結論だけ言えば、世界はあっという間に救われる事になった。
ドン・サウザンドは倒れ、その力を受け継いだナッシュもまた九十九遊馬に敗北したのであった。
青山遊里の持つ記録の通りの流れ。
結局、遊里がやった事は殆ど意味をなさなかったという事だ。
そんな光景を見ながら、避難先で遊里はまぁいいかと納得する。
自分が介入して変わらなかったからと言って、不利益が出る訳ではないのだ。
世界は救われる。
そしてきっとヌメロン・コードにより、倒れた者達はみんな帰ってくるのだろう。
そう思えば、遊里の努力の空振りなどどうでもいい話になるだろう。
それにこれからの方が大変だろう。
世界は荒れてしまった。
バリアン七皇の攻撃やドン・サウザンドの攻撃の影響もあるだろうが、恐慌状態になった人間が被害を出している事もある。
これらを復興させるのは簡単な話ではないだろう。
しかし未だ子供の年齢から抜け出せていない遊里が何か出来るという訳でもないのだが。
それでも、と大人達に混じり手伝いをしている訳である。
そんな事をやっている事、2日程した朝。
遊里のDゲイザーに一通のメールが届いた。
送り主は九十九遊馬。
「どうしたんですの、遊里?」
「遊馬からのメール」
「彼からですか?」
一緒に食事を取っていた愛華が聞いてくるので答える遊里。
内容は多分だが遊里には分かっていた。
バリアンとの決着がついた後の最後の大舞台があるのだ。
九十九遊馬とアストラルの決戦。
ヌメロン・コードをかけた対決だ。
メールを開けば、アストラルとデュエルをするから見に来て欲しいとの事。
遊里は数秒、思考すると了解とメールを送り返す。
指定された場所と時間を確認する。
デュエル開始の時間は夕方近い。
今日の作業は早めに切り上げて向かおうと決める。
「何かあったんですの?」
「ああ。デュエルをするらしい」
「デュエルですか……?」
こんな状況でデュエルをする。
色々と言われそうな気もするだろう。
しかし遊里の表情に何かを感じ取ったのだろう愛華はすんなりとそれを受け入れていた。
「見に行くんですの?」
「ああ、頼まれたし興味もある。愛華はどうする?」
「……いえ、私はやめておきますわ」
遊里の誘いにそっと辞退をする愛華。
勿論、愛華自身も興味がない訳ではない。
しかしなんとなく、なんとなくだが自分には見に行く資格がないような気がしたのだ。
「私は今回、何も関わっておりませんから……」
「気にする必要はないと思うけどな」
「遊里とは違うのですよ、私は」
「あー……知ってたか?」
「なんとなくですが」
愛華の頷きに遊里がバツの悪そうな顔になる。
「あんな思わせぶりな事を言っていれば誰でも分かりますわ」
「そりゃそうか」
何せ世界を救うの手伝ってくる、とか言い出した上での今回の騒動。
さすがの愛華とて気づくというものだ。
「……何もなかったんですよね」
「ちょっとデュエルをしてきただけさ」
因みに内容は全部、瞬殺である。
それを見たら愛華のトラウマが刺激されるのには違いないだろう。
幼い頃の少女に対して、シャドールとか言うデッキを使うものではない。
因みに大の大人も何人かトラウマになった。
「勝ったんですわよね?」
「そりゃあな」
ガッチャ、楽しいデュエルだったぜ、こっちだけが。
酷い奴である。
「ですがまだ終わっていない、という事ですか」
「ああ。それも今日終わると思うけどな」
「そうですか。なら私は終わった後、聞かせてもらいましょう。もう、やれる事はないんですわよね?」
「そうだな。俺もやれる事はデュエルを見届けるだけだ」
既に全て終わっているのだ。
今日のデュエルは一種の儀式、区切りをつける為のものでしかない。
だけどとても大切な、大切な事なのだ。
「なら私はここで待っていますわ、貴方の帰りを」
「そっか。んじゃ行って来るよ」
そして全ての決着がついた。
《FNo.0 未来皇ホープ》
アストラルの記憶のカケラではない、遊馬が生み出した新たなナンバーズ。
その輝きはその場にいた者達に確かに希望と未来を見せたのだ。
遊馬の勝ちである。
それを遠くから見ていた遊里はそれだけ2人を見ながら色々と大変だっただろうな、と思った。
