普通のデュエリスト   作:白い人

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幕間


1.5 3人娘の1日

「……」

「……」

「……」

 

 非常に重い空気がその場には漂っていた。

 もしここに当事者である3人以外の人間がいれば思わず顔を顰めていただろう。

 ここにいるのは3人の少女達だ。

 2人は先程、会計を済ませて受け取ったばかりのハンバーガーセットが乗ったトレーを持っており、1人は今まさにハンバーガーを食べようとしていた少女だ。

 さて、ここで彼女達の正体を明かさなければならない。

 トレーを持った2人は観月小鳥と神代璃緒。同じ中学校に通う生徒だ。

 先日、バリアンからの刺客に襲われてしまった璃緒。そしてその刺客に敗北してしまったのだ。

 幸い、璃緒に怪我などはなくバリアンの刺客も倒されたのだが、敗北してしまった璃緒本人は非常に憤っていた。

 長い入院生活のせいでブランクはあるものの、格下だと思っていた相手に敗北してしまったのだ。

 確かに油断はあったのかもしれないが、それでも自分が負けるとは思っていなかったのだ。

 なのでその油断や驕りを払拭する為に鍛えなおそうと思った訳である。

 では何故、小鳥がいるのか?

 小鳥は璃緒と違いデュエリストという訳ではない。

 しかし幼馴染の遊馬の影響もあり本格的に始めようと思っていた。なので誰かに指導してもらおうと思った訳だ。

 そこで白羽の矢がたったのが璃緒であった。

 遊馬に頼むのはなんとなく嫌だったし、他の男性陣に頼むのはもっと躊躇われる。

 となれば同性で何よりもデュエルに詳しい人という事で璃緒に頼む事になった訳だ。

 最初は断られるかと思ったのだが、教える相手がいれば自分の特訓にもなる、という事でこうして休日に2人でカードショップに出かけようという事になったのだ。

 その前にご飯を食べようという事になり、こうしてハンバーガーショップに入った訳だ。

 そしてそこで見てしまった。

 それこそが最後の1人、ちょうどハンバーガーを食べようとしていた少女。

 花添愛華。

 先日、璃緒が敗北してしまったバリアンに洗脳されてしまった少女である。

 これだけならばまだ良かった。

 だが思わず固まってしまったのは愛華の容姿にある。

 先日会った愛華はまさに純和風。大和撫子を思わせる黒い長髪に和服を着た美少女なのだ。

 それが私服であろうカジュアルな服に身を包んでハンバーガーを食べようとしていたのだ。

 なんというかイメージが崩れる。

 愛華も愛華で、先日粗相を働いてしまったのだ。

 なんというか気まずかった。

 それは小鳥と璃緒も同じであるのだが。

 ならば別の席、とも思ったが既に店内の席は埋まりかけていた。

 しまった、と小鳥は思う。

 思わず固まってしまった隙をつかれた、とかそんな感じである。

 

「えっと……」

「……あ、相席でも構いませんことよ」

「そ、それじゃあ失礼します……」

 

 同じテーブルに3人の美少女達が揃う。

 なんとも絵になりそうな光景ではあるが、残念ながら雰囲気は重かった。

 

「せ、先日は申し訳ありま」

「えっと、も、もう構いませんから」

「そ、そうですよ!気にしてませんから!」

「……ありがとうございます」

 

 またもや謝罪をしようとする愛華に待ったをかける。

 既に何度も謝罪の言葉は受けたのだ。それに愛華は洗脳をかけられただけの被害者なのだから。

 

「そ、それじゃあ食べましょう!」

「そうですね」

「はい」

 

 いただきます、と3人が一斉にそれぞれのハンバーガーを食べ始める。

 最初は硬い雰囲気が漂っていたが、小鳥が必死のフォローを行ったおかげで少しずつ雰囲気が良くなりはじめた。

 簡単な挨拶から、今食べているハンバーガーの味とか色々と。

 そして食べ終わる頃になって今日の休日の予定について話始めたのだ。

 

「ではお2人はカードショップへ?」

「はい。私がデュエルモンスターズをはじめるので」

「私は色々とカードを見て、小鳥さんのお手伝いを」

「愛華さんは?」

「わたくしも今日はカードショップに行こうと思いまして」

 

