ワールド・クロス   作:Mk-Ⅳ

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第二十三話

プリンセスとの戦の翌日。被害が出ていなかった来禅学園では普段と変わらず授業が行われていた。

そんな中、五河士道は自身の席が窓に近いこともあり、ぼんやりと空を眺めていた。

昨日空間震警報が鳴る中、避難していないと思っていた妹の琴里を探している時に出会った”精霊”『プリンセス』と呼ばれる存在に遭遇した。

駆けつけたASTとの戦いの最中、意識を失った士道は目が覚めたら”ラタトスク”と呼ばれる組織が保有する空中艦『フラクシナス』に保護されていたのだ。

空中艦を目の当たりにするという、SFの世界にでも放り込まれたかの様な事態に驚愕したが、何よりも士道を驚かせたのは妹の琴里がそのラタトスクの司令官だったことだろう。

士道の知る限り、琴里はどこにでもいる様な普通の少女であった筈なのだが、いつからどうしてそんなことをしているのかは結局はぐらかされてしまった。

一先ずそのことは置いておくとして琴里から聞かされた話では、精霊とはこの世界とは異なる隣界に存在する謎の生命体であり、空間震は精霊がこの世界に現れる際に引き起こされる現象とされているそうだ。

ラタトスクは、精霊との対話による空間震災害の平和的な解決を目指して結成された秘密組織で、精霊との交渉役に選ばれた士道をサポートするために存在しているらしい。

なぜ特別な力も持たない普通の人間である自分が選ばれたのか、疑問しか湧かないが琴里曰く「士道にしかできない役割」なのだそうだ。

分からないことだらけだが、一つはっきりしているのは、昨日会ったプリンセスと呼ばれる少女の目がかつての自分と瓜二つだったことだ。

士道と妹の琴里ひいては両親とは血の繋がりが無い。つまり士道は生まれた時から五河家の人間ではないのだ。

士道が物心つく前後に親に捨てられたのを今の両親に拾われたのだ。今では気にしなくなったが、引き取られた当初はなぜ捨てられたのか?自分はこの世界に必要無い存在ではないのかと絶望していた。

あの少女はそんな自分と重なったのだ。出現するだけで世界に甚大な爪痕を残す存在――精霊

連合軍は精霊を殲滅することで対処しようとしている。確かにそうすべきなのだろう。

でもそれでも。少女の、今にでも泣き出してしまいそうな顔を。悲痛な声を聞いた時、これは、何かが違うと(・・・・・)思ってしまったのだ。

自分に何ができるか分からないが、このまま見て見ぬ振りをすることはできなかった。

 

「はぁ…」

 

琴里が言うには次に精霊が現れるのは一週間後らしく、それまでは交渉のための訓練を今日の放課後から行うそうだ。

何をやらされるか不明だが、訓練の話をした時の琴里の満面の笑みに恐怖を感じてしまった。一体何をやらされるのだろうか?

 

「来て」

「へ?」

 

考え事をしていたら、同じクラスメートの鳶一折紙に手を掴まれ引っ張られて教室を出ていく。

教室からはクラスメートの男子の悲鳴やら女子のキャーキャー騒ぐ声が聞こえてきた。

鳶一折紙は容姿端麗、頭脳明晰でおまけにスポーツ万能な天才少女で、クラスメートの殿町宏人が話していた去年の『恋人にしたい女子ランキング・ベスト13』(士道は微塵も興味が無かったが、勝手に語りだした)で第三位だったらしい(なぜベスト13なのかと言えば主催者が13位だからだそうだ)

さらに、連合軍極東支部の精鋭部隊であるASTに学生の身でありながら所属しているのだ。

そんな少女と去年の『恋人にしたい男子ランキング・ベスト358』で52位(匿名の誰かが一票入れたそうだ)の自分と手を繋いで教室を飛び出せば、騒ぎになって当然だろう。

折紙は無言のまま階段を上り、屋上の扉へ続く階段の踊り場でようやくその手を話した。

 

「連れて来た勇」

「え?」

 

折紙が屋上の扉の方へ顔を上げて誰かに伝えるように話したので、釣られて向くと一人の少女が扉の前に立っていた。

 

