『101番目の哿物語』   作:トナカイさん

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これにて、第2部完。
次話より第3部開始……予定。



第二十三話。夢の終わり

2010年6月14日。午後5時30分。境山山道。

 

その日の放課後。私は思い出の電話ボックスを目指して境山を徒歩で登っています。

あの後、妖精の世界から人間の世界に戻る為にキリカさんの力を借りながら、あの子の姉としてこっちの世界で生きる準備をして過ごしていました。

ようやく落ち着いたので今日は皆さんとここ、境山ワンダーパークで遊ぶのです。

やりたくても出来なかった友人との遊び。

楽しく平穏に過ごす日常。

夢の中で見ていた夢が今叶おうとしています。

ずっと憧れていた世界。

帰りたいとずっと夢見ていた日常。

ようやく私は夢の中から現実へと戻ることができたのだと、実感しています。

______いなくなった人達が戻ってくる事はないけど。

神隠し(チェンジリング)』として過ごしていた私が名付けた事によって『朱井詩乃』ちゃんという『人喰い村』が自我を持って犠牲者をたくさん出していた事は許される事ではありません。

警察に自主して罪を償いたいと思ってもそれは出来ないのです。

ロアという存在を社会的に認知させる事はあの子や私を救ってくれた皆さんをも危険に晒す行為になるからです。

ロアは人に噂される事によって発生します。

もし今回の事件が大々的に報道されたりすれば彼らやあの子の存在がその噂によって危険な目に遭う可能性すらあるからです。

だからあまりに人間の手に余る事件は……闇から闇へと葬られていくのかもしれません。

誰かが消してくれれば……なんて思うのは単なる甘えで。

本当は自分でずっと抱えていかなければいけない問題なんだと思います。

裁かれたり、罰を受ければ楽になります。

つまり『私』と『あの子』が選んだのは、絶対に楽になれない道なのです。

『幸せ』になってはいけない。

そう思う事もあります。

だけど、私と同じくこの世界に長く身を置く一之江さんはこう言ってくれました。

 

『死にたくなったらいつでも殺すので言って下さい』

 

その言葉のままの意味で取るなら好きな時に殺してあげるからいつでも楽になれる、という事なのでしょうが、私には『1人で抱えこまないでこの業界を知り尽くしている私達に相談して下さい』なんて言っているように聞こえてしまいました。

……敵わないなあ、なんて思ってしまいました。

そういう相談出来る人がいてくれたり、ロアの先輩がいてくれたりする事は、かなり恵まれている事だと思います。この恵まれた状況で何をして、どう生きるのか。

そういう事を真剣に考えるのもまた……私の終わらない罪滅ぼしなんだと思います。

いえ……。

『私達』の。

 

「お待たせしました」

 

目の前にある思い出の電話ボックスの前に立っていた少女に声をかけました。

 

「ううん、待ってないわ」

 

その女の子の外見は私と同じ顔立ちで、薄い茶色の髪をツインテールにした快活そうな子です。

子供の頃に入れ替わった私の『分身』。六実音央として自分の代わりに過ごしていた妖精。

 

「ほんとに良かったの?」

 

彼女をしげしげと見ていたらその彼女に問われました。

 

「はい? ああ、名前の件ですか?」

 

一瞬、何のことを聞かれたのか解りませんでしたがそれが名前の事だとすぐに察しがつきました。

そうです。私は自分の名前を新しく付けたのです。

前の名前である『音央』も気に入っていましたが、同じ名前だと周りが混乱してしまいますから私は自分の名前を変える事にしたのです。

最初は目の前の『音央』が自分が変えると言って反対していましたが、彼女は既に『音央』として世界に認知されているので私が名前を変える事で納得してもらいました。

 

「構いません。今の名前も気に入っていますから」

 

「そう……なら、いいんだけど」

 

あの夢から出るのに必要だったのは、私自身の『個体認識』でした。

『魔女』であるキリカさんが魔術的にいろいろやってくださったみたいで、詳しい事は解りませんが。

そこには二つの選択肢があった事は知っています。

 

『私』の中で二重人格みたいに存在する方法と。

 

別々の存在として独立して存在する方法。

 

私達は迷わず後者を選びました。

それは多分……似たような理由からだったのでしょう。

キリカさんはニッコリ笑って、私達が2人とも『表の世界』に出られるようにしてくれました。

今回の件では彼女には本当にお世話になりっぱなしです。

他にも記憶操作をしてくれたり、一之江さんのお金や組織っぽい力を使って、私が夜坂学園に『転校』出来るように手続きまでしてくれています。

……人を使うのが上手い2人を見ていたらなんだか自分が考えていた悩みなどが小さな事のように思えてきました。記憶を弄ったり、お金を使って手続きまでしてしまうなんて……ズルいですよね、本当。

