『101番目の哿物語』   作:トナカイさん

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第十一話。散花

唖然とした俺を他所にキンゾーは語る。

 

「そういや、Dフォンを渡された際にヤシロから兄貴に言付けを頼まれたぜ? 『お兄さん『達』にはDフォンを二台渡したけど、その意味をよく考えてみて!』ってな。

……なんのことかよく解んねえが、気に入られてんな。

あんな小さなガキにまで好かれるとは、流石だな、兄貴は!

ま、『緋弾のアリア』や『月隠のメリーズドール』みたいな体型をしてる奴らを手懐ける兄貴だからな。そういった方面に興味があるのは仕方ねえか……」

 

おい、それはどういう意味だ?

問いただそうとしたが、キンゾーは口を噤んだ。

いろいろ言いたい事が出来たが、今奴はなんて言った?

ヤシロちゃんが『俺達』にメッセージを残した?

『8番目のセカイの案内人』と呼ばれるヤシロちゃんが?

 

「ふむ。あのヤシロがのぅ……こやつにはヤシロが気にいる『何か』があるということか?」

 

「ただのロリコンじゃないのか?」

 

おい、氷澄! お前、表へ出ろ______⁉︎

あ、ここが表か。

……じゃない! 人をロリコン扱いするな!

俺は普通だ!

幼女嗜好なんてない!

 

「俺がロリコンなら、お前はババコンだろ! ラブラブカップルで羨ましいぜ!

ババコンで痛い厨二属性とか……引くぜ」

 

氷澄に反論すると。

動揺したせいか、奴の目は一瞬大きく開かれ……

その青い瞳がさらに輝きを増した。

 

「なっ⁉︎ 俺がバ、ババコンだと⁉︎

っ⁉︎ ラブラブカップルって誰の事だ!」

 

「ユー、アンド、シー?」

 

以前一之江が俺にした時のように、英語で話しながら氷澄とラインを指差して返すと。

 

「ぐっ! 貴様、ふざけやがって! ライン、サード!」

 

馬鹿にされたのが解ったのか、氷澄は逆上した。

よし、相手のペースを奪ったぞ!

一之江がよくやる手だが、会話で相手のペースを乱し、主導権を握る手法。

それを俺はやってみた。

 

「うむ、やるぞ! 氷澄はババコンではないからのぅ!」

 

「ケッ、ババコンもロリコンも同じようなモンだろうが」

 

「それは違うぞ、キンゾー! 氷澄はわらわを愛しておるだけじゃ。俗にいう、ラインコンプレックス。ライコンなだけじゃ!」

 

「「ああ……なるほど!」」

 

ラインの言葉に思わず納得してしまう俺とキンゾー。

 

「納得するんじゃない!」

 

氷澄のツッコミが入る。

そして、そのツッコミが合図になったかのようなタイミングで俺の前まで近寄っていたキンゾーがバイクを発車させた!

 

(ッ⁉︎ くそ______ 桜花ッ!)

 

咄嗟に桜花を放ってバイクの車体を蹴り上げ吹き飛ばしたが……そのバイクにはキンゾーの姿はなかった。

 

(______ッ⁉︎)

 

周囲を見回したその時。

チリ、チリっと。俺の中で何かを感じた。

何だ? この感覚⁉︎

首の辺りに何か違和感を感じる。

虫の知らせのような、嫌な予感。

俗にいう『第六感(シックスセンス)』が働いた。

これはマズイ‼︎

そう思った俺は『潜林』を放って身を屈めた。

次の瞬間。

 

『不可視の線糸(インヴィジビレ・ライン)』」

 

キンゾーの声が聞こえ。

頭上を見上げるとヒステリアモードの俺の視力は、先ほどまで俺の首があった位置を、何か細長い物が瞬時に通過するのを視認した。

あれは……ワイヤー?

細長い、極小の線。

ピアノ線にも見えるソレは俺の首があった位置から向かいにある民家の塀へと向かって伸びていた。

 

「チッ、避けられたか。当たっていれば即死だったんだがなァ……流石だぜ、兄貴!

