勇達のいる戦場を少し離れた位置にある、比較的空間震の影響を受けていないビルの屋上から監視している者達がいた。
亡国機業日本支部所属、ヴォルフ・ストラージ率いるチーム”シャドウ”である。
それぞれが戦闘体勢で、ASTとプリンセスの戦いからデータを収集していた。
『終わったな』
レーダーにプリンセスの反応が消えたことを確認したヴォルフが、腕を組みながら静かに呟いた。
「今回は惜しかったなーASTの連中」
頭の後ろで手を組みながら、オータムが競馬で負けたおっさんみたいに声を漏らす。
『過程はどうであれ、失敗は失敗だ結果が伴わければ意味は無い』
「まあ、そうだけどよ」
ヴォルフと同じ様に腕を組みながら、エムの意見に同意するオータム。
「にしてノイズだけじゃなくて、
縁に腰掛けているキリエが両手で頬杖しながら軽く息を吐く、目の前に広がる破壊された街並みが信じられない様であった。
『別の世界から来たお前から見ると異質かこの世界は?』
キリエの言葉に興味深そうにヴォルフが反応した。
「少なくとも、エルトリアにはあんなのはいなかったわね」
『ふむ、この世界特有の存在というものか』
キリエの故郷であるエルトリアや、時空管理局の本部が置かれているミッドチルダでは、ノイズや精霊と言った存在は確認されていないのである。
ノイズも精霊も地球とは別の次元に存在していると見られているが、なぜ地球にだけ現れているのかは不明である。
最もノイズや精霊について解明されていることは、余りに少ないと言えるのが実情であった。
これはどちらも危険過ぎて、他の生物の様に調査することが困難なためである。
「それに、あんた達の使っているPTやISにリアライザも十分異常よ」
『異常か…』
「この世界の技術水準と比較して、明らかに不釣り合いよ。本来なら、これから何十年と時間をかけて手にすべき物がもう存在してるのよ?」
30年前にリアライザが開発されてから、一部の技術は飛躍的な発展を遂げてきた。
特に軍事面では10年前にISが登場し、5年前にPTが生み出されたりと、少し前までは架空の存在だった人型機動兵器が主流となったのだ。
他の世界と比べれば歪に進化していると言えるのかもしれないが――
「ま、いいんじゃねぇの?こうして存在してるんだし、使えるもんは使えばよ」
『オータムの言う通りだ。どんなに歪であれ存在している、それを否定することなど誰にもできん』
ヴォルフがそう言うとハウンドに通信がかかってきた。
相手を確認すると額にシワを寄せるヴォルフ。しばし間を空けて、仕方なくと言った感じで回線を開いた。
『やあ、ヴォルフ。元気かい?』
通信機から陽気な男性の声が聞こえてきた。歳は30代後半と言ったところだろう。
だが、ヴォルフは不愉快さを隠すことなくあしらう様に応える。
『何か用か?アイザック・レイ・ペラム・ウェストコット』
『そんな他人行儀な呼び方はやめてくれ。君とボクの仲じゃないか』
『貴様とは他人だろうが。勝手に仲良しにするな』
気色悪いと言わんばかりに吐き捨てるヴォルフ。どうやら相当にこの男を嫌っている様である。
『で、わざわざ直接通信を送ってくるとは、そんなに首が飛びたいのかDEM社業務執行取締役殿?』
皮肉をたっぷり込めて言うが、当の相手は愉快そうに笑っていた。
そう。今ヴォルフが話しているのは、デウス・エクス・マキナ・インダストリー通称DEM社。イギリスに本社を置く世界で唯一リアライザを製造できる、世界屈指の大企業の実質的なトップである。
各国の政府や連合軍とも繋がりが深く、その裏では亡国機業内でも強い発言権を持っており、世界を牛耳執っていると言っても過言ではないのだ。
そんな男を相手にしても自分のペースを崩さないヴォルフ。誰が相手でも気に入らない相手はとことん嫌うのがこの男なのだ。
ウェストコットはそんなヴォルフをえらく気に入っているらしい。秘匿回線を使っているとは言え、テロリストであるヴォルフと話していることが公になれば首が飛ぶだろうに。
なのに大した用でもないのにこうして連絡してくるし、勝手に会いに来たりするのだ。
ヴォルフにとってはこの男に気に入られたことが、人生最大の失態とさえ考えている。
『勇太郎と言い、どうしてそんなにボクって嫌われるのかな?』
『倫理道徳の欠片も無い貴様と仲良しになりたい奴なぞ、下心がある奴だけだろう。さっさと用件を言え』
ヴォルフがウェストコットを嫌う最大の理由は、彼の人間性にある。