でも、まあ。

彼女達のような『都市伝説』もズルい存在だけど、そんなズルい存在に親しくさせてもらっている私の『リアル』も既にズルいような気がします。

そんな風に思って、思わず溜息を吐いていると。

 

「へえ、助かったんだね? お姉さん達」

 

不意に背後から声をかけられました。

2人揃って後ろを降り向くとそこには真っ白いワンピースを着た、小さな女の子が立っています。

その女の子の顔は白い帽子で隠れているので誰だかは解りません。

ですが、私は……この女の子に会った事があります。

 

「貴方は……」

 

そうです。思い出しました。

幼い頃、私がこの場所で一晩過ごした日。

彼女はあの時もこうやって幽霊みたいに現れて______

 

『これは、いつかお姉さん達を助けてくれるお守りだよ』

 

そう言って両手を広げて黒い巾着袋を手渡したのです。

 

『もっとも、消えなければだけど』

 

そんな言葉も言ってました。

その言葉を言った瞬間、すぐに消えてしまった事も覚えています。

 

「私の名前はヤシロだよ、お姉さん達」

 

「ヤシロちゃん……そういえばあの時、既に……」

 

『お姉さん達』と言っていたのを思い出しました。

私がこの場所で一晩明かし、それから噂されるまでにはタイムラグがあります。

だから、あの時の私はまだ『ただの音央』だったはずなのです。

それなのに、あの時から私『達』になる事に……気付いていた?

 

「ふふっ」

 

底がしれない子だなぁ、と思いながら。以前手渡された『お守り』を、開けてみるべきだと思いました。

袋の中を見てみると……中には疾風さんが持っていたDフォンと呼ばる携帯端末が入っていました。

 

「『8番目のセカイ』にようこそ。おめでとう、やっとお姉さん達の物語が始まるね?」

 

まるで、今までの『神隠し』は序章に過ぎなかったかのように言うヤシロさん。

 

「お姉さん達は2人で1人だから、Dフォンは一台しか渡せないけど。危険察知には『神隠しのラジオ』があるからいいよね」

 

「そういうものなんですね……」

 

感心するように呟いてしまった私に、ヤシロさんはその白くてほっそりした腕を伸ばしてきました。

 

「良ければ、新しいお名前を教えてくれる、お姉さん?」

 

ヤシロさんに名前を尋ねられた私は、思わず『音央』の方を見てしまいました。

目が合った彼女は何故か苦笑いをしながら頷きました。

……なんだか、双子の妹が突然出来た気分です。

 

「私の名前は……六実鳴央(むつみなお)。一応、音央ちゃんの双子の姉になる予定、です」

 

「へえ。音が鳴る、の双子ってことだね。よろしく、鳴央お姉さん」

 

ヤシロさんはそう言って手を差し伸べてきました。

これは……握手をしないといけないのでしょうか?

求められたのならしないわけにはいきません。

私はヤシロさんと固い握手を交わしました。

 

「具現化した『神隠し』達が今後、彼らと共にどんな物語を紡ぐのか______」

 

ヤシロさんは道路の方に視線を向けた。

 

「楽しみにしているね、お姉さん達」

 

私達もそちらに目を向けると。

 

「ごめんよ、待たせたかな?」

 

いつもより、鋭い視線をしている疾風さんの姿が見えて、クールな口調の声も聞こえてきました。

その声に注意を逸らされていたせいか、気づけばヤシロさんの姿はどこにもありません。

神出鬼没な女の子ですね、本当に。

私は視線を隣にいる音央ちゃんに向けると、彼女も視線を私に向けていました。

元々同一人物というだけあって気が合いますね、やっぱり。

お互いに頷きあった私達は______

 

私が『ラジオ』を持って、音央が『Dフォン』を持ちました。

2人で一つの『ロア』なのだから、今後もこうやって役割分担をしなければいけません。

 

「やっほーう! ねおなおちゃーん!」

 

見れば疾風さんの後ろから会長さんや一之江さん、キリカさん。

ついでにやたらと荷物を持たされているアランさんの姿が見えました。

 

______私達はこれから、みんなで『境山ワンダーパーク』で遊びます。

考えなければいけない事はたくさんあるけど。

だからと言って何かを始めてはいけないなんていう事はないのですから。

 

「おーい!」

 

疾風さんの呼ぶ声が聞こえて。

それに手を振り返してから、私は音央に笑いかけました。

うん。

私1人だったら怖くて無理だったかもしれないけど。

 

「行きましょ、鳴央」

 

「はい、音央ちゃんっ!」

 

こうして繋ぐ手があるのならばなんとか頑張れるんじゃないか、なんて思います。

私達は手を繋いで、2人で走り出しました。

そう、ヤシロさんの言う通り。

 

長かった夢の時間は終わって。

 

……私達、2人の物語は、これから始まるのですから。


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