私的にメガネ掛けてるキャラって大好きなんだ…。
初陣となった戦いの翌日、私は自分の部屋で報告書をまとめていた。
あの後、私達は全ての深海棲艦を撃沈し、無事に鎮守府へと帰ってくることができた。天龍と最上が中破、暁と扶桑が小破していたが任務は無事達成することができた。
私と電は擦り傷程度だったのだが提督からの配慮で報告は翌日でよいと言われ、私はそのまま自分の部屋に向かいシャワーを浴びると、緊張が緩んだこともあってそのままベッドに倒れこんで眠ってしまった。
いつも通りの時間に目覚め、私は提督に提出する報告書を書くと、部屋の外に出る。既に日は登っているので廊下は明るく、鳥の鳴き声も聞こえてくる。
短い時間だったが椅子に座っていたので背伸びをして体を伸ばして欠伸を一つ。そのまま、工廠へと足を向かわせる。
理由は先日の戦闘で手に入れた光の塊を調べてもらうためだ。実は私だけではなくて扶桑や天龍も倒した深海棲艦から光の塊を回収していたのである。これで合計で三つの塊を手に入れたことになる。
七海への報告書に書く内容の一つとして早目に正体を確認する必要がある。そこで工廠の妖精さんならば何かわかるのではないか、とこうして向かっているわけだ。艤装の妖精さん達が喜んでいたし、悪いものではないと思う。
そんなことを考えていたらいつの間にか目的地に着いていたらしい。少しだけ緊張しつつ、私は工廠のドアを開いた。
◇◇◇
結果的に言うなら、あの塊は悪いものではなかった。
あれは深海棲艦に囚われていた艦娘の魂なのだそうだ。深海棲艦は時折艦娘の魂を捕らえていることがあり、奴らを倒した時、捕らえられていた魂が解放される。
それを工廠へと持っていくと、妖精さん達が体を建造してくれるという流れで、ゲームとは少し違うがこれを〝ドロップ〟と呼んでいるらしい。
ちなみに、建造やドロップで既に鎮守府にいる艦娘が現れた場合、二人目以降は妖精さん達によって艤装や艦娘本人に組み込まれて魂が強化される。これが〝近代化改修〟と呼ばれている。
工廠の妖精さん達へと魂を渡すと、暫くその魂を眺めていた妖精さんがタイマーのような機械に何やら打ち込むと、こちらに差し出してきた。どうやら建造にかかる時間らしい。
・1:00:00
・4:00:00
・4:20:00
これが今回の建造時間らしい。
そして、ゲームをしていた私はこの時間から誰が建造されるかの大体の予想ができてしまった。それだけなら別に大したことじゃない。新しい仲間が増えると喜んだだろう。
だが、三つの中の一つ……4時間という数字を見た私の思考は完全に停止していた。何故ならこの時間は―――
―――金剛型戦艦の建造時間だから。
◇◇◇
最初は少しだけ……期待していた。
金剛型戦艦が建造できたら、〝彼女〟が帰ってくるんじゃないかと。でも、それは妖精さん達の話を聞いていくうちに無理だと知った。
一度轟沈した艦娘は帰ってこない。たとえ同じ艦娘が建造できても中身が違うのだと言われた。
そもそも、同じ艦娘が何度も建造できるのは艦娘の魂が複製できるかららしい。本体は戦時中に散った英霊達と共に既にこの世になく、その時の艦艇に宿っていた魂のコピーを作りこの世に呼び出したのが艦娘だ。だから艦娘は同じ個体が複数存在し、近代化改修も行えるし、轟沈すれば消えてしまうのだろう。
だから、たとえ同じ金剛が建造できても〝彼女〟とは別人であり、当然……私とも違う存在になる。
そんなことを思い出しながら、私は執務室で七海へと報告を行っていた。
七海は報告書に目を通すと、満足した顔で秘書艦の電へとそれを手渡した。電もファイルに丁寧にまとめていく。
「三人も艦娘が増えるなんてラッキーだわ。これでまた皆の負担を少し減らせるわね」
「鎮守府がもっと賑やかになるのです!!」
笑顔で笑いあう七海と電を横目に、私は小さく溜息をついていた。すると電がそんな私に気がついたのか不思議そうに首を傾げてこちらに視線を向けてくる。
「金剛さん……どうかしたのです?」
「……え?……ぁ、いや、その……新しく来る艦娘の中にどうやら私の姉妹艦がいるみたいで……久しぶりに会うから緊張してるだけだよ……」
「あら、そうなの?」
よかったですね、と笑う電とそれに頷く七海。
だが、私の内心は複雑だ。艦娘は戦時中の記憶を持っている。だが、私は本当の金剛ではない。性格も口調も何もかも違う私を見てどう思うのか非常に不安になる。
だが、時間は不安になる私を待ってはくれなかった。何とか気をそらそうと電と秘書艦の仕事をしていたらあっという間に4時間半も時間が経っていて、執務室にはこの鎮守府全ての艦娘が集まっていた。
「全員集まったわね?今から新しくこの鎮守府に来た三人の艦娘を紹介するわ」
七海の言葉と同時に執務室の扉が開き、三人の艦娘が現れた。
最初に入ってきたのはセミロングの茶髪を揺らしながら微笑む少女。暗い緑を基準にしたセーラー服が少し大人びた印象を醸し出している。
「球磨型軽巡洋艦の四番艦、大井よ。よろしく!」
次に入って来たのは弓道着を来た女性だ。あまり動かない表情と青い袴からクールな印象を受ける。左腕には片仮名の〝カ〟が入った飛行甲板を装着していて、彼女が空母であるということがわかった。
