ワールド・クロス   作:Mk-Ⅳ

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第百二話

対抗戦当日の朝方。勇はIS寮の入り口前に立っており、何かを待っているようであった。

 

「待たせたな勇」

 

そんな彼の元に、翼がおずおずといった様子で声をかけてきた。

せっかくなのでと勇が誘ってみたところ、彼女のマネージャーも務めている特異災害対策機動部二課所属のエージェントである緒川 慎次(おがわ しんじ)が、歌手としての仕事もないのでたまには羽を伸ばすと良いとも言われ、叔父の弦十郎に同じことを言われたので参加を了承するに至ったのであった。

 

「いや俺も今来たばかりだし、約束の時間まで余裕あるから」

 

腕時計を見れば、予定よりも30分は早かった。

 

「……」

「?どうかしたか?」

「ん~。制服以外着ているの見たことなかったから新鮮だなぁって」

 

休日ということもあり、互いに私服姿であり。普段見ない彼女を興味深そうに見る勇。

 

「あ、余り見るな…。こういうのは慣れていないんだ…」

「?別に変なことないよ。綺麗で似合ってる」

 

恥ずかし気に隠すように縮こまる翼に、素直に感想を述べると、彼女は照れるように顔を赤く染める。

 

「――か、からかうな馬鹿者ッ」

「?」

「~~い、行くぞっ」

 

ほぇ?と不思議そうに首を傾げる勇に、他意のない本心なのだと悟った翼は、胸の中に芽生えたむず痒さを誤魔化すように勇を置いて歩き出すと、待って~、と勇がその後を追いかける。

 

「(ん~気まずい…)」

 

つんけんとしたままずんずんと先に進む彼女に、このままというのもよろしくないので、何か話題でもないかと頭を捻ると一つあったとピコーンッと閃く。

 

「そうだ。このあいだのアシュクロフト事件で岡峰重工のパーティに参加した時に、君のお父さんに会ったんだ」

 

その言葉に、翼はピタリと足を止めると振り返る。その顔は先程とうって変わりどこか剣吞さを滲ませていた。

 

「……その、何か話したのか?」

「ん~と、君が風鳴の名を汚していないかってなことを聞かれたね」

「そう、か…」

 

そんなものだろうな、と自嘲するような――寂しそうな様子で翼は俯いた。

 

「(やっぱり、父親と上手くいってないのか…)」

 

八紘の態度からある程度推察していたが、どうにも複雑な家庭環境らしい。国家に尽くす家柄故に、想像のつかないしがらみがあるのだろう。

 

「…勝手なことを言うけどさ、きっと風鳴さんは君のことも案じてると思うんだ」

「気休めはいい。所詮私は護国のための刃――道具でしかないのだ。あの人にとって、な。それでいい、それでいいのだ」

「……」

 

己に言い聞かせるように話す翼に、思わず眉を顰めてしまう勇。どもまでも自らを律しようとするその姿は、痛々しいとさえ思えた。

自身の発言に確証などなく、ただの直感でしかないため、彼女の考えを否定できないでいた。

よそ者が軽々しく触れていいことではないことは承知しているが。それでも仲間として、友人として(勇としては)見て見ぬふりはしたくなかった。

 

「…ごめん。俺には君が抱えているものについて、何も力になることはできないかもしれない。でも、俺は君のことを仲間で友達だと思ってる。だから、もしも君が誰かの力を必要とすることがあったら頼ってくれて構わない」

 

真摯な目で話す勇に、翼は面食らうように目をぱちくりさせると、暫しして口を開いた。

 

「友、か。そう言われたのは奏以外――お前で2人目だ」

「嫌、だっだかな?」

 

不安そうに問いかけられると、翼はゆっくりと首を横に振った。

 

「いや、お前なら不思議と悪い気はしないな」

 

その言葉に、勇は良かった~とにこやかに笑うのだった。

 

「…変わった男だ」

 

人の心に踏み込みながらも、不快感を与えず。こうして話しているだけで、何故かはわからないが心が温まるような安らぎを与えてくれる、まるで太陽のような存在だと感じられた。

…自分よりも小さい身なりでありながらというのは、本気で落ち込みかねないので触れない方がいいのだろうが。

そんなことを考えていると、腕時計を見た勇があっ、と声を漏らした。

 

「っと、一夏の試合に間に合わなくなっちゃうから行こうか」

「ああ」

 

先と変わって、今度は先を行く勇に続く形になった翼。そんな彼女の口元に笑みが浮かんでいることは、この時の本人も気づいていないのであった。

 

 

 

 

「お~い、兄ちゃんこっちこっちっ!」

 

学園共有の庭園に着くと。芝生の生えた地面にシートを敷いて場所取りしていたユウキが、手をブンブンッと振りながら兄を呼ぶ。

他には彼女の同居人であるアミタと詩乃に、勇の弟分の1人である和人と試合に出る一夏に鈴と、一夏の応援のためアリーナの方にいる箒とセシリア以外のCNFのメンバーに加え、その友人らが集っていた。

 

「おい、鳶一折紙!座る場所は余っているんだ、士道の膝に乗る必要はないだろうっ!」

「問題ない。私は困らない」

「そういう問題か~~!!」

「ふ、2人共落ち着けって…」

 

