ワールド・クロス   作:Mk-Ⅳ

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第四十五話

戦闘の翌日、放課後の時間帯。俺はリディアン音楽院にある特異災害対策機動部本部へ通じる隠し通路にいた。

 

「待たせたな」

 

エレベーター側の壁に背中を預けていると、立花を連れた風鳴が姿を現す。

昨日は一先ず立花を二課へ連れていき最低限の説明と、自身が体験したことを口外しないことを約束させて解放されたそうだ。その時俺は治療中だったので折紙からの報告でしか聞けていないのだが。

今日は、彼女の身体検査と自分の身に起きたこと等の詳細を伝えるために来てもらった訳だ。

 

「うぅ…。どうして手錠されないといけないんですかぁ…」

 

立花が自身の両腕に嵌められた手錠を見ながら、弱弱しく抗議の声を上げる。

 

「保安上の必要性ってやつさ。それだけここ(特異災害対策機動部本部)が重要なんだよ」

 

特異災害対策機動部本部は機密の塊だからな。万が一でも不測の事態が起きないよう神経を尖らせる必要があるのだ。許せ立花。

 

 

 

 

「メディカルチェックの結果、初体験の負荷は若干残っているものの。体に異常はほぼ見られませんでしたぁ」

「ほぼ、ですか…」

 

検査後の医務室にて。部屋の壁にはモニターが埋め込まれており。その前に立っている了子さんのなんとも言えない説明に、椅子に腰かけている安心しきれない様子の立花。

 

「ん~そうね。あなたが聞きたいのはそんなことじゃないわよね」

「教えて下さい、あの力のことを」

 

立花がそういうと。同席していた風鳴指令が風鳴にアイコンタクトすると。彼女は首に提げていた集音マイクユニットの形をした、小型ペンダントを手にし立花に見せた。

 

天羽々斬(あめのはばきり)。翼が持つ第一号聖遺物だ」

「聖遺物?」

 

聞きなれない単語に、立花は首を傾げながら風鳴の持つペンダントを見つめていた。

 

「聖遺物とは、世界各地の伝承に登場する現代では製造不可能ば異端技術の結晶のこと」

「エクスカリバーや、デュランダルとか聖剣って呼ばれるやつがアニメやゲームで出てくるでしょ?それらの元ネタになってる物ってことさ」

「おお、なるほど!」

 

どうやら俺の説明でピンときたらしく手をポンッと叩く立花。

 

「そうよ。それらはの多くは遺跡から発掘されるんだけど、経年劣化による破損が著しくってかつての力をそのまま秘めた物ってほんとに貴重なの」

「この天羽々斬も刃の欠片極一部にすぎない」

「欠片に残ったほんの少しの力を増幅して解き放つ唯一の鍵が、特定振幅の波動なの」

「特定振幅の波動…?」

「つまりは歌。歌の力によって聖遺物は起動するんだ」

 

了子さんと風鳴指令の説明に思い当たることがある様子の立花。

 

「そうだ。あの時も胸の奥から歌が浮かんできたんです」

 

自分の胸に手を当てながら、当時のことを思い出している様子の立花。

 

「歌の力によって活性化した聖遺物を、一度エネルギーに還元し鎧の形で再構成したものが、翼ちゃんや響ちゃんが身に纏うアンチノイズプロテクター『シンフォギア』なの」

「だからとて。どんな歌でも誰も歌でも聖遺物を起動させられる力が備わっているものではない!」

 

了子さんの言葉に続いて、風鳴指令が椅子から立ち上がり力説する。

 

「聖遺物を起動させ、シンフォギアを纏える僅かな人間を我々は適合者と呼んでいる。それが翼であり、君であるのだ」

「どう、あなたに目覚めた力について少しは理解してもらえたかしら?質問はどしどし受付るわよ」

「あの…!」

「どうぞ響ちゃん!」

 

立花が手を元気よく上げると、教師のようなノリで応える了子さん。

 

「ぜんぜん、わかりません…」

 

そして続く立花の言葉にズッコケそうになった。コントかな?

これには指令も俺も苦笑いを受けべ。風鳴はため息を吐いた。

 

「いきなりは難し過ぎましちゃいましたね。だとしたら聖遺物からシンフォギア技術、『桜井理論』の提唱者がこの私であることは覚えておいて下さいね?」

「はぁ。でも、私はその聖遺物と言うのを持っていません。なのになぜ…?」

 

立花の疑問に答えるべく、了子さんがモニターを操作すると。立花の体の内部をスキャンしたものが映し出される。そして、そこには彼女の心臓部付近に細かく砕かれたいくつかの欠片が見られた。

 

「これがなんなのか君にはわかる筈だ」

「はい、2年前の怪我です。私もあそこにいたんです」

 

ツヴァイウィングのコンサートに偽装した完全聖遺物起動実験。観客としてその場にいた彼女は突如現れたノイズと、それを迎え討つ風鳴らシンフォギア装者との戦闘に巻き込まれ、瀕死の重傷を負ったのだ。

