『101番目の哿物語』   作:トナカイさん

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第十八話。魔女の刻印《キスマーク》

俺がそう言うとキリカは予想通りといった表情で頷きそして告げた。

 

「やっぱりね。色々調べていたら、あの子が昔『神隠し』に遭ったっていうデータを見つけたから、ピンときたの」

 

それは以前理亜が言っていた情報と同じものだった。

どうやらキリカはキリカで情報を手に入れていたらしい。

 

「今から大体十年くらい前。堺山の近くで『六実音央』という少女が行方不明になり、翌朝、警察に保護されたっていう小さな事件があってね」

 

片手でDフォンを弄りながら、キリカは事件の内容を俺に語り始めた。

 

「彼女は学校の友人達と別れた後にその行方が解らなくなって。誘拐事件って疑われたりしたんだけど、翌日保護された彼女から事情を聞いてみると、道に迷って怖かったから近くにあった電話ボックスの中で一晩明かしただけだった、というお話」

 

「ま、よくある話と言えば、よくある話だな」

 

道に迷ったからたまたま近くにあった電話ボックスで一晩明かした、ただそれだけの事。

だが、俺はもう知っている。

そんな『よくある話』が、『都市伝説』になってしまうという事を。

 

「彼女が行方不明になった時、当然こう語られたんだよね。

『音央ちゃんは神隠しに遭ったんだ』って」

 

そう。音央は当然そう言われていたんだろう。

何故なら、彼女が通う小学校では常々言われていたからな。

夜遅くまで遊んでいると『富士蔵村に連れて行かれ』そして、『神隠しに遭ってしまう』と。

少なくともその小学校では、児童はもちろん保護者までそんな噂をしていたのだ。

 

「しかも、こんな噂まで流れていたんだよ。多分、本人は知らないけど」

 

「ん?」

 

足をピタリ、と止めてキリカは言った。

 

「六実音央は、別人になって戻ってきた、って」

 

「別人⁉︎」

 

その噂は初耳だった。

 

「ちなみにこれはアラン君からの情報ね」

 

アランからの情報……アイツはキリカにとっていい情報源になっているんだな。

よかったな、アラン。

マジでキリカの役に立っているぞ。

これで『アラン君って顔は(・・)いいよね』なんて事は言われ……なくなるといいな。

……うん。

 

「ん? どうしたの?」

 

「いや、今頃クシャミしてるであろう奴に同情していただけだ。

で、それってどういう意味だ?」

 

「これは私の予想なんだけど」

 

とキリカは前置きしてその場から歩き出した。

 

「音央ちゃんは、きっとバツが悪かったんだと思うの。自分の不注意で帰れなくなっただけなのに、そんな風に噂が広まっちゃて」

 

キリカはそう言いながら歩を進めていく。

気づけば周囲は山道になり始めていた。

向かう先はワンダーパークの方向だ。

 

「だから次の日から、きっと……彼女の事だから、いつも以上に元気にしたんじゃないのかな?

自分は大丈夫! 全然神隠しなんて関係ないよ、って」

 

「あー、ヤンチャだったみたいだからな」

 

そう言えば、女の子が行方不明になったという話をした時、音央は言いづらそうにしていたな。

それに昔はヤンチャだった、とかも言っていたな。

 

「いつも以上にテンションを上げて元気に騒ぐ音央ちゃん。大人から見れば、恥ずかしさのあまり失敗の埋め合わせをしているっていうのは一目瞭然だけど……子供達にしてみると?」

 

「……『まるで別人になったみたい』……か」

 

なるほどな。噂っていうのはそうやって連鎖していくものなんだな。

そうやって噂されたから音央は……。

 

「チェンジリングっていうのは元々、妖精と人間が入れ替わるっていう類の神隠しだからね。

音央ちゃんが妖精と入れ替わった、と思われたから出来た噂の可能性が高いよ」

 

妖精と人間が入れ替わる、都市伝説。

別人になって戻ってきたと思われた音央。

だから______アイツが『神隠しのロア』になってしまった。そういう事か。

 

「だけど、音央は自分で神隠しを密かにやっていたにしては、ロアに詳しくなかったぞ?」

 

