給食の時間が終われば今度は昼休みだ。
グラウンドで走り回る生徒達を木陰から眺める。今日は快晴で風は適度なそよ風程度。気温も高くないのでこの場所は非常に快適に感じられた。
サッカーをしている男子生徒達を眺めていると、何人かの女子生徒に囲まれながら榛名と天龍がやって来た。何故か頻りに辺りを警戒しているが、何かあったのだろうか。
「やあ、榛名も天龍も随分皆と仲良くなったね」
「あ、金剛お姉様!!」
「よう、金剛。まぁ、オレにかかればガキどもの相手なんざ簡単だぜ」
私の顔を見た瞬間に笑顔になる榛名と得意そうに胸を張る天龍。周りの女子生徒達も私に頭を下げて挨拶してくれた。私が挨拶を返したところで、再び女子生徒の何人かが周りを警戒し出した。先程から頻りに警戒しているが何かあったのだろうか?
「榛名、やたらと辺りを警戒してるけど何かあった?」
「あ、その……えっと」
私の疑問に榛名は顔を赤くして口籠る。視線はあちこちに向けられているし、隣の天龍も少し頬が赤くなっている。恐らく羞恥心からくるものだと思うのだが、理由がわからない。
私が訝しんでいると、天龍が何とも言い難い顔をしながら側に寄ってきて耳元で小さく理由を教えてくれた。
「あー、その……実は一年生の中にかなりやんちゃなガキが何人かいてな?榛名と俺のスカートを捲ってきやがったんだよ」
「……はぁ?」
「オレらは普通の人間より力が強いし、悪い印象を与えるわけにもいかないだろ?だから手をあげる訳にもいかないし、どう対応したらいいのかわからなくてさ。悩んでる間にそいつらには逃げられたしよ」
ああ、だから女子生徒達がこうやって榛名達を守っているのか。頻りに辺りを警戒しているのはまた二人が狙われないようにしてくれているんだろう。
しかし、スカート捲りとはまたやんちゃな子もいるものだ。まぁ、中学生くらいの年齢は性別の違いを意識し始めて異性に対する認識が大きく変化する年頃だ。その中で異性にちょっかいを出して気を引いたりしようとする子も出てくる。好きな子程苛めたくなるというやつだ。
「たしかに私達の印象を悪くする訳にもいかないから手を出しにくいのはわかるけど、叱る時はちゃんと叱ってあげなきゃだめだよ」
「でもああいうガキ共は叱るだけじゃ懲りなさそうだけどなぁ……」
天龍が眉間に皺を寄せて腕を組む。それに周りの女子生徒達も頷いているので、恐らくこれまで何度も同じ様な事があっているのだろう。なら単純に叱るだけじゃ効果はないかな。
ふと、背後の茂みの中に三人程の気配を感じた。集中して聞き耳をたてると、「次はあの姉ちゃんだ」とか「どんな顔するかな」といった声が聞こえてくる。恐らく天龍が言っていた子達だろう。
さて、こういう事をする子には押しても駄目なら引いてみる作戦が有効だったりする。私と同じく背後の気配に気がついた榛名と天龍に視線で手を出さない様に伝えると、自然な動きで数歩後ろに下がる。
「たぶん効果的な方法があるから見せてあげるよ」
小さな声でそう言うと、楽な姿勢で木に寄りかかる。天龍も榛名も、そして何故か周りの女子生徒達もさり気なく視線を向けてくるので少し恥ずかしいが、そんな様子は表に出さずにじっと待つ。
すると、気配の一つが動き出した。どうやら仕掛けてくるらしい。
「へへ、もらったぁぁ!!」
わざわざ声を出しながら背後の茂みから飛び出して来た男子生徒の腕がスカートへと伸びるのを体を捻って回避する。突然目の前から消えた私に呆然とする少年に軽く足払いをかけてバランスを崩す。
「あ、あれ……うわ!?」
倒れこむ体を支えながら寄り掛かっていた木の根元に押し倒す。勢いはだいぶ抑えたし、木の周りは芝生だ。少年は軽く尻餅をついた程度の衝撃しかないだろう。
木に寄りかかる様に座らせた少年にワザと妖艶な表情を浮かべながら顔を近づける。
「君、今何をしようとしたのかな?」
「え、あ、あの……」
「女の子の体に興味があるの? もう……少しだけだよ?」
更に顔を近づけて寄りかかる様に体を寄せる。すると、少年は忽ち顔を真っ赤にして狼狽え始めた。ちらりと横目で見れば榛名や天龍、女子生徒達も顔を赤くしている。
「女の子の事が気になるのは良いことだけど、あんまり激しくしちゃ駄目だよ。優しく、ね?」
「え、あぅ……あぅ」
「ふふ、これくらいで許してあげる」
最後に優しく頬を撫でてから立ち上がらせると、少年は真っ赤な顔をしたまま走り去っていった。
ああいう子は逆に迫られると弱い場合が多いので、嫌がらずに受け入れる様な態度を見せれば途端に大人しくなるものだ。教育上、今の様な態度はあまり良くないのだが一度こういう事を経験すると暫くは大人しくなるので今回は許してほしい。
