ファントム・タスク日本支部のオフィスにて、いつものように自分のデスクに腰かけているスコールは。一仕事終えたところで、疲れを吐き出すように息をつくと肩を軽く回した。
先に起きた新型リアライザを巡る騒動で、結果としてDEM社の膿を出すという形で益をもたらしたと言えるが、指揮系統を逸脱した部下の行動は処罰されるべきものであり、そうならないよう騒動中は各方面に根回しをし、終結後はその後始末に追われていたのだった。
そのことに何ら不満はなく、それが己の責務なので構わないのだが、激務が続けば流石に疲労は溜まることはどうにもならないものだ。
幸い処分事態は一番の被害者であるDEM社のトップのウェストコットの計らいで、短期間の謹慎処分で済んだが。相変わらずの考えの読めなさに、素直に喜べないのが本音だった。
「すまなかったな、スコール」
ソファの上で正座している件の狩人が、申し訳なさそうに声をかけてくる。姿勢こそいつも通りのきっちりとしたものだが、心なしかしょぼくれた子犬のような雰囲気で、首に自発的に提げている『反省中』のプラカードが笑いを――彼の本気度合いを感じさせた。
「構わないわ。あなたのなすべきことを助け責任を取る、それが私の役目だもの」
「ありがとう」
「どういたしまして」
素直にぺこりと頭を下げるヴォルフに、にこやかに返すスコール。
出会った頃から変わらぬ息子のまっすぐさは、何物にも代えがたい眩さとして彼女に映っているのであった。
「…でも、できればご褒美くらいはほしいわね」
「肩でも揉もうか?」
「それもいいけど…。こっちの方がいいわね」
そういって己の膝をぽんぽんと叩くスコール。それに対して、ヴォルフは渋るように眉をひそめた。
「…俺はもう18だぞ」
「そうね。いつまで経っても、私にとってあなたは手のかかる子供よ」
そういって、ふふ、と慈愛に満ちた顔で微笑む母。、
出会った頃はよくしていたが、ここ数年は成長したこともあり、流石に恥ずかしいのでもうしなくなったが。ここぞとばかりに甘やかそうと画策したらしい。
そんな彼女に息子は観念したように息を吐くと、ソファから立つと歩み寄ると逡巡するように膝に視線を下ろすと、意を決したように腰を下ろすのだった。
そして、スコールは腰に手を回して抱きしめると、我が子の温もりを確かめる。
「…大きくなったわね」
初めてこうした時は見下ろすことができたが、今では背中で視界を塞がれるまでの身長差となたことに、成長をの喜びを感じていた。
「あの日、あなたに拾われなかったらここまで生きられなかった。本当に感謝している」
「いいのよ。私はただシェリーの――あなたのお母さんの代わりをしているだけだもの」
片や母を、片や親友を失ったあの日、2人は家族となった。
最も子育てなど経験のない親と、特殊過ぎる生まれと環境で育てられた子共。当然初めは上手くなどいかず、不格好極まりないものであったが。それでも友が命を懸けて残した命を護るべく、懸命に母を演じたのだった。
「俺にとっては、あなたももう1人の母さんだと思っている」
そんな彼女にとって、その言葉は何よりの喜びであり。愛おしさを隠しきれなくなったのか、息子の頭を撫でまわすスコール。
そんな折、扉がノックされスコールがどうぞ、と返事をすると、良くわないわ!とヴォルフが急いで離れよとするよりも早く扉が開き、キリエが顔を覗かせる。
「失礼しまーす。スコールさん、ちょっと相談したいことが…」
視界に飛び込んできた予想外の光景に一瞬固まるが、羞恥心で間の抜けた顔を晒すヴォルフに、何かを閃いたのか、スコールに確認を取るような視線を向けると、グッと親指を立てて了承を得られたので。携帯を取り出すとすぐさま2人の姿を撮影すると、逃げるように駆け出した。
「皆ぁぁぁあああ!!!メッッッチャ面白いの撮れたぁぁぁあああ!!!」