「そこなんだよね。自分で密かにやっていたにしては、あまりに普通の女の子ぽかったし。

無意識のうちに『神隠し』をしていたんだとしたら、そんな事ってあるのかなぁ、なんて思っちゃうし……だからね、モンジ君」

 

キリカの後に続いてやってきたのは……。

堺山ワンダーパークに近い道路。

人里離れたその場所に、電話ボックスがあった。

 

「君がその謎を解明してきて。多分、君と音央ちゃんの縁は深い。きっと彼女は……」

 

「……『百物語』の一人、か」

 

キリカにそう言われた俺はDフォンを取り出すと、カメラを電話ボックスに向ける。

おそらくこの場所が、この電話ボックスが、音央が一晩過ごした場所なんだろう。

 

「電話系にはトラウマがあるんだがなぁ……」

 

『人喰い(カニバル)』系にもあるでしょ?」

 

『電話系』の『月隠のメリーズドール(メリーさん電話)』。

『人喰い系』の『魔女喰いの魔女(ロア喰い)』。

そして、『人喰い村』の影に隠れた、『神隠し』。

 

「まあな。つまり……どっちもキリカや一之江に縁があった話だったのか、これは」

 

なんとなく、そんな繋がりに苦笑いしてしまう。

そんな事をしているうちにDフォンのカメラが電話ボックスを捉えて映し出した瞬間。

 

 

ピロリロリーン♪

 

Dフォンからメロディーが流れた。

 

「コード取得だね、これでモンジ君は『101番目(ハンドレッドワン)の百物語』として……」

 

『妖精の神隠し(チェンジリング)』に挑まないといけなくなった、というわけか」

 

元々そのつもりだったが、キリカにお膳立てされてしまった。

キリカの事だから俺が躊躇う事を見過ごしていたんだろう。

だからここに連れてきたんだ。

______俺の背中を押すために。

 

「キリカはいいお嫁さんになりそうだなぁ」

 

「モンジ君が貰ってくれればいいのに」

 

「うっ……心臓に悪いから変な冗談は辞めてくれ」

 

キリカみたいな美少女が嫁とか……想像しただけでヒスりかねん。

 

「ほんっと、今の状態のモンジ君はすぐ揺れてくれるからちょろくていいよねっ」

 

ん? 今の(・・)

まさかと思うが……バレてる⁉︎

ヒステリアモードの事が⁉︎

 

「なっ、キリカ……お前……まさか⁉︎」

 

「さて、それじゃあ、魔術でチョチョイと眠らせてあげるね?」

 

「話題を逸らすな!」

 

話題を逸らすのは俺の専売特許だ!

 

「クスっ、モンジ君、私は……なあに?」

 

「何って……キリカはキリカだろ?」

 

「そ。だからだよ。

私はキリカ。キリカという名の『魔女喰いの魔女・ニトゥレスト』だよ。

『魔女』だから……君の事を色々知ってる(・・・・・・)んだよ?」

 

「……なんだかその説明だけで納得出来てしまう、自分が嫌になるな……」

 

魔女だから、俺の事もお見通しってわけか。

怖えな、魔女……。

 

「というわけだから、眠らせるね?」

 

「はぐらかされたが、いつか必ず理由を聞いてやるからな」

 

「うん、いつか……私をちゃんと(・・・・)口説けたらその時は話すよ」

 

「うん? ああ、約束だ!」

 

この時の俺はキリカの口なら何時でも割らせる事が出来るだろう、とそんな事を考えていた。

ずっと側にいる筈だから、もう俺の物語なんだから、と。

のちにあんな(・・・)事になるとは知らずに……。

 

俺は電話ボックスを見つめた。

次に寝たら、四度目の夢を見るだろう。

そして、二度と帰って来られなくなるかもしれない。

夢の中でちゃんと、キリカや音央の事を思い出せるかどうか……。

俺が完全に消える前にそれが出来るかどうかが問題だ。

 

「ふふ、それじゃあ……そうだね。こっち来て」

 

そんな風に不安に思う俺を、キリカは電話ボックスの前まで導いてくれた。

 