残りの男子生徒達も逃げ出した様で、茂みの気配がなくなった。小さく息を吐くと同時に羞恥心が一気に湧き上がる。あんなに女性らしい仕草をしたのは初めてかもしれない。別に女性らしく振る舞うのに抵抗があるわけじゃないのだけど……。
「さて、まぁこんな感じで相手の事を怒るんじゃなくてワザと受け入れる姿勢を見せたら効果的な場合もあるんだよ」
顔を上げた私が見たのは顔を真っ赤にした天龍達。生徒達には刺激が強かったみたいだけど、天龍や榛名もそうらしい。榛名は何故かキラキラした目を向けてくるし、天龍はちょっとそわそわしてる。
「さ、流石はお姉様……参考になります!!」
「お、おぅ……ら、楽勝だなぁ、うん」
天龍が態とらしく腕を組んで視線を逸らすが、頬は赤いし頭のアンテナは垂れ耳の様に下を向いてしまっている。それが可愛くて堪らず吹き出してしまった。釣られて榛名や周りの女子生徒達も笑い出す。そのせいで更に赤くなった天龍の「笑うなよ!!」と怒鳴る声がグラウンドに響くのと、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴るのは同時だった。
◇◇◇
昼休みが終われば、午後からはいよいよ私達の演習風景の紹介となる。
生徒達も一般客も全員が近くのビーチへと移動し、予め用意していたテントや大き目のビーチパラソルの陰に入っていた。
「こちらコンゴウ。哨戒警備中の皆、異常はない?」
『こちら赤城。異常はありません』
『こちら加賀。同じく、異常ありません』
『こちらまるゆ。異常ありません!!』
私の呼びかけに無線機の向こうから三人の返事が聞こえてきた。
今日の為に周辺の海域には私達の鎮守府のメンバーが何人か警備を行っている。索敵能力の高い空母の赤城と加賀、水面下の警備にはまるゆが頑張ってくれている。敵を発見した場合、空母の二人が艦載機で足止めをしている間に子供達と一般客を逃す手筈になっている。あくまで避難が優先なので撃沈する必要はない。
無線による確認も済んだので私は生徒達のテント前へと歩いて行く。
「さて、それでは今から私達がどの様にして深海棲艦と戦っているのかを知ってもらう為に演習を行います」
生徒達からの視線を集めたところで艤装を展開する。光が集まり私の艤装が現れると、生徒達は興味深々といった態度で注目してくる。
「好きに見てもらって構いません。弾薬はまだ装填していませんから、触ってもいいですよ?」
私の許可が下りたので生徒達が私を取り囲む様に集まってくる。何もない所から突然現れた事を不思議そうにしていたり、ペタペタと砲塔や装甲を触ったり、男子の中には主砲や対空砲を見て凄いとはしゃいだりしている。こういう姿を見るのは凄く和むのでずっと見ていたくなる。
さて、これだけに時間を使うわけにもいかないし、生徒達にはテントに戻ってもらおう。
生徒達がテントに戻ったのを確認してから水面に立つ。榛名や天龍が後に続くのを確認してから無線機をテント側のスピーカーに繋ぐ。
「では、これから海上での私達の戦い方を見ていただきます。私と榛名が戦って、天龍には審判をしてもらいましょう」
一定の距離を開けて榛名と向かい合う。その二人の間に天龍が立ち、副砲に弾薬が一発装填され、それが上空へと向けられた。
私と榛名の艤装に同時に演習用の弾薬が装填される。機関を起動し、回転を上げていく。榛名も同じく半身で姿勢を低くし、いつでも飛び出せる構えを見せている。生徒達からの緊張が伝わってくる中、遂に天龍が合図を出した。
「それでは、始め!!」
合図の副砲が天に向かって放たれ、その爆音と同時に私と榛名が同時に海面を蹴った。私は右へ、榛名も私から見て右へ。つまり同じ方向へと動いた。つまり、同航戦ということだ。
先に動いたのは私だった。主砲ではなく副砲による牽制を行い、榛名がそれを大きく動いて回避する。同時に飛び立つ榛名の零式水上観測機が視界に入る。大きく動いたのは距離を離して私の命中率を下げるのと同時に弾着観測射撃を行うため……か。
今日の私は水偵も観測機も積んでいない。そうなると距離が離れる程私には不利になっていく。ならば、距離を離さなければいい。
榛名から放たれる砲撃を左右に小刻みに動くことで回避し、観測機が距離の計算を伝える前に対空砲を使って撃ち落とす。念のために三式弾を装填し、左右両方の砲門から同時に発射。花火の様に散らばる砲弾により観測機が被弾、墜落する。演習弾なので実際にはダメージはないのだが、ちらりと見えた操縦席の中には衝撃で目を回した妖精さんの姿。ちょっと可哀想だったので後でお菓子でもプレゼントしてあげよう。
でも、まずは……。
「全砲門、撃て!!」
「榛名、全力で参ります!!」
向こうで私達を見ている生徒達に良いところを見せてあげなきゃね!!