「ありがとう折紙。悪いね手間をかけさせて」

 

いや、少女ではない。扉の前に立っていたのは天道勇。数ヶ月前までこの高等部に在籍していた男子であった。

昨年の『恋人にしたい男子ランキング・ベスト358』で堂々の1位。男でありながらアイドル顔負けの容姿で、分け隔てなく誰とでも優しく接する性格から、男女問わず絶大な人気を誇り、卒業した今でも数多くのファンがいるのだ。

他にも今年高等部に上がった、小学生の時に素手で熊を倒したと噂されるツインテールが特徴的な少女を軽くあしらう程の武術の達人である。

それに、去年の末に起きたVRMMOFPSを利用した殺人事件を解決したとの噂も流れたりと、とにかく話題に事欠かない人物で、来禅学園にいる者でその名を知らぬ者はいない程の人物である。

先程の折紙との会話から察するに、彼が折紙に頼んで自分を連れてこさせたみたいだが、彼とは接点が無い筈なのにどういうことだろうか?と士道は必死に思考していた。

 

「五河士道君だね。俺は天道勇。怪我が無いみたいでよかったよ。昨日は災難だったね」

 

階段を降りながら語りかけてくる勇。扉の窓から差し込む日光に照らされた姿は、神々しさすら感じられる程に美しかった。思わず見とれてしまう程に――

だが、勇の口ぶりはまるで会ったことがあるかの様であったが、士道の記憶している限りでは彼の姿を見かけることはあったが、話したことまでは無かった筈である。

士道が困惑していると何かに気がついた様に「ああ」と声を漏らした。

 

「生身で会うのは初めてか。昨日君を救助したPTに乗ってたのは俺なんだ」

「え!?」

 

そう言えばあの時聞いた声はどこか聞き覚えがある気がしていた。

彼は卒業後軍に入ったと聞いていたがもう実戦に出ているとは思っていなかった。

 

「そ、そうだったんですか。その、あの時はありがとうございました」

「そうかしこまらなくてもいいよ。妹さんも無事だって聞いたけど?」

「え、ええ。おかげさまで」

 

そう言えば、ラタトスクは非公式の組織であり、精霊殲滅を目標とする軍とは敵対してしまうので、その存在を知られる訳にはいかないのだそうだ。

なので、軍には戦闘の途中で気絶した士道を保護したのは、軍の特殊部隊であると誤魔化しておいたと琴里が話していたのを思い出した。

軍を欺けるとは、ラタトスクは想像以上の力を持っているらしい。

 

「それで、君を呼んだのは聞きたいことがあってね」

「聞きたいことですか?」

 

まさかラタトスクの関係者であることがバレたのか?と思わず身構えてしまう士道。しかし勇の口から出た言葉は予想とは違った。

 

「そう、昨日君が遭遇した少女のことさ。鎧を着て剣で襲いかかってきたね。知りたくないかい?あの子のことを」

「それは…そうですね…」

 

本当はもう知っているのだが、言う訳にはいかないので素直に首を縦に振る。

 

「あれは精霊と呼ばれる、この世界とは別の次元からやって来る生命体なんだ。人間とそっくりだけど違う生き物なんだ。空間震ってのは奴らがこの世界にやって来る際に生じる現象なんだよ」

「そして、私達が倒さなければならないもの」

「…っ、そ、その精霊ってのは、悪い奴なのか…?」

 

士道は、そんな質問を投げかけていた。

すると、微かにだが、折紙が唇を噛み締めた気がする。

 

「――私の両親は、五年前、精霊のせいで死んだ」

「…な――」

 

予想外の答えに、士道は言葉を詰まらせた。

 

「私の様な人間は、もう増やしたくない」

「…そ、うか――。でも、殺すしかないのか?」

「?それはどういう意味?」

 

士道の言葉に折紙は表情を変えずに首を傾げ、勇は興味深そうな目で士道を見た。

 

「人を傷つける精霊もいるかもしれない。だからって精霊全てが敵なのか?戦い以外に手を取り合うことはできないのか?」

「それはできない」

 

折紙が首を横に振って否定する。

 

「どうしても…なのか?」

「ん~それは難しいよね~」

 