 なんでもあの後、遊里に改めてけちょんけちょんにされたとの事。

 ぐぬぬ、という事でその対策のカードを購入しようと思いカードショップに行くのだという。

 

「それなら一緒に行きませんか?」

「えっ、よろしいのですか?」

「璃緒さんもいいですよね」

「……ええ、構いませんわ」

 

 確かに璃緒と愛華にはわだかまりがある。

 でもだからと言ってずっと引きずりたいとは思っていないのだ。

 そういう意味で、小鳥の気遣いは本当にありがたかった。

 となれば積極的に交流をしようという事で、カードショップに行くまでに色々な話をする事が出来た。

 学校の事から服の事まで色々だ。

 小鳥が驚いたのは和風少女である愛華が意外とカジュアルな服を好む事だろうか。

 そんな話をしながらついたカードショップ。

 ハートランドシティの中ではかなり大きい部類に入る店だ。

 3階建てであり、最上階にはデュエルスペースまで完備してある。

 まず最初に3人は小鳥の為にストラクチャーデッキを購入する事にした。

 昨今、デュエルモンスターズのカードプールの増加は非常に大きい。

 そして現■世界とは違いパックの収録カード数があまりにも多すぎるのだ。

 つまる所、何もカードを持っていない初心者がパックを購入してもまともなデッキは組めないのだ。

 かつて過去か別世界か、余り物のパックだけでデッキを組んだ男がいたがあれは異常の一言である、普通そんな事、できやしないのだ。

 話を戻そう。

 普通にパックを買っただけでは初心者はデッキを組めない。ならばどうするか。

 そこで登場するのがストラクチャーデッキである。

 現■世界と同じく初心者向けにある程度、テーマに沿ったカードが40枚入った品である。

 つまり初心者は最初はこのストラクチャーデッキを買って少しずつカードを集めてデッキを組んでいくのだ。

 3人で相談した結果、小鳥の好みにもあわせて天使族のストラクチャーデッキを購入する事にした。

 追加として10パック程、購入。璃緒と愛華もまた10パック購入していた。

 

「うーん、使えそうなカードはこれかなぁ……」

「あっ、いいカードですね」

「天使族ですしステータスも悪くありませんね」

 

 わいわいと3人で購入したパックをあけて中身を見ていく。

 愛華と璃緒は天使族のカードを見つけると小鳥に渡していく。

 小鳥は恐縮しっぱなしだが、長年やっているとレアリティが低いカードは結構な枚数をダブらせているのだ。これぐらいはなんともない。

 

「そういえば愛華さんは何か欲しいカードがあったんですか?」

「ええ。禁じられたシリーズが欲しく……」

 

 禁じられたシリーズとは聖杯、聖槍、聖衣、聖典の事をさす。

 相手のモンスター効果を無効化にしたり、魔法・罠や破壊から身を守ったりするなど非常に有能なカードシリーズの事である。

 しかし悲しい事にその封入率は非常に低く、シングルでの取引価格も非常に高い。

 どう頑張っても中学生のお小遣いで買えるような代物ではない。

 因みに遊里は30枚以上持っている。どうやって手に入れたんだと色々と突っ込みたい衝動にかられた事がある。というか今でも思う。

 閑話休題。

 

「ありましたか?」

「……次が最後のパックです」

 

 ゴクリと喉を鳴らすと愛華が買ってきた最後のパックを破いていく。

 それを見て2人もまた緊張した様子でそれを見守る。

 ゆっくりと取り出したカードの中には……。

 

「入ってませんでした……」

 

 しょんぼりした様子を見せる愛華。

 はぁ、と小鳥も璃緒も行きを吐き出す。

 

「残念でしたわ……」

「でもパックを開けるのはそういう事ですからね」

「そうですね……あっ」

「あっ」

「あっ」

 

 璃緒と小鳥も自分のパックを開封していたその時である。

 小鳥のパックから1枚のカードがぽろりとテーブルの上に落ちてきたのだ。

 そしてそのカードこそ……。

 

「……《禁じられた聖杯》」

「あ、当たっちゃいました……」

 

 思わず全員が押し黙ってしまう。

 目的のカードを欲しかった人以外が当ててしまう。色々とよくある光景である。

 