 

「心臓付近に複雑に食い込んでいるため、手術でも摘出不可能な無数の破片。調査の結果、この破片はかつて奏ちゃんが身に纏っていた第三号聖遺物『ガングニール』の破片であることが判明しました。奏ちゃんの置き土産ね…」

 

感慨深そうに言う了子さんと、彼女を死なせてしまったことに責任を感じている様子の風鳴指令。そして、俯いたまま拳を握り締めて振るわせている風鳴。

天羽奏の死が与えた影響はかなり大きいようだ。それだけ彼女の存在は特別だったのだろう。

 

「あの…」

「どうした?」

「この力のこと。やっぱり誰かに話しちゃいけないことなんでしょうか?」

「…君がシンフォギアの力を持っていることを何者かに知られた場合。君の家族や友人、周りの人間に危害が及びかねない、命に係わる危険すらある」

「命に、関わる…」

 

言葉の重さを感じたのか、俯く立花。

 

「俺達が守りたいのは機密などではない。人の命だ。そのために、この力のことは隠し通してもらえないだろうか?」

「あなたに秘められた力は、それだけ大きなものだということをわかって欲しいの」

「今の人類にはノイズだけじゃない。インスペクターにアルティメギル。そして、テロリストによる脅威にさらされている。それらの脅威から人々を守るために特異災害対策機動部二課として、改めて協力を要請したい。立花響君、君の力を貸してもらえないだろうか?」

 

深々と頭を下げる指令。その姿には、できれば立花を戦いに駆り出すようなことはしたくない。それでも、混迷を極める事態を打開するためには彼女の力が必要になる。だから、せめてもの筋は通したいといった想いが伝わってきた。

 

「私の力で誰かを助けられるんですよね?」

 

そう言って立花が俺に視線を向ける。背中を押してほしい、そう言っているようだった…。

 

「ああ、君にはその力がある」

 

俺も立花には戦場など不似合いだと思っている。それでも、避けることができないのならせめて力になれることをしよう。それが、彼女を戦いに巻き込んでしまった者の責任だろう。

 

「…わかりました!私やります!」

 

椅子から立ち上がった立花は、両手を握り締めながら力強く宣言した。

そして、その立花を複雑な顔で見ていた風鳴は静かに部屋を出ていくのであった。

 

 

 

 

風鳴の後を追って医務室を出る。

彼女の姿を探すと、医務室を出てすぐの通路の壁に背中を預けているのを見つける。

 

「……」

「納得はいかないかい?風鳴」

「あれは、『ガングニール』の力は奏のものだ。それをなぜ彼女が…」

 

俯きながら首をゆっくりと横に振る風鳴。どうしても、立花がガングニールの力を使うことを認められないのだろう。

戦友(とも)の死を振り切れないでいるか。それは人として当然のことだ、故に誰にも彼女を責めることはできない。それでも…。

 

「俺には分からない。でも、何か意味があるんじゃないかな?」

「意味?」

 

俺の言葉に風鳴が不思議そうな顔をした。

 

「偶然と言われればそれまでだけど。立花がガングニールの力を得たのには意味がある。そうも考えられると俺は思う」

 

天羽奏が命をかけて守った立花だからという願望でもあるけど。俺には偶然の一言で片づけることはできないのだ。

 

「……」

「すぐにとは言わない。ゆっくりでいい。天羽奏の戦友(とも)として向き合ってやってほしい。それが、隊長として、仲間としての俺の願いだ」

 

風鳴は視線を下げて何も言わない。それでいい。時間をかけて自分の納得のいく答えを見つけてくれれば。

 

「翼さん、勇さん!」

 

声のした方を向くと。立花が駆け寄ってきていた。

 

「どうしたの立花?」

「あの、私…。奏さんの代わりになれるよう頑張りますから!」

「ッ!!」

 

立花の言葉に、不快感をあらわにした風鳴が詰め寄ろうとするのを手で制する。

彼女なりの決意表明なのだろうけど。風鳴にとっては侮辱にしかならないだろう。

 

「それは無理だ。君は誰の代わりにもなれない」

「ど、どうしてですか!?私、精一杯頑張りますから!」

 

そう言って立花に背を向けると。俺の伝えたいことが分からず、立花が困惑しているのが伝わってくる。

どれだけ取り繕うとも取り繕うとも、他者になることなどできはしない。人は自分自身にしかなれないのだから…。

それを教えることは容易い。でも、これは立花自身が気づかなければ意味がない。だからあえて突き放すような言い方を選んだ。

 

「…今日はもう帰るんだ。行こう風鳴」

「ああ…」

 

こちらの意図を去ってしてくれた風鳴は素直についてきてくれた。

 

「……」

 

立花はただ呆然と立ち尽くすだけであったが。彼女なら必ず答えを見つけてくれると俺は信じている。


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