「ちょっ」

 

「いいからいいから」

 

ガチャ、とドアを開けて、電話ボックスの中に一緒に入った。

電話ボックスの扉や周りは透明なガラスに囲まれているから外から丸見えとはいえ、狭い屋内に美少女と二人っきり。

しかも、車の通りがほとんどない山道の電話ボックスの中でだ。

密着した姿勢でくっついたせいか、ドキドキしてしまったのは仕方ない事だ。

ドキドキして、し過ぎて血流の流れが速くなった。

 

「一度ある事は二度、三度ある……か」

 

「ふふふっ、なった(・・・)んだね、モンジ君?」

 

「ああ、まったく困った子猫ちゃんだ」

 

「子猫は甘えたがり屋だからね。

それより、ちゃんと自分の事とか、私達の事とか思い出せるか心配なんでしょ?」

 

「まあ、な。三度目は上手い事いったが、次も同じように思い出せる保障はないからね」

 

「記憶って曖昧だもんね。だから、記憶のエキスパートである魔女さんが、ちょっこと手伝ってあげるね?

ちょっと中腰になって?」

 

「ん? って、ちょっとキリカ⁉︎」

 

「よいしょっ、っと。ちゃんと支えてね?」

 

言われるままに、背中をガラスに預けて中腰になると、そんな俺にのしかかるように、キリカは自分の体を密着させてきた。

 

「俺じゃなければ襲われるよ、キリカ?」

 

体と体が密着しあい、顔と顔の距離が近い。非常にドキドキし放しな体勢だった。

密着しあう体でお互いの体温を感じて、キリカから非常にいい匂いもしてきた。

ドキドキし放しの俺に対してキリカは何も言わずに、潤んだ瞳で俺をじーっと見つめてきて、俺の頬に片手を添えると。

そのまま顔を近づけてきて……。

 

「……んっ」

 

「っ⁉︎」

 

俺の唇……のすぐ横に、口づけをしてきた。

ほんのちょっと、ほんのちょっとでも俺が頭を動かせば、すぐに唇のキスになる。

キリカの唇の柔らかさ、息遣い、髪の香り、肌の暖かさがすごく身近に感じて、頭の中が真っ白になりそうになった。

 

「……魔女のキスは……とても熱いんだよ……?」

 

キリカの囁き声が耳に届いてぞくぞくした。と、同時に背中がざわざわと騒いで、なんだか足が震えた。

 

「モンジ君が何かしたくなったら……好きにしていいんだからね?」

 

それは甘い、甘い誘惑だった。

こんな状態でしたくない男がいたら、それは神か仏だ。

キリカはそのまま、俺の首筋にキスをして……。

首の下に長い口づけをした。

そこが、とても熱くなると同時に、たまらない気持ちが溢れた。

 

「えへ、キスマークを作っちゃった」

 

「え、どこに⁉︎」

 

「ほら、ここ」

 

キリカが指でその場所を突いた。

ガラスに映る俺の、首筋に赤いアザが出来ていた。

 

「悪戯されちゃったんだな、俺」

 

「正にそういう事だね。嫌だった?」

 

「いや、嫌なわけないだろ。君のような綺麗な女の子にされるんなら本望さ」

 

「ふふっ、ありがとう」

 

クスクス笑うキリカの、その唇とても艶めかしい。

震える手でキリカを抱き締めて、その唇を貪りたくなる。

ああ、駄目だ……耐えられねえ。

キリカが……欲しい。

こんな美少女を前にして耐えられる男はいない。俺は神や仏じゃないから無理だ。

今の俺が普段の俺なら、その数少ない神や仏に例えられていただろう。

だが、こっち(・・・)の俺にはこれは悪手だ。

今の行為は俺を増長させるだけだからね。

欲しい。

 

……キリカが……欲しい。

……女が欲しい。

……音央が……。

……音央も俺の女だ。

……返せ。返せ……。

奪え。奪い返せ。

 

 

『俺の女を、記憶を奪い返せ』

 

(これは______ヒステリアベルセ⁉︎)

 

この身体の中央・中心が焼け付くような感覚に俺は覚えがあった。

これは______ヒステリア・ベルセ。

______女を奪うヒステリアモード。

 

だが、どうしてだ?