よく躱せたな。誇っていいぜ兄貴! この技を見切ったのは兄貴が初めてだからな!」

 

「……なんだ、今の⁉︎」

 

ただのワイヤーじゃない。ワイヤーよりも硬く、切れ味がいい。そんな素材で出来ている。

 

「ピアノ線……正確にはTNK(ツイストナノケブラー)だ! 兄貴が昔、まだ敵だった『銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト)』にしてやられそうになったモンと同じさ。あの時はアリアが気づいて防いだようだが……懐かしいだろ?」

 

そう言ったキンゾーの声はイタズラに成功した子供のような笑いを含んでいた。

 

「そんなことも知ってんかよ……どんだけ俺の事を調べたんだよ。

やっぱりお前、俺のファンだろ?」

 

「だから、ゾッとするような事言うんじゃねえよ! べ、別に兄貴の事が気になったからとか、兄貴の過去に興味が湧いたから昔のことも全部調べた、とかそんなことはないんだからなっ!」

 

「……お前らツンデレ族は聞いてもいないことをどうしてそうペラペラ話すんだ?」

 

「⁉︎ そ、そんなんじゃねえよ!」

 

分かりやすいな、キンゾー。

そんなんじゃ自分がツンデレだって認めてるようなモンだぞ?

キンゾーの弱点その①。ツンデレを指摘されると照れる、だな。

だが、今の技はかなり危ねぇぞ。

咄嗟に気づいたから躱せたが、視認できない速さでの攻撃だったからな。

『首なしライダーはピアノ線で首を切断した』……そう云った噂によって今の攻撃が出来るのなら。

かなりやっかいな相手だぞ。キンゾーを相手にするのは。

今の技は兄さんの『不可視の銃弾(インヴィジビレ)』にもひけをとらないくらい速かったからな。

 

「兄さんの不可視の銃弾(インヴィジビレ)をアレンジしたのか?」

 

「……そんなんじゃねえよ」

 

キンゾーは否定してるが、あれは間違いなく『不可視の銃弾(インヴィジビレ)』だ。

やっかいだな。『不可視の銃弾(インヴィジビレ)』なら攻略できる。あの技の攻略をするなら相手の銃口の向きを察して、全く同じタイミングで相手の銃口に銃弾を返してやればいい。

だが、キンゾーの『不可視の線糸(インヴィジビレ・ライン)』は糸の出処が全く見えない。

見えないから、返しようがない。

糸が出てから視認するしかないんだ!

『不可視の銃弾(インヴィジビレ)』は視認できないくらい速いが、ヒステリアモードの俺なら銃口の角度から大体の狙いは解る。だから銃弾を銃弾で撃ち返せる。

だが、『不可視の線糸(インヴィジビレ・ライン)』は糸という特性上、近寄れば視認はできるが何処に張られるかは解らない。

だから一歩動けば……ただそれだけの動作をしたが為に糸で首を切断されるかもしれない。

実にやっかいな技だ。

身動きが取れない状態にして、相手を倒す。

それは『振り返った相手を確実に抹殺する』、そういった逸話を持つ一之江と俺が相手に散々やってきた戦法と似たようなものだ。

それを今度は自分達がやられている。

動けない! 動いたら切断されかねない。

 

「フッ、これで貴様の動きは封じた! ラインとサード。コイツらなら絶対に躱せない音速での攻撃が可能だ。音速を超える者。2人がかりでなら貴様も防げない……はずだからな。『101番目の百物語(ハンドレッドワン)』。そして、『哿(エネイブル)』ここに敗れたり!」

 

氷澄が得意げに宣言したが、事実なので何も言えない。

先ほどラインの『音速境界(ライン・ザ・マッハ)』を受け止めたが、あれはラインと一対一の状況だったからできたんだ。2人がかりで音速を超える技を使ってくる奴を受け止める技はない。

 

「行くぞ、ライン。サード。『厄災の眼(イーヴルアイ)』!」

 

氷澄の青い両眼が光り。

 

「うぬ、今がチャンスじゃな! 行くぞよ、『音速境界(ライン・ザ・マッハ)』!」

 

動きを止められた俺の背後からラインの声が聞こえ。

 

「じゃあな、兄貴……『流星(メテオ)』!」

 

「______この桜吹雪______散らせるものならッ!」

 

俺の真正面からキンゾーが突っ込んできた。

前と後ろからの挟み撃ち!