「……正規空母、加賀です。よろしくお願いします」
最後に入ってきたのは私とよく似た服装をした少女だった。肩より少し短い黒髪に明るい緑のフレームの眼鏡を掛け、頭には電探を模したカチューシャがある。まさしく一目で金剛型姉妹であるとわかる格好だった。
「マイク音量大丈夫? チェック、ワン、ツー……よし! はじめまして、私、金剛型戦艦の四番艦、霧島です」
自己紹介が終わると、さっそく駆逐艦と軽巡洋艦のメンバーが三人を囲みながらわいわいと騒ぎ出した。三人は少し驚いたようだがすぐに笑顔で対応する。
私はその光景を七海の隣で眺めていた。視線を逸らした私に七海が覗き込む様にして首を傾げる。
「金剛、貴女も混ざらなくていいの?」
「……ええ、後でいくらでも時間はありますから」
「……金剛、何かあったの?」
七海が心配そうにこちらを見るので私は再び顔を逸らした。
「いや、少し霧島にどう接するかを考えていて……」
「霧島? 彼女は貴女の妹じゃない。どういうことなの?」
「それは……」
私は少しだけ頭の中を整理すると、七海へと向き直る。
「……私は昔と比べてだいぶ変わりました。昔は明るくて、皆を盛り上げる頼れる姉だったのに……今はとても弱くなってしまって……こんな私でも、霧島は昔のまま接してくれるか不安なんです」
中身が違うなんて言えないので私なりにぼかして七海へと説明する。
私は金剛じゃない。霧島が私に向ける言葉は今は亡き〝彼女〟に向けるべき言葉だ。私は霧島の姉にはなれない。いや、なってはいけないと思ってしまう。そんな考えが私の心にシコリを残していた。
「……金剛」
「私は昔とは違います……別人だと言ってもいい。だから、霧島と話すのが怖いんです」
皆に囲まれて笑っている霧島を見つめながら、私は落ち着かない心を抑える様に左手の指輪を握りしめていた。
どうすればいいのかわからなくて、答えの出ない問題を解いてるみたいだ。
その時、隣から深い溜息が聞こえてきた。七海だ。
「……馬鹿ね、金剛」
「……え?」
「そんなことで悩むなんて馬鹿らしいと言ったのよ」
「そんなことって……ちょっ、何を!?」
呆れた顔で七海は私の腕を掴んで歩き出した。その先には霧島がいて、七海が何をしようとしているのか理解した私は血の気が引いた。
「提督、ちょっと待って!! まだ心の準備が―――」
「はいはい、そんなもの必要ないわよ」
七海の視線に気がついたのか、霧島の周りにいた艦娘達が道を開けていく。
手を振りほどいて逃げたくなるが、艦娘の怪力で七海に怪我をさせるわけにもいかないので抵抗できずに引き摺られていく。
やがて霧島も七海に気がついたのかこちらに視線を向けて満面の笑顔を見せた。
「あ、提督!! それに金剛姉様!!」
「これからよろしくね、霧島。ほら、金剛も……」
ぽん、と肩に手を置かれて霧島の前に突き出される。
その時点で私の思考は完全に停止し、緊張で喉がカラカラだったけど、それでも何とか言葉を絞り出した。
「ぁ……その……ひ、久しぶり、霧島」
「はい、会いたかったですよ金剛姉様!!」
「……う、うん」
笑顔のまま私の手を握る霧島に何とか頷いていると、いつの間にか七海は加賀の近くに移動していて、周りにいた他の艦娘達も私達を気遣ったのか大井の方へと移動していた。
「あの……その、霧島……」
「はい、なんでしょう?」
続く言葉が浮かばなくて俯いてしまう。
こんな時、〝彼女〟ならどうしていただろう。やはりいつものような明るい声で抱きついたりするのだろうか。
視界が滲んでくる。今からでも逃げ出してしまおうか……。
「姉様、泣かないでください」
霧島の声が聞こえると同時に優しく抱きしめられた。
体型はほとんど変わらないので至近距離で見つめ合う形になってしまう。少し恥ずかしいので視線を逸らした。
「霧島……私、随分変わったよ。昔みたいに皆を引っ張るような頼れるお姉さんじゃなくなっちゃった。霧島は、そんな私でも―――」
「関係ないです」
「―――え?」
霧島は真っ直ぐに私の目を見てそう言った。
もう一度、先程よりも強く抱きしめられる。彼女の顔が見えなくなってしまったけど、密着した部分から温かい体温が伝わってきて、とても落ち着いてくる。
「私にとって、姉様は姉様です。たとえどれだけ変わってしまっても私はずっと姉様って呼びます」
「霧島……」
おずおずと霧島の背中に手を回して抱きしめ返す。
どれだけ変わっても、という言葉は私の中の不安を大きく溶かしていった。まだ胸の内のシコリは完全には消えないけど、とても軽くなった気がする。
「ありがとう、霧島」
「姉様の妹ですから、当然です」
二人で笑い合うと、手を引いて皆の所に向かう。今度は私から積極的に霧島を引っ張っていく。いつの間にか、私は笑顔になっていた。
―――ねぇ、金剛。
私、君みたいにはなれないかもしれないけど、私なりにもっと頑張ってみるよ。だから、君の代わりに姉と呼ばれてもいいかな。
―――イエス、頑張ってネ、提督。私はいつでも応援してマース。
私の背中を押すように、〝彼女〟の声が聞こえた気がした。
ちなみに、私の金剛姉妹が着任した順番は、金剛、霧島、比叡、榛名、の順でした。