いつものように、キャットファイトしている十香と折紙に苦心している士道。

 

「どうぞ四糸乃様。この私が、私めがッ作成した座布団をッ匂いが沁みつくように――ゲフンっ超低反発性の座布団をご使用下さいませっっっ」

「…いや、あんた何でそんなに四糸乃に甘いのよ…」

「何を言っているんですか愛香さん?四糸乃様は女神なのですから当然でしょう?ああ、四糸乃様可愛いよ四糸乃様可愛いよフヒヒッ」

「あ、ありがとう…ございます???」

『ん~何だろうね、この通報したくなる気持ちは』

 

何かヤバイのをキメてそうなレベルでハイなトゥアールに、ドン引きしている愛香と、無垢さ故にキョトンとしている四糸乃に、危険さえ感じ始めているよしのん。

――ここら辺のカオスには、今は触れない方がいいなと判断した勇は目を背けるのだった。

 

「わっわっわっ風鳴翼だ、本物だよ恭也っ!」

「わかっているから、落ち着け忍」

 

生の日本トップシンガーの登場に、興奮気味の恋人を宥める恭也。

というより、見慣れたCNF以外の者は同様な目を彼女に向けていた。

 

「どうやった知り合ったの勇?」

「仕事の関係でね。今日は仕事がないっていうから誘ったら来てくれたの。風鳴、この2人は高町恭也と月村忍。俺の高校での同級生だよ。あ、ちなみにこやつら付き合っていて、見ているだけでブラックコーヒー飲みたくなるから気をつけた方がいい」

「ど、どうも…」

 

反応に困る紹介に、何とも言えない顔をしてしまう翼。

 

「ちょっと、変なこと吹きこまないでもらえますぅ。自分はいないからって僻むのは良くないと思いま~す」

「嫉妬は見苦しいぞ友よ」

「じゃかましいっ!だったら、人前で所構わずイチャつくんじゃねぇ!!」

「まあ、お前だからな」

「うん、勇だから」

「何だその言い訳にもなってねぇ責任転嫁はっ!?」

 

からかってくる友人らに、キシャ―ッ!!と猫のように威嚇する勇。

 

「兄ちゃんそんなことどうでもいいから、僕達も紹介してよ~」

「…これは妹のユウキです。アホな言動しでかすことがありますが、そういう時は無視して下さって結構でございます」

 

雑に扱われたことに、額に青筋を浮かべながらいい笑顔で雑に扱い返すと、ポカポカと殴りながらの抗議が飛んで来た。

 

「アホなって何だよ~!ちゃんと紹介しろ~!」

「まさに先程のお言葉ですが、何か???」

 

ニャーッニャーッと抗議を続ける妹を適度にあしらいつつ、兄は弟分の和人や初見の人の紹介を済ませていく。

 

「えへへ、この手は一週間は洗いません」

 

最終的に、荒ぶる妹は翼に握手してもらうことであっさり機嫌が直ったのだった。

――そして、問題発言をかましていた。

 

「ユッキー。それは洗おうね」

「あ、はい」

 

いつもはどこか抜けた様子の本音が、両肩にそれぞれ手を置いて至極真面目な顔でツッコミを入れていた。

そんな珍事を尻目に、2人の少女が勇に声をかえた。

 

「おはようございます勇さんっ!」

「おはようございます」

 

どちらも小学校低学年程の年頃で。片方は活発そうな印象を与える白人の少女あり、もう片方の少女は対照的に落ち着いた物腰をしており、忍と似た顔立ちをしていた。

 

「アリサ、すずかおはよう。久しぶりだね、元気そうで良かったよ」

 

えへへ、と勢いよく腕に抱き着いてくる白人の少女――アリサ・バニングスを受け入れながら、忍と似た顔立ちをしている少女――彼女の妹である月村すずかの頭を撫でてあげる勇。

2人は恭也の妹であるなのはの友人であり、その縁もあり親しい関係を築いていた。

 

「ほら、この子の服どう?あなたに会えるからって、気合入れてきたんだから、ちゃんと褒めてあげなさいよ」

「お、お姉ちゃんっっっ」

 

姉の援護射撃にみるみる顔を赤く染めていき、あわあわと挙動不審になるすずか。

 

「うん、可愛いくて似合ってるよ~すずか」

「~~~~」

 

勇の言葉に止めを刺されたように、すずかは頭から煙を出そうなまでに真っ赤になってフリーズしてしまった。

 

「私はどうですか勇さん?」

「アリサもvery cuteだね」

「Thanks!」

 

アメリカ人の両親を持つ彼女合わせて褒めると、満足げに抱き着く力を強くしてじゃれついてくるアリサ。

 

「……」

 

そんな様子をどこか複雑そうに見ていた翼の肩に、ユウキがそっと手を置いてきた。

 

「うちの兄はああなんです。ああなんですよ…」

「そう、か…。その、何だ、苦労…しているのだな…」

 

ふふっ、とどこか達観したような目を兄に向ける妹の姿に、翼はかけるべき言葉がみつからないでいたのだった。


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