人間では避けらない。

誰も躱せない。音を超える攻撃。

その音速での挟み撃ち。

それが俺に向けられた。

 

「散らしてみやがれッ!」

 

______パァァァァァァァァァァァン‼︎

 

ズガガガガガガガガガ‼︎

 

(橘花______絶牢______桜……ぐはっ⁉︎)

 

ヒステリアモードの超スローで見える視界で、近寄る奴らを見ていた俺は……左右から来た衝撃を受けその打撃エネルギーを受け止めようともがき。

『橘花』を放つことにより、ラインの攻撃(ライン・ザ・マッハ)を逸らすことには成功し、絶牢でキンゾーが放つ『流星(メテオ)』の打撃エネルギーを受け止めたが……全てを受け止めることはできずに。

あまりに強い衝撃を身体で受けてしまった俺はまるで大型トラックに轢かれたかのように、吹き飛ばされてしまった。

 

(ぐはっ……体が痛てぇ……)

 

 

全身に走る痛み。ポタポタと流れていた血は激しさを増し、ドバァー、と吹き出した。

それでも痛む体に鞭を打って無理矢理立ち上がろうとしたが。

身体は動かない。

ああ、ヤバイ。

これは長くは持たない。

死んでないのが奇跡と思えるくらい、俺の全身は傷ついていた。

このまま戦っても勝てない。

無駄死にだ。そんなことは解ってる。

賢い奴なら降参していかに自分が不利にならないか、といった交渉をするところだろう。

続けても負ける。

だけどそれがどうした?

勝ち目がない戦いに挑むのはそんなこと、いつものことだ!

俺は『哿(エネイブル)

『不可能を可能にする男』だ!

こんなところで負けてたまるかよ!

そう思うのに、俺の身体は動かない。

このままじゃ負けるのに。

このままじゃ一之江が庇ってくれたことも無駄になるのに。

解ってるのに。立ち上がりたいのに。

なのに俺の体は一切の力が入らなかった。

 

「すっかり観念したか。じゃあ……」

 

氷澄が片手を上げた、その瞬間。

 

 

 

 

 

 

『茨姫の檻(スリーピングビューティー)』‼︎」

 

鋭い声と共に、氷澄に向けて大量の茨の蔦が放たれた。

 

「っ、増援か!」

 

『妖精庭園(フェアリーガーデン)』!」

 

聞こえてきた鳴央ちゃんの声と同時に。

 

 

俺はさっきも訪れた、妖精の花園に立っていた。

辺りを見回したが、氷澄やライン、キンゾーの姿はない。

鳴央ちゃんが俺と一之江をこの場所に隔離してくれたようだ。

 

「一之江さん!」

 

音央が俺の前に倒れている一之江に駆け寄る。ラインの攻撃が直撃した一之江。一体どれくらい酷い怪我をしたのか検討もつかない。

俺にできるのはその姿を見ないように、上を向くことだけだ。

 

「モンジさん、無事でしたかっ。きゃあ、酷い怪我! 早く手当しないと!」

 

音央ちゃんは俺の姿を見て悲鳴を上げた。

俺や一之江の側に駆け寄ってきた2人は、慌てて飛び出してきたようで髪形がちょっと乱れていた。

 

「いや、いい。これ以上治すな(・・・)

 

ベルセ気味のレガルメンテでもある俺は普段よりも少し荒い口調で鳴央ちゃんに告げる。

 

「……モンジさん……?」

 

強めに言った俺に驚いたのか、鳴央ちゃんは俺の顔を覗き込んだ。

 

「ごめんよ……助けに来てくれてありがとう。だけど治療は今はいい」

 

格好付けて言ってるわけではない。

今の俺の体はボロボロだ。それこそあのまま戦い続けていれば死んでいてもおかしくないくらいに。

『死にかけて』いた。

そう。それはつまり。

俺はなっているということだ。

HSSの派生の一つ。ヒステリア・アゴニザンテ______別名、『死に際の(ダイイング)ヒステリア』。瀕死の重症を負った男は、死ぬ前に子孫を残す本能がある。これは、その本能を利用して発現させるヒステリアモードだ。

それは______命と引き換えのヒステリアモード。

だが、まだ俺は動ける。

それはきっと。ハーフロアとして、人間よりも生命力とか、基礎体力が大幅に上がっているからだろう。

 

「っ、モンジさん……」

 

俺の変化を感じ取ったのか。鳴央ちゃんが息を飲むのが解った。

 

「音央。一之江のこと、ちゃんと見てやってくれないか? 俺は、一之江の姿を見ることはできないから、さ」

 

自分でも声が震えてるのが解る。

______音央と鳴央ちゃんが来てくれなかったら、俺はあいつらに負けていた。ちょうどいいタイミングで仲間が現れるなんて、漫画だけだと思っていた。

来てくれなかったら……俺は。

 

「……ちきしょう……」

 

大切な女性を守れなかった。

それが何よりも悔しい。

 

