「――いよいよね…」
「ああ、この時を待ちわびたぜ」
「うん…」
ブルーアイランド市街地にある、とあるアパートの一室にて。目を伏せている少女が車椅子に乗りながら神妙な顔つきが語り、それに男勝りな笑みを浮かべる小柄な少女と、長身ながら縮こまった様子の少女が頷く。
「基地司令の紫条悠里と、機動部隊の要である天道勇太郎が不在の今こそ私達の
「で、でも…あの漆黒の狩人を倒しちゃうような人がいるのに大丈夫かな?」
「ああ!?何弱気なこと言ってんだレオ!今更後には引けねーんだよ!」
弱気な発言をする長身の少女に、小柄な少女が憤慨しなが頬を抓って引っ張る。
「ふえ~ん。ひゃめてよ~」
「それくらいにしておきなさいアシュリー」
車椅子の少女に言われ小柄な少女な手を離すと、痛む頬を撫でながら涙目になる長身の少女。
「確かに不安要素は少なくないけど、もう私達は後には引けないわ。後は前へ進み続けるだけよ」
「おうよセシリー!邪魔する奴はあたしが蹴散らしてやるぜ!」
「う、うん。あたしも頑張るよッ」
右手の握り拳で左手の平を叩きながら意気揚々な小柄な少女と、両手を握りしめて自分を奮い立たせている長身の少女に、車椅子の少女は頼もしさを感じ微笑む。
「では、始めましょう。私達の
フォークとは食べ物を口の運ぶための物である。それが五河士道が培ってきた常識であった。
だが、目の前で壁に突き刺さったフォークを見てその常識が間違っていたのだろうかという疑問を抱いてしまった。
ことの発端は、十香が調理実習で作ったクッキー(形が歪で所々焦げたりしていたが)を差し入れしてくれたことからだった。
そのこと自体問題ないというより、男として冥利に尽きるが。教室で堂々と行われたことで、嫌がおうにもクラスメイトの視線に晒されたことだろう。
ただでさえ、女子の手作りクッキーを頂くというイベントを見せつけられれば男子から嫉妬の的となり。
しかもそれが、転入直後から、彼女にしたいランキングの上位に食い込んだらしい十香からなら尚更であろう。
すぐ近くにいた友人の殿町宏人など、虚ろな眼差しで「ファック、ファック、ファァァァァック…死んでいい五河だけがいい五河さ」などと呟いていた。
そんな空気に負けず、クッキーを手にし口に運ぼうとしたところで、廊下の方から飛来したフォークがそのクッキーを粉砕して壁に突き刺さったのだ。
銀色の軌跡を視線で追うと、廊下に立っていた折紙が何かを投擲したように右手を真っすぐに伸ばしているではないか。
士道が冷や汗を浮かべながら彼女の名前を呼ぼうとし、パシーンッ!と小気味良い音と共に、折紙が両手で頭を抑えながら痛みに体を小刻みに震わせながら蹲った。感情を見せずどこか人形のような雰囲気を持つ彼女が、まず見せないだろう貴重な光景であった。
「だぁからぁ。むやみやたらに物を壊すなって、いつも言ってるだろうがぁ!」
そんな彼女の背後には、額に青筋を浮かべた用務員姿の勇が、モップを片手に仁王立ちしていたのだった。
「君らさぁ、この一月毎日同じようなことしてるけどさ。もう少し大人しく仲良くできないの?」
「「仲良くない(!)」」
俺の苦言に、同時に答える折紙と夜刀神。仲いいわね君ら。
夜刀神が転入してからとこの2人、五河を巡って火花を散らしており、よの余波で校舎や備品を破損させているのだ。そして、その後始末をしているのが俺ら用務員であり、文句の1つでも言っても良かろうよ。
「仲が良くて結構だけど。で、クッキー作ったんだっけ?」
「おお、そうだ!さあ、シドー食べてみてくれ!」
今年度から個々の作業量の充実を図るためとのことで、調理実習は男女別れて行われるようになり。このクラスは今日は女子だけの日だったのか。
思い出したように容器を突き出す夜刀神。
「夜刀神十香のそれを口にする必要はない。食べるならこれを」
折紙は対抗するように自分の分の容器を差し出す。中には工場のラインで製造されたかのごとく、完璧に統一されたクッキーが綺麗に並んでいた。
「え、ええと…」
「邪魔をするな!シドーは私のクッキィを食べるのだ!」
五河が反応に困っていると、夜刀神がぷんすか!といった様子で声を上げた。
「邪魔なのはあなた。すぐに立ち去るべき」
対して折紙は相変わらず無表情で応戦する。
「何を言うか!後から来ておいて偉そうに!」
「順番は関係ない。あなたのクッキーを彼に摂取させる訳にはいかない」
「な、なんだと?」