DEM社と言うより、ウェストコットは精霊の討伐に異様に固執しているのだ。そのためには手段の選ばない男なのである。
DEM社は独自の軍事力を持っているのだ。ウェストコットの命令一つで、いかなることでも出来るほど狂信的な者達で構成された軍を。
例えば『精霊が民間人に紛れている。だからその場にいる者全てを殺せ』とウェストコットが命令すれば彼らは迷わず実行するのだ。どれだけの無関係な人々が犠牲になろうとも。
そしてそんな彼らを不要と判断すれば、一切の躊躇も無く切り捨て、モルモットの様に扱うことも辞さないのだ。
ウェストコットはそのことに何の罪悪感も抱かない、『世界の平和のための致し方ない犠牲だ』と平然と言うのだこの男は。
狂っている。ウェストコットと初めて会った時に抱いた素直な感想だった。人の皮を被った化物、ヴォルフにはそうとしか見えなかった。
『ああ、今入ったばかりの情報だが、君達が作戦行動中にブルーアイランドに新しい
『何?侵略者だと?』
愉快そうに話すウェストコット。新たな侵略者が現れたと言う非常時に、まるでおもちゃを買ってもらった子供の様に喜んでいた。
そんなウェストコットの言葉が信じられなかったのか、思わず聞き返してしまうヴォルフ。
会話を聞いていたキリエ達も懐疑的な様子だった。
そんなヴォルフ達の反応を、愉しむかの様に笑っているウェストコットが実に腹立たしかった。目の前にいたら顔面をぶん殴っていただろう程に。
『インスペクターではないのか?』
『どうやら彼らとは別口らしい。何でも”アルティメギル”と名乗っていたそうだ』
「ふむ。で、俺達にその現れた奴を狩れとでも言うのか?」
現在ブルーアイランドを守備している部隊の主力は、ヴォルフら眼前で作戦行動中だった。すぐに対応するのは不可能だろう。
まさか、キ○ガイが服を来て歩いているこの男が、侵略者を迎え撃てなどと正義感に溢れたことを言い出す筈が無い。仮に言ったとしたら、驚愕の余り即死できると断言できる。が、念のために確認してみた。
『そう言ってみたかったけど残念ながら、もう倒されてしまったよ』
『死なずに済んでよかった。だが、軍が倒したと言うのか?』
ブルーアイランド基地に残っているのは、防衛のための必要最低限の戦力しか残されてない筈だ。とても他の戦域に割ける余力は無いし、他の基地に救援を求めたにしても対応が早過ぎた。
『フフフ…。聞いて驚きたまえ!なんと、正義の味方がやっつけたんだそうだ!』
『はぁ???』
衝撃の内容に、普段は無表情のヴォルフの表情が呆れ果てたものになり、今まで出したことの無い間抜けな声が漏れてしまった。
見せたことのないヴォルフの反応に、愉快そうに笑うウェストコット。今すぐにでも灰にしてやりたかった。
『完全に頭がイカれたいや、今更か。遂に幻覚を見る様になったか、今すぐに病院に行け。そして二度と出てくるな』
『そんなにボクを苛めないでくれ、泣いてしまうよ…。冗談ではなく事実さ、君やマドカ君より年下の女の子らしい。それも即存の技術とは異なるパワードスーツを纏っていたそうだ』
『ふむ…』
顎に手を当てて思考するヴォルフ。どうやら嘘は言っていないらしい。
新たな侵略者に未知の技術、ヴォルフの予想では異世界の技術だろうを扱う者。世界を加速させるには十分過ぎる要素である。
『で、その正義の味方を狩るのか?』
異世界の技術を独占できれば、更なる利益を得ることができる。何より、精霊討伐と言う宿願を達成に近づくことができる。
このキ○ガイなら平然と奪って来いと言うだろう。自分のためなら、平然と他者を踏みつぶせるのがこのキ○ガイである。
『いや、それはもう少し様子を見て、使えるかどうか見極めてからにしよう。君達には精霊を狩ってもらうとしよう』
『ぬ?このまま軍に任せていても問題あるまい。何か急ぐ必要性が出てきたのか?』
今日の戦闘を見る限り、対精霊部隊の戦力も強化されてきている。近い内に精霊を討伐することも不可能ではないだろう。
ウェストコットにとって軍や私兵は表の駒、亡国機業は表の駒では行えない案件を処理するための裏の駒と言える。
ヴォルフらが戦場に出れば軍との衝突は避けられない、わざわざ駒を減らす危険性を犯す必要性が現状感じられないのだ。
『ああ、
『”ラタトスク”がか?』
ウェストコット曰く精霊を保護し、共存しようと考えている酔狂な連中がいると。
どんな方法を使うかは不明だが、精霊殲滅を掲げるDEMとは相容れない存在であることは確かだった。
『いいだろう。最近待機任務ばかりで退屈していた所だ』