「待てや貴様ァァァァアアアアッッッ!!!」
とんでもない暴挙をかます不届き者を成敗すべく、全速力で追跡に走るヴォルフ。
そんな光景を、スコールは心の底から楽しそうに眺めるのであった。
「zzzzz」
窓のない閉鎖された室内で、PCのモニターから灯される僅かな光だけが明かりとなっている空間で、1人の女性がテーブルに突っ伏して爆睡していた。
「ふ、ふへへどうだ
口から涎の流しながら、悪戯好きの子供のような愉しげな笑みを浮かべていた。
「あ、あ~何で勝てないんだよ~っ。ってイテテッ!?いくら束さんでもそんな方向に腕は曲がらないつーのぉ…」
ところが一転して悪夢を見るように苦悶の表情に歪み、うなされだす女性。
そんな彼女の元に、入室してきた少女が困ったように息を吐いて、部屋の電気を点けると歩み寄る。
「あ~あ~、ちーちゃんまでいじめる~~」
「束様、起きて下さい束様」
少女が強めに体を揺すると、んぁ?と女性が間の抜けた声と共に目を覚まし、重たげな目を手で擦る。
ウサミミ調のカチューシャに胸元が大きく開いたエプロンドレスという、童話を元にしたかのような珍妙な服装をした彼女の名は
民生用フルダイブ型VRマシン『ナーヴギア』の開発者である茅場晶彦と同様、世界の在り様を一変させた歴史名を残した天才と呼ばれている彼女だが、服装とまるで子供がそのまま大人になったかのようなだらしない言動は、威厳のいの字も存在していなかった。
「ふぁ~夢かぁ。ふぅ、助かったよクーちゃん」
「いえ、それより口元が汚れていますよ」
差し出されたハンカチで口元をゴシゴシと拭くと、ありがと、と返す束。
クーちゃんと呼ばれたゴスロリ系ドレス着た少女、クロエ・クロニクルは、当然のことですというように、櫛を取り出すと束の髪を梳かしたりと身なりを整えていく。
「ん~、一週間ぶっ通しは、流石の束さんでも寝落ちしちゃうね」
「だからお休みを挟むよう申し上げたのです」
全く、と苦言を呈す少女に、めんごめんご、と舌を出しながらさして反省を見せない束。
そんな彼女の態度もいつものことなので、仕方ないと言いたげに溜息をつきながらも、持ち込んできたトレーに載せた皿を目の前に並べていく。
どの皿にも盛りつけられているのは、消し炭になった物やゲル状の、お世辞にも食べ物とは言えない物体であるのだが。束は当たり前のように、いただきます!!と頬張るようにそれらを口にしていった。
「いやぁ、あいつに一泡吹かせたろって考えたら愉しくってさぁ~。ふぃ~ご馳走様!!」
「お粗末様です」
満腹というように腹をポンポンと叩く束。料理という
「それで、間もなく予定日ですがご準備の方は?」
「バッチしだよ!必要なデータも揃ったからね!!」
瞬く間に食べ尽くされた皿を片づけながら問うクロエに。束はふふんっ、と自慢げに鼻を鳴らしながら指を鳴らすと、新たに電気が灯され、ガラスを隔てて設けられた格納庫と見られる空間が姿を現す。
そこには、同じ形状をした人型機動兵器がハンガーに複数鎮座しており、人が乗り込むことを前提としている従来の物に対し、人体構造を意図的に排除されたかのような無機質さを醸し出していた。
「それに、スー君の装備も揃ったしねぇ」
束が格納庫の奥の空間に視線を向けると。一体だけ他のとは違い、人間味が残された形状――
「どう、スー君調子は問題ない?」
束がモニターに語り掛けると、『STRIKE』と表記されたトリコロールの機体が反応するようにモノアイを光らせると、『異常なし』とモニターに自動で打ちこまれていく。
「よしよし。ぐふふっ、後は決行日を待つのみよ!!」
あくどい笑みを浮かべながら無邪気にはしゃぐ束。
そんな彼女が操作しているモニターには、勇のこれまでの戦い全ての映像と、それを事細かく分析したデータが表示されていたのだった。