「あなたは手洗いが不十分だった。加えて調理中、舞い上がった小麦粉に咽せ、くしゃみを三度している。これは非常に不衛生」
「な…っ」
虚を突かれたように、夜刀神の目を丸くする。う~ん。まあ、間違ってなくはないが。
…折紙の発言に周囲の男子がざわ…ざわ…ッ、と色めき立ち、夜刀神のクッキーに視線を注ぎ始めたので。モップを見せつけながら視線で鎮める。
「し、シドーは強いからそれくらい大丈夫なのだ!」
そんな雰囲気に気づく素振りも見せず、ぐぬぬ…と拳を握り締める。それは、根拠になるかな?まあ、なるか。
「因果関係が不明瞭。――それに、あなたは材料の分量を間違えていた。レシピの通りに仕上がりになっているとは思えない」
「……っ!?」
折紙の指摘に、夜刀神は自分と彼女のクッキーを交互に見た。
「な…っ、なぜその場で言わんのだ!」
「指摘する義務はない。――ともあれ私の方が、彼を満足させる可能性が高いことは明白。その点についてあなたの意見も求める」
「ん~そうでもあるけど、慣れない内はそんなもんだよねぇ。それくらいなら許容範囲だし、一番大切なのはあげる相手のことをちゃんと想ってるかだと思うよ?」
俺の言葉に最初はしょぼんといった感じで落ち込むも、最後は勇気づけられたような表情が明るくなる夜刀神。
「…それは、確かに否定できない」
「そうだ!私はシドーのことをずっと考えて作ったからな!貴様のクッキィなぞ、美味い筈があるかっ!」
夜刀神は目にも止まらぬスピードで、折紙の容器からクッキーを1枚掠め取ると、自分の口に放り込んだ。
「ふぁ…っ」
暫し咀嚼していると、恍惚とした顔になる夜刀神氏。どうやら気に入った模様。
とはいえ、すぐにハッとした様子で首を激しく横に振った。
「ふ、ふん、大したことないな!これなら私の方が美味いぞ!」
「そんなことはあり得ない。潔く負けを認めるべき」
「なんだと!?」
「なに」
今にも殴り合いの喧嘩に発展しそうになる両者。止めるべき五河はオロオロと戸惑っていたが、まあ、冷静に対応しろってのも酷ではあるけどね。
流石に傍観する訳にもいかないので、代わりに流れを変えるためにパンッパンッ、と手を叩く。
「はい、そこまで。五河のためって言うなら、彼を困らせることはしないの。競い合うのもいいけど、周りに迷惑がかからない範囲でやりなさい。」
諭すように話すと、2人とも反省するように返事をしてくれた。
「迷惑をかけて、すまなかったシドー」
「軽率だった、謝罪する」
「いや、2人の共俺なんかのために頑張ってくれたんだ迷惑じゃないよ。どっちも嬉しいからありがたく貰うよ」
フォローを入れながら、それぞれから容器を受け取る五河。どうにかひと段落かね。とか考えていたら折紙が俺の方に歩み寄ると、小さなラッピング袋を差し出してきた。
「あなたの分も用意した。時間がなくて少しだけだけど…」
「俺に?」
予想外のことに、思わずキョトンと首を傾げてしまった。
「いつも助けてもらっているから、そのお礼。…迷惑だった?」
「ああ、ごめん。俺にもとは思わなくて、嬉しいよありがとう」
「私のもあるぞ勇!いつも世話になっている礼だ、受け取ってくれ!」
なんと、夜刀神も同じようにラッピング袋を勢いよく差し出してくれた。
まるで生まれたばかりかのように、一般常識に疎い彼女をどうも放っておけなかったので、何かと手助けすることがあるのだけど。
「ありがとう。でも、職務上のことでもあるし、好きでやってることだから、ここまで気をつかわなくていいのに」
「そんなことはないぞ!シドーと勇のおかげで毎日が凄く楽しいんだ、だから本当に感謝している!」
「そう?ならありがたく頂くよ」
屈託のない笑顔の夜刀神を見て、精霊も人間とさして変わらないのだと改めて実感するとができる。彼女がこの世界を好きになってくれているのなら、自分の選択に自信が持てて俺も嬉しく思うよ。
「ほら、詩乃も早く!」
「ちょっと、待って直葉っ!まだ心の準備が…」
「今しかないって、ホラ!」
そんなことをしていると。同じクラスである直葉と詩乃が、揉めながら――というか、なんか及び腰の詩乃の背中を直葉が押しながらやって来ていた。
「?どしたの君達?」
「その、これ…」
顔を赤くしながら、おずおずといった様子でラッピング袋を差し出してくる。
「くれるの?」
「うん。でも、あなた程じゃないから期待しないでよね」
「わふ~、ありがと~!」
素直に嬉しくて思わず妹の真似しちゃったよ。匂いからして美味しそう!
