それは一人の青年の物語。
最強がゆえに周囲は敵のみで、戦場をただ一人渡り歩いていた青年は、償還魔法によって異世界へと召喚され、使い魔となった。
相手は”ゼロ”と蔑まれていた一人の少女。
これは、最強と呼ばれた青年と”ゼロ”と呼ばれる魔法使いの物語である。
──それは、一人の青年の物語。
──魔法という不思議な力の文化が存在する世界に、一人の青年がいた。
──彼は最凶と呼ばれる魔法使いであった。
──故に彼の周囲は常に敵だらけで、味方や仲間などは一人もいない孤独であった。
──それでも、青年が向かう場所はすべてが焼け野原と化すことから、こう呼ばれて恐れられていた。
──漆黒の死神、と。
「終わった……か」
周囲が炎に包まれる光景を見ながら、僕……
《今日は208人を倒しましたね》
記録更新おめでとうございます、と付け加える女性の声は、僕が持つ大剣から発せられているものだ。
彼女(?)の名はクリエイト。
僕が魔法を使い始めてからずっと一緒に数多の修羅場をくぐり抜けてきた相棒である。
「別に撃破数を更新するために来てるんじゃないからな」
軽い口調で言うクリエイトにため息交じりに返すと、軽く大剣を持つ手に力を込めるように握り直した。
すると、大剣は一瞬ではあるが眩い光を発すると、その姿を真珠のような玉をつけた首飾りへと変えた。
僕はそれを首にかけると、静かに息を吐き出す。
次の瞬間、僕の体は淡い光に包まれると、黒を基調としたマントから、黒の上着に青色のジーパンに服装を変える。
それこそが僕の普段着であり、ついさっきまで着ていたものであった。
《早く帰りましょう。マスター》
「そうだな」
僕はゆっくりとした足取りで合流地点でもある
今日ここにやってきたのは、最近この世界で悪さをしている魔法使いが居るとのタレコミが警察の魔法使い版である″国際魔法連盟″へと寄せられたためだ。
僕達が暮らしている魔界には直接的な関係はないものの、他の世界に被害が拡大してもいけないので、叩き潰すように指示が出されたのだ。
その結果は、無事に任務を果たすことができたわけであるのだ。
だが帰り道の僕の足取りはとても重かった。
(僕はいつまで生きられるのだろうか?)
僕の死に際が、戦死するか暗殺されるか自爆するというのは確定している。
そして、そう長くも生きられないということも。
《……》
僕の考えていることなどすべてお見通しのクリエイトは何も言葉を発しなかった。
(前向きに行かないとね)
ネガティブになり始めた気持ちを切り替えると僕は 足を速める。
もしかしたら、それがいけなかったのかもしれない。
《マスターっ!》
クリエイトの切羽詰まった声が聞こえたときには、僕の視界は黒一色に染まっていた。
「一体何があった?!」
《転移魔法ですっ! 何者かがマスターの足下に転移魔法を仕掛けていたんです!》
不覚であった。
任務が終わり気が緩んでいたのだ。
(悔やんだり、言い訳していても致し方ない。なるようになれだ)
転移先である場所での不意打ちに備えるべく気合を入れる僕だったが、次の瞬間には意識を手放すのであった。
気が付いて最初に聞こえてきたのは、にぎやか……というにはいささか大きすぎるざわめきだった。
声に誘われるように目を開けると、すぐに見えたのは黒いマントのようなものを羽織っている両サイドにのみ頭髪がある眼鏡をかけた男性と、こちらを見て顔を引きつらせている黒いマントのようなものを羽織り、白の上着に黒色のスカートという服装をした、腰まで伸びるピンク色の髪の女子だった。
「~~~~~~~~!」
「~~~~~~~」
その二人はこちらの方に何度も視線を向けながら、何かを話しているようだが、何を話しているのかがさっぱりわからない。
(と、とりあえず落ち着こう)
突然のことに混乱に陥りそうになるのを、必死に落ち着かせる。
こういう時にこそ、冷静な行動が求められる。
「~~~~~」
「~~~~~~~~~」
自分を落ち着かせている間、二人は話し合いを終えたようで、少女がこちらの方に向かって歩み寄ってくる。
僕の目前まで来た少女は、何かを言いながら僕の額に棒状の物(おそらくは杖だろう)を軽くあてると、尻もちをつく僕の目線に合わせるように屈む。
「っ!」
目と目が合い、気恥ずかしさを覚えた僕は、少女から視線を逸らす。
(これは、帰って話しでもすれば笑われるかな)
尤も、“帰られれば“の話だが。
「~~~~~~」
(うん、何を言っているのかわからないな)
世界が違うようで、彼女たちの言っている言葉が全くわからない。
僕は何を言っているのかを把握するべく、翻訳魔法を使うことにした。
「~~~~者に祝福を与え、われの使い魔となせ」
翻訳に少々時間がかかったが、何とか僕のわかる言語に翻訳されたようで、少女のちゃんとした言葉を初めて聞くことができた。
そこまではよかったのだが、問題は聞こえた言葉の内容だ、
(使い魔って、あの使い魔だよね?)