「えっと、愛華さんに上げましょうか?」

「い、いいえ。さすがにこんな高価なカードを受け取る訳にはいきません」

 

 小鳥がそっと愛華にカードを渡そうとするも、さすがに受け取る訳にはいかなかった。

 さて、どうしたものかと思うと妥協案を出してくれたのは璃緒であった。

 

「ならトレードはどうでしょうか?」

「それなら構いません!わたくしに出せるカードならなんなりと!」

 

 愛華が満面の笑みを浮かべる。

 本当にそうならこれ程ありがたいものはなかった。

 かなりの枚数を小鳥に提供しなければならないだろうが、聖杯というカードは愛華にとって非常に重要なカードである。

 さて、話が纏まった所で残りのパックを全て開封。

 残念ながらこの後はそれ程、強力なカードは手に入らなかったものの小鳥のデッキに必要なカードはそこそこ手に入った。

 後は愛華が提供するカードでデッキを組んでいけばいい。

 カードショップでこのままデッキを組み立てるという当初の予定を変更して、3人は愛華の家へと向かう事になった。

 到着した家を見て小鳥は驚きの表情を浮かべてしまう。

 何せ視線の先には和を基調とした豪華な屋敷があるのだから、ある意味当然か。

 お手伝いさんも何人もおり、小鳥は恐縮しっぱなしである。

 逆に璃緒は堂々したものであったが。

 通された愛華の部屋でさっそく3人はカードの交換を始めた。

 あれがいいこれがいいと、愛華と璃緒が中心になってカードを見て行く。

 その結果として聖杯1枚を対価に小鳥はかなりの枚数のカードを手に入れていた。

 中には天使族のモンスター・エクシーズもあり、初めて作る小鳥のデッキは中々良い形に仕上がりになっている。

 残念ながらモンスター・エクシーズは数枚しか用意できなかったが初心者としては十分すぎる内容だ。

 その後は本格的な小鳥向けのデュエルモンスターズ講座である。

 さて小鳥の腕であるが遊馬の傍でずっとデュエルを見ていただけあって、決して何も分からないという訳ではないし、小鳥自身も勤勉であり飲み込みも早かった。

 1時間程、ルールの確認とカードの効果処理について教えるだけである程度、デュエルができる程になっていた。

 その後は、璃緒や愛華と練習デュエルを行っていく。

 合間に璃緒と愛華のガチデュエルが勃発したりしていたが。

 尚、勝率は6:4で愛華の方が若干の勝ち越しである。

 璃緒はその結果を受けて、悔しそうな表情をし、愛華もまた慢心しないようにと心に誓っていた。

 練習が終わった後はゆっくりとお茶を飲みながらガールズトークへと移行していた。

 そろそろお暇するか、と思って玄関に行くと何やら騒がしい声が聞こえてくる。

 一体なんだろう、と3人が視線を向けるとそこには。

 

「あれ、小鳥?」

「よう愛華」

「ゆ、遊馬!?」

「遊里!?」

 

 そこには九十九遊馬と青山遊里の姿があった。

 なんでこの2人が一緒に?と思ったが、なんでも街中で偶然出会い、そのままカードショップ主催の大会に出場してきたとか。

 そして今から遊里の部屋で反省会やデッキ作りをするとの事。

 小鳥も一緒に来るか?と遊馬のお誘いもあったが、小鳥は今日は辞退する事にした。

 なんとなくだが今日はこのまま愛華とまたね、と挨拶して璃緒と一緒に帰りたい気分であった。

 遊馬は特に気分を害する事なく、おうまたな!とだけ挨拶して遊里と一緒に隣の家の中へと消えていった。

 なんだか不思議な気分だな、と思いつつ小鳥と璃緒は愛華と挨拶をするとそのまま帰宅する事になった。

 

「今日は楽しかったですね」

「ええ、色々と楽しめました」

 

 女3人で色々と話した事もカードを開封して一喜一憂した事もデュエルをした事も。

 今日は本当に色々と楽しい1日であった。

 願わくばバリアンとの戦いを一刻も早く終えて、こんな優しい日が続けばいいなと思いながら二人はゆっくりと歩を進めていった。




20150712 一部加筆。

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