「あたしも味見しましたけど、ちゃんと美味しいですよ!あ、これあたしからです」
フォロー入れながら自分の分を差し出してくれる直葉。お~こっちも美味しそ~。
「ところで、
「「現実は非常だ!」や「あァァァんまりだァァアァ!!!」「絶望した!」とか泣き叫びながら出て行ったよ」
「負け犬の遠吠えだから、十香ちゃんは気にしなくていいよ」
「マジ引くわー…としかアニメでは喋りませんが、原作では私普通に喋ります」
夜刀神の問いに、仲の良さそうな3人組の女子がやれやれと言いたそうに答える。…最後のはなんか愚痴ぽかったけど。
「それじゃお疲れ様でしたー」
「うん、お疲れ様ー」
放課後、折紙が破損させた壁を土木部に修繕を依頼し、それを手伝いながら見届け終えると。帰宅していく彼らを見送っていた。
「さてと…」
使用した機材等を保管場所へ戻していく。最近は毎日のように彼らに依頼するようになったけど、いい経験になるって快諾してくれるのがありがたいよ。
「ん?」
そんなことを考えていると、不意に地面が揺れ出すではないか。
「爆発だと?」
揺れ方と遠方から見える黒煙から、本能的にスマフォを取り出し二課へ通話する。シンフォギア装者も所蔵していることから、CNFの指揮管制は二課にて担当するべきとか日本政府が言ってきたんだとか。
「こちら天道少尉。市街地にて、テロと思わしき爆発を確認した」
『こちらも確認している。現在一番近くにいる鳶一君に調査に向かってもらった。君も急行してくれ。それと、鳶一君から岡峰君と共にいたが、彼女には待機してもらっているそうだ』
「了解。彼女にはまだ実戦は早いですからね、俺も直ちに向かいます」
風鳴指令の指示に答えると。胸元からドックタグを取り出すと同時に、機体を呼び出す。
白色に塗装されたM型のゲシュペンストを身に纏い。ブースターを吹かせながら跳躍し、木から建物の屋上へ跳び移りながら黒煙を目指していく。すると、レーダーが現場付近の道路に生体反応を捉えた。ッ逃げ遅れたのか!?
急いでその反応へ向かい道路に着地する。
「あれか!」
反応のあった地点に、車椅子に乗った1人の少女が取り残されているではないか!
「大丈夫ですか!?」
『あの、すみません。私目も見えなくて…急に凄い音がしてと思ったら、連れとはぐれてしまって…』
車椅子の少女は体を震わせながら話す。そんな状態では怖くて仕方がないだろうな。
「もう大丈夫ですよ。今安全な場所にお連れしますからね」
車椅子ごと少女を抱えようと近づく。少女は安堵したような表情を浮かべ――
『ありがとうございます――そして、さようなら』
殺気を感じ本能的に首と背を後ろに逸らしながら後ろに跳ぶと、顎先を起き上がりながら振り上げられた少女の爪先が掠れた。
「ッ――!?」
後ろに回転しながら少女から距離を取り着地する。
再び視界に捉えた少女は。車椅子を使っていたのが嘘のように難なく両足を地に着けて立っており、伏せられていた目は見開かれ、強い決意を宿した瞳が俺を捉えている。
そして身に纏っていた衣服は、ASTの物とは細部が異なるへと変わっていた。
『…上手く演技できていたと思ったのだけれど、流石に簡単にはいかないわね』
彼女の仕草から足や目が不自由なのは事実だった。だから、攻撃される直前に殺気を放つまでただの一般人だと疑いもしていなかった。回避できたのは本当に運が良かっただけだ、でなければ今頃気絶してぶっ倒れていただろう。
「リアライザを使っているのか…。君は何者だ?何故こんなことをする?」
テリトリーを用いれば、障害のある身体機能を回復させることは可能だ。
ただしリアライザなんて、テロリストが簡単に手に入れられる物じゃない。仮に何らかの手段で強奪したとしても専用の設備がないと運用きないし、唯一技術を保有しているDEMも厳しく管理しているからテロリストがリアライザを戦力化することは不可能な筈だ。
『答えると思っているの?』
少女は威圧感を放ちながら、ゆったりとした足取りで接近してくる。対する俺は左腰部からビームサーベルを右手に持ち刃を展開させ構える。
中間程まで距離を詰めてきた少女の体がブレると、一瞬で目の前に現れた!
息を吞む間も与えないと言わんばかりに、鞭のようにしならせた右足が振り抜かれ。交差させた両腕で防ぐも、強烈な衝撃が全身を駆け巡り道路を削りながら押し出されてしまう。
今のは小手調べと言った様子で右足を軽く振ると、再び歩み寄るってくる少女。
『鳶一折紙と、あなた。最大の障害であるあなた達には消えてもらうわ!』
そう言うと、少女は再び襲い掛かってくるのであった。