今回も短いのに執筆に時間が掛かってしまいました。本当に申し訳ない……。
もう他県への出張は嫌じゃあ……
明石の言葉で会議室は静寂に包まれていた。
金剛は最初から限界だったーー?
ふと、初めて彼女に出会った日を思い出す。
うまく体を動かせずベッドに寝たきりになっていた姿。ぎこちなく指を動かして心ここに在らずといった雰囲気で指輪を眺めていた姿。この鎮守府に所属する事が決まった時の不安そうな姿。私に提督としての仕事を教えてくれた時の眩しいものを見るかの様に見守ってくれていた姿。
あの瞬間から、彼女は既に限界だったというのか。
「おそらく、金剛さん自身も自分が限界に近い事を自覚し始めたのは体調に異変を感じてからでしょう。それまでは一切の症状は無かったのですから」
「げ、原因は!?お姉さまの寿命を削った原因はわかっているんですか!?」
明石の報告に最初に立ち直った霧島が声をあげた。
それに反応してか比叡も榛名も我に返ったように明石へと視線を向ける。
明石は手に持っていた資料を捲ると深呼吸をした。彼女も気持ちを整理しながら話しているのだろう。
「詳しい原因は不明です。しかし、原因になるであろう話はまるゆちゃんから聞いています」
「……まるゆから?」
「はい、まるゆちゃんです。提督、確認をしますが金剛さんはまるゆちゃんに発見された時……〝海底に沈んでいた〟んですよね?」
「……え?」
「……なっ!?」
明石の言葉に榛名と比叡が驚愕の表情を浮かべた。
たしかにまるゆからの報告では金剛は海底に沈んでいたところをまるゆに発見された。そのまま帰る鎮守府を失った彼女はこの鎮守府に身を置くことになったのだ。
そう、今ならわかる。
この報告の内容にはどうしても不審な点が一つだけある。当時は提督として未熟だった私が見逃していた疑問点。提督ならば誰もが知っている常識。
〝轟沈した艦娘は消滅する〟
そう、金剛は深海棲艦との戦闘でダメージを負い〝轟沈〟したのだ。本人もそう言っていた。
だが、彼女は無事だった。負傷し、海底に沈んではいたものの生きていた。その時点で既におかしいのだ。
提督となった時に渡された資料によれば轟沈した艦娘は艤装や妖精さんを含めて数分以内に光となって完全に消滅してしまうらしい。実際にその様子を見た潜水艦の艦娘もいるのだという。轟沈した艦娘の遺体が見つかった例も今まで存在していない。
「金剛さんは極めて希少な……それこそ奇跡とも言える確率で消えることなく生存できた艦娘なんです。……ですが、全くの無傷ではなかった」
「肉体的な傷……ではなく?」
「はい……金剛さんは魂に傷を負っているんです」
魂が傷ついている。
艦娘の肉体は魂と密接な関係があるという。肉体は修復できるが魂となれば話は変わる。艦娘達が過去の艦艇の記憶や経験を持っているのはその魂に記憶が宿っているからだ。
それが傷つくということは人間でいう脳が負傷するのと同義だ。
「金剛さんの魂は傷つき、徐々にですが消滅しているようです。それが肉体に影響を与えているのでしょう」
「じゃあ、このままだと……」
「はい……現在の症状とこれまでの経過観察から推測するに、金剛さんの寿命はあとーーー二ヶ月程だと思われます」
「二ヶ月!?」
「そんな……」
榛名と霧島、比叡の顔色が悪くなり、明石も書類を持つ手から力が抜けていく。私も表面上は静かにしているが心の中では今にも叫び出したかった。
どうして、どうして彼女がこんな目に遭わないといけないのだろう。せっかく助かった命なのに先が無いとわかった時の彼女の心境はどうだったのだろう。いつもの様に私の書類を整理し、手伝い、談笑していたあの瞬間に彼女の命は刻一刻と削られていたのだ。