記憶を全てなくしてしまったアストラルもだが、訳も分からない幽霊のような存在が取り付き、死ぬかもしれないデュエルを繰り返してきた遊馬。
大変だった、の一言で済ませられるレベルではない。
涙を流してアストラルとの別れを告げる遊馬。
こうして遊馬とアストラルのナンバーズを巡る物語は終わりを告げたのである。
遊里は遊馬達に挨拶だけして、自宅へと戻っていった。
今日はもう遊馬に声をかける必要がないと判断したからだ。
後は必要なのは時間だけだろう。
そうすれば少しずつ心の中を整理する事が出来る筈だ。
それに遊馬の横には小鳥がいる。
最初から最後までずっと遊馬の横で見続けていた彼女がいるならば、悪い事にはならない筈だ。
そうしたらまたデュエルをやろうと思う。
そこまで考えて1つ忘れていた事があった。
「……遊馬とアストラルとデュエルをしていなかったな」
2人と知り合ってから不本意な形でデュエルをしたが、それ以降は遊馬1人とのデュエルしかしていなかった事を思い出す。
とは言え、それは仕方のない事なのだが。
アストラルが加わるという事はナンバーズとのデュエルという事だ。
ナンバーズはこの世界の人達からすれば戦闘耐性は非常に強いし、オカルトパワー的な意味でも強力すぎるのだ。
遊里のような一般デュエリスト相手に使うものではない。
だけど遊里からすれば関係のない話だ。
強いデュエリストと戦いたいと願うのは当然の事であった。
自宅の布団に寝転がりながら、ふと思う。
何かもう1つ忘れている事はないだろうか。
そう、この世界に来た時に何か話したような……?
「……なんだったっけか」
目蓋を閉じながら、そう呟くと遊里の意識は闇に飲まれていった。
『では、最後の願いを叶えに行きましょう』
そんな言葉が聞こえてきた。
「……ここは?」
気がつけば青山遊里はポツンと1人で立っていた。
はて、と思う。
記憶が確かならば先程、自分は自室の布団に倒れるように寝転んだのではなかったのか。
夢遊病にでもかかったのだろうかと思う。
しかし違和感を感じる。
何処となくここは現実世界ではないような気がするのだ。
そんな思いを抱きながら周りを見渡した遊里だが、ここではて、と思う。
周りを見渡すと高層ビルばかり。
こんなビルだらけの世界に既視感を抱き始めたのだ。
どういう事なのだろうかと、再び周りを見渡す。
遊里が立っているのも道路のど真ん中だが、車が通る様子もなければ人もいない。
こんな昼間の都会なら誰かいそうなものだが、人影を見つける事すら出来ない。
試しにDゲイザーの通信機能やメール機能を使ってもなんら反応がない。
困った遊里はとりあえず、と適当に歩き出す。
ここには何もないかもしれないが、探せば何か見つかるかもしれないと思ったからだ。
しばし歩いてみるが、やはり人影も何もない。
ビルやときおりみつけるスーパーの扉は硬く閉じており中には入れそうにもない。
ここまで来て、ある事に気づく。
歩き始めて30分程だが、周りにあるものがまったくみられないのだ。
普段の生活なら普通にあるものだが、ここにはまるでない。
どういう事なんだろうかと思った、その瞬間。
「誰かいないかー!」
そんな声が聞こえたのだ。
その声を聞いた途端に遊里は走り出していた。
さすがにこんな所にずっと1人でいたいと思わなかったからだ。
「あっ」
「ああっ!」
『君は……!』
走った先にいたのはよく見知った人物、九十九遊馬。
そしてこの世界から去っていった筈のアストラルがそこにいたのだ。
一先ず、状況確認をするべく話し合う3人。
と、言ったもののやはりと言うべきかさっぱり分からないという。
遊馬も遊里と同じく自宅で寝ていたらここにいたとの事。
アストラルは元の世界に戻ったらここにいたらしい。
結局の所、原因はさっぱり分からないのが現実だ。
少し話しただけで、なるようになるしかないという結論に達した3人は地面に座りこんで、色々と話始めた。
デュエルの事やこれからについてと色々とだ。
アストラルと遊里は特に色々な話をした。
遊里にはアストラルの事を見えていなかったから、話してみたいとは思っていたのだ。
アストラルとしても遊里と話してみたい事は沢山あったようだ。
しかし時間が経てば話題も少なくなる。
体感で2、3時間程、話していたような気もするが戻れる気配もない。
