「急げ!早くMK―Ⅱを運び出すんだ!」
滑走路に整備長と見られる男性の声が響き渡る。
現在、滑走路では輸送機から新型PTの搬送作業が行われていた。
俺はと言うと、最寄りのシェルターへ避難しようとしたのだが、先程の爆撃によって使用不能となってしまったので、別のシェルターを確認するとのことで待機しているのである。
時折銃撃音や爆発音が聞こえてくることから敵が近づいて来ているようで、切羽詰った空気が張り詰めていた。
「はいはい、どいて下さいですよ~」
「あ、はい」
そんなこと考えていたら咄嗟に声をかけられたので、慌ててその場から退くと、目の前を金髪碧眼で作業服に大きめの白衣を羽織り、メガネをかけ頭にゴーグルをつけるという、奇抜なファッションをした俺より年下ではないかと思える少女が横切っていった。
すると、近くにあったトラックに光が降ったかと思うと、爆発して激しく燃え上がった。
「危ない!」
「うわぁ!?」
トラックの破片が飛び散ったので、少女を押し倒すと素っ頓狂な声が聞こえてくる。
だが、気にしている余裕はないので、包み込むように抱きしめると背中に鋭い痛みが走った。
「ぐっ!?」
多分破片が背中に刺さったようだが、それでも少女が怪我をしなかったから問題ないだろう。
「大丈夫か?」
「は、はいですけど、お姉さんが」
さり気なく女に間違えられたが、気にしている場合じゃないな、うん。この涙は痛いからだもんね。
「大丈夫だ。それより…」
辺りを見回すと燃え盛る炎の中、他に負傷して倒れる人や、助けようとする人で大混乱に陥っていた。
母さんが死んだ時みたいに、あの地獄のような…。
「ッ!!」
上空を睨み付けると、この惨事を引き起こしたと思われる、黒いゲシュペンストが浮いていた。
黒いゲシュペンストが高度を下げていき、着地し屈むと装甲が開いて搭乗者が降りてきた。
バイザーで顔はよく見えないが、多分俺と同い年くらいの男性だと思う。
そして腰のホルスターから自動式拳銃を抜き、辺りを警戒しながら、牽引途中だったヒュッケバインMK-Ⅱへと走り寄って行き、装甲に設置されているコンソールを操作すると、MK-Ⅱの装甲が開き乗り込もうとする。
「ちょっと待てぇ!」
「!」
「ええ!?」
咄嗟に大声で呼び止めてしまい、男が拳銃を向けてくる。予想外の事態に少女が驚愕の声を上げる。
正直自分も驚いているし、馬鹿なことをしているという自覚もある。それでも自然に声が出ていた。
「民間人だと?死にたくなければ失せろ」
男が不思議そうに呟く。まあ、こんなところに民間人がいれば当然か。にして容赦なく撃たれるかと思ったが、そうでもないようだ。
「お前、その機体を奪ってどうするつもりだよ!」
「お前には関係ない」
デスヨネー。って言われて引き下がる俺じゃない!
「お前、テロリストなんだよな?」
「そうだ」
あっさり認めたな。大抵に奴はテロリストだって、認めたがらないって父さんが話してたことがあったが…。
「こんなことして何になるんだよ!テロで世界が変わると思ってるのかよ!?ただ、人が傷ついて悲しむだけじゃねぇか!!」
母さんが死んでも世界は変わらなかった!自分勝手な連中の自己満足で殺されて、誰も幸せになんかならなかった!
「お前の言うことは正しいのだろうな」
「は?」
予想外の言葉に間抜けな声が出てしまう。まさか肯定されるとは思わなかった。
「だが、ただ綺麗事を並べるだけでは世界は変わらん」
「それは…」
「痛むを伴わねば人間は学ばん。歴史が証明している」
「ぐぬっ!」
否定したいはずなのに、心のどこかで納得してしまっている自分がいた。
「それでも、俺はお前達のやり方を認めねえ!何があっても否定してやる!」
大切な人を失う痛みを、これ以上誰かに味わってなんて欲しくない。そんなことで得られる平和なんて俺は嫌だ!