何で俺はベルセになったんだ?

ベルセは他の男に女を奪われた時に発現するヒステリアモードのはずだ。

今、俺の周りに男はいない。

だからなれないはずなのに……。

 

「ごめんね……モンジ君」

 

何でだ、何で謝る⁉︎

一体何をしたんだ、キリカは……。

 

「少し頭の中を弄らせて貰ったよ。

大丈夫。寝ればすぐに解る(・・)から」

 

「おい、キリカ」

 

問い詰めようとした俺だが、身体を動かせなかった。

気づいた時にはすでに、キリカの髪とは別の甘い香りが辺りに漂っていて、俺の頭の中はぼーっとしてきて、何も考えられなくなっていたからだ。

 

「それにしても……君にこんな能力があったなんてね。

教えてくれた教授には感謝しないといけないね。ねえ、モンジ君」

 

瞼が重くなり……。

 

「……気をつけてね」

 

「……待て……」

 

眠りに落ちる瞬間、キリカの心配そうな声が聞こえて。

俺は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2010年⁇月⁇日。夢の中で。

 

不意に目を覚ました場所は、物静かな和室だった。

なんとなく、いい夢を見ていた気がする。

夢の最後はなんだか怖かったような気もするが……。

だけど、それがどんな夢だったのかははっきりとは思い出せない。

体を起こしてみると、妙に体が軽い。

頭はすっきりしている。

目覚めは良好のようだ。

改めて辺りを見回すと、ふと、障子の向こう側が気になった。

そう言えば、こないだ……ご飯を食べた後。

何かあったような……。

俺が何かを思いだそうとした、その時だった。

 

「あの……」

 

背後から控えめな声がかかってきたので振り向くと、そこにはいつもの少女がいた。

濡れたような黒い髪が艶やかに輝き、着物姿が似合っている。

ただいつもと一つ違うのは、そこに浮かんでいる顔が普段の優しく穏やかなものではなく、とても……寂しそうな表情をしている事だ。

 

「どうかしたのか?」

 

心配になって尋ねてみると、彼女は弱々しく首を横に振った。

 

「いえ……どうして、来てくれたのかなと思いまして」

 

おずおずと上目遣いで俺を見るその瞳に含まれているのは、罪悪感かな?

何に罪悪感を抱いているのかは解らないが。

いつだって彼女は俺に優しくしてくれた。

いつだって彼女は柔らかく接してくれた。

それは、俺が喜ぶ事をするのが嬉しい、そんな態度だった。

 

「うーん……どうして、って言われても困るけどな」

 

「そう……ですよね」

 

俺の言葉に、再び俯いてしまう彼女。

俺はその場から立ち上がって、そんな彼女の前まで移動した。

驚いたように顔を上げた彼女の目を見て、俺ははっきりと告げた。

 

「だけど、そんな寂しそうな顔を見に来たんじゃないのは確かだ」

 

「……ほんとう、スケコマシさんなのですね」

 

そう呟いた彼女の頬がほんのり赤く染まった。

それだけで満足しそうになったが……そうだ、俺はここに、何かをしに来たんだ。

 

「だから、良ければ話てくれないか? 君が悲しんでる理由を」

 

「記憶……ないんですよね?」

 

彼女に言われて納得した。

そうだ。今の俺には自分が誰なのか、ここが何処なのか、何をしに来たのか。

一切合切全く解ってない。

 

「ああ、全く思い出せないな」

 

「なのに、どうしてそんなに自信満々なんですか?」

 

「それは多分……」

 

「多分?」

 

「君が悲しそうな顔をしている事に比べれば、俺がどんな状態かなんて事は些細な問題だからだ」

 

そう、多分そう思うのが『俺』だ。

目の前に辛そうな女の子がいるなら、自分の状態は一旦置いておく。

もちろん、自分の状態が気にならないわけはないが、優先順位は女の子の方が高い。

 

「それに、ここで見て見ぬふりをしたら寝覚めが悪くなる……安眠は大切だからな」

 