遊馬と話してみれば、やはり彼もまたこの世界にいる事に対して現実感がもてないらしい。
「ぶっちゃけると夢の中って事か」
「そうなのかぁ」
ぶっちゃけた結論であった。
しかし夢ならばいつかは覚めるものである。
暫くすれば覚めるだろうと結論付ける。
だが目が覚めるまで非常に暇である。
しかし遊馬と遊里はデュエリスト。
ならばやる事は1つ。
しかし遊里には思っていた事がある。
青山遊里は普段は本気を出さないようにしている。
あまり本気を出しすぎると相手の心を折りかねないからだ。
しかし遊里の本心としては思いっきりやりたいと思っているのだ。
そういう意味では何度も心を折る事なく挑戦しにやってくる神代凌牙という存在は貴重なのである。
では九十九遊馬という存在はどうなのか。
こちらは遊里と違いいつだって本気である。
手加減するような失礼な真似は出来る筈もない。
だがある方面から見れば、彼もまた普段のデュエルには本気を出していないのだ。
それは彼、というよりはアストラルの持つナンバーズのせいである。
普段、一般人との相手に遊馬はナンバーズを使う事はない為だ。
だから、だ。
寝る前に考えていた事。
そしてあの時、聞こえてきたような言葉を思い出したのは。
『最後の願いを叶えに行きましょう』
そうだ。
まだ青山遊里は、遊馬と本当の意味で本気のデュエルをしていない。
だから、だ。
アストラルが去ってしまった今、それは出来ないと思っていたのだが。
「なぁ、遊馬。デュエルをしようぜ」
「おっ!いいぜ!」
「だけど1つ条件がある」
「条件?」
遊里の言葉にハテナマークを頭上に出す遊馬。
デュエルを挑まれたら、何かない時以外は必ずデュエルを受ける遊里がわざわざ条件を出すとは。
「アストラル」
『むっ、どうした遊里?』
「俺は遊馬とアストラル。2人と楽しくデュエルをしたい」
「えっ、それは」
そんな遊里の言葉に、すぐに察した遊馬。
アストラルもまたその言葉に意味を理解していた。
『それはつまりナンバーズを使え、という事か』
「ああ。あっ、今更、躊躇う事はないぞ。凌牙の奴は普通に使ってきたし」
「しゃ、シャークの奴……」
実力的にはともかく一般人に分類される遊里相手にナンバーズを使っているとは思っていなかった遊馬。
だがアストラルは逆に冷静にそれを聞いていた。
元々実力の高さは理解していたし、バリアン世界に行く途中に出会ったギラグやベクターからも話を聞いていたのだ。
バリアン七皇を一方的に倒せる程の実力を持ったデュエリスト。
アストラルから見ても間違いなく青山遊里は一番強いと言っていいレベルの決闘者だ。
「だから気にするなよ遊馬。俺はあの時出来なかった、2人とのデュエルをやりたいんだ」
「あの時……」
ギラグによって洗脳されてしまった遊里との不本意なデュエル。
あの時は遊馬が勝利したが、あれはあくまで洗脳された遊里とのデュエル。本当の意味での遊里とのデュエルはした事がない。
そしてきっとこれが最後のチャンスだろう。
アストラルは元の世界に戻ったのだから。
偶然か奇跡か。
夢だと思われる場所で再会し、出会ったのだ。
ならば。
「アストラル」
『私は構わない。青山遊里。きっと我々が出会ってきた中で彼が最強に近いデュエリストなのだから』
「なら行こうぜアストラル!」
『ああ、遊馬!』
「遊里、勝負だ!」
「全力で楽しいデュエルにしようぜ!」
遊馬と遊里がその手にデュエルディスクを装着する。
目にはDゲイザー。
遊馬とアストラル、そして遊里の最後かもしれないデュエル。
「デュエルディスク、セット!」
「Dゲイザー、装着!」
2人がそれぞれ装備すると、ARリンクが完了する。
遊里と遊馬の視線が交差する。
これは世界の命運をかけたとか誰かの未来を決めるとかそんなものではない。
単純にデュエルが好きな者同士の楽しいデュエル。
それが今、始まるのだ。
『デュエル!!』
144~146話あたりの話。
本当はこのままデュエルに行こうと思ったのですが、.5がなくなってしまうのでそれを補う形で。
次回で最終回、または次々回で最終回となりますがよろしくお願いします。
20141110 誤字修正。
20150713 誤字修正。