すがる思いでいる士道に、勇が話しかける。

 

「さっきも言ったけど、精霊がこっちに来る度に空間震が起きてるんだ。君も見ただろう?あの破壊された街を。あんなことをする奴らと一緒に暮らしたいの?」

「それは…精霊が意図してやっているんじゃなくて、事故みたいなものかもしれないじゃないですか」

「まあ、確かに精霊がどんな目的を持っているか不明だけど、現に空間震で多くの死人だって出ているんだ。それを事故だったから許そうよってことにはならないでしょ?」

 

最初に発生した空間震”ユーラシア大空災”では1億5000万人もの死傷者を出し、その後の空間震でも多くの人々が犠牲となっている。さらに空間震が発生する度に認定特異災害”ノイズ”の出現率も上昇し続けた。研究の結果、空間震によってノイズの存在する世界とこの世界との境界が薄れていっていると見られている。

現在でもシェルターの普及や軍の対応が強化され被害が激減しているが、決してゼロになった訳ではないのだ。

 

「仮に空間震の問題を解決したとしても共存は無理だろうね」

「なんでですか!?空間震が無ければ戦う必要はないじゃないですか!」

 

あくまで精霊との共存を否定する勇にカッとなって詰め寄る士道。

対する勇は士道の反応は予想通りと言った感じである。

 

「空間震が無くなっても精霊の持つ力が驚異なのは変わらない。奴らがその気になれば人間なんて虫けらの様に殺せる。例えるなら、いつ爆発するか分からない核爆弾と生活する様なものだ。その恐怖に耐えられる人間なんて超がつく馬鹿だけさ」

「……」

 

勇の言っていることが普通なのだろう。士道にもそれは理解できる。それでも――

 

「だからって…」

「うん?」

「だからって、俺には精霊が死んでいいって理由にはならないと思います」

 

勇の目をしっかりと見据えて士道は自分の考えをぶつけた。

例え世界が士道の考えを間違っていると言おうとも、精霊に死んでほしくない。できるなら精霊にこの世界を好きになってもらいたいと士道は思っていた。

 

「そうだね…俺もそう思うよ…」

「え?」

「危険だからってだけで、ただ滅ぼすって言うのは、間違ってると思うよ俺も」

「だったら、どうして戦うんですか?」

 

間違ってると言いながらも、精霊と戦っている勇にそう問いかける士道。

 

「…十年前に起きた空港でのテロ事件って知ってるかな?」

「ええ、毎日の様にニュースでやってましたから」

「俺はその事件の生き残りなんだよ」

「!?」

 

勇の言葉に驚愕する士道。そんな士道に自分に起きた事件のことを話した。

自分を庇って死んでしまった母親や、周りにいた人々が死んでいく光景が何度も夢に出てきたこと。その時何もできなかった自分を恨んだことや、そのテロで亡くなった人々の遺族からの恨み言を浴びせられたこと。あることないこと騒ぎ立てるマスコミや世間の非常さを。

 

「あんな地獄はもう見たくないし、誰にも味あわせたくない。それに、このまま精霊を放置すれば、俺の大切な人達が危険に晒され続ける。だから俺は戦うし、喜んで鬼にもなるよ」

 

勇の並々ならぬ覚悟に言葉を失う士道。ただ流されるまま精霊と対話しようとしている自分が、酷くちっぽけに思えてしまった。

 

「ま、あくまで俺の場合って話だからさ。君は君の思う様にすればいいさ、何が正しくって何が間違ってるのかなんて人それぞれだしね」

 

そう言って笑いながら士道の肩を軽く叩く勇。何となくだが、「お前はお前のやりたいことをやれ」と背中を押された様な気がした。

もしかしたら、自分とラタトスクの関係を知っているのかもしれないと考えた瞬間――

 

 

 

 

 

『この世界に住まう全ての人間に告ぐ!我らは異世界より参った選ばれし神の徒、アルティメギル!』

 

空から突然声がしたので空を仰ぐと、とても大きなスクリーンが空に浮かび上がっていた。

そのスクリーンには竜の様な外観の怪物が、これ見よがしに玉座に座り、足を組んでいるのが映し出されていたのだった。


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