『101番目の哿物語』   作:トナカイさん

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第1章 月隠のメリーズドール
第一話。8番目のセカイ


お姫様様抱っこしたまま、先輩を自宅まで運んだ。顔を真っ赤にさせて終始俯いていた先輩を抱きかかえながら街中を走りまわった。先輩が何かを言おうとするたびに〈呼蕩〉(ことう)を使い耳元で「詩穂、ああ、詩穂。君みたいな愛くるしいお姫様を一人で帰らせることなんてできない。何故なら君ほどの美少女を知らないからね。だから送り届けてもいいだろう?さあ、もう少しの辛抱だ」などと囁いて黙らせた。

本当は、悪用するのは禁じられているがこれはセーフだと自分に言い聞かせた。

そんなこんなで、俺は。

なんと女子の、それも一文字疾風が憧れていた先輩の家の前まで来てしまった。

駅前から歩いて10分くらいの距離にある、大きなマンションが七里詩穂先輩の自宅だ。

ここまで来るのに、知らない男子生徒から睨まれ、他校生からは空き缶を投げられ、夜坂学園新聞部を名乗る女生徒から走りながらインタビューを受けたりしたが俺が思った事は一言だけだ。

情報得るの速すぎだろ!お前ら……。

 

「さあ、ついたよお姫様」

 

両手で抱きかかえていた七里先輩を降ろし、脇に抱えていた鞄を渡す。

まだ『呼蕩』が聞いているのか、どこかボーッとしている先輩。

いつまでもこのままではマズイので先輩に詰め寄った俺は____。

____ぱん!

目の前で柏手を打って、猫騙し。

ビクッと音が響いた事で驚き、正気に戻ったのか、先輩は顔を再び真っ赤にさせて玄関の戸を開けるや否やすぐに部屋の中に駆け込んでしまった。

先輩に一言、「また明日」と声をかけマンションから出て自分の家に帰る途中で、ヒステリアモードが切れた俺はその場で崩れ落ちて四つん這いになった。

自分でしでかしたことにゾッとする。

人前で、それも先輩をお姫様抱っこして街中を駆け抜けるとかって。

(何してくれちゃってんの……ヒス俺!)

ヒステリアモード時の体験は大抵現実味がなさすぎるので、事後、こっちの俺には夢から覚めたような感覚が残る。

ところがどっこいこれは現実で、あっちの俺はドラキュラ公を倒したり、ミサイルを徒手ではじき飛ばしたり拳銃と刃物だけで原潜にカチ込んだりしちゃってるのだ。

前世ではな。

(……また、やっちまったよ……)

 

ヒステリア・サヴァン・シンドローム(Histeria Savant Syndrome)

俺は『ヒステリアモード』と勝手に呼んでいるが、この特性を持つ人間は、一定量以上の恋愛時脳内物質βエンドルフィンが分泌されると、それが常人の約30倍もの量の神経伝達物質を媒介し、大脳・小脳・脊髄といった中枢神経系の活動を劇的に亢進させる。

その結果、ヒステリアモード時には論理的思考力、判断力、ひいては反射神経までもが飛躍的に向上し、うんたらかんたらどうたらこうたらで……わかりやすく言うと。

この特性を持つ人間は、性的に興奮すると(・・・・・・・・)、一時的に人が変わったようなスーパーモードになれるんだ。

これだけなら便利そうだが、無論欠点がある。

一つは『何が何でも女を守りたくなる』こと。

もう一つ。これが非常に厄介なのだが……。

『異性に対してキザな言語を取ってしまう』ことだ。

 

今は元に戻ったものの……七里先輩、すなわち女子の前でヒステリアモードになってしまった事に、俺は激しく落ち込みながら記憶を頼りに帰宅した。

 

「ただいま……」

 

家に帰っても気分は落ち込んだままの俺はちょっと控えめな声で挨拶をした。

リビングの方から歩くスリッパの音が聞こえてくる。

 

「お帰りなさい」

 

エプロン姿の少女が玄関まで出迎えてくれた。

その顔を見るだけで、思いっきりドキッとしてしまう。

茶色の髪に黒いリボンがトレードマーク。彼女は中学生で俺、一文字疾風の従姉妹にあたる。

名を須藤理亜という。

 

「か、帰ってたのか」

 

記憶でわかっているとはいえ、俺からすれば初めてあった赤の他人と同じだ。

どう接していいのかいまいちわからん。

 

「はい。どうしたんですか?

なんだか疲れているみたいですが……」

 

「ちょっと部活で頑張り過ぎてな……父さんとかは留守か?」

 

「叔父さん達は仕事で泊まるようですよ。

昨日言っていたではありませんか」

 

「そ、そうだったな……」

 

話す度にボロが出そうだったので俺は自室がある二階へ上がろうとした。

 

「あ、兄さん。えっと、その……大丈夫ですか?」

 

上がろうとしたが呼び止められた。

 

「何がだ?」

 

「あ、いえ……たいした事ではないのですが、なんというか兄さんの様子がいつもと違うような……いえ、きっと気のせいですね。

呼び止めたりしてすみません」

 

そう言うと彼女はリビングの方に歩きだした。

 

(キリカといい妹といい、勘が鋭い奴らが身近に多いなあ)

 

俺は今は見た目的には一文字疾風なんだが中身は違う。

実は中身は赤の他人だとバレる事はないだろうと思っていたが、これだといつバレてもおかしくないなー。

憑依の事話しても信じてくれないだろうし、どうしたらいいんだ……。

 

 

次から次へと起こる問題に頭を悩ませ、俺は二階にある自室へ向かった。

 

 

 

 