「ほんとう、貴方は今までここに来た人達とはまるで違いますね」

 

「あれ? 今までにもここに来た人達がいたのか」

 

「ええ、そして……四度目には、あちらにお連れしていたので」

 

俺は少女の視線の先、障子の方を見た。

何故かは解らない。

解らないが……俺はあの先を知っている気がした。

確か、ちょっとした板張りの廊下があって、庭が一望できる窓があり……。

その先は______。

 

「そして貴方も……ここに来たからには、連れて行かないと行けません」

 

「連れて行く?」

 

「そうです。ここではないあちら側のの世界。もう、戻れない場所に」

 

連れて行かなければいけない。

だから彼女はこんなにも苦しそうなのだろうか。

 

「それが私の」

 

考え事をしていた俺の手をぎゅっ、と握った少女は______。

 

「『神隠しのロア』としての役目だから」

 

ポロッ、と大粒の涙をその瞳から流した。

 

______ロア。

その言葉には聞き覚えがある。

とても重要で、忘れてはいけない言葉のはずだ。

だけど俺はそんなものよりも重要なものを見てしまった。

 

女の子の涙。

これを見た男が取る行動なんて決まっている。

 

「俺が助ける」

 

その言葉を口にした瞬間、俺は不思議な感覚を感じていた。

以前、似たような言葉をこの少女に言ったような……?

そうだ。俺は彼女にもこの言葉を言っているんだ。

 

『何かあったら俺が守るから』

 

「え?」

 

そうだ。俺は約束したんだ。

君を守る(・・・・)って!

 

身体は勝手に動いていた。

 

「あっ……」

 

気づいた時には、俺はその細くて、柔らかい彼女の体を抱き締めていた。

 

「俺が君を助ける。多分、いや……絶対。俺はそのためにここに来たんだ」

 

俺が彼女の頭を自分の首元に抱き寄せると。

固くなっていた彼女の体から、力が抜けていった。

 

「そんな事……でも……」

 

「出来ない、か?」

 

「はい。だって私は……『神隠し』だから」

 

『神隠し』のロア。

きっと彼女は今までも、『神隠し』の力で何人もの人を『あちら側の世界』に連れて行ってしまったのだろう。もしかしたら、連れて行きたくない人だっていたのかもしれない。

それなのに、彼女は……『神隠し』だからという、ただそれだけの理由で、嫌々やっていたのだとしたら。

それは、とても苦しくて辛い事だ。

 

「認めない」

 

「え?」

 

「君が、『あー神隠し楽しい! 消してスッキリしたー!』って思っているんじゃないなら、俺は向こう側に行くわけにはいかない」

 

「え?」

 

「だってさ。毎回誰かを連れて行く度に……君は泣いているんだろう?

そして、今回は俺を連れて行って、また泣くんだろう?

なら、そんなの認めるわけにいかない!」

 

強く断言して彼女の身をさらに強く抱き締めた。

 

「……強引な……人だったんですね……」

 

「っと、ごめんよ。苦しいか?」

 

「いえ……こんなに強く誰かに抱き締められたのは初めてでしたけど……」

 

「ふっ、ならもっと強く抱き締めてもいいんだよ?」

 

「ふふっ……それは遠慮しておきます。

うん、でも、本当にありがとうございました」

 

少し落ち着いたのか、彼女は小さく、涙声だけど笑ってくれた。

 

「でも……本当にごめんなさい。私は、貴方を連れて行かないと……」

 

「困る事情があるんだね?」

 

「……はい」

 

それも予想していた。

誰かを連れ去る事に抵抗がある女の子が、それでもやっていた。

それは何かしらの理由があるはずだと。

 

「解った、ならこうしよう」

 

俺は彼女の体を解放すると、そのまま障子に向かって歩き出した。

 

「え……そっちは……」

 

解ってる。

この先に向かうと、俺は消えてしまうという事は。

だが……。

 

それでも俺はこうしたいんだ!

 

「君が連れて行くんじゃない」

 

障子に手をかけると俺は……。

 

 

「自分の意思で、俺が行くんだ!」

 

その障子を、開け放った!


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