『ああ、それと”彼女”も協力してくれるそうだ。”ソロモンの杖”のテストがしたいそうだ』
『奴か…。まあいい、命令なら従おう』
”彼女”とはファントム・タスクの協力者である。聖遺物に関する知識を数多く持ち、それを与える代わりに、支援を受ける。要は互いに利用しあっているのである。
”ソロモンの杖”と呼ばれる聖遺物にはノイズを制御する力を宿しており、軍がある遺跡から発掘した物でそれをファントム・タスクが奪取し、データ採取のために”彼女”へと譲歩されたのだ。
ヴォルフも以前会ったことがあるが、危険な匂いのする女であった。目的は不明だが、この世界を破壊しかねない野望を持っている様に感じられた。
ウェストコットはともかく、上層部の連中は甘く見ている様だが、できれば早々に手を切るべきだとヴォルフは考えていた。
『頼むよ”漆黒の狩人”。見事に仕留めて見せてくれたまえ』
そう言って通信が切られると、やっと終わったかと言った感じで軽く息を吐くと、部下達に視線を向けるヴォルフ。
『聞いていたな。次に精霊が現れたら仕事だぞ』
「おうよ!久々に暴れるぜ!」
「この前みたいに無様な姿を晒さなければいいがな」
「んだとエム!」
いつものようにいがみ合おう二人。相変わらず仲がいいことである。
『よし、これ以上ここにいる必要もなくなった。帰るぞ』
「あいよー」
額を押しつけ合っている二人を放置して、帰還しようとするヴォルフとキリエだが、不意にヴォルフが足を止めた。
「ん?どうしたのよヴォルフ?」
『いや、最近気になることがあってな』
「気になることって何よ?」
戦闘時の様に真剣な様子で聞いてくるヴォルフに、ただことではないのだろうと思わず身構えるキリエ。
『お前は『淫乱ピンク』という言葉を知っているか?』
「え、何?いきなり喧嘩売られた?」
こめかみに青筋を浮かべながら、ヴァリアントザッパーの銃口をヴォルフの額に押し当てるキリエ。
『そうではない。この間ネットサーフィンをしていたら偶然見つけてな。お前ピンクだろう?何か知っているかと思ってな』
「知らん!少なくともあたしはそんなのじゃない!」
『そうか?そんな短いスカートで飛び回っているくせに?』
そう言って、キリエのバリアジャケットのスカートをじーっと見つめるヴォルフ。
「ちょ!?そんなに見るな!!」
顔をトマトの様に真っ赤にしながらスカートを抑えて後ずさる。
『何だ狙ってやってるのかと思ったぞ?管理局の魔道師にはスク水着て戦ってる金髪幼女がいたが。魔道師というのは見せたがりなのかと…』
「何それ怖い。とにかく、狙ったりとかしてないから!ちゃんと見えないように考えて動いてるわよ!」
『いや、この前の訓練で見えていたぞ』
「は!?み、見たの!?」
『ああ、やけに値が高そうなのであったな』
しれ顔で言うヴォルフに、火を吹き出そうな程真っ赤になり、目が泳ぎまくっていた。
「べべべっべべべっべべべ別に、あんたに見られた時のことを考えたとかそう言うんじゃないわよ!!」
『そうか』
「てかっ何でそんな平然としてる訳あんた!?」
『ふん、その程度で狼狽える様な軟弱な精神はぐッ!?』
鼻で笑っていたヴォルフの側頭部にキリエの回し蹴りが綺麗に決まった。
「その程度って、あんたねぇ…」
「諦めろ」
「そういう男だこいつは」
全身を怒りで震わせながらヴォルフを睨みつけているキリエ。その肩をそれぞれ叩きながら同情しているオータムとマドカ。
そんな三人を何なんだ?と怪奇そうに眺めていた。
勇達とプリンセスとの戦いを監視していたのはヴォルフらだけではなかった。
ヴォルフらとは別のビルの屋上に1人の少女とその肩には1羽のカラスがいた。数ヶ月前の強奪事件の際にもいた、れいと呼ばれていた少女である。
『精霊ですか…、実に興味深い存在ですね。是非ともサンプルに何体か捕獲しておきたい所です。」
「……」
「どうかしましたかれい?」
何か考え込んでいる様子のれいに首を傾げるカラス。
「何でもないわ」
「そうですか、必要な情報は集まりました。アルティメギルも現れた様ですし、そろそろ試練を再開するとしましょう」
「…わかったわ」
れいが答えるとカラスは飛び立っていったが、れいはその場で動かず、先程までプリンセスがいた場所を見つめていた。
プリンセスのあの顔が鮮明にれいの脳裏に焼き付いていた。世界の全てに否定され、どこにも居場所が無く絶望に染まった目はまるで…。
「私と一緒…」
そう呟くとれいはビルから去っていったのだった。