その夜、俺は自室のベッドで寝転がりながら、普通の携帯電話(一文字疾風の私物)でメールを打って時間を潰していた。

打ち終わり、不意に部屋を見回すと、綺麗に片付いた状態になっていた。

記憶によると一緒に住んでいる従姉妹が毎日のように部屋を綺麗に掃除してくれているらしい。今日の夕飯もその従姉妹特製のカレーライスだった。

普通に美味かった。なんか、昔、まだGIIIの仲間だった『かなめ』が作ってくれたような温かく、どこか懐かしさを感じる家庭の味だった。

家事を万全にこなせる辺り、彼女はいいお嫁さんになるだろう。

初めてあったが美人になる要素を大量に持ってるし。

クールな性格をもっと社交的にすればモテモテになるだろうなあ。

……そう思ったら何故か悔しい気持ちになった。

 

きっと自分の義妹だった『かなめ』と彼女を重ねてい見ているからだろう。

可愛い妹を持つ『兄』ならきっと当たり前な感覚の筈……だ。

 

 

「しかし、『お兄さん』か……」

 

さっきヤシロという少女に呼ばれたのを思い出す。

あんな不思議体験をしたのは始めて……ではないな。

吸血鬼やら鬼やら人狼やら超能力者とか魔法使いなどのオカルトも何度か経験しているからなあ。

 

「殺されなければ……か」

 

武偵高時代、特に強襲科にいた頃によく言われたが、挨拶みたいなものだったしなあ。

『死ね!』とか『殺す』は……。

死んだ後にまで、転生した後にまた言われる事になるなんて夢にも思わなかった。

今度こそ、普通の人生を歩めると思ったんだけどなあ。

 

「白昼夢だった、と思いたいんだが……」

 

だが、机の上には漆黒の携帯電話が置いてある。

それも二台も。

『Dフォン』と呼ばれた、いわく『運命を導く為の。運命から身を守る為の。俺だけの端末』……そんな大層な物、何故俺が手に入れたんだ?

わからん。

あのモードの俺ならともかく、普段の俺はごく普通の高校生だ。

前世ではヒステリアモードを抱えているせいか、女子を極力避けて生きてきたし、『ネクラ』や『昼行灯』などと呼ばれていたせいか友人もあまりいなかったのに。

それなのに。

 

「こんな特別っぽいやつが手に入ってもなぁ……」

 

机の上にあるその携帯を手に取る。

女性にも男性にも受けそうな、シンプルなデザイン。

手に持った感じだとおかしい所はない。

 

「う〜ん……」

 

電源を入れて起動してみたが、『Dフォン』というロゴが表示される以外、普通の携帯と変わりはない。

ただ、普通の電話の機能はあっても普通に使うことは出来ない。

プロフィールを見ても、番号やアドレスも載っていない。

Dフォンから自身の携帯にかけても繋がらず、117、110すらかけられない。

 

「う〜ん……ん?」

 

どうしたもんかと悩んでいると基本画面に『サイト接続』とあった。

押してみると『8番目のセカイ』とタイトルが表示され。

その瞬間。

 

 

 

パンパカパーン!

 

 

 

 

「おおっ⁉︎」

 

突然鳴り響いたファンファーレの音に思わずDフォンを手放した。

ベッドの上に落ちたDフォンはブーブーと振動している。

一体なんなんだ、と思いながら手を伸ばすと……『おめでとうございます!』

 

 

「おわっ⁉︎」

 

握ろうとした瞬間に再びでっかい声が聞こえた。

ありえないことに、もう一台の、机の上に置かれているDフォンも起動して振動を始めた。

触っていないのに。電源を入れてないのにな。

 

 

「「貴方は見事、『百物語』と『不可能を可能にする男』の主人公に決定しました!いやあー、これは大変おめでたい事ですよ!素晴らしい!」」

 

二台のDフォンは声を揃えてそんな事を言ってきった。

ノリの軽い、まだ若い女の声だった。

どっかで聞いたことのある声ような気もしたが、誰なのかははっきりとはわからない。

解るとすればその明るさとノリが胡散臭いという事くらいだ。

 

「素晴らしいって……何が素晴らしいんだよ⁉︎」

 

主人公に決定というのもよくわからん。

携帯を拾ってみると、画面には大きく『8番目のセカイへようこそ』と描かれており、『祝!百物語と不可能を可能にする男の主人公!一文字疾風!』とクリスマスツリーやら正月やらの絵文字でデコレーションされていた。

いかにも『胡散臭い』装飾で俺の名前が祝われていた。

まったくもって嬉しくねぇ。なんだこれは?

嫌がらせに感じる。

……というか、サイトに繋いでだけで名前バレしてるとか、どうなってんだ?

あまりのことに混乱していると……。

 

 

 

 

ピピピピピピピピピピピピッ。

 

「電話か?」

 

Dフォンを枕の下に二台とも突っ込んで、さらに布団までかぶせた俺は、普通の携帯電話への着信を見る。そこには『仁藤キリカ』の文字が表示されていた。

俺は彼女からの電話に出て会話を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

???

 

 

「ふむ。おかしいですね……。感づかれましたか……電話に出ませんね」

 

私は手に持つDフォンで標的である『魔女喰いの魔女』の手下と思われる男に『電話』をかけましたが、全く繋がりません。

どうやら標的はこちらの動きに感づいたようです。

電話さえ繋がればザクザクっと刺して殺すことができますが残念ながら繋がりません。

仕方ありません。なら……。

 

「近づいてから『殺害』しましょうか……」

 

 

 

 




呼蕩の効力は下の通り。

緋弾のアリア
第7巻初登場。元々は兄に教わった技。 異性に対して甘い声を出して、名前を何度も呼んでお願いすることによって、 相手を一種の催眠状態にさせる。兄に悪用厳禁と言われた技でもある。

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