ふざけるな。
何も言ってくれなかった金剛にではない。それに気がつけなかった自らの未熟さがどうしても許せない。
「でも、まだ完全に終わったわけじゃない」
私が自らの未熟さを悔やんでいると、北上がポツリとそう呟いた。
「仮説だけど、金剛の魂の消滅を食い止めることができるかもしれない方法がある」
「……え」
「今、何て言いました!?」
全員の視線が北上へと向けられ、彼女も静かに全員へと視線を返す。明石へと目線で合図を送ると明石も頷いて再び話を再開した。
「金剛さんはある時期から急激に体調を崩しました。具体的に言うなら左腕の麻痺が突然発生したそうです。何の事前症状も無しに」
「ある時期というのは講演会の後ですね?」
「はい、そしてその講演会前の作戦で彼女はある物を失いました」
「ある物?」
明石と北上以外が首を傾げる中で私は気がついた。
あの時、金剛が深海棲艦に捕まり飛行場姫の部下であるレ級と私達の艦隊が激闘を繰り広げた戦い……その場に艦娘に友好的な深海棲艦である北方棲姫の助けで駆けつけた金剛。
しかし、その指にはあの白銀の指輪は存在しなかった。
「皆さんは既にご存知でしょうが金剛さんは助けられた北方棲姫に指輪を託しました。恐らくそれが彼女が体調を崩した一番の原因だと考えられます」
なるほど、と納得した。
艦娘と提督の絆を強め、限界以上の力を与える指輪。それは金剛と亡き提督の間で結ばれ、今でも彼女の力となっていた。それはきっと肉体だけでなく魂にまで作用していたのだろう。限界を超える絆の力は金剛の弱っていく魂を繋ぎとめ、守っていたのだ。
しかし、その指輪はもう彼女の指にはない。
例の作戦で彼女は指輪を失った。彼女を助けた北方棲姫に指輪を譲り渡したのだ。
では、その指輪を彼女に返したら……?
「きっと、皆さんも私達と同じ結論に至ったと思います。北方棲姫へと渡した指輪を金剛さんに返す。……上手くいけば意識の回復。悪くても衰弱だけでも止めることができる可能性は高いです」
明石の言葉で会議は締め括られた。
会議室を出る全員が決意を固めたように前を向いている。
私は迷わず金剛の部屋へと向かった。
◇◇◇◇
金剛の寝ている部屋へと足を運んだ私はお茶を用意しようとする第六駆逐隊の四人に少しだけ二人にしてほしいと告げ、ベッドの隣の椅子に腰かけた。
金剛は静かに寝息を立てながらベッドに寝ている。規則的に上下する胸の動きが彼女がまだ生きている事を証明していた。
彼女を救う為には北方棲姫の持つ指輪を返してもらうしかない。しかし、それが本当に正しいのかもわからない。金剛がどうして北方棲姫へと指輪を託したのかもわからない。
そう、私は何もわからない。
私は提督だ。艦娘達を建造し、彼女達を導き、この国を守る。それが提督の義務だ。艦娘達と信頼を結び、絆を強め、育てるのが役目だ。
なのに……
「金剛……私はきっとまだ貴女と本当の絆を結べていないと思う。だから……だから私は貴女に生きてほしい」
私は、まだ貴女から受けた恩を返していない。
「私は……資材の調整も、書類の整理も、皆の演習の課題も、出撃してからの指示も……どれ一つだってまだ貴女に認められるレベルじゃない」
貴女に手伝ってもらっていた私から、貴女に手を借りずとも良いと言われるまで成長できていない。
「私はまだ、貴女に認められていないッ!!」
いつか、笑顔の貴女に「おめでとう」と言ってもらうのが私の目標だった。
「だから……」
頬を何かが伝うのを感じた。
今までたくさん助けられ、救われた。だから……
「今度は私が……いや、私達が貴女を救ってみせる」
見ていてね……金剛。
眠っている彼女が、僅かに笑ったような気がした。