「ほぉ、面白い奴だ。ならば止めてみろ、できればな」
バイザーの男が感心したように言うと拳銃をしまい、MK-Ⅱへと乗り込む。
「待て!」
『お前は無力だ。弱い奴には何もできん』
MK-Ⅱのスピーカーからバイザーの男の声が響く。確かにあいつの言う通り、今の俺にはただ見ていることしかできなかった…。
MK-Ⅱが機体と一緒に運び出されていた、専用と見られるライフルを持つと飛び上がる。
すると、先程まで男が乗っていたゲシュペンストが爆発した。
「うおおぅ!?」
幸い爆発は小規模だったので、巻き込まれることはなかった。どうやら証拠隠滅のためだったようだ。
「お、終わったのですか?」
伏せていた顔を恐る恐るといった感じで上げる金髪少女。よくよく考えるとこの子を危険に晒しちゃったんだよな、反省しないと…。
「ん?」
不意に空が光ったかと思ったら、渦巻くように歪みだしたのだった。
空が歪み出す少し前に、基地が見渡せる丘の上で戦闘を眺めている少女がいた。
腰まで伸びた黒髪を風になびかせながら、見つめる目にはどこか悲哀を感じさせた。
『同じ星で生まれた者同士で争うなど、なんと愚かしいことでしょう』
少女が口を開いていないにも関わらず、まるで侮蔑するかのように声が発せられた。
少女が視線を声のした方へ向けると側に生えていた木の枝に一匹のカラスがとまっていた。
『やはり彼らにあの力を扱う資格は無いでしょうが、あの方の命です。始めましょうれい』
「……」
『どうしたのですれい?』
カラスの問いかけに躊躇っている様に見える少女。それを見たカラスが再び口を開く。
『戻りたくないのですか?
「…分かってる」
覚悟を決めたように手を空へ掲げると、何も無い筈の空間から弓が現れ握られる。
右手で弓を空へと構えると、左手に光りが集まり矢の形となり、それを弓につがえ引き絞る。
「ッ!」
限界まで引き絞った矢を離すと、空へと射ち出される。
矢が空高く舞い上がると、空が波のように揺れ矢が飲み込まれる様に見えなくなると。
すると空が光だし、渦巻くように歪みだしていく。
『さあ、人類への試験を始めましょう』
歪む空を眺めながら、カラスの目が妖しく輝くのだった。
基地のモニターに歪んでいく空が映し出され、異常を告げるアラームが鳴り響いていた。
「何が起こっているのですか!?」
「上空に転移反応あり!何かが転移してきます!」
「至急全部隊に警戒を!」
悠里が指示を出すと同時に、新たなアラームが鳴り出す。
「転移反応増大!目標出現します!」
「あれは!?」
渦の中から、騎士を思わせる装甲を纏った複数の人影が現れるのだった。
「何だあれは?」
勇太郎はゲシュペンストのモニター越しに唸った。
突然上空に現れた十数の人影の群れはPTのように、騎士を思わせる装甲を全身に纏い、青いカラーに右手に短身のライフルを持ったタイプと、赤いカラーに長身のライフルを持ったタイプの二種類が確認できる。
「おいおい何だってんだよ、あいつらは!?」
襲撃犯の反応から奴らの仲間ではないようだ。そもそも転移技術は、この世界では開発されていない筈である。
そうなると異世界からの来訪者となるが、どうにも仲良くしに来た様にはみえない。
「となると」
そう呟いた瞬間、赤いタイプが両手で抱える必要がある程の大型ライフルをこちらへ向けると、ビームを撃ち込み、青いタイプが接近してきた。
「こうなるか!」
降り注ぐビームを回避すると、友軍へと通信を開く。
「ゴースト1より各機へ、アンノウンを迎撃しろ!」
『了解!』
命令を出すと、青いタイプのアンノウンが、接近しながらライフルからビームを撃ち出してくる。
「異世界からの侵略者とでも言いたいのかこいつらは!」
ビームを避けると、マシンガンで反撃する勇太郎。
「何だこいつらは?」
突然、襲いかかってきたアンノウンを迎撃しているエム。
飛来してきたビームを避けると、青いタイプのアンノウンが、左手にビーム状のサーベルを持って斬りかかってきた。
「ちっ」
鬱陶しそうに舌打ちし、銃剣で受け止めて弾くと、ビットによる一斉射を浴びせる。
だが、体の半分が吹き飛んでもアンノウンは止まることなく攻撃してきた。
「無人機だと?」
半壊したアンノウンを見ると、人の姿は無く機械のみが詰まっていた。
「面倒だな」
迎え撃とうとした瞬間、別方向から飛来した光弾に撃ち抜かれ、アンノウンが爆散した。
光弾が飛来した方を見ると、PTと思われる見慣れない機体が近づいて来ていた。
『無事かエム?』
「ヴォルフか、奪取に成功したか」
通信越しに聴き慣れた男性の声に、内心安堵するエム。何だかんだで彼のことを心配していた様である。
『ああ、目的は果たした撤退するぞ。聞こえてるなオータム』
『わぁーてるよ!こんなところさっさとずらかろうぜ!』
『よし、ヴェサリュウスとの合流ポイントへ向かう。噛み付いてくる奴は適当に流せ」
『了解』
先行するヴォルフに続いて、戦場から離脱する