魔法使いの補佐をするものとして、よく使い魔を使役することがある。
それは僕の故郷でも日常的に行われており、何の問題もない。
ただ、一番の問題は
(まさか、僕を使い魔にする……何てないよな?)
使い魔は動植物のみで、人間を使役することは不可能。
しかも、使い魔契約を結ぶにも相手の同意が必要だ。
どのみち不可能だ。
「って、おい何をする気だっ?!」
「じっとしてなさい!」
いきなり型から後ろ首にかけられた手に、抗議の声を送る僕の言葉は少女によって一蹴された。
「目をつぶって、今度は何をする気? ……まさか、まさか違うよな?!」
目を閉じてこちらに顔を近づけてくる少女にいつになく取り乱す僕をしり目に、少女との距離は徐々に狭まっていき、ついに
「んぅ!?」
距離がなくなるのと同時に唇に伝わる柔らかい感触が、目の前の少女の唇であると認識するのにそれほど時間はかからなかった。
もっとも、理解できた時にはすでに柔らかい感触はなくなっていたのだが。
「うむ。コントラクト・サーバントは無事に終了したようですな」
「はい」
男性と少女が何やら話しているが、今の僕はそれを理解するような余裕はない。
(知らない人にキス……しかも初めてなのに)
これが夢ならばどんなに良かったことか。
見ず知らずの少女にキスをされるなど、高月浩介一生の不覚だ。
「一体何をしやがるっ!!」
突然のことに惚けていた僕は、正気に戻ると一連の行為をした少女に向けて抗議の声を上げる。
怒りと恥ずかしさのあまり、顔だけでなく体中が真夏日に厚着をしているように熱い。
(って、それはないだろ)
いくら何でも体中が暑くなるなんてあり得ない。
「一体何をしたっ」
「すぐに終わるわ。体にルーンを刻むだけだから」
少女を睨みつける僕に、彼女は表情一つ変えずに言い放つ。
だがその言葉の意味を理解するのよりも早く、体中(左手を中心)に痛みが走る。
それはまるで体の内側を鋭利な刃物で突き刺すようなものだ。
「─────っ」
戦場を駆け回る関係で、痛みには慣れているはずだったが強い痛みに言葉はおろか、悲鳴さえ上げられなかった。
痛みを紛らわせるために両手で上着を引きちぎらんとばかりに胸元をつかむが、それでも痛みは薄れない。
(早く………早く終わってくれっ)
僕にできたのは、この地獄にも等しい痛みから早く解放されることを祈ることだけだった。
「ぁ……」
痛みがなくなったからなおか、それとも僕の体が痛みに耐えきれなくなったからなのか。
僕の視界が白みがかり始めたかと思うと、そのまま視界は黒に染まり、そのまま意識が遠のいていく。
僕は、それにあらがうことなく、そのまま身をゆだねるのであった。
―――この出来事が自分の今後を大きく変えてしまうということも知らずに。