないアシュリーに視線を向けながら話す勇。その言葉を聞いた美紀恵は、全身から力が抜けていきへたり込んだ。

 

「か、勝ったん…ですか?わた、し…?」

『ああ、良くやった―ごふっ…!?』

 

突然咽込むように吐血しながら倒れ込む勇。そんな彼に、美紀恵は痛みなど忘れて起き上がると安否を確かめる。

 

「勇さん!?勇さん!!」

 

頭部の装甲を外し必死に呼びかけるも、勇から反応が返ってこず。眼に見えて息づかいが弱っており、顔色も青ざめてしまっていた。

 

『心拍数、脈拍共に危険域です。直ちに処置を施す必要があります』

「で、でもどうしたら…!?」

 

とてもではないが、この場でできる応急処置程度でどいうにかできるレベルでなく。狼狽するしかできない美紀恵。

 

『落ち着いて下さいマスター。今のあなたにしかできない方法が一つあります』

「そ、それは何ですか!?教えて下さいベル!!」

『ただし、あなた自身も無事で済むかわからない、かなりの危険なものになりますよ?』

「構いません!!この人を死なせたくないんです、私にできることならなんでもします…だから…!!」

『…わかりました。それでは――』

 

涙を流しながら懇願する美紀恵に、ベルは方法を提示するのであった。


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