覚悟を決めた彼女と時を同じくして、世界の修正力が動き出す。
さあ、それに翻弄される哀れな少女の話をしよう。
それは一瞬の閃光だった。
私という形を壊すには過剰とも言える力だった。
よりにもよって一番の急所ともいえる場所を狙って来たあの忌まわしい黒髪の少女の姿を思い出した。
余程私という存在を許せなかったのだろう。憎んでいたのだろう。◾️してやりたかったのだろう。
ああ、私はそれだけの事をしたのたろう。
しかし、ふと思う。
それがどうした、と。
私は私の考えで動き、私の考えで先の事を見据えていた。
どうすれば憎いアイツらを叩き潰せるだろう。どうすれば私のこの気持ちは満たされるのだろう。どうしたら、どうしたら、どうしたら……。
もしかしたら、私が満たされる事はないのかもしれないけれど。
それでも、私はもっと戦いたかった。
私の存在を奴らに刻み込んで、絶望に歪む顔を見て笑ってやりたかった。
私という存在を全ての生き物に刻み込んでやりたかった。
そうすれば私という存在はこの世界に深く刻まれる。
誰もが私を恐れ、服従し、ひれ伏すだろう。床に額を擦り付けて許しを請うのだろう。
それを、私は笑いながら踏み潰し、更なる支配を広げるだろう。
そうだ、私はもっとこの世界に私という存在を刻みたかった。
ああ、そうすることができたらどんなに満たされたのだろう。
私のカラッポな心を埋めるような快感が得られたのだろうか。それとも、何も得られずに虚無を掴むだけに終わってしまったのだろうか。
どちらでもいい、誰か私を恐れろ、憎め、私に力を寄越せ。
私はまだ消えない。消えるわけにはいかない。
だって、私の冷め切った心が初めて動いたのだ。
怒りで、憎しみで、絶望で。
私から全てを奪った〝アイツ〟を倒すまで、私のこの心は止まらない。
私から未来を、力を、全てを奪った〝アイツ〟が憎い。
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎イニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイ!!!!!!
あぁ、この身を焦がすような熱をどうやってぶつければいいのだろう。
『じゃあ、手を貸してあげよう』
誰だ……お前は。
『君の願いの先にあるものはこちらの目的と一致する』
お前の目的、だと?
『こちらの目的は〝彼女〟の排除。君の目的は〝彼女〟を倒すこと。ほら、一致しているだろう?』
………。
『我々が君に力を貸そう。その力で君の願いを叶えるといい』
……ふざけるな。他人にもらった力で奴に勝ったところでそれは何の意味も持たない。これは私の力で成し遂げなければ意味がない。
『しかし、君にもう戦う力は残されていないだろう?』
『君はこのまま海底に沈み消え去る運命だ。それを良しとするのかい?』
『君のその想いは、願いは、無になる。そんな結末を君は許せるのかい?』
許せるはずがないだろう。
そうだ、許せるはずが無い。考える頭はもう無いというのに、まるで沸騰するかの様に感情が泡立っている。
だが、それでも他人の力を借りようとは思わない。
私の中の何かが吠える。これは私自身が越えなければならない壁だ。たとえ頭を吹き飛ばされようが、身体が砕けようが、関係ない。私以外には譲れないのだ。
『ほう、君は深海棲艦なのにまるで人間のような事を言うんだね』
なんとでも言うがいい
何が原因か知らないが私の意識はまだ消えずに残っている。ならば何としてでもあいつを倒してやる。お前はさっさと消え去るがいい。
『そうか、残念だ。しかし、君のその想いは素晴らしい。君を選んで良かったと今なら思うよ』
なんだと?
私を選んだ……とはどういう意味だ。
『君の意識がまだ消えていないのは我々がそうしているからだ。君の様に〝彼女〟への強い執着を持つ存在を探していたんだ。……しかし、君の執着心には余分なものが含まれているね。想いの強さは申し分ないけど、自分だけで成し遂げようとするその理性は必要ないかな』
お前は何者だ!!
私に一体何をした!?
『我々は何者でもない。我々はこの世界を正そうとするもの……或いはその意思そのものだ。すまないが、我々に必要なものは素直に言うことを聞いてくれる人形なのだ。せっかく引き止めてなんだが〝君という部分〟だけ削除させてもらおうかな』
な、何を……が…ぁ!?
な…んだ……ワタシが……きエ…る……?
イヤダ……ワタシハ………まだ…きえたく……な……
『それではお休み、名も知らぬ深海棲艦。君の肉体と怒りの感情だけ我々が有効活用させてもらうよ』
やめろ…やめろ!!
『良い夢をーーーさようなら』
やめろ!やめろ!
ヤメロ!ヤメロ!
ヤメテ……ヤメ…テ……。
ヤメ…………タス…ケ……テ……
◇◇◇◇◇
◇◇◇
◇
光の届かぬ海の底に一つの少女が沈んでいた。
肉体は白く、ボディラインが強調される様な肌にピッタリと張り付く格好をしている。
しかし、その肉体には生物にとって一番必要な器官が欠けていた。
その少女には、頭部がなかった。
強い力に吹き飛ばされたのだろう。首から上が無理やり引き千切られた様に無くなっている。生命体として、少女は完全に死亡していた。
その少女の肉体へとイ級やロ級などの深海棲艦達が群がっていく。
姫級だった少女の肉体は力の弱い深海棲艦達にとって力を得る為の恰好の餌だった。
一匹のイ級が少女の腕に喰らい付こうと口を開けて近づく。
その時、少女の腕が突然動いた。
近付いたイ級を掴むと自分の方へと引き寄せる。
体を掴まれたイ級は脱出しようともがくが深く指が食い込んでいるため逃げ出せない。
そのまま少女の腕はかつて自らの頭部があった場所へとイ級を押し付ける。
すると、少女の首と接触しているイ級の表面が徐々に真っ白な色へと変わっていった。その様子はまるで肉体を侵食されているかの様にも見える。
抵抗していたイ級は徐々に力を失うと、プツリと糸が切れた人形の様に動かなくなった。
だが次の瞬間、一気にイ級の体が真っ白に染まると力を失った体がぐるりと少女の肉体に合わせて動き出す。まるで首から上がイ級になってしまったかの様に向きを整えると、近くの別のイ級へと喰らい付く。
バキバキと装甲を砕き、自らの歯が折れようが構わずに噛み砕く。
すると、頭部のイ級が徐々に形を変え始めた。
顎はより硬いものを砕ける様に発達し、歯はより鋭くなっていく。
「■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!」
裂けんばかりに開いた口からは絶叫が吐き出された。
それは再誕を祝う様に、又は絶望に泣き叫ぶかの様に。
かつて少女の姿をした全ての人類の敵だった肉体はたった一人の〝存在しない筈の者〟を葬る為に動き出した。
次回から最終章へと入ります。
仕事が忙しくてなかなか執筆が進みませんが、気長にお待ち頂けたら幸いです。