「モンジ……」

 

「モンジさん……」

 

悔しかった。どうしようもなく、果てしなく悔しかった。あんなババコンのナルシストメガネに負けたこととか、そういうこともあるが。それだけじゃなく。

自分が。一之江に庇われるまで何も出来なかった自分が。

そして……一之江を傷つけさせてしまった自分が。

何よりも肌立たしくて、許せなくて、悔しかった。

 

「俺は、俺は……一之江や……キリカ……音央や……鳴央ちゃん……みんなの、物語の主人公なのに……!」

 

それなのに、助けられてばかりで。何かをしてあげることなんて何もなくて。

今だってそうだ。鳴央ちゃんの『妖精庭園(フェアリーガーデン)』のおかげで安心して隠れることが出来ているから甘えられている。

いくらどんなに強い戦闘力を持っていても。

ヒステリアモードで戦えても。

______それでもロアを相手にするには力が足りないんだ。

今のままでは大切な女性すら守れない。

今回の戦いで俺はその程度の人間なのだ、と。

まざまざと思い知らされた。

 

「あ……えっと……」

 

何か声をかけようとしてくる鳴央ちゃん。

 

「…………」

 

そんな彼女を、首を振って止める音央。

今、優しい言葉をかけられたら俺はそれに甘えてしまうから。

今、厳しい言葉を投げかけたら逆切れしてしまうかもしれないから。

だから、何も言わないでいるのが正解。音央は腐れ縁だけあって、『俺』のことをよく解っている。

だから今は、それに甘えさせて貰う。

 

「一之江を頼む、どんな怪我をしてるか解らないけど」

 

「……うん、解った、任せて。あんたはどうする?」

 

音央はいつも通りに接してくれた。

だから俺は、もう見っともないとこは見せられない!

ここで甘えたり、泣きつくのは逃げだ。

逃げるのはいつでもできる。

2人ならそれを許してくれる。

だから、なおさらそれはできない。

2人の物語の主人公として。みんなを物語にした主人公として胸を張っていられる為に。

俺は逃げない!

 

「手に入れた情報をキリカに伝えてくるよ」

 

 

そう。逃げ場にする為じゃなくて。前へと進む為に。

今、ここにいない仲間に伝達し、対応を相談する。

それが主人公()魔女(キリカ)の関係なんだから。

 

「解りました。でも、モンジさん」

 

「うん?」

 

懐からハンカチを取り出した鳴央ちゃんは。

 

「せめてこれを」

 

俺に手渡してくれた。

 

「……ありがとう、鳴央ちゃんには優しくして貰ってばかりだな」

 

「音央ちゃんにも、ですよね?」

 

「ははっ、その通りだ」

 

わざと明るく笑いながら、ハンカチを受け取った。

そのハンカチが妙に暖かく感じて、何だか泣きそうになってきた。

いかん。こんなところで泣き顔なんて見せられん。

人前で泣くなんて。女性の前で男が泣くなんて見っともないからな。

 

「それでは、庭園の出口を……キリカさんの家の辺りにしておきますね?」

 

「別に文句とかつけるつもりもないし、何か言うつもりはないけどさ」

 

「ああ」

 

「ちゃんとあんたらしく、立ち直りなさいよね」

 

「…………」

 

俺らしく、か……。

 

「音央、君はやっぱりいい女だよ」

 

「そんなのとっくに解ってたでしょ?」

 

「ふふっ」

 

俺と音央のやり取りに、鳴央ちゃんが微笑む。

______そう、これだ。

俺はこんな空気を守る為に、ちゃんと立ち直らないといけないんだ。

今はまだ、とってつけた『いつも通り』だけど。

それが当たり前の『日常』を取り戻さないといけないんだ。

 

「任せて! って言いたいところだけど……うん、まあ……もう少し後悔するよ」

 

「そうね。いっぱい反省して、どん底から這い上がりなさい」

 

「お待ちしてますね」

 

俺に叱咤激励してくれた音央と鳴央ちゃん。

そんな彼女を見ると改めて思う。

……あの時、頑張ってこの2人を助けてよかった、と。

そんな気持ちが、悔しさで潰されそうだった俺の一つの糧になる。

今はこの気持ちがあれば、前へと進めそうだ。

 

「それじゃ、頼む」

 

「はい」

 

 

俺は、この優しい『妖精庭園(フェアリーガーデン)』から抜け出して。

今は力を失っている『魔女』の元へと向かったのだった。


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